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黒豚特別非常勤講師
幸せな青いハンカチ
「な…な…なんで…?!」
閉めたドアをもう一度そーっと開くと、隙間からひょっこりアリスティアの笑顔が覗く。
「あら!お待ちしておりましたのよ?!デイビッド様、さぁ中へ!」
「いや…あの…殿下が何故ここへ…?」
「それはもちろん!報酬を頂きに参りましたの!!」
カウチを占領しているシェルリアーナが、満面の笑みで答える。
「報…酬ですか…ケーキは直ぐには焼けませんよ…?」
「あら、ケーキも魅力的ですが、もっと良いものが欲しいです!」
「いい…もの…?」
「それはもちろん、恋バナよ!!!エリック、紅茶を淹れて!?さぁ、聞かせてもらいますわよ?!とびきり甘い恋バナを!!!」
「は?俺…が?エ…エリック!?」
「僕は殿下の従順な下僕です…」
「裏切り者ぉっ!!」
部屋に引きずり込まれたデイビッドは、逃げ場も無く壁際に追い詰められていった。
「婚約者様のお名前…ヴィオラ様と仰いますのね?!ヴィオラ様と言えば!やはりあのヴィオラ様なのでしょう?!」
「私、噂でしか聞いたことがありませんの!当事者から聞けるなんて楽しみですわ!!」
「あぁぁぁぁ!!!」
それから3時間、みっちりと2人の尋問を受けたデイビッドは、げっそり項垂れてそのまま朝まで動かなかったという…
(あークソッ!昨日は酷ぇ目に遭った…)
次の日は早くから外に出て、庭の片付けに専念することにした。
最終校時まで時間はあるので、エリックと2人でせっかくだからと庭先の大改造中だ。
丸窯を七面鳥でも入る大きさまで拡張し、燻製機は据え置き型のでかい石窯に変えてしまう。
「しかし、畑は残念でしたね。」
「まぁな。でもそろそろトウが立って来て、植え替えようとは思ってたから、いいタイミングではあったよ。」
「鉢植えの薬草も…王家の依頼って本当だったんですか?!」
「間違いじゃ無いんだがな?!前に作った軟膏があっただろ?商会の方からあれを化粧品に寄せられないかと言われて、その資金を国に申請して国庫で賄ってたのを大袈裟に言ってもらったんだ。もちろん、本物の薬草は温室に預けてる。これは俺の趣味で育ててた株分けの方…と見せかけたただの雑草だ。」
「染め物の方は…?」
「一応ドレス系の依頼品ではあるんだが、あれは練習用だから布自体古くて汚れてたんだ。それに俺の役目は染め粉の配合と安全性の確認までで、実物を染めるのはプロの仕事だ。」
アリスティアの名前を借りようとしたのは、事をとにかく大袈裟にかつ罪を重くするためだ。
しかし、名前だけでなく顔も出せばもっと効果的だ!と姫の決定によりあの様な場が設けられた。
少しやり過ぎな気もしたが、相談を持ちかけた女性2人から、被害者が他にいる可能性も見て、そのくらいはしないとだめだと言われ、今回の騎士団沙汰になってしまった。
(カインには悪いことしたなぁ…)
新しい野菜の苗を植えながら、デイビッドは今回巻き込んでしまったカインのことを思い出していた。
結果的に後輩を救えたから良いと笑ってくれたが、きっとアレ男の事も救ってやりたかったに違いない。
(難しいよなぁ…)
「デイビッド先生!お手紙です!」
植え込みから顔を出したのは、事務所でアルバイトをしている奨学生だ。
「おー!ありがとな!」
手紙を受け取り、生徒を見送ると、いくつもある手紙を確認する。
父親から一通、商会と、ローベル子爵から一通、そして…
(ヴィオラだ!)
黄色い小花の封筒が手紙の厚みでやや膨らんでいる。
手を洗い、最初にヴィオラの手紙を開けると、手紙と一緒にハンカチが出てきた。
柔らかな薄青い男性用のハンカチには、忘れな草と子豚の刺しゅうが刺されている。
(使えねぇよこりゃぁ…!!)
ハンカチの刺しゅうを何度も指でなぞり、ようやく手紙を開く。
手紙には刺しゅうが上達したことや、家庭教師から褒められた話、デイビッドが贈ったアイスクリームがとても美味しかった事などが書かれていた。
そして最後の一文。
ーー来月から学園に通うことになりました!ーー
「へ??!」
学園では、夏季休暇中に理由あって登園が難しかった生徒に対し、特別講習を行っている。
ヴィオラもそれに参加し、二学期から通常クラスで勉強するというのだ。
会えるのが楽しみだと締めくくられた手紙を、デイビッドは何度も何度も読み返した。
(ヴィオラがくる…学園に…会えるのか…あぁ…そうか…)
「デイビッド様…今のあなた、過去最高にだらしない顔してますけど…その顔で会うんですか?ヴィオラ様に…」
「な!ちょ!!エリック?!」
「僕のとこにも来ましたよ、手紙。旦那様からヴィオラ様がご入学されるからよろしくって。」
「そうか…まぁ!そういう事だ!良かっただろ?まずは目的のひとつ目が叶ったんだからな!」
そう言って父親からの手紙を開くと、婚約の話を酒の席で喋ってしまい、母にしこたま叱られたと書かれていた。
(コイツのせいか!!どおりで変なのに絡まれたわけだ。)
迷惑な親父の手紙と一緒に、母からの手紙も入っていた。
教員である事を自覚し、節度ある行動を!奇行はほどほどにする事、婚約者を構い過ぎない事、そしてー
ーー羽目を外しすぎたら、脳天をかち割りますからねーー
(怖っ……)
手紙をそっと閉じ、次はローベル子爵の封を開ける。
中にはヴィオラの頑張りと、医師の許可が降りたこと、健康状態は問題無く、外へ出る事も出来るようになったことと、子爵がそろそろ自領へ戻らねばならなくなり、ヴィオラを寮へ入れるしかなくなってしまった事が書かれていた。
それから娘をくれぐれもよろしく頼みますという言葉が、悲痛な父親の嘆きと共に綴られていた。
寮に入るという事は逃げ場を失うという事。
これからヴィオラはひとりで、この社交界の縮図ともいえる学園の中で生活しなければならないのだ。
デイビッドも不安だが、ヴィオラは、もっと不安だろう…
せめて居心地の良い場所だけは作らなければ、と、心に決めるデイビッドだった。
(たぶんだが…俺が守らなければ生きていけないというような、弱い人じゃないんだよな彼女は…)
貴族の目が集まる中でも、きっと強かに、しなやかに、泳ぎ切ってくれることだろう。
自分はどこまで力になれるだろう…力になりたい…
久々に胸が痛くなる感覚を覚えたデイビッドだった。
閉めたドアをもう一度そーっと開くと、隙間からひょっこりアリスティアの笑顔が覗く。
「あら!お待ちしておりましたのよ?!デイビッド様、さぁ中へ!」
「いや…あの…殿下が何故ここへ…?」
「それはもちろん!報酬を頂きに参りましたの!!」
カウチを占領しているシェルリアーナが、満面の笑みで答える。
「報…酬ですか…ケーキは直ぐには焼けませんよ…?」
「あら、ケーキも魅力的ですが、もっと良いものが欲しいです!」
「いい…もの…?」
「それはもちろん、恋バナよ!!!エリック、紅茶を淹れて!?さぁ、聞かせてもらいますわよ?!とびきり甘い恋バナを!!!」
「は?俺…が?エ…エリック!?」
「僕は殿下の従順な下僕です…」
「裏切り者ぉっ!!」
部屋に引きずり込まれたデイビッドは、逃げ場も無く壁際に追い詰められていった。
「婚約者様のお名前…ヴィオラ様と仰いますのね?!ヴィオラ様と言えば!やはりあのヴィオラ様なのでしょう?!」
「私、噂でしか聞いたことがありませんの!当事者から聞けるなんて楽しみですわ!!」
「あぁぁぁぁ!!!」
それから3時間、みっちりと2人の尋問を受けたデイビッドは、げっそり項垂れてそのまま朝まで動かなかったという…
(あークソッ!昨日は酷ぇ目に遭った…)
次の日は早くから外に出て、庭の片付けに専念することにした。
最終校時まで時間はあるので、エリックと2人でせっかくだからと庭先の大改造中だ。
丸窯を七面鳥でも入る大きさまで拡張し、燻製機は据え置き型のでかい石窯に変えてしまう。
「しかし、畑は残念でしたね。」
「まぁな。でもそろそろトウが立って来て、植え替えようとは思ってたから、いいタイミングではあったよ。」
「鉢植えの薬草も…王家の依頼って本当だったんですか?!」
「間違いじゃ無いんだがな?!前に作った軟膏があっただろ?商会の方からあれを化粧品に寄せられないかと言われて、その資金を国に申請して国庫で賄ってたのを大袈裟に言ってもらったんだ。もちろん、本物の薬草は温室に預けてる。これは俺の趣味で育ててた株分けの方…と見せかけたただの雑草だ。」
「染め物の方は…?」
「一応ドレス系の依頼品ではあるんだが、あれは練習用だから布自体古くて汚れてたんだ。それに俺の役目は染め粉の配合と安全性の確認までで、実物を染めるのはプロの仕事だ。」
アリスティアの名前を借りようとしたのは、事をとにかく大袈裟にかつ罪を重くするためだ。
しかし、名前だけでなく顔も出せばもっと効果的だ!と姫の決定によりあの様な場が設けられた。
少しやり過ぎな気もしたが、相談を持ちかけた女性2人から、被害者が他にいる可能性も見て、そのくらいはしないとだめだと言われ、今回の騎士団沙汰になってしまった。
(カインには悪いことしたなぁ…)
新しい野菜の苗を植えながら、デイビッドは今回巻き込んでしまったカインのことを思い出していた。
結果的に後輩を救えたから良いと笑ってくれたが、きっとアレ男の事も救ってやりたかったに違いない。
(難しいよなぁ…)
「デイビッド先生!お手紙です!」
植え込みから顔を出したのは、事務所でアルバイトをしている奨学生だ。
「おー!ありがとな!」
手紙を受け取り、生徒を見送ると、いくつもある手紙を確認する。
父親から一通、商会と、ローベル子爵から一通、そして…
(ヴィオラだ!)
黄色い小花の封筒が手紙の厚みでやや膨らんでいる。
手を洗い、最初にヴィオラの手紙を開けると、手紙と一緒にハンカチが出てきた。
柔らかな薄青い男性用のハンカチには、忘れな草と子豚の刺しゅうが刺されている。
(使えねぇよこりゃぁ…!!)
ハンカチの刺しゅうを何度も指でなぞり、ようやく手紙を開く。
手紙には刺しゅうが上達したことや、家庭教師から褒められた話、デイビッドが贈ったアイスクリームがとても美味しかった事などが書かれていた。
そして最後の一文。
ーー来月から学園に通うことになりました!ーー
「へ??!」
学園では、夏季休暇中に理由あって登園が難しかった生徒に対し、特別講習を行っている。
ヴィオラもそれに参加し、二学期から通常クラスで勉強するというのだ。
会えるのが楽しみだと締めくくられた手紙を、デイビッドは何度も何度も読み返した。
(ヴィオラがくる…学園に…会えるのか…あぁ…そうか…)
「デイビッド様…今のあなた、過去最高にだらしない顔してますけど…その顔で会うんですか?ヴィオラ様に…」
「な!ちょ!!エリック?!」
「僕のとこにも来ましたよ、手紙。旦那様からヴィオラ様がご入学されるからよろしくって。」
「そうか…まぁ!そういう事だ!良かっただろ?まずは目的のひとつ目が叶ったんだからな!」
そう言って父親からの手紙を開くと、婚約の話を酒の席で喋ってしまい、母にしこたま叱られたと書かれていた。
(コイツのせいか!!どおりで変なのに絡まれたわけだ。)
迷惑な親父の手紙と一緒に、母からの手紙も入っていた。
教員である事を自覚し、節度ある行動を!奇行はほどほどにする事、婚約者を構い過ぎない事、そしてー
ーー羽目を外しすぎたら、脳天をかち割りますからねーー
(怖っ……)
手紙をそっと閉じ、次はローベル子爵の封を開ける。
中にはヴィオラの頑張りと、医師の許可が降りたこと、健康状態は問題無く、外へ出る事も出来るようになったことと、子爵がそろそろ自領へ戻らねばならなくなり、ヴィオラを寮へ入れるしかなくなってしまった事が書かれていた。
それから娘をくれぐれもよろしく頼みますという言葉が、悲痛な父親の嘆きと共に綴られていた。
寮に入るという事は逃げ場を失うという事。
これからヴィオラはひとりで、この社交界の縮図ともいえる学園の中で生活しなければならないのだ。
デイビッドも不安だが、ヴィオラは、もっと不安だろう…
せめて居心地の良い場所だけは作らなければ、と、心に決めるデイビッドだった。
(たぶんだが…俺が守らなければ生きていけないというような、弱い人じゃないんだよな彼女は…)
貴族の目が集まる中でも、きっと強かに、しなやかに、泳ぎ切ってくれることだろう。
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久々に胸が痛くなる感覚を覚えたデイビッドだった。
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