黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

取り引きと駆け引き

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今回レオニードの仕出かしで標的にされ、かなりの被害を被りかけた人物と言えば…

「…あ、なんだシェルか!?全然分かんなかった!」
「学園の外で会うのは初めてですね!お化粧が違ったので一瞬見間違えましたよ!?」

こちらは間違えようがない。
デイビッドとエリックが遠慮無しに気安く話しかけて来る。
シェルリアーナは2人の顔を見た途端、足の力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまった。

「この寒空にそんな背中出してよく寒くないなぁ…」
「そんなわけないでしょっ!?好きでこんなカッコしないわよ!」

すぐに立ち上がって見せたのは、本当にただの強がりだ。

「そういうお洒落もありますけど、流石にこの場に連れて来る様な格好じゃないですよ。」
「加害者本人の代わりに肩出した妹連れて来るって…親子揃って俺の事なんだと思ってんだろうな…」
「モテない豚?」
「お前、今俺に階段から突き落とされても文句言うなよ…?」

およそ主従関係とは思えない軽口のやり合いに、シェルリアーナは安心してしまう。

その時、廊下の方からロシェ伯爵が戻って来た。

「これはこれは、本日は足を運ばせてしまい申し訳ない。中で今後の話をさせて頂きたいのだが、よろしいかね?」
「さっさと終わらせましょう。長引いても誰も得しませんから。」

テーブルにつくと、伯爵はさっそく提示されていた和解の条件と慰謝料について書かれた書類を差し出した。
デイビッドは黙って受け取り、中に目を通していく。
シェルリアーナは再び父の隣に座らされ、表情を硬くしていた。

「まぁ、こんなもんでしょう。良くここまで飲んでもらえたって方が正しいかも?!」
「レオニードの再教育は既に始めておりましてな。今あれを失うわけにはいかんのだ。どうかこの条件で引いてもらえんかね。」

デイビッドは伯爵の態度と書類の内容を見て、落とし所を探り出した。

「俺以外の被害者への償いは裁判になってもこんなもんでしょうね。ただ、項目に入れといた魔性植物の抽出に使う魔法薬の使用権、あれは入ってませんね?」
「あれは…王家に献上している薬の精製に使っている門外不出の物だ…家の者達とも話し合ったが…流石に渡すわけには…」
「なら王家の許可があればよろしいと?」
「そんな簡単に出るものではないだろう?魔法薬を作ろうとしているのか?!だったら薬の代わりに私の娘に手伝わせよう!レオニード程ではないがこれも優秀だ。母親仕込みで薬学の知識も豊富だぞ?見た目も悪くないだろう。側に置いて損はないと思うがどうだろうか?!」

父親に肩を叩かれたシェルリアーナの、一瞬辛そうな表情をデイビッドは見逃さなかった。

「あー、そういうのは結構です。そもそもお宅のお嬢さんとは市井に卸す商品を色々共同で開発中ですから、今更ですね。いくら肉親とは言え、友人がそう下衆な扱いを受けるのはこちらも心外なのですが…」
「いや…決してそんなつもりはなく…ただ、手駒に加えて損はないと…」
「実の娘を手駒かよ…救いようがねぇなおっさん…」

(あーあ…キレちゃった…もーしーらない!)
エリックは隣でげんなりした顔をしていた。
本来これを止めるのが従者の役目でもあるのだが、エリックとてムカつきはしていたので、あえて放置する。

「調子に乗るなよ若造が。こちらが下手に出ている内に大人しく引いていれば痛い目には遭わずに済むぞ?!」
「へぇ…それならこっちもカードを切るしかねぇな。」

デイビッドが手元に出したのは、アーネスト直筆の新薬の開発許可証と、それを支援するという内容の国王並び王妃の印の入った書状だった。
更に取り出したのは現在デュロック領から王室に直接降ろしている素材や薬草のリスト。
どんな薬も原料がなければ作れまい。

「この先レオニードが王宮に入った時、ロシェ家が王家の信用をどこまで得られるか、見物だな?!」

伯爵は己の発言を後悔したがもう遅い。
震える手でペンを握り、魔法薬の使用権を付け加えると、乱暴に書面を突き返して来た。

「確かに。あ、それと、レオニードの自主卒業も条件に入れといてくれよ。あと一学期分くらいなんとでもなる成績なんだろ?だったら一足先にここで退場願いたい。これ以上絡まれるとうっとおしいんで。」

それだけ言うとデイビッドは席を立ち、部屋を出ようとして、シェルリアーナに声を掛けた。

「シェルはどうする?このままその狸親父と帰るか?それとも、俺達と一緒に来るか?」

シェルリアーナは黙ったまま立ち上がると、父親に向き合い頭を下げた。

「お父様、私はここで失礼致します。お一人でお帰り下さい。」

いつもなら、ここで相手に食事に誘われたり、話し相手をさせられたりしているのだろう。
今日はとても晴れやかな気持ちで父親と別れることが出来る。

拳を震わせた伯爵は、「勝手にしろ」と一言つぶやくと椅子を倒す勢いで立ち上がり、反対のドアから肩を怒らせて出て行ってしまった。

「おっかねぇの。」
「デイビッド様が挑発するからですよ。よくもまぁ古参の魔法血統貴族相手に喧嘩売りにいけますね。心臓がいくつあっても足りませんよ!!」

エリックはやれやれと言うように立ち上がり、シェルリアーナに手を差した。

「それじゃ、参りますか?お手をどうぞお嬢さん。」
「…そういうの、誘った本人の役目じゃないの?」
「無理ですよ、知ってるでしょ?あのポンコツっぷり。」
「確かに…あのポンコツじゃエスコートはまだ無理ね。」
「なんでもいいからさっさと行くぞ!?」

階段を降りると、色んな視線が集まって来てしまう。
ほとんどはシェルリアーナとエリックに見惚れ、目が離せない者達のもの。
後は、その少し先を歩くデイビッドに対する嫌悪と、後ろの2人との対比を嘲笑うもの。

絡みつく視線の中に下卑たものを感じ、後ろに目をやるとその理由がはっきりしてしまう。
(好きで着るならともかく、あれを着させて悦ぶ奴がいるってのが理解できねぇんだよなぁ…)

カフェの外には丸っこい果物の様なシルエットの馬車が停まっていた。

「あら、可愛い馬車ね。」
「小型なのに中広いんですよ。足元にお気を付け下さいな。」

馬車に乗り込むとシェルリアーナはエリックの隣に座った。
体面のデイビッドは、もう一度さっきの書面の要項を読み直している。

「あの…さっき、ありがとう。庇ってくれて。」
「あ?ああ、こっちも悪かった。ちょい頭に来て吹かしたから、後でなんか言われたら上手く誤魔化しといてくれよ。」
「あんな嘘つかなくなって良かったのに…」
「嘘…っつうか、少し大袈裟に盛っただけなんだよなぁ。あの部屋で飲み食いしてりゃなんかしらの開発に関わる事になるから…」
「それでも、嬉しかったわ、友人って言ってもらえて…」

その時、車輪が跳ねてガタガタとシェルリアーナの言葉をかき消した。

「あ?なんか言ったか?」
「なんでもないわよ!!」

馬車はやがて大通りに出て、大きな店の裏口に停まった。

「ちょっと、ここウイニー・メイじゃないの?」

王家御用達、全貴族女性の憧れのドレステーラー。
高級服飾店ウイニー・メイ。

「仕方ねぇだろ。俺の入れる服屋ここしかねぇんだから。」
「はぁ?!」

従業員用の入り口から中へ入ると、直ぐに人が来て奥へ通される。

「この時間ならいると思うんだけどなぁ。」
「超絶忙しい方ですからね。フィズ夫人は。」
「ちょっと待って、フィズ夫人って…まさかミス・アプリコットのこと?!」

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