黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

祈りの火

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部屋から出ると、廊下の片隅でテレンスが膝を抱えていた。

「テレンス先輩、大丈夫ですか?」
「あ、うん…怪我は大丈夫。ちょっと足が震えて…ハハ…」

テレンスは未だにキレたシェルリアーナがトラウマらしい。

「ここまで案内してくれたんです。テレンス先輩が居なかったら、こんなに早く探せませんでした。」
「それはそれは!ずいぶん怪我したみたいですね?!立てますか?」

エリックが肩を貸すと、テレンスは素直に従った。
向かった医療室は既に満員で、仕方なく5人は隣の待機室で治療を行うことになった。
と言っても、怪我をしているのはテレンスだけである。

「けっこう手酷くヤラれましたねぇ?!元々同士だろうに容赦ないなぁ。」
「…あの人達にとって自分以外は皆、手駒程度の認識だよ。邪魔なら切り捨てるだけ。僕もそうだったから…良くわかる…」
「なら、改心した君はずいぶん先へ進めたという事ですよ?!仲間と相対するのは、並の覚悟では難しいものですから。良くがんばりましたねぇ?!」
「かっこ良かったですよ!前髪の人に立ち向かっていくテレンス先輩!」
「やめてくれ…直ぐに吹き飛ばされて、結局君に守られたじゃないか…」

デイビッドは、そのやり取りを気に入らないという顔で、黙ったままぼんやり見ていた。

「面白くないって顔ね?」
「当たり前だろ?!当事者なのに蚊帳の外で、オマケに見たいとこ全部見逃したんだぞ?」
「私は見てたわ。一番近くで。可憐で可愛くて勇ましくて頼もしくて、最高だったわ!」

シェルリアーナは今回ヴィオラの真横で、その感情が揺れ動き、思うまま立ち回る姿を目に焼き付けていた。

「どう?羨ましいでしょう?!」
「腹立つなぁ…」


そうこうしていると白衣に戻ったシモンズがやって来て、例のシリンダをテーブルに置いた。

「お揃いのようだね。よし、これからひとつ検証してみよう!」

シモンズはスポイトに吸い上げた液体をビーカーに移し、いくつかの試薬と混ぜ合わせた。

「デイビッド、手ぇ出しな。」
「え?なんすか…イテェッ!!」

シモンズは躊躇いなくデイビッドの指先をピンで刺し、傷口を絞って血を一滴ビーカーの中へ落とした。

「そういうのこっちが承諾してからやってくれよ!」
「うるさいね。良く見てな。」

ビーカーの中では、落ちた血が泡に圧されて踊っているのが見える。

「なんかボコボコいってますね…」
「これ…なんですか先生…?」
「ああ、今回使われたドライアドの媚薬さ。酒に混ぜて香りで誤魔化してあった。気が付かなかったら一大事だったね。」

「「媚薬ぅっ!?」」

今度はシェルリアーナとヴィオラが青褪めた。

「アアアンタそんなもん盛られてなんとも無かったの?!」
「飲む前に気づいたし、現物はそこに回収したから口には入れてねぇよ。」
「こんな卑怯な手を使うなんて!!良かったです!デイビッド様が酷い目に遭わされなくって!」
「遭わされる側ですか…?」

シモンズはそれを見てカラカラ笑っていた。

「ハッハッハッ!何にせよ、もし飲んでたとしてもお前さんに薬の効果は出なかったろうよ。液体の中を見てみろ。完全に拒絶反応が起きてる。恐らく口にしたら最後、泡吹いて倒れて意識が無くなってたろうに!どの道お前さん達の考えてるような事態にはならなかったさ。良かったじゃないか!?」
「良くない!なんも!!」


結局ヴィオラもシェルリアーナも着替える暇も無く、気が付けばノエルのパーティーは既に終盤に差し掛かっていた。
ホールでは婚約者のいる生徒達が、保護者や友人達に見守られながら踊っている。

「ヴィオラはいいの?」
「いいんです。もう充分踊りましたから。」
「そう…でも彼もいつかは踊るつもりでいるわよ?!以前誘ったら断られたもの。最初は婚約者とがいいって。」
「そんなこと言ったんですか?デイビッド様が?!」
「たまにめちゃくちゃ惚気ることがあるのよ。本人気づいてるのか知らないけど。愛されてるのねぇ。」

ヴィオラは何か言おうとしたまま、真っ赤になって俯いた。


拍手が響きダンスが終わると、壇上に学園長が現れ、優秀なダンスを披露したペアの名前を呼んでいく。
ヴィオラとシェルリアーナはなんと4位。
笑顔で壇上から手を振ると、また歓声が沸き起こる。

「ありがとうヴィオラ。最高に楽しかったわ!」
「私も、シェル先輩と踊れて本当に幸せでした!!」

2人はトロフィーを手に壇上から降りると、今度こそ衣装室へ行き、服を着替えた。

「はぁ…このまま一緒にいたいけれど、今夜は家族会議があってどうしても帰らないといけないの…明日からは冬休みね。また学園で会いましょう?!」
「はい!シェル先輩が戻られるの、楽しみに待ってます!!」

シェルリアーナと会場で分かれると、ヴィオラは真っ直ぐデイビッドのいる医療室へ駆けて行った。

「デイビッド様!パーティー終わりました!」
「あーさっき搬入口の係だからって、演奏者の楽器運ぶの手伝いに行っちゃいましたよ?」
「なんでっ!?」
「こんな時くらいサボったっていいのに、変なとこ真面目ですよね。」

パーティーの撤収作業が続く中、ヴィオラとエリックは外へ出た。

「わぁ!街の灯りがキラキラしてますね!?」
「ノエルの飾り付けですよ。この時期はどこもお祭りですから、ランプを灯すんです。少し見てみますか?」
「いいえ、あそこに私の居場所は無いわ。あの灯りは聖女を讃える光だもの。せっかくのお祭りを邪魔するつもりも無いし、ここから眺めるくらいで丁度いいの。」
「そうですか…」

明日はノエル。
街中が祈りの火を灯し、大切な人達と過ごす聖なる日。
エリックはそこからかける言葉が見つからず、寂しそうな後ろ姿をただ見守る事しかできなかった。


「おーい、もうすぐ馬車出るぞ?!俺達が最後だと。先に乗っててくれ。すぐ追いつくからよ。」

大きな布包みを担いだデイビッドが通り掛かり、外にいた2人に声をかけた。

「はーい、すぐ行きます!」

パッと明るく返事をするヴィオラに、エリックは予想以上の強かさと逞しさを感じ、複雑な気持ちになった。
(どっちも訳ありのクセに強がりで、こんなに想い合ってるのにすれ違いの空回りばっかり…この先どうなることやら、不安だなぁ…)


馬車に乗り込み、2人で待つこと小一時間。
しかし幾ら待ってもデイビッドは来ない。
その内、慌てたようにシモンズの助手が馬車にやって来て頭を下げた。

「申し訳ありません!あの…デイビッド様がその…シモンズ先生の荷物を積んでいた所、一緒に縄で括られてしまいまして…先生がこのままでいいからと馬車を出してしまい…なのでこちらには来られないと言伝を…」

白衣の助手が必死に謝るその後ろで、ガタガタ進む馬車の後ろに縛り付けられて、必死にしがみつくデイビッドの姿がちらっと見えた。

「またずいぶん面白おかしい事に…」
「笑えませんよ!」

学園までの道はほとんど建物の裏通りなので人目は無いが、馬車も速度が出るのでこの時期はひたすら寒い。
御者は予め着込んでいるが、デイビッドは元々馬車に乗るつもりでそこまで厚着はしていなかった。

「帰ったらお風呂沸かしてあげましょうか!」
「そんな悠長なこと言ってて大丈夫なんですか?!荷台に居ましたよ?!風邪引いちゃいますよ!!」
「大丈夫じゃないですか?キリフの雪山でもヘーキだったって言ってましたし…」
「そんなぁっ!!」

こうしてノエルのパーティーは、デイビッドにとってのみ散々な結果で幕を閉じた。
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