黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

文字の大きさ
68 / 512
黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

ひと夏の成果

顔色も良くなった2人を見て、安心したデイビッドが調理場へ戻ると、散らばった米と一緒に生徒が数人、手を押さえて飛び回っていた。

「今度は何だ!?」

「コイツ等デイビッドの真似をしようとして、米の鍋に手を入れたんだ…」

炊きたての米が張り付き、手が真っ赤になっている。

「アホか!あれは単純そうに見えてコツが居るんだよ!騎士が手を負傷してどうする!?さっさと冷やして来い!!」

その間に、炒め物の平鍋を再度火にかけ、そこへ炊けた米をドサッと乗せると、焦げ付かないようかき回しながら、具材と混ぜて味をなじませていく。

「わぁぁ…」

「すごいうまそう!」

「いただきます!!」

「これとスープくらいならお前等でもできるだろ?今後は食堂が無い日は、毎回自分達で当番決めて作れ!今日は夕刻にもう一回!見に来てやるから、自分達だけで作ってみろ!」

「なぁ、本当のいいのか?その金だって、どうせ出してるのはお前だろ?」

「言ったろ?試作品の実績が欲しいのと、今後の米市場の底上げがしたいんだよ。ここで使うといい宣伝になるから、その分で来月分まではチャラになる。その間に衛生兵の養育の一環として、正式な予算組ませるよ。」

「先生!コレすごいウマい!!」

「俺おかわり!」

「俺も!!」

「お前等よく噛んで食え!!慌てて腹に詰め込むんじゃない!!」

「いや!ホントに手が止まんないんだよ!デイビッド、本気で金取ってもいい味だってコレは!!」

「なら、ひとまず最初の配合は成功だな。後は保存性か。一月は持たせたいところだが…今のままじゃ、いいとこ未開封でも2週間てとこだろうな。改良の余地あり、か。」


洗い物の前に、鍋に残った米をかき集めると、手の平にちょこんと乗る程度の大きさになった。
軽く塩を降って、小さな握り飯を作ると、一口で食べてしまう。
(あ、思い出した。握り飯の名前…確か…オムスビだ。)
遠い国の神様に捧げる食べ物で、良い縁を願い結んでもらうという意味でオムスビ。
験担ぎのようなものらしい。

(縁か…なら、ここにも縁があったのか?…来る前はあんなに嫌々だったのに、すっかり馴れちまったな…)
煩わしいと思っていた生徒達との関わりも、日々の生活も、人との巡り合いも、それなりに楽しんでいる自分が居る。
(そういや最近、人の目があんまり気にならなくなって来たな…)
毎日数え切れない視線に晒されている内に、他人の色んな感情が籠もった視線にも慣れてきた。
好意を正面から受け取る事も、悪意から逃げずに受け止める事もだんだん覚えて、人前に出るのが当たり前になった。
(これが親父の狙いか?にしちゃ荒療治だったな…)


騎士科が落ち着くと、急いで研究室へ戻り、昼食の支度に取り掛かる。
夏野菜のミネストローネに、パリパリに揚げたジャガイモ。
バゲットに塗るパテはレバー、クリームチーズ、バジルの3種類。
スティックサラダと、(ちゃんと切った)ソーセージの盛り合わせ。
デザートはナッツとフルーツをふんだんに練り込んだクランペット。

「はい!今日は間に合いました!!」

一番乗りのエリックがつまみ食いをするのを防いでいると、ヴィオラとシェルリアーナが顔を出す。

「いい香り!今日はミネストローネですね?!」

「良くわかったな!?フリッジも入ってるぞ!」

「あのクルクルのパスタ!私大好きです!」

「今日は控え目に…控えないと…食べ過ぎないように…そうよ、スープ!スープだけなら…」

何かブツブツ言っているシェルリアーナの目の前に、バゲットと揚げ芋がドンと出され、彼女は固まったまま動かなくなってしまった。

「イモがサクサク~!手が止まらな~い!」

「パテが濃厚で、バゲットも進んじゃいます!おいしいですよ先輩!」

両隣でサクサクパリパリ良い音がして、更にシェルリアーナを誘惑して来る。
気づけば両手に芋とパンを持って、行儀悪くも交互にムシャムシャ食べてしまっていた。

「ハッ!!いけないっ!また悪魔の罠に掛かってしまいましたわ!!こうなったらデザートは抜いて…抜い…」

抗わなければ、今朝履いたロングソックスの上に、もっちり乗ってしまったあの贅肉をなんとかしなければ…
しかし、この日もしっかり完食し、デザートにはバターまで塗って食べてしまったシェルリアーナだった。

「なんで?!なんでこのタイミングでバターなんか出してきましたの?!」

「え?あったから…?ラムレーズン入りの甘いのもあるぞ?そっちの方がいいか?」

「ヤメて!そんなもの見せないで!!ああ、ダメよ!そんな事したら…」

香ばしくて甘酸っぱいクランペットに、こってりたっぷり塗られたラムレーズン入りのスイートバターは、気がつけばシェルリアーナの腹にしっかり収まっていた。

「あ…あぁ…また、負けてしまいましたわ……」

「どうしたんですか先輩!?すごく美味しいですよ?大人の味ですね!?」

ほろ苦いラムレーズンの味わいに、ヴィオラは少し大人になった気分で、大喜びしている。

「美味しい…美味しいのよ!!それがいけないのよ!!」

「いや、なんで!!?」

「太っちゃったのよ!!太腿が太くなっちゃったの!!歩くとお肉がぽよぽよするの!!」

「それを俺の前で言うのか…」

「黙れもちもち豚団子!!元はと言えばアンタのせいよ!」

「想像するとちょっとエッチですね!」

「想像すんな!!」

「大丈夫です!シェル先輩はどんなにもちもちでもステキです!」

「ヴィオラァァァ!!痩せたいって言うのは全女性の夢なのよぉぉ!!私はスレンダーで居たいのぉぉ!!」

「食った分消費すりゃ済む話じゃねぇのか?!」

「できると思ってますの?!こんだけのカロリーを!!」

「それは魔法でなんとかならんのか?」

「…アンタ魔法を何だと思ってますの?」

「じゃぁダンスとかどうです?今、同好会で強化合宿してる子達がいて、すごく汗かきながら踊ってましたよ?毎日つきあわされてる僕はうんざりですけど…」

「それですわ!!」

「わぁ!私も踊れるようになりたいです!!先生には及第点はもらえましたけど、まだまだ足が思うように動かなくて…」

「なら2人でやりましょう!?ノエルパーティーでトップ舞台に立てる位上達させてみせますわよ!?」

12月の冬を迎える祭り、ノエルの時期に行われるこの学園のパーティーでは、毎年ダンスの腕を競う催しが同時に行われている。
パートナーを連れて来る生徒がほとんどなので、親善会より華やかで人も多い。

シェルリアーナはそこでヴィオラと舞台に立とうと言うのだ。

(まだ夏なのに…)

感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。 【無断転載・AI利用禁止 / No Unauthorized Use or AI Training】 本作品の無断転載・複製・AI学習利用を禁じます。 Unauthorized reproduction or use for AI training is strictly prohibited. © 魯恒凛 / RoKourin

何もしなかっただけです

希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。 それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。 ――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。 AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

なんでも奪っていく妹に、婚約者まで奪われました

ねむ太朗
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、小さい頃から、妹のエルーシアにネックレスや髪飾りなどのお気に入りの物を奪われてきた。 とうとう、婚約者のルシアンまでも妹に奪われてしまい……

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。