黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

冬の訪れ

器の中には金色のトロリとした物が揺れている。

「えーーと…これはつまり、飲め…ってことか…?」

リディアの微笑みから異様な圧を感じる。
しかし、昨日の今日でこれは少し冒険過ぎる気もする。

「ベルダ先生ぇ~リディアがなんかくれたんだけど、コレ飲んで大丈夫なヤツ?!」

麻薬に近いアルラウネの果実を平気で口にするマッドサイエンティストの言う事が正しいかはさて置き、何なのかくらいは探っておきたい。

「えぇ~!リディア、デイビッド君にそれあげちゃうの?僕には10年掛けてやっとだったのに?それは流石に妬けちゃうなぁ~!?」
「だから何かって聞いてんだよ!」
「これはねぇ、ドライアドの蜜!アムリタだよ?!」

甘露アムリタ
それは天上の美味とも、極上の甘味とも呼ばれる禁断の花蜜。
デイビッドも噂には聞いたことがあった。
魔の森の奥深くには精霊だか魔物だかの体内で作られる蜜があり、その味は口にした全ての者を虜にする程だとか言う話。

「眉唾物じゃなかったのか…」
「実在はするよ?!野生じゃまず手に入らないし、管理の行き届いたドライアドでも滅多に分けてくれるようなモノじゃないだけで。10年くらい前には王家への献上品にもなったって!それ一杯で金貨何十枚するかなぁ~って感じの代物だね。」
「…で?効果は?!」
「う~~~ん…」

ベルダは目を逸らして考える。

「まぁアルラウネの果実程じゃないよ!」
「ヤバさしかねぇじゃねぇかよ!!」

言い合っていると、リディアがふっと表情を暗くした。
アリーもじっとこちらを見つめて来る。
(だーっ!コレだからやり難いんだよ!!)

デイビッドは観念してスプーンの先にほんの少し蜜を掬って、ためらいがちに口に入れた。

途端、舌先から脳髄まで衝撃にも近い甘さが貫く。
複雑で繊細な甘味と共に花の香が広がり、同時に多幸感や高揚感が全身を駆け巡るような感覚に襲われ、頭に直接愉悦を注ぎ込まれる様な異様な快楽が沸き起こった。

息を止め、じっと耐えていると、量も少なかった事からすぐに異質な享楽からは解放された。

「ハァー…勘弁してくれ…」

安堵からテーブルに突っ伏してしまうと、リディアとアリーが心配そうに寄って来た。

「オイシクナカッタ…?」
「いや、アムリタの力が強過ぎて俺には向かないだけだ。元々酒とか薬とは相性が悪くてな。…美味しかった…ってリディアに伝えられるか?」

アリーとリディアがツタの会話をしている間に、ベルダを捕まえて詰め寄った。

「オイ!アレは一体なんなんだ?!」
「だから、アムリタだよ。古来より祈りや儀式に使われて来た神の国からもたらされる福音の雫。天国の入り口見えたでしょ?どうだった、最高にハイになれる禁忌の味は?!」
「サイアクだったよ!!」

結論。
ドライアドもアルラウネも人が容易く手を出して良い物では無い。

残った蜜を研究室の保存用の冷凍箱に突っ込み封印すると、ベルダは勿体ながったがリディアは一応受け取って貰えたことに納得してくれたようだった。


昨夜に続き今朝まで酷い目に遭わされたが、この時口にした蜜の本領はこの後発揮されることとなった。

始めに変化に気がついたのは、朝食の時。
パンの味に違和感を感じてじっと考え込んでいると、エリックが不思議がって聞いてきた。

「なに難しい顔してるんですか?」
「んー?なんか変な味しないか、今日のパン…」
「そんなわけないでしょう?!ライ麦だから酸味はありますけど、滋味があって美味しいですよ?」

気になって材料を一から調べてみても特に古くなっているものはなく、酵母も正常。
しかし、試しに小麦を顕微鏡にかけてみると、極僅かだが黒い粒が見えた。

「まさか麦角か?!だったらヤバいぞ!すぐ商会に行ってくる!」

ムスタを走らせ商会まで行き、仕入れた小麦粉をくまなく確認してみると、帝国から入って来た一部のライ麦に麦角菌が混入している事が判明した。
量は極僅かなので、人体に被害が出る程かは分からないが、品質管理の甘い所で作られた事は確かだ。
知らせを受けた会頭は、緊急収集を掛けて関係者を集め、今日中に王都郊外関わらず、市井のライ麦全てを検分し、事態を治めることを約束してくれた。

「流石は若旦那!相変わらず凄い鼻ですね!」
「いや…仕入れた時は気が付かなかった。なんで今日になっていきなり分かったんだ?」

商会から帰ってからも異変は続いた。

職員室で恒例の大量のテストの採点中、部屋中に混ざり合う匂いが、いつもより明確に感じられ、落ち着かない。
香料の入っている物ならまだ理解できるが、すれ違う教員達が今朝か昨夜か食べた物の匂いまで分かってしまう。
(異常以外のなんでもないな…)

資料室にテストで使った模型などを片付けた帰り、生徒会室の前を通るとふと嗅ぎ慣れた匂いに気がついた。
(ドライアドの花?なんでこんな所から?花だけじゃないな…酒の匂い…ウイスキー?ジン?…あとはハーブ?…ベルガモット…レモングラス…メリッサ…あといくつかあるな…何か作ってんのか?)

元々関わり合いになりたくないので、足早に通り過ぎはしたが、嫌な予感だけが頭の奥に残る。
しかし、それだけでは終わらない。

(カビ臭い…?美術用のカンバスが傷んでるのか。後で言っとかないと。)

(調理室のワイン、酸化して酢になっちまってるな。替えとくか。)

(あの飾り壺…中でなんか死んでる?)

歩く度何かしらの発見があり、だんだん慣れてくると同時に恐ろしさも出てくる。
(コレはもう人間の域超えてないか?!)

ドライアドの資料を読み漁ると、蜜の性質に脳を興奮状態にし、人体の機能を著しく向上させるとあった。
簡単に言えば、天然のドーピング剤の様なものだ。
昔は神降しや天啓の儀式などに使われ、現在も違法な取引の対象にされているらしい。
が、蜜を口にすること自体は法的にも裁かれないという。
完全に貴族用の後ろ暗い嗜好品に対する抜け穴のような文言が書かれていて、うんざりしてしまう。

ドライアドでこの効果なら、その上位種であるアルラウネの蜜にはどれ程の効果があるのだろうか…
考えかけて余りの恐ろしさに中断した。
(よし、秘密にしとこう!)
こんな時はコレに限る。

外に出ると、枯れ葉の少し甘い香りと、上空から降りてきた埃っぽい水の匂いが混ざり合った風が吹いて来る。
(あぁ、冬の匂いだ…)
テスト期間が終われば、冬を迎える祭、ノエルがやって来る。


テスト期間半ば。
遂に池が凍った。
まだ薄氷だが、夜の寒さが厳しくなって来ている証拠だ。
家畜小屋のワラを増やし、中でも暖が取れるよう簡易のストーブを置いて柵で囲うとファルコには専用のケープを掛けてやる。

この日は試験の監督に当たり、領地経営科に向かうと廊下でヴィオラに会った。

「おはようございます!!」
「おはよう。おお、なんかモコモコだな?!」
「はい!とってもあったかいです!」

商会から届いた冬物を身に纏い、ふわふわになったヴィオラが兎のように跳ねている。
今日もやる気いっぱいで、元気の良いヴィオラを見ていると、あれこれある悩みがどうでも良くなってしまう。

「今日は歴史と政務学!頑張りますね?!」
「あんな目に遭ったのに、大丈夫か?」
「全然!なんたってテストの後にはパーティーが待ってるんですから!」

友達と合流し、教室に入る寸前に振り向いてにっこり手を振る姿に手を振り返し、教室へ向って行く。
今日も学生達のテストは続く。
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