黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

ファルコ

「デイビッド様!頭から血が出てます!!」
「あー木の枝に引っ掛けただけだから、心配すんな?!」

心配するヴィオラに、アルラウネの話を打ち明ける勇気がなく、いまだにひた隠しにしている後ろめたさから、デイビッドの動きは若干ぎこちない。

「どうせまた例のヒポグリフにでもつつかれたのでしょ?それより、今日の昼食!私のリクエスト、作ってくれたかしら?!」
「はいはい…」

夏の食べ過ぎを取り戻すため、シェルリアーナはダイエットを決意した。
今日はそれに巻き込まれ、全員でヘルシー料理を食べることに…
野菜スープにラタトゥイユ、サラダが3種類、メインは脂を落とした鶏肉のハム、デザートにはデトックスのハーブ水。

「ほぼ野菜ですね。」
「このくらいしないと、贅肉は落ちませんわ!」
「足りなかったらミートパイができてるぞ?!」
「「わーい!!」」
「余計な事すんじゃないわよ!!」
「残り物使い切りたくて…」
「主婦か!?」

大皿のミートパイにかぶりついて、幸せそうにしている2人を見ながら、今日こそは如何なる誘惑にも負けまいとシェルリアーナは頑張った。

午後の授業が始まる前に、物足りな気な顔をしたシェルリアーナと満足顔のヴィオラが行ってしまうと、エリックは自分の棚から大きな平たい鍋を引っ張り出した。

「錬金釜か、久々見たな。」
「そう!良く使い込まれてピカピカでしょう?これだけは手に馴染んだ物でないとね!」
「それで作るのか?」
「精霊薬は特別ですから!被検体もいることだし今日は調子が良いので早速作っていきますよ!?」
「今、被検体って言った…?」

特定の魔法陣や錬成陣を組み込んだ錬金釜。
魔法薬の調合で、親和性の低い物や、調和し難い物質を馴染ませ融合させる時に使用される。

その中に、手に入れた材料の他、浄化水、精霊の好む香草類と、いくつかの薬草を加え、世界樹の実の極々ほんの一滴にも満たない量を、針の先で加えていく。

「…そんなんで足りんのか?」
「多すぎなくらいですが?」
「針刺したところから痛んだりしない?」
「リンゴやオレンジじゃないんですってば!!」

いまいち理解してないデイビッドにイラっとしたが、感情ひとつが薬にも影響を及ぼしてしまうので、ここはぐっと堪え、錬成陣を発動させる。

魔法言語の中でも、精霊語は特に難しい。
聞き慣れない呪文を唱えるエリックを見て、デイビッドは少しだけわくわくした。

やがて全ての材料が溶け合い、瓶の中へ落ちてゆく。
一滴一滴、丁寧に確認し、瓶が満たされると、エリックは椅子にドサッと座り込んだ。

「ふーー…終わりましたぁ!!見て下さい!この濁りの無い透明な輝き!淡く光っているのは大成功の証ですよ?!」
「ほー?で、どうすんだ?」
「もちろんデイビッド様に使ってもらいます。」
「やっぱり…」
「大丈夫!大丈夫!これだけ純度の高い精霊薬、滅多に出回ってませんよ?!ほらほら上向いて!?」

エリックは、スポイトで吸い上げた一滴を、デイビッドの左目に垂らそうと構えたが、逃げ腰のデイビッドは余り乗り気ではない。

「差したら目玉が飛び出るとか無いよな…?!」
「無いですよ!!何をそんなに怖がってんですか!?」
「処方の無い薬品は怖いって言うし…」
「自分はあんなに実験繰り返しといて、よく言いますね?」
「目は流石にねぇよ!!」
「ほらじっとして…うーん…細くて入れにくいなぁ…」

ポタッと一滴、左目の中へ雫が落ち、途端デイビッドが跳ね起きた。

「イッ!タッ!目が……目が滲みる!!めちゃくちゃ痛え!!痛過ぎて目が開かねぇ!!」
「ええ?そんなはずは…」

2人でバタバタやっていると、そこへシェルリアーナがやって来た。

「ねぇ、さっきのスープまだ残ってたでしょ?お腹空いて集中できなくて…って何してますの?」

顔を押さえるデイビッドと、無理やり目を開かせようとしているエリックを見て、シェルリアーナは、この2人はまた碌でもないことをしているのかと呆れた顔をした。

「今度はなんですの?!」
「精霊薬の目薬を作ったんですが、目に差したら痛がって…」
「精霊薬の目薬?レシピは?ちょっと見せて?!」

シェルリアーナがエリックの使った文献をパラパラめくり、作った薬の成分をひとつひとつ確認していくと、ある事に気がついた。

「貴方…これ、回復薬よ?損傷のない部位へは使用しないようにって、冒頭のここに書いてあるわ!よく読んだ?」
「あれ…?」
「目薬の作り方は次のページね。ちょっと待って、まだ何か書いてある…万が一、欠損のない目に入った場合は、水で直ぐに良く洗い流すこと…」
「いっけなぁい!」
「「アホか!!」」

珍しくシェルリアーナとデイビッドの息が合ったが、今はそれどころではない。
慌てて水で洗い流すが、傷みは治まらず、直ぐには目が開かない。
その代わり、薬の効果なのか頭の傷は塞がっていた。
その間、今度はエリックがシェルリアーナに説教される番となった。

「貴方、従者でしょ?主人の心身の健康を守るはずが、ぶち壊してどうすんのよ!!そもそも普段から甘えすぎなのよ!!挙句の果てにこの始末!ヒモより質が悪いわ!少しは反省しなさい!!」

片目を濡らした布で冷やしながらデイビッドがソファに戻ると、反省すると見せかけて、やや嬉しそうな顔をしているエリックに気が付きかけ、見なかった事にした。

「目、真っ赤になってるわ。大丈夫?見えてる?」
「まだ視界がぼんやりしてるな…あー酷え目に遭った…」

温め直したスープを食べながら、シェルリアーナは目の前の不憫な男の顔をじっと見た。
(精霊薬なんか使って、一体何を見ようとしたのかしら…?気になるわね…)


予鈴が鳴ると、シェルリアーナも次の授業へ戻り、ようやく視界の戻ったデイビッドは、家畜小屋の世話をするため外に出た。
エリックも(少しは反省したのか)珍しく手伝いに出て来る。

「クルルルルル…」

ファルコはデイビッドが来ると、すぐに擦り寄って来て邪魔をする。

「好かれてんのか、餌くれるとだけ思ってんのか…」
「いい方に捉えましょうよ!」
「ほら、じっとしてろよ。足元掃いちまうからよ。」
「本当に良く懐きましたねぇ。」
「嫌味か!?」

ファルコは、掃除するデイビッドを追いかけ回し、隙あらば構ってもらおうとする。

「ところで、なんで名前が“ファルコ”なんですか?」
「言わなかったっけか?クチバシに削られかけのコードがあって、残ってた文字がファルコだったんだ。」
「意味はハヤブサでしょう?鷲の頭にファルコとは、これ如何に…」
「古い帝国文字だったから、何かの暗号なのかもな。すっかり名前だと思い込んでたから、今まであんまり深く考えた事がなかった。」
「ハヤブサと言えば、帝国のヒポグリフ隊の記事読みました?式典で見せた高度なパフォーマンスがもう胸熱で!!」
「あー毎年やるよな、ヒポグリフの……」
「将軍の別名が戦場のハヤブサ!剣技がカッコイイのなんの!」

「ラドフォード・クロイツェル・ド・ファルコン……」

「なんて??」
「将軍の家紋はハヤブサの羽だ!なんで今まで気が付かなかったんだ?!ファルコは…帝国のヒポグリフ隊の騎獣かも知れない…」
「え…?」

もちろん、ファルコを拾ってからヒポグリフに関する施設には全て問い合わせを出している。
あれから2ヶ月。そろそろ返信が来る頃だ。
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