黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

スランプ

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その朝、エリックはデイビッドの顔を見るなり驚いた。

「どうしたんですか?!その顔!」
「顔…?ん?なんか荒れてんな…あーやっちまったか…」

鏡を見ると、左目の周りが赤く炎症を起こし、ガサガサになっている。

「何があったんですか?」
「薬の改良で色々混ぜ物してたんだが、失敗したな。2番の配合は無しか…」
「また自分で実験してるんですか?いい加減体壊しますよ?!」
「そこまで深刻なヤツは資格がないからやんねぇよ。」
「またそんな事言って…違法スレスレなヤツも持ってるの、知ってるんですからね?!」
「違法に使ってるわけじゃねぇんだからセーフだよ!」


しかし失敗はこれだけでは終わらなかった。

「…嘘だろ…酵母が全滅してるだと…?使った果実が傷んでたか、瓶の洗浄が甘かったか…仕方ない…作り直すか…」

発酵中の酵母は腐って全て駄目になっていた。

「うえぇっ…なんだこれ、屑肉になんか混じってんな
何の肉だ?しまった気づかなくて混ぜちまった…捨てるしかないか…あ~あ、もったいねぇ事しちまったなぁ…」

ひき肉にした肉の中には、食用にならない魔物肉が混じっていたらしく、かなりの量が廃棄に。

「畜舎の申請も数字間違えて差し戻されるし…あー…何もうまくいかねぇな!」


そんな状態で焦って薬品をいじったのが、この日の最大のミスだった。

「あ゙ぁ゙ぁ゙っ……エリック窓開けてくれ!!急げ!!」

部屋にキツい刺激臭が立ち込め、エリックが慌てて窓を開ける。

「やっちまった…!!中和剤どこだ?!エリック、薬箱を頼む!あとロウソク!火がいる!!デスクには絶対触るなよ?!」

こぼれた液体に白い粉のような物を振りかけ、しきりに押さえていた腕にも構わず瓶の中身をかけていく。

「一体何が…なっ…アンタその腕!!」
「すまん…ヘマしたのわかってる…この所、気が抜けてた…ざまァねぇなぁ…」

デイビッドの右腕は、皮膚が溶解し、肉が剥き出しの大怪我を負っていた。
腕にかかったのはサソリヘビという巨体な毒蛇の溶解毒だ。

「やるしかねぇか…」

薬箱の晒し布を奥歯で噛み締め、ナイフをロウソクで炙ると、一呼吸整え、血が泡を吹いている傷口にナイフを当てて、皮を削ぎ落とし、肉を抉っていく。

「ぐっ…っっ…ぅ゙っ…」

更に傷口を熱したナイフの腹で焼き付け、止血と加熱による残った毒の処理をする。
血肉の焼ける嫌な臭いがして、椅子の軋む音と、荒い息遣いとうめき声が聞こえてくる。
ようやく血が止まり、ドッと崩れるように椅子にもたれ、肩で息をするデイビッドにエリックが声を荒げた。

「こんなの無茶苦茶ですよ!!」
「医務室に行っても同じだ…サソリヘビの毒は損傷部分を切り落して焼くしか無いんだ…腕が無くなるよりいいだろ…?」
「なんでそんな危険な物を?!!」
「例の蜂蜜の分解に必要なんだよ…針の先程度の量出すはずが、うっかり手が滑った…俺の落ち度だよ…」
「いい加減にして下さいよ!!お願いですからもっとご自分を大切にして下さい!!このままじゃいつ命まで手放してしまうか分かったもんじゃない!!いいですか?!しばらく仕事は禁止!!授業も休止させます!!今の貴方に必要なのは休養!それだけ!!分かったら返事は?!!」
「…はーい……」

エリックはグチグチ文句を言いながら、痛々しい傷に薬を塗り、包帯を巻くと、それ以上は何も言わずに部屋を出ていってしまった。


宣言した通り、エリックはデイビッドに5日間の休養を取らせ、授業も他の事業に関する活動も、一切を禁止した。

「ヴィオラ様もタイミング良く、今週はご友人達と食堂でテスト勉強をされるそうで、こちらにはしばらく来られないと伝言を預かっています。丁度いいじゃないですか。腕の傷のことは黙っててあげますよ。休み明けにでもせいぜい泣かれて下さい。」

反論しようにも、利き手を負傷してしまったため、何をするにも激痛が走り、夜も痛みと熱に苛まれ上手く眠れないので、生活に支障が出ているのは確かだ。

今回ばかりは自分が悪いので、大人しく侍従の言葉に従うしかない。

「料理も最低限!外出も散歩程度にして、ちゃんと休む事!!いいですね?!」
「はーーいはい……」

ぽつんと部屋に一人。
ソファに座ってぼんやりしていると、沸々と色んなことを考えてしまう。
およそ数年振りのする事のない状態に、デイビッドは少しだけ焦りを感じていた。
(なんっっもやる事がない!!!)
時間が空いたなら、好きなことをしようと考えて、改めて気がついてしまった。
自分には趣味どころか楽しみや興味が、仕事を離れるとほとんど無い。

“やる事”と“やらなければならない事”をぎちぎちに詰め込んで動いていただけで、日々の中でこれと言って余暇に何かを楽しむ習慣がそもそもないのだ。
(良く考えたら17で王都に放り込まれてから、ちゃんと休みなんて取ってなかった…暇だと思ってた時間も、単に手が空いただけで、やる事は山積みだったし、え??それって人としてどうなんだ?!仕事以外は空っぽって…自分がこんなにつまんねぇ人間だとは思いもしなかった……)

じっとしていると色々考え込んでしまい、気持ちまで滅入ってしまうので、少し外を歩くことにした。
丁度ファルコが引き抜いた羽と、切った爪が溜まったので、魔法学棟に届けに行くついでに、たまには専門書以外の本でも見てみようかと思い、研究室を出た。

「ちょっと!どこに行くんですか?!」
「散歩ついでに、魔法学棟まで届け物。あと、すること無いんで図書室で本でも見てくる…」
「そのくらいなら、まぁいいでしょう!すぐ戻って来て下さいね?!」
「わかってるよ…」

途中エリックに見つかったが、気晴らしくらいならと許してもらえたので、ヴィオラや他の生徒に見つからないよう、授業時間にこっそり歩いて行った。


普段滅多に来ない魔法学棟のアーチを渡り、魔術教員達の部屋を訪ねて、ヒポグリフの素材を渡すと大層喜ばれた。
礼を言われて、戻ろうとした時、不意に何かに呼ばれたような気がして、足が自然と魔法学棟の下へと進んで行った。

建物の2階が入り口になっている特殊な塔を降りていくと、広い中庭の端の方に、こんもりと草木の生い茂る謎の空間を見つけて近づいてみる。

外からは野茨とイラクサで覆われた、数メートル四方の小庭のように見えるが、中はずいぶん広いようだ。
入り口には季節に合わないライラックとブルーベルが咲き乱れ、気がつくとデイビッドはその奥へ奥へと進んでいた。

(あれ?なんでこっち来ちまったんだ?早く戻らないと…ああ…でも…ここの空気は…気持ちがいいな……)

奥の光を目指して進む後ろで、今来た道が閉ざされ、外界と切り離された事にデイビッドはまだ気付いていない。

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