黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚特別非常勤講師

波乱はいつも向こうから

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少年が走り出したちょうどその時、後ろからデイビッドを呼ぶ声がした。

「若旦那!バルダム親方ですぜ!?」

いつの間にか客船が到着して、目当ての人物が降りてきたのだろう。
水夫が気を利かせて、ここまで案内してくれたようだ。
体躯のがっしりした小柄な男が、木の箱を大切そうに抱えてその後ろから現れた。

「なんと、ここまで来ていたとはな。」

「待ち遠しいと、先に動いちまうのは親父譲りなもんでな。」

「ちょいと待ってくれ…」

親方は木の箱を置き、中の更に小さい木箱を開けると、その中から布に包まれたスミレ色の小箱を取り出した。

「要望は全て取り入れた。最高の出来になったぞ。見てやってくれ!」

箱の中には、小さな銀の指輪がふたつ入っていた。
台座には、大き過ぎず派手過ぎないという希望を取り入れた、紫色の魔鉱石が怪しくも美しい光を放っている。

「残りの魔鉱石も加工中だ。ひとまず渡せて良かった。」

親方はデイビッドの手に小箱を乗せると、その肩をポンと叩いて言った。

「どこの誰でもいい、お前さんが心に決めた相手なら大切にしてやるんだぞ!」

「え?あ?いや!?その!おおお親方ありがとうっ!!」

「お前さんは昔から、本心が顔でわかるから単純でいい。そんじゃあ、ワシは1杯引っ掛けてから明日ゆっくり店に帰るでな!」

親方はガハガハ笑いながら、宿に向かって歩いていってしまった。

デイビッドは指輪をひとしきり眺めてから、ポケットに大切にしまった。
すると、さっきの少年が戻って来るのが見えた。

「おにーさん!ほら、これだよ!母さんがおまけも付けてくれた!あと、これ、お釣り!」

「助かった!商売の邪魔して悪かったな。それは手間賃だ、とっときな。」

「こんなにいいの?!」

「こっちもいい儲け話し聞かせてもらったからな!じゃあな、がんばれよ?!」

「ありがとう!!」

走って帰る少年を見送ると、デイビッドは色々と清々しい気持ちで帰り支度を始めた。



「ムスタ!!そこそこで走れ!?そこそこで!!!」

帰りは、港で仕入れた食料や気になった物をてんこ盛り買ったので、大荷物を積んで帰ることになった。

「けっ…こう速い気もするが?!そこそこ…まぁ!来る時よりはゆっくりだな!うん!」

帰りもムスタはどんどん走った。
だがもう無茶な走りはせず、軽快に気持ちの良い速さで駆けていく。
おかげで馬上のデイビッドは、久々にのんびりと考え事に耽ることができた。
商売の事、授業の事、学園の事、友人の事、そしてヴィオラの事。

(喜んでくれるといいな…)
指輪を入れたポケットを押さえながら、最後に会った時のことを思い出す。

ーーー「ギュッてして下さい!!」ーーー

(あの時のヴィオラは最高にかわいかったな…)
そんな思い出し笑いでニヤける主人にが気に食わなかったのか、ムスタは急に走りを荒くした。

「うぉぉっ!!落ちるっ!なんだいきなり!?いいだろ考え事くらい!」

そうして学園に戻って来た頃には、夜の浅い時間になっていた。

遅くまで門を開けてくれていた守衛に礼を言い、ムスタを馬房に戻して特製の餌をやると、大荷物を抱えてデイビッドは部屋に戻って行った…

「いや!鍵閉まってるんかい!!あれぇ?割と早く帰ったつもりだったけど?!エリックぅ??」

その頃エリックはカウチでスヤスヤ眠っていた。

「まだ寝るには早くないか?!まだ8時だぞ?!ウィリーウィンキーかお前は!!スペアキー部屋の中なんだよ!!起きろエリック!!」

どうしても起きて来ない侍従の事を諦め、荷物をその場に残し、その夜は初めて寮の自室で寝ることになったデイビッドだった。



次の日は日曜日。
食堂は空いていないので、生徒達は近所のパン屋や肉屋が配達してくれる商品を買うか、学園の外に食べに行くしかない。

(あれ?もしかして、厨房使い放題か…?)
学園長に今度許可を貰おうかなどと考えながら、デイビッドは疲れの抜けない体で研究棟へ歩いて行く。
(使ったシーツは洗わないと…この服も、かなり汚れてんな…)
その前に腹も減ったなと思っていると、後ろが騒がしくなった。

「あれ?デイビッド先生!珍しいですね。寮に何か用ですか?」

振り向くと、商業科の生徒が数人、パンや総菜を抱えて走ってくるところだった。

「ちょっとベッドが空かなくてな…所で、お前等それ朝飯か?」

「朝も昼も夜もこれですよ。」

「食堂開いてないから仕方ないんですよ~。」

「なるほど…改善の余地ありか……」

「何か言いました?」

「何でもない。じゃぁな。」

寮を出るとそこは園庭で、西側には淑女科の庭園が見える。
東側は運動場と、その向こうが温室だ。

温室主任のベルダは例の赤い薬草に夢中で、とうとう八割の発芽を成功させたと、嬉しい報告を受けている。
そろそろ最初の種が根を張り、薬草として収穫ができるかも知れない。

何かが順調だと、何かが滞るのが世の常だ。

「まだ鍵掛かってんのかーーい!!!ぅおーーい!!起きろぉぉーーエリックぅぅーーー!!?」

「……あ…デイビッドさま……おはようございます…」

デイビッドがドアをガンガン叩くと、ようやく寝起きの顔で部屋着のエリックが起きて来た。

「あんだけ寝てまだ眠たげ?!オラ目ぇ覚ませ!荷物運ぶぞ?!」

「え?お土産ですか?おいしいもの買ってきてくれました?」

「この状況で気にするとこそこか?!」

そう言いつつも、デイビッドがちゃんとエリックの好物も買っている事を、エリックはよく知っている。

「その果物はまだ食うなよ?!でかい袋の方は好きにしていい。俺は先に体を洗って来る。」

研究棟の共同シャワー室はなぜかいつも貸し切り状態なので、デイビッドは気兼ねなく使わせてもらっている。
こう見えてデイビッドは化粧水や保湿剤などをいくつも持っていて、湯上がりにぬる習慣がある。
肌に気を使っている、という訳ではなく、拒否反応や長く使う事で起こる弊害などがないか、開発中の商品の試験を行っているだけなのだが、そのせいか肌艶は異様に良い。

昨日の砂埃を落とし、さっぱりして廊下に出ると、紺碧の髪を長く伸ばした背の高い男子生徒が立っていた。

「…お前がデイビッド・デュロックだな?」

「そう…だが。なんか用か?」

「私の妹にこれ以上近付くな!!」

「…………妹……??」

「最近上の空になることが増え、様子がおかしいと思っていたら、ウィードの端まで歩いて行く姿を見た!本人に聞いてもはぐらかすばかりで、理由を話してはくれないが、行き先が貴様の研究室である事は突き止めた!!妹を誘い込み、2人きりで何をしていた!!」

「いや…一体誰の事かさっぱり…?」

「惚けるな!!貴様の様な豚に、私の大切な妹には指一本触れさせはしない!!」

またひとり、面倒くさい人間と関わらなくてはならなくなったようだ。


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