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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活
魔草ヒュリス
研究室の畜舎で大砂鳥が騒ぎ出すと、それが目覚ましになって目が覚める。
(なんで毎朝時間ぴったりなんだろう……?)
動物とは侮れない能力を持っているものだ。
明日はテスト明け。
エリックの授業も再開し、また忙しい日々が始まる。
こんなに優雅な朝とも、しばしの別れだ。
「イダダダダ!!離せファルコ!もげる!首がもげる!!」
朝のハーブティーを飲みながら外に出ると、寝ぼけたファルコのクチバシに頭を挟まれたデイビッドがもがいていた。
「甘噛みが甘くねぇ!!ムスタ!頼むからこの状況で襟首引っ張るの止めてくれ!!絞まる!首が!!人の頭を上と下で綱引きすんな!!千切れるわ!!」
「朝から賑やかですねぇ…」
「見てねぇで助けろよ!!!」
エリックが近づいて、ファルコのクチバシを軽く叩くと、パカッと開いてオヤツをねだる。
特製のペレットを投げてやると上手に受け止めて食べた。
ムスタにも乾燥させたマリーゴールドを与えると、喜んでいるようだ。
「ヒポグリフなんて始めは驚きましたけど、慣れるとかわいいもんですね。」
「え…?俺より懐いてる…?」
「貴方がいない間世話したの僕ですから。馬の躾には少し自信があるんですよ。」
デイビッドは少しショックを受けたような顔で足元の卵を籠に拾い集め、部屋に戻った。
大砂鳥は、籠に押し込められている間は卵を産まなかったので、今朝の産みたて卵が初めての収穫になる。
鶏の物より格段に大きい、白と茶色の斑模様の卵。
今朝はシンプルに目玉焼き。
「お、うまい!大味になるのかと思ったら、意外と繊細で口当たりもまろやかだな…あー何作ろう!?」
「高級食材だけありますね。鶏の3倍位ありません?」
今朝のパンは小麦酵母を使った白パン。
指がおぼれるほど軟らかいので、大きくは作れなかったが、過去最高のふわふわに焼き上がった。
「これ毎日食べたいです!」
「…なんで俺がひとつ食べ終わる前に4つ消えてんだ?」
「飲みました!余裕で!」
「パンを!?」
朝の内に掃除や昼の仕込みを終えると、デイビッドは気合を入れ直し、ついに先日のリベンジに取り掛かった。
慎重に、コンマのミスもしないよう、ひとつひとつ瓶の中身を取り出し、試験管の中で混ぜていく。
蜂蜜が分解され、わずかに浮かび上がって来る微小な成分を上澄みごと吸い上げ、試薬と顕微鏡に掛けると、その正体が明らかになる。
「あーーーーー………エリック、アリスティアに声掛けてくれるか?姫殿下に家臣として進言があると伝えてくれ。」
「嫌な予感しかしませんけど…」
「ヒュリスが出た……」
「聞きたくなかったぁ~……」
エリックが泣き言を言いながら部屋から出ていくと、しばらくしてアリスティアが顔を出した。
「普通どっかに呼びつけるとかしないか?!」
「ここ以上に密談に適した部屋がありまして?」
にっこり笑うアリスティアの周りに、エリックが更に隠蔽魔法をかける。
「これでどんな機密も外には聞こえませんね。さぁ、話しなさい、デイビッド・デュロック。」
王族の威厳を纏うと、幼い少女の雰囲気が一転、凛とした王女の顔付きになる。
「では、単刀直入に…ヒュリスが出ました。そしてそれを何者かが悪用しているのではないかと思われます。故に王家の指示を仰ぎたく…」
「ヒュリスですって?!」
アリスティアは思わず立ち上がり、再び力が抜けたように座り込んだ。
ーー ヒュリス ーー
それは、かつてこの国を騒がせた魔草の名だ。
特殊な香りで虫を引き寄せるこの花の蜜は、虫の体内の成分と結びつき、強力な麻薬へと転じる。
人体に蓄積すると、臓器を弱らせ、四肢の力を奪い、やがて死に至らしめる。
魔素の濃い土地に生じて、その周辺に多く繁殖するが、他の植物と見分けるのが難しく、そのため最初の発見から駆除が遅れ、かなりの犠牲者を出す事になった。
養蜂が盛んであったグリュース侯爵領は、特にその被害が大きかった。
身体を壊す者と死者の数が異様なので、始めは風土病を疑われていた。
その原因がまさか特産の蜂蜜だったとは。
当時、食べると幸せな気分になり、健康になるという謳い文句で売り出されていたグリュースハニー。
しかし、国中を虜にした魅惑の蜂蜜が、実は恐ろしい麻薬だと、この時、誰も気が付かなかったのだから仕方がない。
国王はグリュースとその周辺領の養蜂を禁じる事だけに留め、これは悲しい事故であったとして、生産者達を咎めることはしなかった。
例え、その蜂蜜を愛用していた王妃の子が流れたのだとしても…
当時、陛下は蜂蜜の真相を知る者達を集め、蜂蜜の成分が麻薬であることを伏せ、毒であったと報じるよう命じた。
誰に悪用されるかわからないからだ。
「ヒュリスは、私の弟の命を奪った敵です。何としても食い止めねば…それに悪用とおっしゃいましたね?!何が起きているの?詳しく話しなさい!」
そこでデイビッドは、ルフト男爵領に設けられた謎の養蜂施設と、役人に扮してそれを勧めた怪しい人物がいた事をアリスティアに話した。
「黒幕がわからないので、泳がせてはおりますが、どうやらルフト男爵ではないようです。金の出処を探り、出荷先を突き止めようとしましたが、まだ動きはありません。」
「既に動いて下さっているのですね…」
「元より、ヒュリスを発見し、試薬を完成させたのはウチの爺さんでしたから。討伐には親父も関わっています。ヒュリスに関して、次代デュロックである俺が動かないわけにはいかないでしょう。」
「分かりました…蜂蜜の方は王家にお任せ下さい。今回ばかりは知らなかったでは許されません。仲介者から黒幕まで、根こそぎ粛清します。急ぎ父と兄に知らせましょう。」
「よろしくお願いします。」
「なので、貴方にはヒュリスの駆除を依頼します。あれは特殊な魔草だと聞いています。10年前の悲劇が繰り返される前に、他の誰の手にも渡らぬよう、何としてもここで阻止するのです。頼みましたよ?!」
エリックが隠蔽魔法を解くと、王女はまた、ただのアリスティアに戻り、教室へ戻って行った。
「ルフト領まで片道1週間か…また長くかかりそうだなぁ…」
「そんなに掛かります?」
「掛かるだろ?山二つ超えて、谷を迂回しないと行けな……あ!そうか!!」
「ファルコに乗ってっちゃえば速いのに。」
「その手があった!!」
これぞ巡り合わせとでも言うのだろうか。
この日から、ヒュリス討伐に向けて、デイビッドとファルコは毎日飛行訓練をする事になった。
(なんで毎朝時間ぴったりなんだろう……?)
動物とは侮れない能力を持っているものだ。
明日はテスト明け。
エリックの授業も再開し、また忙しい日々が始まる。
こんなに優雅な朝とも、しばしの別れだ。
「イダダダダ!!離せファルコ!もげる!首がもげる!!」
朝のハーブティーを飲みながら外に出ると、寝ぼけたファルコのクチバシに頭を挟まれたデイビッドがもがいていた。
「甘噛みが甘くねぇ!!ムスタ!頼むからこの状況で襟首引っ張るの止めてくれ!!絞まる!首が!!人の頭を上と下で綱引きすんな!!千切れるわ!!」
「朝から賑やかですねぇ…」
「見てねぇで助けろよ!!!」
エリックが近づいて、ファルコのクチバシを軽く叩くと、パカッと開いてオヤツをねだる。
特製のペレットを投げてやると上手に受け止めて食べた。
ムスタにも乾燥させたマリーゴールドを与えると、喜んでいるようだ。
「ヒポグリフなんて始めは驚きましたけど、慣れるとかわいいもんですね。」
「え…?俺より懐いてる…?」
「貴方がいない間世話したの僕ですから。馬の躾には少し自信があるんですよ。」
デイビッドは少しショックを受けたような顔で足元の卵を籠に拾い集め、部屋に戻った。
大砂鳥は、籠に押し込められている間は卵を産まなかったので、今朝の産みたて卵が初めての収穫になる。
鶏の物より格段に大きい、白と茶色の斑模様の卵。
今朝はシンプルに目玉焼き。
「お、うまい!大味になるのかと思ったら、意外と繊細で口当たりもまろやかだな…あー何作ろう!?」
「高級食材だけありますね。鶏の3倍位ありません?」
今朝のパンは小麦酵母を使った白パン。
指がおぼれるほど軟らかいので、大きくは作れなかったが、過去最高のふわふわに焼き上がった。
「これ毎日食べたいです!」
「…なんで俺がひとつ食べ終わる前に4つ消えてんだ?」
「飲みました!余裕で!」
「パンを!?」
朝の内に掃除や昼の仕込みを終えると、デイビッドは気合を入れ直し、ついに先日のリベンジに取り掛かった。
慎重に、コンマのミスもしないよう、ひとつひとつ瓶の中身を取り出し、試験管の中で混ぜていく。
蜂蜜が分解され、わずかに浮かび上がって来る微小な成分を上澄みごと吸い上げ、試薬と顕微鏡に掛けると、その正体が明らかになる。
「あーーーーー………エリック、アリスティアに声掛けてくれるか?姫殿下に家臣として進言があると伝えてくれ。」
「嫌な予感しかしませんけど…」
「ヒュリスが出た……」
「聞きたくなかったぁ~……」
エリックが泣き言を言いながら部屋から出ていくと、しばらくしてアリスティアが顔を出した。
「普通どっかに呼びつけるとかしないか?!」
「ここ以上に密談に適した部屋がありまして?」
にっこり笑うアリスティアの周りに、エリックが更に隠蔽魔法をかける。
「これでどんな機密も外には聞こえませんね。さぁ、話しなさい、デイビッド・デュロック。」
王族の威厳を纏うと、幼い少女の雰囲気が一転、凛とした王女の顔付きになる。
「では、単刀直入に…ヒュリスが出ました。そしてそれを何者かが悪用しているのではないかと思われます。故に王家の指示を仰ぎたく…」
「ヒュリスですって?!」
アリスティアは思わず立ち上がり、再び力が抜けたように座り込んだ。
ーー ヒュリス ーー
それは、かつてこの国を騒がせた魔草の名だ。
特殊な香りで虫を引き寄せるこの花の蜜は、虫の体内の成分と結びつき、強力な麻薬へと転じる。
人体に蓄積すると、臓器を弱らせ、四肢の力を奪い、やがて死に至らしめる。
魔素の濃い土地に生じて、その周辺に多く繁殖するが、他の植物と見分けるのが難しく、そのため最初の発見から駆除が遅れ、かなりの犠牲者を出す事になった。
養蜂が盛んであったグリュース侯爵領は、特にその被害が大きかった。
身体を壊す者と死者の数が異様なので、始めは風土病を疑われていた。
その原因がまさか特産の蜂蜜だったとは。
当時、食べると幸せな気分になり、健康になるという謳い文句で売り出されていたグリュースハニー。
しかし、国中を虜にした魅惑の蜂蜜が、実は恐ろしい麻薬だと、この時、誰も気が付かなかったのだから仕方がない。
国王はグリュースとその周辺領の養蜂を禁じる事だけに留め、これは悲しい事故であったとして、生産者達を咎めることはしなかった。
例え、その蜂蜜を愛用していた王妃の子が流れたのだとしても…
当時、陛下は蜂蜜の真相を知る者達を集め、蜂蜜の成分が麻薬であることを伏せ、毒であったと報じるよう命じた。
誰に悪用されるかわからないからだ。
「ヒュリスは、私の弟の命を奪った敵です。何としても食い止めねば…それに悪用とおっしゃいましたね?!何が起きているの?詳しく話しなさい!」
そこでデイビッドは、ルフト男爵領に設けられた謎の養蜂施設と、役人に扮してそれを勧めた怪しい人物がいた事をアリスティアに話した。
「黒幕がわからないので、泳がせてはおりますが、どうやらルフト男爵ではないようです。金の出処を探り、出荷先を突き止めようとしましたが、まだ動きはありません。」
「既に動いて下さっているのですね…」
「元より、ヒュリスを発見し、試薬を完成させたのはウチの爺さんでしたから。討伐には親父も関わっています。ヒュリスに関して、次代デュロックである俺が動かないわけにはいかないでしょう。」
「分かりました…蜂蜜の方は王家にお任せ下さい。今回ばかりは知らなかったでは許されません。仲介者から黒幕まで、根こそぎ粛清します。急ぎ父と兄に知らせましょう。」
「よろしくお願いします。」
「なので、貴方にはヒュリスの駆除を依頼します。あれは特殊な魔草だと聞いています。10年前の悲劇が繰り返される前に、他の誰の手にも渡らぬよう、何としてもここで阻止するのです。頼みましたよ?!」
エリックが隠蔽魔法を解くと、王女はまた、ただのアリスティアに戻り、教室へ戻って行った。
「ルフト領まで片道1週間か…また長くかかりそうだなぁ…」
「そんなに掛かります?」
「掛かるだろ?山二つ超えて、谷を迂回しないと行けな……あ!そうか!!」
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「その手があった!!」
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