黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

舞台

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「それではこれより、わが学園伝統の芸術祭を開催する!」

学園長の掛け声で、楽団が一斉に音楽を奏で始め、ついに芸術祭が始まった。

生徒も忙しいが、教員はもっと忙しい。
担任や顧問を持つ者は、担当の生徒達の最終確認に集中し、手の空いている者は各準備に走り回る。

「赤のテープの箱が3年の演奏で…黄色が2年の劇用で…こっちはなんだ?」

メモを確認しながら大荷物を抱えて各所を回り、資材や衣装を届けていたデイビッドは、1年の教室で練習中のヴィオラ達を見つけた。

「お、やってるな。どうだ、調子は?」
「あ、デイビッド先生!順調ですよ?!」
「最高です!今年の歌姫に選ばれちゃうかも!!」

各芸術分野で、最も優れていると認められた者には、それぞれ賞が贈られる。
歌姫は歌曲分野の最高賞だ。

「ずいぶん練習してたもんな?あ、そうそう。これ、小道具に使わないか?今朝、温室で咲いたヤツなんだ!」

デイビッドが荷物の隙間から取り出したのは、大輪のアルラウネの花だった。

「妖精とか精霊とか、白くてでっかい花なら合うかなーと思って…」
「なっ!…何考えてんですか先生っ!!」

チェルシーが立ち上がり、ローラやアニス達もそれに続く。

「そこは花束にして持って来なきゃダメでしょ?!」
「なんで荷物のついでに渡しちゃうんですか?」
「せめてプレゼントって言うところですよ?!」
「人前で雑な扱いされて、女の子幻滅しますよ!?」
「こんなロマンスの欠片も無い人が、よくヴィオラの婚約者になれましたね!?」
「うるせぇな!こっち側はプライベートから外れてんだからいいだろ!?」

多勢に無勢の冷たい視線が突き刺さり、デイビッドを追い詰めていく。

「プライベート関係無く、周りに見せつけるくらいの気概無いんですか?」
「裏表のある男って嫌われますよ?」
「その花が大切な思い出になるか、ただの記憶で終わるかは、渡す側の態度で決まるんですよ?」
「先生、もう少しがんばりましょう?でないと本当に捨てられますよ?」
「お前等容赦ねぇな…そろそろヘコむぞ…?」

また荷物を持って次の場所へ向かおうとすると、ヴィオラが後ろから追いかけて来た。

(あの!あの!お花すごくキレイで、私すっごく嬉しくて、こんな素敵お花、届けてくれてありがとうございます!本番の前に会えて良かった。舞台、楽しみにしてて下さいね!?)

そう言い残して、ヴィオラはまた教室に戻って行ってしまう。
あの純真な少女もいつか、彼女たちのように擦れていってしまうのだろうかと、デイビッドは少しだけ不安になった。


「おや?そこにいるのはデイビッドじゃないか?そんな所に突っ立って何してるんだ?」

聞き覚えのあるような無いような声がして、振り向くと白服の騎士姿のシェルリアーナが手を振っていた。
立ち居振る舞いから声の出し方まで、男性になりきっているようだ。

「へぇ、お前のとこは仮装か?」
「八つ裂きにするわよ?!男装よ、男装!!騎士の役なの!!主役なのよ?!」
「ドレスより似合ってんな。しろがねの騎士なんて言葉が合いそうだ。」
「男装ならナチュラルに褒められるの、おかしくない?!普段からそのくらい言いなさいよ!!」

その後も荷物をあちこち運んでいると、ステージの時間になった。
会場は更に熱気に包まれ、生徒達のざわめきが大きくなる。
皆クジ引きで決まった順に舞台袖に集まり、自分達の番を待っている。
デイビッドの役目は、ギャラリーの角で照明と後ろの幕の入れ替えをひたすら行う係り。
プログラムを確認しながら、指示書通り右へ左へ照明を動かし、幕を外したり付けたりとなかなか忙しい。
その代わり、少し遠いが舞台はよく見える。

いよいよヴィオラ達の番。
最初にソフィアが歌い、ミランダが加わって二重唱デュエット、更に四重唱カルテットと声が重なり、ヴィオラの出番が来る。
デイビッドも舞台に集中したかったが、この後の3年生の魔術披露と劇に使うワイヤーを張り、特殊な照明を吊るさなければならない。
ワイヤーの張りを確認していると、ヴィオラが出て来て、少しだけ手が止まる。
舞台に見入っていると、耳元で誰かの声がした。

[あぶないよ]

「誰だ…?」

[めを、はなしちゃ、だめだよ]

「誰かいるのか?目を離すなって?…一体何が?」

周りを見ても誰もいない。
ヴィオラが舞台の前に出てくるが、もう歌を聴くどころではない。
舞台にくまなく目を配っていると、真上の緞帳がガクンとバランスを崩し、舞台の上へ落ちて行くのが見えた。

そこからは、頭より先に体が動いた。

手にしていた金具をワイヤーに引っ掛け、ありったけ引き絞り手を離すと、ガツンという鈍い音が講堂に響き、金具が突き刺さって緞帳が壁に縫い止められ、下への直撃は間逃れた。
(間に合った!!)
デイビッドは急いでギャラリーを下りて、舞台の方へ走った。


講堂は更に大騒ぎで、落下する緞帳に叫び声が上がり、周りの教員達も大慌てで舞台に駆け寄って行く。
舞台の上のヴィオラを助けようと、走り出した5人の頭の上で緞帳が止まり、間一髪の所で逃げ出すと、教員達が幕を降ろし、舞台を閉じた。

重みで布が裂け、ゆっくりと舞台に落ちてくる大きな緞帳を見て、恐怖から6人はその場でしゃがみ込んでしまった。

「ヴィオラ…大丈夫?」
「怪我はない?」
「皆こそ、危ない所だったでしょ?!」
「だって…ヴィオラを助けなきゃって思ったら、体が勝手に動いてたんだもん!」
「無事で良かった…」
「怖かったぁ!!」

ヴィオラの足からは、落ちて壊れた装置の一部が欠けて刺さり、血が出ていた。
他には、ローラが足を挫き、チェルシーが逃げる時、袖の小道具で手を切った。
多少の怪我人はあったものの、誰も大怪我をしなかった事は幸いだろう。

教員達に介抱されていると、落ちた緞帳を片付けに男性教員達が集まって来る。
大きな脚立を担いだデイビッドが、ヴィオラ達に声を掛けた。

「怪我は大丈夫か?無事で本当に良かった。せっかくの舞台、残念だったなぁ…」
「デイビッドさ…先生!」
「もおおっ!怖かったぁぁっ!!」
「幕が落ちるなんてお話の中じゃ良くあるのに、こんな怖いなんて思わなかった!!」
「せっかく練習したのに…悔しい…」
「シモンズ先生がもうすぐ来るから、良く診てもらえよ?」

デイビッドは落ち込むヴィオラ達の前を通り過ぎると、脚立に登り、さっきの金具を外そうとする。

「けっこう深く刺さってんな…このっ…抜けろっ!あっ、折れた…」

壁に刺さった上に、緞帳の重みでしなっていた金具は、デイビッドの力に耐えられず、ポッキリいってしまった。

「どうすっか…」

他の教員と落ちた緞帳を回収し、天井に登って留め具を確認すると、なんと金具が全てバラバラに外されていた。
悪質なイタズラか、誰かを狙った犯罪か、学園の中がまたきな臭くなってきたようだ。

その後、舞台は再開し、魔術による光のショーと、空飛ぶダンスの後に、3年生の劇が始まった。

照明の留め具を壊してしまったデイビッドは、劇の間ずっとギャラリーの上で照明を抱えていなければならなくなった。
(ずっと同じ体勢で手が痺れて来た…おまけにライトが強くて顔が焼ける!!)
ステージ中央でシェルリアーナが黄色い歓声を浴びながら何か言っているが、一切頭に入らず、汗だくでひたすらステージを照らし続けるハメになり、デイビッドは楽しい記憶がほとんど無いまま、芸術祭の終わりを迎えることになった。

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