黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

迎撃準備

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冬休み3日目。
久々呼ばれた教員室は、どんよりとした重い空気でいっぱいだった。
話の内容は主に二つ。

一件目はアリスティア姫殿下誘拐未遂事件について。
犯人のマリアンヌ元侯爵令嬢はアリスティア姫殿下の慈悲により、修道院行きが決定したとの事。

二件目のつい先日の令嬢誘拐監禁事件。
媚薬だのなんだのはもうひとまず置いておくことにして、巻き込まれた令嬢達のフォローとケアに集中し、家族の希望もあって言外しない事となった。
先日の話し合いも含め、関係者達からの賠償や慰謝料についても、ほとんど話がまとまり、ようやく目処が立った所だ。

では何が問題か。
停学者と謹慎者と休学者がごっそり出てしまった事だ。

おそらく首謀者であったはずの生徒会長(公爵令息)は、あれだけでかい口を叩きながら知らぬ存ぜぬを貫き通し、周囲に全ての罪を擦り付け、表に突き出す事であたかも自分が事件を解決したかの様に振る舞っていた。

事実、実行者達には違いない事から拘束はしたものの、本人は否定していても、我が子こそ犯人であると強く出る家が後を絶たず、公爵家の圧力が既に及んでいるようだ。 
結果、高位貴族の絡んだ非常に面倒臭い案件となり、今後とも余計な詮索と手出しはしない方針で固まりかけている。

というわけで、今回巻き込まれた生徒の数は、加害者側だけで既に両の手の指では足らず、どういう事かと問い合わせが止まないらしい。
それでなくとも夏から停学者や退学者が連発しているところに持ってきて、これは学園全体の信用問題に関わってきてしまう。

ひとまず話を聞いた全員でげんなりしてから、冬休みの間にする事をまとめてこの日は解散となった。

デイビッドは数回、補修組の監督を任された他、デスクにはいくつかの書類が置かれていた。
(なんだこれ?)
1枚は商業科の有志数人から、料理教室を希望する起案書。
(なんで…?)
もう1枚は土曜の特別授業でアデラ語を教える事になり、講師を務めて欲しいという推薦書。
(イヤだぁ…)
更にもう1枚は、騎士科の特別顧問になって指導者に加わらないかという打診。
(これは無視しよう。)


デイビッドも、エリックも、今日はそれなりに忙しい。
なんせ明日は王城で開かれるアリスティア姫殿下のデビュタントパーティーだ。

エリックは一応魔法関係の護衛を務めるという事で同行する。

「親父の手紙で初めて知った!え?お前護衛だったのか?」
「名目上は侍従兼護衛です。」
「ここまで名目上な護衛も珍しいな…」
「僕もそう思います!」
「いっそ侍従の方も名目上になってねぇか?!」
「気の所為ですよ。」

エリックは参加者のリストをザッと見て、あまりいい顔はしなかった。
商売上の逆恨みのある家や、デュロックを目の敵にしている貴族の名前が割と入っている。

「噂だけ一人歩きして、有る事無い事なんでも広まってるから、そこはどうでもいい。」
「よくないですよ!もう少し社交しましょうよ!!」
「え?ヤダ!」
「即答すんなっ!」

そしてもう1つ厄介なのが、他国の権力者と王族の参加。
アリスティアを祝うためと、ラムダとの繋がりを持つため、結構な数の有力者と王族が参加することになっている。

「あ!アザーレア王女も来ますよ?」
「帝国は来るだろうな。多分末の王子と引き合わせたいはずだ。」
「第四王子でしたっけ?年が近いの。」
「16になるはずだから、絶対連れてくるだろうな。」
「アデラ国からも誰か来ますね。サラム王太子じゃないけど。」
「第二と第三王子が来るのか…」


エリックが持ち物や贈答品のチェックをする中、早々に飽きたデイビッドはまた温室へ行ってしまった。

「やぁ、昨日は助かったよ!注文を掛け忘れて納品が間に合わなくてね。色々頼んじゃったけど、全部揃ってて良かった!」
「頼もしい助っ人がいたんで。俺じゃ多分なんか間違えてただろうな。」
「あと、ロシェ家の賠償の一覧見たよ!すごいね門外不出の極秘魔法薬のレシピ!どうやって釣り上げたのか知らないけど、大物過ぎない?!もう少し遠回りでも良かったのに!でもワクワクしちゃった!これ、僕に任せてくれるんでしょ?!」
「まぁ、そのつもりで…」
「いやぁ嬉しいなぁ!!その分君の働きも期待してるよ!?」
「やっぱ早まったか…?」

悪魔は契約者が一番幸福な時に代償を受け取りに来ると言うが…果たしてどうなるか。


アリーは温室でリディアと一緒に花の植え替えをしていた。
すっかりここにも馴染んで、人の目に触れないよう隠れるのも上手くなったようだ。

「キノウハジメテ、ヒト、タクサンミタ!」
「ああ、温室も開放出来るようになったんだってな。」
「デイビッドニ、ニテルヒト、イナカッタ…デイビッドハ、ヒトジャナイノ?」
「人だって!!そこで俺の植物疑惑を強めるのはヤメてくれ!」

ベルダはその会話を聞いてゲラゲラ笑っていた。

「アハハハ!!仕方ないよ!そこはひとつずつ覚えていくしかないからね!」
「アリーには俺が喋るヤシの木かなんかに見えてんのか…?」
「よく動く多肉植物くらいには思ってそうだよね!?」
「切っても増えねぇよ!?」


長い事温室で油を売ってから研究室へ戻ると、エリックが衣装箱をひっくり返して明日着る服を探していた。

「お帰りなさい。ちょっと相談なんですけど、マフィアの首領と、犯罪シンジケートの親玉と、ギャングのボス、なるとしたらどれがいいですか?」
「そこまで酷いか?!」
「逆にどうしたら良いのか…暗い色だとダークサイドに落ちた人みたいだし、お洒落路線狙うと海賊みたいになっちゃうし、そろそろ僕もお手上げですよ。」
「デザイナーとの相性悪過ぎるだろ!?あの人には俺がどう見えてんだ?」

仕方なく引っ張り出したのは、ウイニー・メイに関わるずっと前に商会で用意した装飾も趣向も何も無い、形だけのただの正装服。
貴族から見たら型も古く、量産型で田舎臭いこの衣装は、あの日の夜会に着ていた物だ。

「えーこれぇ?流石に野暮ったくないですか?!」
「文句言うな!ドレスコードの条件は満たしてんだから充分だろ!」
「ヴィオラ様の隣に並ぶんですよ?!こんな古いんじゃなくてもう少しいい奴にしましょうよ!」
「ヴィオラの隣は子爵だ。出番はねぇよ。」
「そう言えばヴィオラ様、今日来ませんね?」
「朝から義叔母上が連れてった。サロンで体磨くんだと。」
「そんな努力してる相手を他所に自分は逃げに走るんですか…?」
「お前ならヤクザの隣に立つのとどっち選ぶ?」
「最悪の選択肢…」

ヴィオラはサロンに泊まり、明日の夕方過ぎに王家の迎えで父親と城へ向かう事になっている。
エリックも支度に忙しく、美容が女性の物だけでは無い事を証明するかのように自身の手入れに余念がない

デイビッドは招待客のリストに合わせ、いくつか書類を書き上げてからトランクに放り込み、薬棚から薬剤の瓶を手に取り小分けにしていった。

なるべく頭をカラにして、余計なことを考えないようにしながら、デイビッドは次の日の日暮れ近くまでひたすら目を閉じていた。


「どんだけ寝てるつもりですか?!」
「まだ時間じゃねぇだろ?」
「お城の旗立っちゃってるじゃないですか!!悠長な事言ってる暇ないですよ!!」

城周辺には、アリスティアを讃える旗が至る所に立てられ、街中が今日という日を慶び祝っている。

馬車が渋滞する前になんとか城まで辿り着き、急いで会場へ向かうと、あの日の夜と全く同じ豪華なホールが目に入った。
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