黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚特別非常勤講師

デイビッドの休日

デイビッドが学園に来てから早くも一月が過ぎた頃。
内陸運河の終着地から、一通の手紙が届いた。

ご注文の品ですが、やっと親方の満足のいく出来に仕上がったので、ようやくお渡しすることができます。
おまたせして申し訳ありませんでした。
○日の定期船に乗りましたので、到着はもう少し先になりますが、よろしくお願いします。

それは、魔鉱石の加工を頼んでいた職人の弟子からの知らせだった。

「ちょっと出てくる!!明日の昼まで帰らんから、留守を頼むぞ!?」

デイビッドはそう言い残し、エリックを置き去りにして、猛ダッシュでどこかへ行ってしまった。


(相変わらずせっかちだなぁ…)
土曜は授業は休みで、生徒達は自身の専攻分野の研究室を手伝ったり、学内活動を楽しむ日だ。
エリックは読書と、詩と、ダンスの愛好会から副顧問にならないかと誘いを受けたが、どれも断っていた。

何もかも投げ出して飛んで行ったデイビッドを見送り、研究室に鍵をかけると、エリックはいつもの部屋着に着替えてカウチに寝そべり、ひとりの時間を満喫することにした。


「ムスタ!元気か?」

馬房の隅で居眠りをしていたムスタは、主人の声に跳ね起きた。

「ここに来てからずっと荷運びしかさせてやれんかったから、退屈だっただろう?思い切り駆けていいぞ?!」

確かにその通り。
ムスタはこの馬房に来てから、ずいぶんストレスを溜めていた。
狭い部屋、不味い餌、運動場も狭く、おまけに毎日は出してもらえない。
たまに顔を出す主人も忙しく、重い荷物を運ぶくらいの仕事しかなく、ムスタはイライラしていた所だ。


背に鞍を乗せ、くつわに手綱を着けると、デイビッドはムスタを馬房から出してやり、裏の門まで引いて行った。

背が低く、ずんぐりとしたムスタ号が歩くと、庭にいた生徒達がくすくすと指を差して笑う。
貴族の乗る馬は、貴族同様、血統を重視し美しく気品がある事を求められる。

筋肉質の目つきの悪いチビの馬は、人気が無いどころか、誰も欲しがらないだろう。

「いつもの船の停留所まで飛ばすからな?!頼むぞムスタ!」

デイビッドは軽々とムスタの背に飛び乗り、手綱を握りしめ、ゴーグルをかけた。

「よし!行けっムスタ!!」

主人の掛け声と同時に、土を蹴り上げ、物凄い速さで黒い影が駆け出した。


学園の裏口から外はもう王都の郊外だ。
ラムダ王国のど真ん中を通るこの道は、運河の終わりから王都の近郊まで続いている。
商品をいち早く王都に運ぶ為の道だ。
ここを通るのは商人と荷馬車がほとんどだが、馬も人も歩きやすいので、多少遠回りでもここを通って行く者も多い。

この日は、船が荷を着けるため、既に人も馬車も運河に集まっていて、道はとてもすいていた。
それをいいことに、ムスタは遠慮無しにど真ん中をドカドカと土埃を蹴立てて進んで行く。

「おぉ…だいぶ運動不足みたいだな!」

デイビッドは振り落とされないよう、手綱をしっかり握り直し脚に力を入れた。

「よーしよし、もう少し駆けたら休もうな?!」

朝に学園を出てから、だいぶ日が高くなってきたので、昼前には一休みしようと、デイビッドはムスタに合図を送った。
しかし、ムスタは止まらない。

「おーい……拠点、過ぎちゃったぞ…?!」

馬を休ませたり、人が休憩を取るための拠点が、この道にはあちこちに設けられている。
名物なども売られているため、それ目当てに寄る客も居るほどだ。

ひとつ目、ふたつ目、みっつ目の拠点も無視して、ムスタはまだ走り続けていた。

「……相変わらずスタミナがすげぇな…やっぱり領地に置いてくるべきだった…わかったよ!もう好きなだけ走れ!!」

デイビッドの話を理解しているのか、ムスタは更にスピードを上げて駆けていった。

そして昼過ぎ。
本来ならば、片道で丸一日から一日半は掛けて進む道のりを、ムスタはわずか4時間で駆け抜けた。
コレは本人(馬)の自己記録の更新でもあった。

ムスタはフラフラになり、水をがぶ飲みすると、馬小屋へ自ら入り、干し草の上にひっくり返った。

「ぜぇ…ぜぇ……てめぇ…むちゃくちゃしやがって…」

当然、乗っていたデイビッドも疲労困憊となり、地面に倒れ込んで動けなくなっていた。

「死ぬかと思ったわ!!ひと休みくらいさせろよ!」

馬にいくら言った所でなんにもならないので、デイビッドはしかたなくヨロヨロと船着場へ向かって行った。


運河の終着港は、広い人工の湖にあって、たくさんの人や荷物が行き来している。

「あれぇ?もしかして若旦那?!」

「本当だ!若旦那ぁー!どうしたんですか?!」

船着場の水夫達がデイビッドを見つけて手を振っている。

「なんだぁ、もう王都に嫌気が差して帰ってきちゃったんですか?!」

「そんな訳ねぇだろ!今日の客船を待ってんだよ。」

「なら、あと少しで着く予定ですよ!誰か乗ってんですか?」

「バルダム親方が乗ってるはずなんだ。所要ですぐ会いたくてな。」

「着いたら知らせまーす!」

「頼む!ちょっと一休みして来るわ!」

港の周辺には、店も宿も多く、いつも賑わっている。
ここはデュロック領ではないが、提携してくれている領地のひとつで、デイビッドの顔も広く知られているため作業員は皆気安い。

馬小屋の木陰で涼んでいると、樽を乗せた荷台を引いた少年が寄ってきた。

「おにーさん、1杯どう?!」

「へぇ、果実水か。ひとつもらうよ。」

銅貨1枚渡すと、少年は樽から木のコップに波々注いでくれた。
それを一口飲んで、なにかに気が付き、少し考える。

「ただのジュースじゃねぇな…なんだこれ?」

「美味しいでしょ?!売れない果物を全部潰して煮詰めて作ってるんだ。味も濃くて、お腹も壊さないって評判いいんだよ!?」

日に焼けた少年が、歯を見せてニカッと笑って言う。

「……そうか…単純でいいのか…!」

デイビッドはジュースを一息に飲み干すと、少年の頭を勢い良く撫でた。

「坊主!うまかった、ありがとよ!?所で、このジュースは誰が作ってるんだ?」

「うちのばぁちゃんが昔作ってたのを、真似してオレが作ってんだ!うち、この先の果物屋なんだ!」

「そうか。なら、ジュースに使った果物を一袋貰えないか?」

デイビッドはそう言って、少年に銀貨を1枚手渡した。

「すぐ持ってくる!!」

少年は急いで車を引いて、来た道を戻って行った。


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