黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

文字の大きさ
77 / 411
黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

端から普通じゃない日常

しおりを挟む
「なんか、また人が増えてないか??」

休み明けの領地経営科の教室は、なんだか休み前より人が多い。
休み中に帰省した生徒達が、各家の問題や課題を手に、デイビッドの話を聞きに来ているからだ。
新入生もちらほらいて、その中にはヴィオラも含まれている。

「まぁいいか…他科の新顔は後で出席表出してくれ。それじゃ、二学期の最初は、新聞の見出しにあった全国的な領地問題から4つ抜き出して、解説していくぞ!?他にも気になる記事があったら持って来いよ。」

授業中も、頭のどこかに必ず蜂蜜の事が引っかかってなかなか集中し切れなかったが、口だけはよく回るので滞り無く進められる。
就業の予鈴まであと僅かとなった頃、教室に事務員が大慌てで飛び込んで来た。

「デイビッド先生!!商会の方から大至急来てくれと!魔獣が郊外で暴れているそうです!!」

「いや!なんで俺??警邏も騎士団もいるだろ?!!」
「有資格者取り扱い必須要件です!!!」
「…あー…そーきたか……えーと…じゃ、今日はここまで。板書は書いたままにして行くから、全員書けたら消してくれ。予鈴が鳴るまでは教室で待機する事…」
「デイビッド先生!お急ぎを!!」
「わかってる!わかってる!!」

ざわつく教室を出て、走りながら事務員の話を聞くと、運河から直通の大路を進む商隊の荷物の中から、魔獣が飛び出してきて大騒ぎらしい。

「資格が要るなら大型か?」
「指定の危険生物です!」
「一番当たりたくないの来たな!?他に資格持ちはいなかったのか?」
「真っ先にデイビッド先生の名前が上がったそうです。学園のすぐ近くで暴れていて、ここからも遠目に見える程で…」
「わかった!念の為、生徒を全員青廊下まで避難させられるようにしといてくれ!頼んだ!」

そう言うと、デイビッドは馬房へ行き、手早くムスタの縄を解いて飛び乗った。

「頼んだぞ相棒。今日は大捕物だ!」

窓から生徒達が覗く中、ムスタを飛ばして裏門へ向かうと、確かに道の遥か先で、鎖に繋がれた何かが飛び回っている。

「なんだありゃ?グリフィン…?じゃないな…ヒポグリフか!?」

広場は暴れた魔獣によって建物が壊されたり、商品の箱や樽が散らばって大騒ぎだ。
ムスタを止めると、商会の者たちが駆け寄って来た。

「若旦那ぁっ!!来てくれたんですか?!」
「呼ばれたから仕方なくだよ!!しっかし、無許可で生きた魔獣を輸送するのは犯罪だぞ!?誰だ持ち込んだ大バカ野郎は…」
「それが荷主が消えちまいまして…」
「被害は?」
「怪我人が4名と、馬車が3台巻き込まれました。あとは見ての通りで…」
「そこそこ痛ぇな…まぁそのくらいで済んで良かったと言うべきか…」

上空を飛び回っているのは、鷲の頭と翼に馬の胴体を持つヒポグリフ。
笛の音のような甲高い鳴き声を上げながら、上空でもがいている。
脚に繋がれた鎖が倒れた馬車に引っかかり、それ以上は上がれない様だ。

デイビッドが引っかかっていた鎖の留め具を掴むと、ムスタは何も言われずともその鎖を蹄で押さえつける。
鎖の先をムスタの馬具に掛け直し、手を離すと魔獣と馬の綱引きが始まった。

「よーしムスタ、あの暴れん坊を空から引きずり降ろしてやれ!!」

そこからムスタは右へ左へ力任せに、めちゃくちゃに走り回ってヒポグリフを振り回した。
ヒポグリフは抵抗したが、ついに風を受け損ねた大きな翼がきりきり舞いして地上へ落ちて来る。
広場に歓声が湧き、隠れていた人足達も集まって来た。

「よくやったムスタ!!離れてろ!!」

そこへすかさずデイビッドが網を放ち、身動きが取れなくなったヒポグリフの両足に縄をかけ、手早く縛り上げる。
ヒポグリフはジタバタしながら、何か苦しそうにえづいて、喉を膨らませていた。

「討ちますか?」
「止めろ!!全員武器は降ろせ!殺す必要は無い!!代わり縄を頼む、体を押さえてくれ!様子がおかしい!」

人足立ちが集まり、網と縄を押さえ、ヒポグリフを拘束すると、デイビッドは手斧を逆手に取り、柄をヒポグリフの口に突っ込んでこじ開けると、そのままつっかえ棒にして開いた口に構わず腕をねじ込んだ。

「おとなしくしてろよ…?」

暴れる首根っこを押さえ込み、どんどん奥へ手を伸ばしていくと、何か鋭い物が指に刺さった。

「痛てぇ!なんだこりゃ?」

肉を傷付けないよう慎重に引き抜いたそれは、なんと割れた酒瓶だった。

「なんでこんなもんが…?」

「ゲェッゲッゲッ!!キュルル…」
ヒポグリフが呻くと、喉の奥から更に胃袋の中身がデイビッドの足元にぶち撒けられた。

「なんだこりゃぁ…」

ベルトのバックル、ブーツの金具、ネジにコインに曲がったスプーン、銀紙…

「光り物か…にしても、お前どんな暮らしをしてたんだ?食物の残渣がほとんど無い…よっぽど酷い目に遭ってたんだな…」

腹の異物を吐き出すと、ヒポグリフはぐったりと動かなくなった。

「縄を解いてやってくれ。コイツは野生じゃない。どっかで飼われてたんだ。誰か、バケツに水を頼む!あと、馬用の軟膏も持ってきてくれ!」
「若旦那!血が!」
「ガラスで切っただけだ!コイツの方が重症だよ…」
「キュルルルル…」

弱々しく鳴くヒポグリフを宥めながら、水を飲ませてやると、体のあちこちに薬を塗ってやり、くちばしの根元の毛をかき上げた。

「確か…この辺にあるはずなんだが…」

騎乗可能な禽翼類は、帝国などでも人気で、飛翔騎士隊や制空隊等の名称で専門の部隊もいる。
その場合、くちばしの根本に登録番号やコードを彫り込むことが多く、専門家は必ずここを見る。

くちばしの裏側には確かに何かを彫り込んだ跡はあったが、すでに上から削り取られていた。

「あーー…………なるほど…お前…さては闇取り引きの商品だったんだな?!」

なんとか体を支え、立たせてやると、ヒポグリフは澄んだ鳶色の瞳でデイビッドをじっと見つめていた。

「キュルルルル……」
「もう大丈夫だぞ。やれやれ、お前のおかげで後片付けが大変だ。」

デイビッドはヒポグリフを引き取ると、瓦礫や散らばった商品を片付ける人足達の手間賃を上乗せし、壊れた家屋の修繕から、駄目になった商品の保証に補填まで、全て商会預かりの自費から出すと言うと、周りの商人達もホッとした表情になった。

「流石若旦那!見た目も中身も太っ腹ですな!?」
「一言余計なんだよ!!」
「しかし、どうすんです?その魔物、どっから来たのか、誰が引っ張って来たのかさっぱりで…」
「かまわん、俺が連れてくよ。無理やり取らされた資格が初めて役に立ちそうだ。」

荷車にヒポグリフを乗せ、ムスタに引かせると、商人達に見送られ、ようやく学園に帰ることができたのは、夕方近くになってからだった。

「じっとしてろよ……よしよし、もうちょっとだ…」

ヒポグリフのくちばしの裏に紙を当て、鉛筆でこすると見づらかった文字が写し出されていく。

「うーんやっぱり数字は無理だったか…でも、こっちはなんとか読めそうだ…古い帝国語だな…ファ…ル…コ…ファルコか!いい名前だな?!よろしくなファルコ!」
「キュルル!!」

新たにできた仲間に、諸々複雑な気持ちは飲み込んで、ひとまずは喜ぶことにしたデイビッドだった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

国王一家は堅実です

satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。 その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。 国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。 外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。 国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

悲恋小説のヒロインに転生した。やってらんない!

よもぎ
ファンタジー
悲恋ものネット小説のヒロインに転生したフランシーヌはやってらんねー!と原作を破壊することにした。

力は弱くて魔法も使えないけど強化なら出来る。~俺を散々こき使ってきたパーティの人間に復讐しながら美少女ハーレムを作って魔王をぶっ倒します

枯井戸
ファンタジー
 ──大勇者時代。  誰も彼もが勇者になり、打倒魔王を掲げ、一攫千金を夢見る時代。  そんな時代に、〝真の勇者の息子〟として生を授かった男がいた。  名はユウト。  人々は勇者の血筋に生まれたユウトに、類稀な魔力の才をもって生まれたユウトに、救世を誓願した。ユウトもまた、これを果たさんと、自身も勇者になる事を信じてやまなかった。  そんなある日、ユウトの元へ、ひとりの中性的な顔立ちで、笑顔が爽やかな好青年が訪ねてきた。 「俺のパーティに入って、世界を救う勇者になってくれないか?」  そう言った男の名は〝ユウキ〟  この大勇者時代にすい星のごとく現れた、〝その剣技に比肩する者なし〟と称されるほどの凄腕の冒険者である。 「そんな男を味方につけられるなんて、なんて心強いんだ」と、ユウトはこれを快諾。  しかし、いままで大した戦闘経験を積んでこなかったユウトはどう戦ってよいかわからず、ユウキに助言を求めた。 「戦い方? ……そうだな。なら、エンチャンターになってくれ。よし、それがいい。ユウトおまえはエンチャンターになるべきだ」  ユウトは、多少はその意見に疑問を抱きつつも、ユウキに勧められるがまま、ただひたすらに付与魔法(エンチャント)を勉強し、やがて勇者の血筋だという事も幸いして、史上最強のエンチャンターと呼ばれるまでに成長した。  ところが、そればかりに注力した結果、他がおろそかになってしまい、ユウトは『剣もダメ』『付与魔法以外の魔法もダメ』『体力もない』という三重苦を背負ってしまった。それでもエンチャンターを続けたのは、ユウキの「勇者になってくれ」という言葉が心の奥底にあったから。  ──だが、これこそがユウキの〝真の〟狙いだったのだ。    この物語は主人公であるユウトが、持ち前の要領の良さと、唯一の武器である付与魔法を駆使して、愉快な仲間たちを強化しながら成り上がる、サクセスストーリーである。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

処理中です...