黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

留守の間のお茶会

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デイビッドがヒュリス討伐に出かけた日。

ひとりになったエリックは、テーブルに小さな菓子鉢の用意を始めた。

紅茶の代わりにミルクの皿とバターの欠片、それから蜂蜜。
菓子鉢には小振りのクッキーを盛って、しばらくじっと座っていると、デイビッドのデスクの棚の影から何か動くものが現れた。

[おいで、僕とお話しよう]

言葉をそのまま魔力に変換すると、それは音とも声とも付かない不思議な音色の言語となる。

[君は何が好きかな?怖くないからこっちへおいでよ?]

淡く光る半透明の小人の様な不思議な存在。
これは、デイビッドが妖精の箱庭から連れてきてしまった妖精の内の一匹だ。
(コイツだけ意地でも離れなかったんだよなぁ…)
せめて悪意の有無か、目的をはっきりさせておかないと、どんな目に遭わされるかわからない。
人外の思考は人間とはかけ離れているため、ひょんなすれ違いや、思い違いが不幸を呼ぶことも珍しくない。
慎重に話しかけ、できるならこちらの意図を汲んでもらうか、良い方へ誘導したい。

[おっきいの、きょうは、いないね]

テーブルに乗った妖精は、ちょこちょこやって来て、クッキーをひとつ抱えてかじり始めた。
(おっきいの…って、たぶんデイビッド様のことだよなぁ…)

[はじめまして、僕はエリック]
[エリク、おっきいのより、ほそながいね]
[そ…そうだね。君はおっきいのが好きなのかな?]
[うん、おっきいの、かえれなくて、かわいそうだから、ついてきたの]
[(やっぱり妖精と間違われてた!)なんでおっきいのが仲間だと思ったの?]
[うたったから、ぼくたちと、おなじこえで、でも、もうなくしちゃったから、うたえないの]
[(は?歌った?)そうかぁ…なくしちゃったのかぁ…(なにを…?)]
[こえを、しまっちゃったから、もう、うたえないの]

[おっきいのの腕を治してくれたのは君達かい?]
[みずのせいれいさまが、けがしてかわいそうだから、なおしてあげなさいって、そしたら、かぜのせいれいさまが、いっしょにあそぼうっていって、こえのでるたまを、だしてあげたの、でも、もう、うたえないの]

妖精はクッキーを半分かじると、皿からミルクを飲んで満足気な顔をする。

[君は帰らなくていいの?]
[ぼく、ここにいる]
[(帰ってくれ!!)うーん…ここは楽しいかい?]
[おっきいのいるから、たのしい]
[おっきいのは…妖精じゃないかも知れないよ?]
[おっきいの、ひらひらがすきなの、だからようせいじゃなくなったの、ぼくも、きらきらがすきだから、おっきいのみたいになりたい]

妖精から発せられる、謎に次ぐ謎にエリックはだんだん頭が混乱してきた。

[ひ…ひらひらって、なにかなぁ?]
[あたまに、ひらひら、ちょうちょつけてる]
[(ちょうちょ?!あたまにひらひら…リボンか!ヴィオラ様のリボンだ!)じゃ…じゃぁ、きらきらは…?]
[きらきら、まっすぐ、さらさらしてて、いいにおい]
[(まっすぐ…さらさら?いいにおい?…シェルリアーナの銀髪!?)きらきらの所へは行かないの?]
[おうちのなかに、はいれないから、かえってきたの、ここにいれば、きらきらいつも、きてくれるから]


話をまとめると…

大怪我を負ったデイビッドが、あの日妖精の箱庭へ呼ばれたのは、水の大精霊による慈悲だったようだ。
しかし、風の大精霊に気に入られ、更に何かしら妖精を喜ばせるような事をしたため、帰してもらえなくなったというのが真相らしい。
で、着いてきたこの妖精は、デイビッドのみならずシェルリアーナを気に入って、研究室に居着いたそうだ。
この妖精は、デイビッドが人間を好きになったから、妖精をやめて人間になったと思っている。
案外物語というものは、こういった勘違いから生まれるものなのかも知れない。


[話してくれてありがとう。これからは僕とも仲良くしてくれると嬉しいなー…]
[うん、エリク、ぼくのこえ、きこえるから、すき]
[(ぃいよっしゃぁーーっ!)君のことはルーチェって呼んでいいかな?羽が光っててとてもキレイだからさ]
[いいよ、ぼく、るーちぇだね]
[よろしくね、ルーチェ!]

一見、お伽噺のようなこの光景は、ひとつ間違えたら妖精の怒りを買い、命に関わる綱渡り。
エリックはなんとか渡り切ることができたが、危険極まりない行為なので、他の者は決して真似してはならない。
(やり切ったあぁーーー!!まさか仮名かりなの約束までできるなんて…)

仮名の約束とは、妖精との契約の一種で、こちらが提案した名前で呼ぶことを許可してもらい、妖精の存在を捉えやすくする手段のひとつだ。
気まぐれな妖精の影響を受けにくくなるので、身近に妖精がいる時はなるべく結んでおきたいが、精霊魔法の熟練者でも成功率は半々くらいだ。
(こんなによく働いたのになぁ……)

恐らく、デイビッドにはこの快挙も感動も伝わらないのだろう。
そう思うと少し虚しいエリックだった。


その頃ヴィオラは、エリックから受け取った大きなバスケットを持って、友人達とランチを楽しんでいた。

「今日は出掛けるから、皆で食べなさいって作ってくれたの!」

(作ってくれたって…誰が?)
(そんなの決まってんじゃない!!)
(なにこれ、すっごい美味しそう…)
(もう花嫁修行いらないじゃん!!)
(これじゃどっちが嫁だかわかんないわよ…)

中庭で、皆でわいわい食べる楽しいランチタイム。
しかし後日、この内の3人が各々食べたサンドイッチの呪いにかかることになった…



「なんか……めっちゃサラサラになってる……??」

一方で、ヒュリスの消化液がべったり着いた体を洗っていたデイビッドは、自身の髪質が異常に改善していることに気がついた。

「え??なんだコレ……洗い晒しでろくに手入れもしなかったから、昨日までギシギシに痛みまくってたのに…花の中に落ちた時、頭から突っ込んだから、髪なんかベッタベタで…ヒュリスの効果なのかコレ?!」

あれだけきつかった甘い匂いも、洗ってみると残り香は、薔薇とジャスミンとラベンダーのいいとこ取りの様な香りで、そう悪くない。

「…利用価値あり…ってことでいいのか…?」

それからしばらくデイビッドの髪はサラサラのままで、ヴィオラとシェルリアーナに羨ましがられる事になった。

「なんですの…このサラサラの手触り…」
「ツヤツヤで滑らかで、一体なにをつかったのですか?教えて下さい!!」
「だから、事故だったんだって!魔物に食われたらこうなってたの!これ以上説明できねぇよ!頼むから諦めてくれ!!」

しかたなく、商会で出している中でも一番人気の洗髪剤を取り寄せてヴィオラ達に使わせてみたが、ヒュリスに浸かったデイビッドの髪に敵う物は無かった。

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