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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活
雨の日の温室で
「熱!!?」
朝から色々準備して待っていたデイビッドの元にやって来たのは、シェルリアーナ1人だけ。
そしてヴィオラの体調不良の知らせだった。
「今朝顔が赤いから測ったらずいぶん高くて、今は寮母さんのお世話になってますわ。」
「なんか、悪い病気とかじゃ…」
「ただの夏風邪ですわよ。疲れが出たのでしょうね。ずっと気を張ってたようですし。安心したのでしょ。」
「そっか…わかった…わざわざ悪かったな…」
「別に構いませんわ!?私は私でここに用があっただけですもの。」
「用?」
「いつでも来いと言ったのはそっちでしょう?代わりにヴィオラに届けるものがあれば、私が運びますわ。」
「はは…そりゃありがてぇな…」
ソファに座って課題に勤しむシェルリアーナと、最早令嬢がいることすら気にせずカウチに寝そべるエリック。
(研究室…とは?)
と言いつつ自分もほとんど調理場に立っているので、人の事は言えない。
消化に良いリゾットと、いつもの香草水、それから果汁のゼリーと即席で作ったシャーベット。
そこへ風邪に効く薬と、口直しのキャンディを添える。
「こんなに運べるか?」
「あら、私は持って行きませんわよ?!ちょっと待ってて、用意するから!」
シェルリアーナはカバンから1枚のスクロールを取り出し、テーブルに広げた。
「これと同じ物をヴィオラの部屋にも置いて来ましたの!魔力をこう流すと…」
スクロールが薄っすら光り、上に並べた料理がどこかへ消えてしまう。
「これで転移ができましたわ!まだ近距離内だけですが、精度を上げていけば、行く行くは遠方との荷物のやり取りに使えるはずですの!」
「お前、結構やるなぁ!」
「もっと褒めなさいよ!?」
すると、空のスクロールがまた光り、1枚の紙が現れる。
『 ありがとうございます 』
少しか弱いが、ヴィオラの字で書かれたメモが送られてきた。
「早く良くなると良いですわね。」
「すぐ治るだろ。あんまり心配し過ぎても負担になるだけだしな。のんびり待つよ。」
ノートの切れ端のメモでも、大切に手紙の仲間に入れるデイビッドを見て、シェルリアーナは、コイツがこれでエリックの姿だったら、どれほど女にモテる男が出来上がっただろうと、想像しかけて止めた。
その日から3日間、毎日やって来るシェルリアーナを介して、3度の食事と薬を届けている内に、ヴィオラはすっかり元気になった。
病み上がりに無理は禁物と、そこから更に一週間以上外出を引き延ばし、その間に細々とした用事を片付けた。
そうして夏休みも残す所数週間という頃、ようやく約束が叶えられると思った矢先、悲しい事に、王都に夏の終わりの雨季がやってきてしまった。
シトシトと、朝から灰色の雲に覆われた空から雨が降っている。
時に土砂降り、時にあられ混じり、弱くなっても強くなっても雨、雨、雨…
「お出かけ…したかったです…」
「あー…うん…そうだな。」
恨めしげに外を眺めるヴィオラの背中が見ていて切ない。
「なんとかしなさい!!」
「雨は流石にどうにも…」
「雨でも何でもヴィオラが心から楽しめる何かがあるでしょ?!」
「そう言われても…」
「なんなら私はあのカウチポテトを見張っとくから!2人きりでなんかしてきなさい!!」
「エリックが完全に芋扱いされてる…」
ヴィオラは外に出られない代わりに、毎日新しい服を着て研究室に通っていた。
どれもよく似合っているが、必ずどこかに黒の差し色が入るのやはり少しやり過ぎな気もする。
そんなある日の午後、ヴィオラはシェルリアーナに温室へと誘われた。
「今日もとびきり可愛いわ!淡いライラックにチョーカーの黒が良く映えてるわね!」
「シェル先輩は入らないのですか?」
「私はここまでよ!?さぁ、中へどうぞ!楽しんでらっしゃい!」
温室の中を進むと、中央のテーブルにティーセットが用意され、水辺にデイビッドが立っていた。
「デイビッド様がお洒落してる!」
「あぁ…着替えさせられたんだよ…服はエリックの選んだヤツだから…似合ってるかわからんが…」
「とっても似合ってますよ?!指輪も…ちゃんと指に着けてくれたんですね。」
「どこも行けない代わりに、ちょっと目先を変えてみようと思って、こっちに色々用意したんだ…」
「わぁ!レコードもある!」
「ベルタ先生が主張中だから貸切だ。何か掛けようか?」
「踊れる曲…」
「ぅ゙…」
「踊りたいです…デイビッド様と…ダメですか?」
「…その顔はズルい……」
上目遣いのヴィオラには敵わず、とうとう観念して、デイビッドはヴィオラの手を取った。
ゆったりとしたテンポの曲に合わせて、ヴィオラの足は軽やかに動く。
「デイビッド様がダンスが上手って本当だったんですね!?」
「どこで聞いたか知らんが、まぁ踊れる程度には練習させられたからな…」
「夢みたい…まるで舞踏会ですね…」
「ヴィオラが行きたいなら、いつか行ってみるか?」
「いいえ?私はこのままがいい。2人きりで踊る方が幸せです…」
「そうか…」
そこからひとしきり、ヴィオラは心から婚約者とのダンスを楽しんだ。
「見たかったぁ!!なんで今日はダメなんですか?こないだはノリノリで追跡したくせに!?」
部屋では2人の後をつけようとして、魔法による拘束を受けたエリックが床で芋虫になっていた。
「ヴィオラと約束したのよ!今日は2人きりにするって。」
「ちぇ~。しかたない…諦めるんで、この拘束ほどいて下さいよ~。」
「妙な真似したら、ガチの雷落とすわよ?!」
「こっわ…大丈夫ですよ。約束はちゃんと守りますから。」
エリックはエリックで、シェルリアーナのために紅茶を淹れたり、課題に付き合ったり、甲斐甲斐しく動いている。
「ここはホラ、魔法陣の文字は同じものが重なると魔力の通りが悪くなるので、ひとつずつずらして配置しないと。」
「あら、本当ね。気が付かなかったわ。貴方、本当は優秀なのね?」
「そりゃぁね。この程度できないと、デュロック伯爵の侍従は務まりませんよ!?」
「普段おちゃらけてるのは、わざとなの?」
「アレは長年溜めたストレスの反動ですよ。昔は嫌でも優秀でなければならなかったので、かなり鬱屈してましたから。」
「実力は隠したいタイプなのかしら?」
「どうでしょう?こっちは色々便利なんですよ。普段はガードの固い淑女でも、無防備に隣を許してくれますから…それにしても、婚約者でもない成人男性と2人きりとは、少々気が緩みすぎでは無いですか?」
「やっぱりふん縛って置く方が良さそうね。」
いつの間にかシェルリアーナの真横に座って、意味ありげに見つめて来たエリックを、再び拘束魔法が捉え、床に叩きつける。
「いったぁ…冗談なのに…」
「笑えないのよ!アンタの冗談は!!」
どこまで冗談か、どこまで本気なのか、掴み切れない正体不明の優男に、シェルリアーナはデイビッドとは違ったやり難さを感じて更にイラついた。
朝から色々準備して待っていたデイビッドの元にやって来たのは、シェルリアーナ1人だけ。
そしてヴィオラの体調不良の知らせだった。
「今朝顔が赤いから測ったらずいぶん高くて、今は寮母さんのお世話になってますわ。」
「なんか、悪い病気とかじゃ…」
「ただの夏風邪ですわよ。疲れが出たのでしょうね。ずっと気を張ってたようですし。安心したのでしょ。」
「そっか…わかった…わざわざ悪かったな…」
「別に構いませんわ!?私は私でここに用があっただけですもの。」
「用?」
「いつでも来いと言ったのはそっちでしょう?代わりにヴィオラに届けるものがあれば、私が運びますわ。」
「はは…そりゃありがてぇな…」
ソファに座って課題に勤しむシェルリアーナと、最早令嬢がいることすら気にせずカウチに寝そべるエリック。
(研究室…とは?)
と言いつつ自分もほとんど調理場に立っているので、人の事は言えない。
消化に良いリゾットと、いつもの香草水、それから果汁のゼリーと即席で作ったシャーベット。
そこへ風邪に効く薬と、口直しのキャンディを添える。
「こんなに運べるか?」
「あら、私は持って行きませんわよ?!ちょっと待ってて、用意するから!」
シェルリアーナはカバンから1枚のスクロールを取り出し、テーブルに広げた。
「これと同じ物をヴィオラの部屋にも置いて来ましたの!魔力をこう流すと…」
スクロールが薄っすら光り、上に並べた料理がどこかへ消えてしまう。
「これで転移ができましたわ!まだ近距離内だけですが、精度を上げていけば、行く行くは遠方との荷物のやり取りに使えるはずですの!」
「お前、結構やるなぁ!」
「もっと褒めなさいよ!?」
すると、空のスクロールがまた光り、1枚の紙が現れる。
『 ありがとうございます 』
少しか弱いが、ヴィオラの字で書かれたメモが送られてきた。
「早く良くなると良いですわね。」
「すぐ治るだろ。あんまり心配し過ぎても負担になるだけだしな。のんびり待つよ。」
ノートの切れ端のメモでも、大切に手紙の仲間に入れるデイビッドを見て、シェルリアーナは、コイツがこれでエリックの姿だったら、どれほど女にモテる男が出来上がっただろうと、想像しかけて止めた。
その日から3日間、毎日やって来るシェルリアーナを介して、3度の食事と薬を届けている内に、ヴィオラはすっかり元気になった。
病み上がりに無理は禁物と、そこから更に一週間以上外出を引き延ばし、その間に細々とした用事を片付けた。
そうして夏休みも残す所数週間という頃、ようやく約束が叶えられると思った矢先、悲しい事に、王都に夏の終わりの雨季がやってきてしまった。
シトシトと、朝から灰色の雲に覆われた空から雨が降っている。
時に土砂降り、時にあられ混じり、弱くなっても強くなっても雨、雨、雨…
「お出かけ…したかったです…」
「あー…うん…そうだな。」
恨めしげに外を眺めるヴィオラの背中が見ていて切ない。
「なんとかしなさい!!」
「雨は流石にどうにも…」
「雨でも何でもヴィオラが心から楽しめる何かがあるでしょ?!」
「そう言われても…」
「なんなら私はあのカウチポテトを見張っとくから!2人きりでなんかしてきなさい!!」
「エリックが完全に芋扱いされてる…」
ヴィオラは外に出られない代わりに、毎日新しい服を着て研究室に通っていた。
どれもよく似合っているが、必ずどこかに黒の差し色が入るのやはり少しやり過ぎな気もする。
そんなある日の午後、ヴィオラはシェルリアーナに温室へと誘われた。
「今日もとびきり可愛いわ!淡いライラックにチョーカーの黒が良く映えてるわね!」
「シェル先輩は入らないのですか?」
「私はここまでよ!?さぁ、中へどうぞ!楽しんでらっしゃい!」
温室の中を進むと、中央のテーブルにティーセットが用意され、水辺にデイビッドが立っていた。
「デイビッド様がお洒落してる!」
「あぁ…着替えさせられたんだよ…服はエリックの選んだヤツだから…似合ってるかわからんが…」
「とっても似合ってますよ?!指輪も…ちゃんと指に着けてくれたんですね。」
「どこも行けない代わりに、ちょっと目先を変えてみようと思って、こっちに色々用意したんだ…」
「わぁ!レコードもある!」
「ベルタ先生が主張中だから貸切だ。何か掛けようか?」
「踊れる曲…」
「ぅ゙…」
「踊りたいです…デイビッド様と…ダメですか?」
「…その顔はズルい……」
上目遣いのヴィオラには敵わず、とうとう観念して、デイビッドはヴィオラの手を取った。
ゆったりとしたテンポの曲に合わせて、ヴィオラの足は軽やかに動く。
「デイビッド様がダンスが上手って本当だったんですね!?」
「どこで聞いたか知らんが、まぁ踊れる程度には練習させられたからな…」
「夢みたい…まるで舞踏会ですね…」
「ヴィオラが行きたいなら、いつか行ってみるか?」
「いいえ?私はこのままがいい。2人きりで踊る方が幸せです…」
「そうか…」
そこからひとしきり、ヴィオラは心から婚約者とのダンスを楽しんだ。
「見たかったぁ!!なんで今日はダメなんですか?こないだはノリノリで追跡したくせに!?」
部屋では2人の後をつけようとして、魔法による拘束を受けたエリックが床で芋虫になっていた。
「ヴィオラと約束したのよ!今日は2人きりにするって。」
「ちぇ~。しかたない…諦めるんで、この拘束ほどいて下さいよ~。」
「妙な真似したら、ガチの雷落とすわよ?!」
「こっわ…大丈夫ですよ。約束はちゃんと守りますから。」
エリックはエリックで、シェルリアーナのために紅茶を淹れたり、課題に付き合ったり、甲斐甲斐しく動いている。
「ここはホラ、魔法陣の文字は同じものが重なると魔力の通りが悪くなるので、ひとつずつずらして配置しないと。」
「あら、本当ね。気が付かなかったわ。貴方、本当は優秀なのね?」
「そりゃぁね。この程度できないと、デュロック伯爵の侍従は務まりませんよ!?」
「普段おちゃらけてるのは、わざとなの?」
「アレは長年溜めたストレスの反動ですよ。昔は嫌でも優秀でなければならなかったので、かなり鬱屈してましたから。」
「実力は隠したいタイプなのかしら?」
「どうでしょう?こっちは色々便利なんですよ。普段はガードの固い淑女でも、無防備に隣を許してくれますから…それにしても、婚約者でもない成人男性と2人きりとは、少々気が緩みすぎでは無いですか?」
「やっぱりふん縛って置く方が良さそうね。」
いつの間にかシェルリアーナの真横に座って、意味ありげに見つめて来たエリックを、再び拘束魔法が捉え、床に叩きつける。
「いったぁ…冗談なのに…」
「笑えないのよ!アンタの冗談は!!」
どこまで冗談か、どこまで本気なのか、掴み切れない正体不明の優男に、シェルリアーナはデイビッドとは違ったやり難さを感じて更にイラついた。
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カクヨムで公開したものに手を入れたものです。