黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

放課後の楽しみ

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女子2人の会話を聞いていたエリックは、しゃがみ込んで震えながら腹を押さえて笑いを堪えていた。

「ちょ…もう…無理…お腹痛い…」
「エリック、ちょっと手ぇ出せ。」
「なんですか?…ア゙ッッヅァッ!!」

油から引いたばかりの揚げ立てのクロケットを手のひらに乗せられ、エリックが1人で騒ぎ出す。

「アッツイ!!ジュウジュウいってる!火傷する!!」
「それやるから静かにしてろ。」
「熱いって!こんなん渡されて喜ぶと思ってんですか?!」
「皿に置かねぇでなんとか食おうとしてる時点でそう思ったよ!!」

熱いクロケットと奮闘しながらも、懸命にかじろうとしているエリックを見ると、その食い意地も相当だとわかる。

デイビッドはヴィオラ達の謎談義を終わらせようと、2人の間から料理を次々運んでいった。

「わかった!マシュマロ!マシュマロです!デイビッド様の触り心地!」
「その話まだ続く!?」
「マシュマロなの?!もうちょっと弾力あるんじゃない?」
「そろそろ聞いてていたたまれないので、ヤメて欲しいんですけど…?」

溢れやすい衣のついた揚げ物は、貴族には好まれない。
庶民の味とされるが、サクサクの揚げ立ては格別だ。

「パンに挟んだら魅惑の食べ物になりました!!」
「ソースと野菜と良く合って、ジャンクな味わいになりますよね!」
「美味しい…こんな単純そうなのに、手が込んでて…ただ、すぐ崩れてしまうから食べにくいのが難点ね!」

相変わらず、貴族のマナーから外れるやり方に慣れないシェルリアーナがあたふた食べる姿を、ヴィオラとエリックは微笑ましげに眺めていた。


食後に出したティラミスに、ヴィオラとシェルリアーナが夢中になっていると、ノックの音がしてベルダが現れた。

「おや、楽しそうな所すまないね。ちょっとデイビッド君に用があって呼びに来たよ。」

デイビッドがよそ行き顔のベルダについて行くと、眼鏡を手渡され、いつもの温室ではなく、横にある常時立ち入り禁止の部屋へ通された。

「ここは本来危険な魔性植物や、毒性の強い物を育てる特別室でね。今朝、アリーもここへ運んでもらった。」
「アリー…」

部屋の真ん中には、大きな蕾の繭に寄り添うリディアの姿があった。

「リディアも心配してるのか…」
「いや、アレは蕾から溢れてくる魔力を吸収してるんだよ。」
「あ…そーゆー感じ…」
「彼女もかなり消耗したからね。それに高濃度の魔力は周囲にも影響が出るし、彼女が吸い取ってくれる方がありがたいんだよ。」
「なんか脇から生えてきてるな?」
「そう!それなんだよ!今朝見たら脇芽から小さな蕾が出てきたんだ!!」

人の背程ある大きな蕾から側枝が伸びて、手のひら程の蕾が何本か突き出している。

「これは成実花だよ!普段君の頭に挿していたのは、実は未成実花でね?!これが本当のアルラウネの花なんだ!!」

花が咲けばそれだけ魔力を放出することができる。
蕾の中の魔力が安定すれば、きっと早い内に本体も開くだろう。
手前の蕾を見つめていると、花弁が一枚はらりと解けた。

「あ、コレ咲くんじゃないか?」
「どれどれ?!」

一枚また一枚、ゆっくりと開く花をじっと見ていると、中からにょっきり小さな手が突き出してきた。

「「え?!」」

2本の手が残りの花弁を押しのけて、中から出てきたのは、手の平サイズのアリーだった。

「あー!」

「へぇ…これが花なのか。本体と同じ形してんだな。」
「こんなの見たこと無いよ?!花から分体が生まれてくるなんて…」

ミニアリーはデイビッドを見つけると、嬉しそうに手を伸ばした。

「ディー!」

「ちゃんと意思も反映されてるみたいだね!?これは言わば魔力を分散するために作られた分身だ!そんなに力も無いだろうから、眠ったらまた持って来てあげてね!?」
「俺が持って帰る前提で話すの止めろ!連れてった所で見失うだけだ!!」
「そんな…こんなに一緒にいたがってるのに…」

アリーは上目遣いに眉尻を下げて悲しそうな顔をするが、それが人間の気を引くための戦略であることを、この数ヶ月でデイビッドは嫌と言うほど思い知った。

「ここで大人しくリディアの世話になってろよ。俺のとこに来ても、面白いことなんてなんもねぇぞ?」 

頭をくりくり撫でてやると、小さなアリーはしょんぼりしたように大人しくリディアの手の中に収まった。

「また来てやるから、な?!」

デイビッドは温室を出た足で図書室へ向かうと、魔性植物の本をあれこれ引き出して読んでみた。
が、アルラウネの記録はほんの僅かで、アリーにはまるで当てはまらないものばかり。
ドライアドの研究書に似た資料はあったが、意思の無い分身を咲かせ囮に使うというもので、ミニアリーの様に動くという記録はどこにも書いていなかった。
他にも魔法薬や、魔術に使う魔性植物の本を読んでいると、気づけば放課後になっていた。

借りる本をカウンターに出しに行くと、小説や娯楽書の棚からヴィオラが現れて近づいて来た。

「先生も何か借りたんですか?」
「あー…魔性植物の生態についていくつか…」
「この後も研究室へ戻るんですか?」
「んー、今日はちょっと外に出ようかと思ってる。」
(私もついてって良いですか?!)
(……ちゃんと寮の外出願いにサインもらったらな…あと、服は気軽な方がいい。)
「すぐ行ってきまーす!!」

走り去るヴィオラが淑女科の教師に注意されているのを横目に、本を置きに研究室へ戻ると、いつもより更にラフな麻のシャツに着替え、背中掛けの鞄を引っ掛けて、ベストの代わりに小さな石の付いた革のバングルを腕に通す。

「相変わらず馴染み過ぎてて違和感全く無いですね!」
「そのおかげで親父の探索網に引っかかりもせず逃げ切れたんだよな。もう顔が割れちまってるからできねぇけど…」

そこへヴィオラが息を弾ませてやって来た。

「お待たせしました!」

茶色のワンピースにエプロンを掛けた町娘の様な軽い服装が、活発なヴィオラに良く似合っている。

「よし、行くか!」
「エリック様、行ってきます!」

お決まりの郊外へ向かう道を、今日は反時計回りに歩いて行くと、しばらくして階段だらけの道が現れ、移民の集まる区域に入ると、下の広場に市場が見えた。

「あそこに行くんですか?」
「そう。通称マカロニマーケットごちゃまぜ市場だ。あっちこっちから来た他国の品が雑多に売られてて面白いぞ?!」

食品からスパイス、酒、嗜好品、雑貨に日用品、伝統工芸、衣類に食器。
色とりどりのテントが張られ、異国情緒溢れる店が所狭しと軒を並べている。
年寄や小さな子供が店番しているところも多く、人が多い割に治安がそこまで悪くないこともわかる。
珍しい物ばかりで、ヴィオラは見るものがありすぎて、今にも目が回りそうだ。

デイビッドは慣れた様子で辺りを見回し、目当ての店を見つけると、ヴィオラを気遣いながら近づいて行く。

『すみません、コレひとつ下さい。』
『まいど!ほい、お釣りだよ』

聞き慣れない言葉で二言三言何か言い交わし、手に入れたのは真っ黒な液体の詰まった瓶だった。

「なんですか…これ?」
「調味料だよ。こっちじゃまず使わないけどな。でもこれがけっこう旨いんだ。」

それからしばらく見慣れない食材や、何に使うかわからない道具などいくつか買い込んで、デイビッドの買い物はすぐに終わってしまった。
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