黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

だから出たくなかった夜会

パーティーの会場ではアリスティアやアザーレアに声を掛けようと大勢が隙を見ていた。
二言三言でもいい、挨拶をして印象を少しでも残さねばと躍起になっている貴族達の目に、アザーレアががっちり捕まえて離さない小柄な少女が常に写る。

デビュタントに出ていたため、ローベル家の娘と直ぐに知れ、そこから過去の出来事も容易く思い出されたが、他国の王女であり大使でもあるアザーレアが自ら手を取り気遣う姿に、何らかの寵愛を受けているという認識が貴族の間に広まっていった。

しばらくすると大使としての仕事もあり、やがてアザーレアの所にも使者が来て国王に呼ばれてしまう。
アリスティアもこの後は両親と役目があるので一旦離れないといけない。

「なんだつまらん。もう少し楽しませてくれても良いものを。仕方ない…アリスティア殿、シェルリアーナ殿、後でまた会おう!ヴィオラも…今夜は私の部屋へ来るといい。」
「こちらも、貴重なお話をたくさんありがとうございました。後ほどまたお話しましょう。」

2人と別れると残った3人はようやく肩の力が抜けた。

「なんて言うか…熱い方でしたわね…」
「大丈夫でしたかヴィオラ様?」
「あ、はい!緊張しましたけど、すごくいい匂いがして大人の女性を感じました!」
「おと…な…まぁ、年齢的には…」
「完全に異文化交流でちょっと疲れましたね!」

その内に、国王が年内で大きな功績を上げた者達や、新たな役目を授かる者達を呼び出し、それぞれに報奨を渡し始めた。
なんだか浮かない顔のアーネストもアリスティアの横に立っている。

度重なる粛清と摘発の結果、ここに来て王都内の貴族のパワーバランスはかなり崩れてしまい、今後の見通しが全く分からない。
王家に忠義の厚い家や、不正に関与していなかった高位貴族とその関係者達は生き残ったが、公爵家がひとつと侯爵家が2つも消え、他の家門もいくつも降格や代替えを余儀なくされた今、新たに据えられる後釜に注目が集まる。

他人事のように聞き流し拍手だけしていると、不意に王の口から聞き慣れた名前が滑り出した。

「デイビッド・デュロック辺境伯爵令息、前へ!」

人垣が割れてホールの奥から、あの夜会の日と同じ姿のデイビッドが、不機嫌を隠しもせずに歩いて来る。

花道に差し掛かると、アーネストが自ら歩み出て来た。
その場で片膝を付き、礼の姿勢は取って見せるがデイビッドの目は完全に座っていて、アーネストは膝が震えるのをひたすら我慢していた。

「国の発展に注力し、更には王家の危機を救った英雄に、栄誉と報奨を授ける…」

(拒否権は?)
(頼むからやめてくれ…)
(だから出たくなかったんだよ!)
小声で泣きそうになっているアーネストを突つくが、そんなものあるわけ無いと理解はしている。

「謹んでお受け致します。」

波のある歪な拍手が起こり、デイビッドは形だけ忠臣の振りをして、直ぐに引き下がってしまう。

玉座の横に戻ったアーネストは生きた心地がしなかった。

「今日一番緊張されておりましたね、お兄様。」
「これでアイツに縁を切られたら、僕は父上を一生恨む。」
「大丈夫ですよ。今回恨まれたのはお父様だけです。お兄様がただの橋渡しなくらい承知の上ですよ、きっと。」
「もし違ったら!?」
「ご愁傷様ですね。お兄様、あの方の友人の座は私が頂きます。」
「アリスティア!!?」

その頃、デイビッドは既にホールの端まで戻って来ていた。

「今世紀最大の不機嫌って顔してますね。」
「およそ婚約者の元に戻って来る顔じゃないわよ?!」
「デイビッド様、お帰りなさい!」
「よし、子爵拾って帰るか!」
「夜はこれからという時間に…」
「子供みたいなこと言ってんじゃないわよ!」
「いつまでも居ると余計な面倒に巻き込まれるから嫌だ!」

「失礼致します。奥でアデラ国のカミール第二王子殿下がお待ちです。」

「ほら見ろ!!」
「手遅れでしたね。」

使用人が呼びに来て、今度は貴賓室へ連れて行かれてしまう。
廊下の途中で、アザーレアとアリスティアもやって来てにこやかに手を振っている。

「ヴィオラ!待たせたな、一緒にアリスティア殿の部屋で女同士お喋りしないか?!」
「シェル様も是非ご一緒しませんか?今夜は泊まって行って下さい!」

「デイビッド様…あの…」
「行って来いよ。たまには羽伸ばして来るのもいいだろ?明日迎えに来てやるよ。」
「はい!行って来ます!!」

ヴィオラがデイビッドから離れると、すかさずアザーレアが捕まえて、有無を言わさず腰に手を回しぴったり張り付いて連れて行ってしまう。

「エライ気に入られてるな…」
「さっぱりはしてますが、とにかく色々濃い人でした。」

「おい、何してる!?早く来い!!待ちくたびれたぞ?!」

逆にデイビッドのところにはジャファルが飛び付いて、部屋へ連れて行こうとする。

「今夜は泊まって行くよな?!いいだろ?!王子の命令だぞ?!」
「帰りてぇ~…」
「観念しましょ?!せっかくアデラからいらしているんですから、接待と思って!」

連れて行かれた広い部屋の中には、豪華な調度品と広いベッドが置かれている。
ジャファルは寝間着に着替えるとその上に飛び込んだ。

「おい、少し落ち着け。」
「デイビッド!前に話してくれた雪の洞窟の話の続きが聞きたい!」
「何年前の話しだ?!もう忘れたわ!」

ソファ側ではエリックがカミールに何か飲み物を作って出していた。

「弟がすっかり世話になってしまったね。」
「構いませんよ、子供の相手は割と好きな人ですから。」
「ところで、従者の君に下世話な話していい?」
「なんでしょう?」
「アイツが婚約者を選んだ理由って何?」
「王族って皆恋バナ好きですね?!」
「だって、あんな絶世の美女が横にいて見向きもしないってどうなんだ?!よっぽど惚れ込んでるとしか思えないだろう?いや、可愛かったよ?!くりっとしててあどけないとことか、純粋そうで庇護欲掻き立てられるというか、怯えた顔なんかもめちゃくちゃ刺さるというか!」
「何しっかり惚れてんですか…」
「どうやって口説き落としたのかなって…気になって…」
「ああ、口説き落とされたのはこっちなんですよ。逃げ回って追い詰められて、反撃しようとしたら相手の思うツボでした。一番得したのはヴィオラ様じゃないかなぁ?!」
「は???」
「ちょっと特殊な出会いがありまして…私も一番肝心なとこは見逃しちゃってるから人伝なんですけど。」

エリックが事の経緯を掻い摘んで説明すると、カミールは少し顔色を悪くした。

「それって…ドラゴンと騎士の心理なんじゃ…」
「否めませんねぇ…」

騎士がドラゴンに襲われそうになった姫を助ける事で始まる単純な恋物語になぞらえて、危機的状況で助けに来た相手と恋に落ちる事をそう呼ぶ。
しかしこれは簡単に冷めてしまう恋愛の比喩表現でもある。

「いつか魔法が解けたら…」
「楽しい夢を見たと思って終わりにするつもりでしょう。」
「その間なんにもしないつもりか?!男なら手ぇ出すだろ普通!!どういう神経してんだアイツ?」
「その辺焼き切れちゃってる感はありますねぇ。」

「聞こえてるぞー?!」

ジャファルが早々に寝てしまうと、デイビッドはまた上着を着直して外へ出ようとする。

「どちらへ?」
「子爵が心配なんで一応声掛けてくる。ついて来なくていい。」

ドアが閉まり足音が聞こえなくなると、カミールはソファに倒れてしまった。
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