黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚特別非常勤講師

ヘイト イズ ノイズ

部屋に戻るなり、デイビッドは大切にしまってある手紙の箱を取り出した。
もう何通もたまったヴィオラとの手紙。
1枚1枚読み返し、また大切にしまい直す。

らしくはないと分かってはいるが、これはもうどうしようもない。
自分がヴィオラの隣に立って、お似合い!とはならない事は重々承知のはずだったが、こうも現実を見せ付けられると少しヘコむ。

例えば初恋の相手だとか?
元実家のしがらみが無ければ婚約していた相手?
今は忘れているだけで、思い出したらあっちに行ってしまうのではないか…
そもそもヴィオラ違いということも…?
素行はそこそこ悪そうだが、いわゆるワイルド系と言うのだろうか?
人気は有りそうだったが…

「駄目だ…考えてもしかたねぇか…」

悩むことに時間を使うのが苦手な性分故、デイビッドは早々に思考を諦めて外へ出た。

花壇を改造して作った菜園の葉野菜が食べ頃だ。
手製の燻製機もあれから進化して、卵やチーズの燻蒸もできるようになった。
丸窯も火に馴染み、鉢植えの植物達も青々している。

(卵…鶏…やっぱり欲しい…いや、でも流石に…)

野菜を収穫し、スープとサラダに加えて、手羽先肉を焼いていく。
骨が多く食べ難い部位は、貴族に人気がなく、安価で手に入るのでありがたい。
キツめの塩を揉み込んだ肉から脂が出て、カリッとしてきたら完成だ。

平和な空間でひとり食事をしていると、さっきとは違う事が頭に浮かんでくる。

何かが順調だと、何かが滞る…

(なんだろうな、なんか起こりそうな気がしてきた……)
人の勘が馬鹿にできない事を、デイビッドは経験から良く知っている。
(対策しとくか…?!)

思い立ったらすぐ動く。
思い当たる手は全て打つ。
先手必勝。
特に先回りは得意だ。先見の明があるとも言う。
この抜かりのなさがデイビッドの成功の秘訣でもあるのだ。

そして土曜日、日曜日と、悠々自適に過ごしながら、じわじわと罠を張り、獲物がかかるのを待った。


まずは月曜日。

「本当に来ますかねぇ?」

「まぁ、来ないなら来ないに越したこたぁねぇよ。」

ドアに鍵をかけ、エリックと2人久々に研究室を空にする。

午前中の暇な時間は図書館で過ごし、授業後は珍しく生徒の雑談に混ざり、かなりゆっくりしてから部屋に戻ったが、外にも中にも異変はなかった。

エリックが戻り、そこからいつも通り過ごしている間にも、変わったことは起こらず、少し拍子抜けした。

次に火曜日。
授業がないので、前々から後回しにしていた少し面倒な仕事に手を付けた。
豆の絞り汁に浸した薄布をよく絞り、特殊な染料を入れた樽の中でかき回す。
表面に粉のような者が浮いてきたら、取り出して四方を押さえてピンと張り、風に当てながら染料を重ねて塗っていく。

一仕事終えて、外に出しておいた木箱からピクルスや塩漬けの瓶を取り出し、中身の具合を見ていると、垣根の木の枝を乱暴にへし折りながら、アレ男が現れた。

「おい!豚野郎!!ヴィオラに断りは入れたんだろうな?!」

「………」

ボリボリ  ボリボリ  ボリボリ
「何度も言うが、アイツは俺の女なんだ!!後から出て来て…おい!!聞いてんのかよ!?」ボリボリ
ボリボリ  ボリボリ

お構い無しにピクルスをかじるデイビッドに、アレ男は更にヒステリックに叫び出した。

「テメェ頭おかしいんじゃねぇのか?!」

「ゴクン……イカレ野郎に言われたくねぇよ…何度も言うが、俺は婚約者を公開してねぇんだ。どこのヴィオラの話か知らんが、貴族の婚約は家同士の契約だ。打診して断られたんだろ?ならそこで引き下がれよ。」

「ンだと…この…」

「訓練に戻れアレク!!」

また拳を握ったアレ男の後ろからカインが現れた。
アレ男に近づき、その手に木剣を握らせる。

「今は打ち込みの時間だろう?!規定違反で罰則中に、更に同じ事を繰り返すのか?!少しは冷静になったらどうだ!他人の婚約者を気にしている場合じゃない!次やったら謹慎だぞ?!」

「チッ!いちいちうるせぇな…オイ、豚野郎、このままですむと思うなよ?!」

アレ男は空の木箱を力任せに蹴り飛ばし、再び植え込みを荒らしながら戻って行った。

「すまん!デイビッド、怪我はないか?」

「おう!おかげさまでな。」

「あいつ…アレクは、腕は良いんだがあの通り、荒っぽい性格でさ…騎士科でもよく喧嘩して注意されてんだ。まさかデイビッドに目を付けるとは思わなかった…」

「騎士がそれじゃマズイだろうな。」

「もし、これ以上問題を起こしたら進級を取り消しになって留年することになる。そうさせないためにも、俺が見てやってるんだが、まぁ、見ての通り上手くはいってないよ。」

「面倒見が良いな。上級生も楽じゃねぇだろ?」

「俺なんかまだまだだよ…」

「謙虚も良いが、自信も持てよ?!お前は良い騎士になりそうだ……ソーセージ食ってくか?」

「食う!!」

特大に作ったソーセージを、パンに挟んで3本平らげると、カインは満面の笑みで帰って行った。
そこへ騎士科の気配がなくなったことを確認し、エリックが顔を出す。

「アレですか?例の荒れ男って。」

「ああ、アレが会う度イラついてる荒れまくり男だ。」

「まぁ、話の最中にいきなりピクルスかじり出されたらそりゃ…」

「ごちゃごちゃうるせぇから聞いてるのも疲れて、ノイズで誤魔化せないかと…」

「キューリでヘイトを打ち消そうとする人、初めて見ましたよ…」

「でも、まぁ…これでそろそろ引っかかるだろう…」


デイビッドの読み通り、翌日の水曜日、ついに事件は起きた。

領地経営科の授業が少し長引き、更に生徒の質問に答えてからゆっくり研究室へ向かうと、外の様子がおかしい事に気が付いた。

花壇の野菜は無残に踏みつけられ、窯は3つとも叩き割られて瓦礫となり、燻製機もバラバラにされている。
何より、乾燥中だった染め物が切り裂かれ、踏みにじられて泥だらけだ。
窓ガラスには糊のような物が塗りたくられ、ベタベタの上にゴミまで撒かれている。

「また派手にやったな…」

「これ一人でやったんですかね?!なんと暇な…」

「よし、コレならいいだろう。行くぞ…」

そう言うと、デイビッドは目を細め、薄ら笑いながら部屋を後にした。

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