黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

初飛行

次の朝早く、腕の包帯を解いたデイビッドに、信じられない出来事が起きていた。

「エリック!なぁ!エリック!!」
「なんですか?朝っぱらから…」
「…傷がない……」
「は?!」
「腕の傷が治ってる!!」

サソリヘビの毒に侵され、骨が見える程肉を削ぎ、焼き付けたはずの傷口が、今朝見たらもう肉が戻り、新しい皮膚に覆われていた。

「半年は覚悟したはずだったんだが…何が起きた?」
「恐らく、昨日の精霊達のおかげでしょうね…気に入られたんですよ。妖精も精霊もこうやって気まぐれに人に干渉して、恩恵を授けることがあるんです。非常に珍しい事ですが…」
「へぇ…すげぇな!!」
「他に感想ないんですか?!」


体さえ治ってしまえばこっちのもので、デイビッドは残りの休みを、思い切り好きに過ごした。

ムスタと外に出たかと思ったら、荷車を引いて帰って来て、大荷物を庭先に広げ、大工仕事に取り掛かる。

「別にここに建てるなら申請いらねぇし、土地の許可が降りたらそっちに移そうと思って、先に簡易の組み立て小屋、手に入れて来た!」

簡易と言っても大仕事。
それをムスタに手伝わせながら、午前中にはそこそこの大きさの小屋が完成した。
中に寝藁と巣籠を置き、ファルコを繋ぐための専用の金具を取り付けて、大砂鳥を放す。
ムスタは奥の囲いの中に納まり、のんびり餌を食べている。

「ファルコ!こっち来い、お前の鞍が届いたぞ?!着けてみて…そんな嫌な顔すんなよ…」

ファルコは、複雑なベルトがついたヒポグリフ用の装着具を見て、後退りした。

「これ着けないと、違反になって外に出してやれなくなるんだよ!もう脚も治ったし、散歩だって行きたいだろ?頼むよ、着けてくれって!」
「クルルルルキュルル…」

話が伝わったのか、おとなしくなったファルコに、鞍を掛けると、途端に魔獣の見た目から使役獣の姿になる。
丁寧に締め付けを調節し、嫌がらない位置を確認しながら鞍を固定させたら、騎乗用ヒポグリフの完成だ。

「おお!カッコついたな!?微調整するから動くなよ?!重いだろうけど…少しだけ我慢しててくれ。」

デイビッドは鞍に跨り、金具や残りの器具の取り付けに掛かる。

「おーい、揺らすなよ。説明書が帝国語なんでいちいち読んで訳さないと…図解が欲しいな……」

細かい字で書かれた文章と奮闘しながら、ゴソゴソ作業していると、しびれを切らせたファルコがいきなり立ち上がった。

「キュールルル」
「わっ!!ちょっと待てって!まだ乗り手の固定具がうまくつけられてな…わぁぁぁっ!!」

大きな羽を広げ、ファルコは助走もなしに宙へ駆け上がる。
長めに取った縄が許す高さまで飛び上がると、その場でバサバサと羽ばたいて見せた。

「ファルコ!!落ちる!1回降りてくれ!!縄ついてるったって、地上まで結構な高さあるから、な?!俺何も着けないでしがみついてるだけなんだよ!落ちたら流石に…うわ…高ぇ…」

一旦冷静になると、自分がどれほど高くにいるかわかる。
ファルコは直ぐに降りてくれたが、今度は逆にデイビッドの方に火が点いた。

「よし!飛ぶか!!」
「キュルル!!」

急いで航空騎乗具を身に着け、ヘッドギアとゴーグルを被るとファルコの綱を外し、騎士科の広い演習場まで連れて行く。
鞍に固定具と、落下防止のベルトを着け、鐙に足をかけると、ファルコは直ぐに駆け出した。

馬の掛ける感覚が一瞬で浮遊感に変わり、地上が遠くなる。
学園の屋根を越えると、そこはもう未知の世界だった。

「すげぇ……空がこんなに近い…飛ぶってこんなに気持ちいいもんなのか!!ファルコ!!お前やっぱりすごいなぁ!!生まれて初めてだ!こんな景色…」

王都の先、運河の流れも、道も畑も湖も、遥か遠くまで見渡せる程高く、ファルコはどんどん上を目指し、とうとう雲に突っ込んだ。

「うわっぷ!なんにも見えねぇ!…雲の中って本当に真っ白なんだな!!」

やがて雲すら突き抜けて、雲の海を緩やかに飛んでから、今度は風を切って急降下する。

「わぁぁっ!!速い!」

手綱を握りしめ、体勢を整えると、木の葉のようにくるくる回るファルコに合わせて、バランスを取る。
ヒポグリフの最高飛行速度は、時速約300キロ前後。
ムスタでも出せない速さで、デイビッドは初めての飛行を楽しんだ。

「楽しい…楽しいな!!ファルコ!俺、今すごく楽しい!!こんな気分、久しぶり過ぎて忘れてた…そういや前は外の世界に出ると、感動ばっかしてたのに…やっぱ、狭いとこにいたらダメだな!」

あっという間に王都をぐるり周回し、学園に戻ると、地上がだんだん近くなる。

「ハァーー…すごかった…飛ぶってこんなに気持ちがいいもんなのか…ありがとう、ファルコ。俺はお前に会えて本当に良かったよ…」

ややこしい固定具を外し、ファルコを思い切り撫で回しながら、デイビッドは珍しくはしゃいでいた。


「あ!ミス・ヴィオラ、ちょっと外を見て下さい。珍しい物が見られますよ?」
「なんですか?エリックせんせ…あれは…デイビッド様…?」

教室移動中にエリックと出会って、一緒に歩いていたヴィオラは、2階の窓から演習場の方に目やると、ファルコを連れたデイビッドが見えた。
ファルコのくちばしを撫でながら、何かとても楽しそうに笑っている。

「笑ってる…すごく楽しそう…」
「人前ではあんな顔、滅多にしませんよ。あれなら年相応に見えるでしょ?普段は斜に構えてますけどね、本来はああやって笑う人なんですよ。」
「私と一緒の時も、あんな顔見たことありません…」
「まぁ、ヴィオラ様の前では半分かっこ付けたい気持ちもあるんでしょうけど…元々あの人に心を開かせるのは至難の業ですので、覚悟しといて下さいね。」
「が…がんばります…」
「ああでも、愛する人の言葉なら素直に聞くと思いますよ?ヴィオラ様が相手なら、どんな無茶振りしても従うんじゃないですかね?」
「エリック先生、からかわないで下さい!!」

エリックは、走って行ってしまったヴィオラを見送くると、もう一度外を見た。

(あの格好は飛行訓練でもしたのかな?旦那様も酷な事を仰る…あんな大翼の鳥を狭い籠に閉じ込めておけなんて…また、外に出たいんだろうなぁ…お目付け役も楽じゃないですよまったく…)

新しい乗り物を手に入れてしまったデイビッドが、またどこかに逃げて行かないよう、エリックは見張っていないといけない。

(でも…そうか、今手綱を握っているのはヴィオラ様だから、何処かへ逃げ出すことはないのか…ちゃんと帰る場所を見つけられたのは、成長なんでしょうかね…)

エリックは、遠目に魔獣と戯れ(て頭を食われてい)る主人を見て一人微笑んだ。

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