黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

ケーキ

あっと言う間に終わった冤罪事件。
デイビッドの再帰に喜ぶ生徒は思いの外多かった。
生徒の派閥もそれ程大きくはならず、概ね各々大人の対応で収まっている。

王都では高位貴族の家からはかなり嫌われたため、その辺りの風当たりは強くなったが、数はどんどん減っている。
何より学園での反対派は、卒業生が去れば3分の2になるのでこちらとしても都合がいい。

商業科は、毎日何種類もの新聞と市井の情報をかき集め、デイビッドの出した課題に勤しんでいた。
その結果、ギリギリで混乱を回避できた家や、新たな契約先に選ばれた家もあり、その度に大騒ぎしていたそうだ。

領地経営科も自信の家の契約を見直したり、王都で切られてすり寄って来る怪しい商会を警戒したりと、揺れ動く情勢の波に乗り遅れまいと大忙しだった。

そして、やっと煩わしいゴタゴタから解放されたデイビッドは、すっかり慣れた学園生活に落ち着きを感じていた。


しかし、ここでまた細やかな事件が起こる。

「もー!!ヴィオラのバカ!もう知らないっ!!」
「ごめんってローラ!お願い、機嫌直して?!」

火曜日の放課後、ぷりぷりしながら入って来たのはヴィオラと珍しくローラだった。

ローラは来るなり、ソファに飛び込んでクッションに八つ当たりし出した。

「おー、荒れてんなぁ…」
「聞いて下さいよ!!ヴィオラってば私の書いた小説、エリック先生に読ませちゃったんですよ?!」
「なんか悪いのか?」
「エリック先生をモデルに書いた小説ですよ?!本人に渡すなんて!!信じらんない!酷い酷い!!!」
「新人賞の小説集にローラの書いた作品が載ってて…」
「あぁ、前に買ったやつか。なんだあれに載ってたのか?凄いな?!」
「それを私がうっかりエリック様に貸しちゃったんです…」
「そういやなんか読んで爆笑してたな。コメディでも書いたのか?」
「えと…まぁ…そんなとこ…かな…?」
「もうイヤ!恥ずかしい!!デイビッド先生の婚約者が仕出かしたんだからデイビッド先生が責任持って償って下さい!!」
「瞬時に人を巻き込むな!!」
「コレ!コレ作って下さい!!これに出て来る料理!!」
「は?…何だコレ“ミセス・メルバの魔法料理店”?」
「未亡人ミセス・メルバがお料理で皆のピンチを救う大人気小説です!!」
「料理でピンチが切り抜けられたら苦労しねぇよ。」
「この、第五章に出て来る“春待つ乙女の花のケーキ”!コレ作って下さい!!」
「名前が小っ恥ずかしいな!」

文句を言いつつ渡された本のページをめくると、料理の描写は出てくるが、概要以外詳細が何処にもない。

「え…?コレ、良くわかんねぇんだけど…」
「そうなんですよ!読者の間でも論争が起きてて、イメージが全然沸かないんです!でもこのケーキが凄い重要なキーアイテムで、物語の今後の事件解決に不可欠なのは分かってるんです!」
「知るか!」
「作って作って作ってー!!」
「うるせぇなぁ…」

騒ぐローラに押し負けて、デイビッドは普段絶対に読まない大衆小説に目を通すことになった。
抑えるポイントは土地、気候、時代、環境、そして作者の持つ思想。
季節は冬の最中、恐らく大戦争の少し前の古い時代を描いたものだ。
田舎の落ち目の中流貴族の娘が、都会で夫を亡くし大貴族のキッチンメイドから始まり、自分の店を持ち、やがて大勢していく物語。

「エルクが出てくるって事は、北寄りの国っぽいな…小麦は二等粉、砂糖は中ザラメか?使ってる花が…あれかなぁ…」

ブツブツ言いながらオーブンの前に立つと、淡々と材料を取り出して行く。

「え?!もうわかったんですか?」
「キリフの山中で一度見たことがある。晴れた日に女衆が集まって、谷の陽だまりに咲いてる花を集めてなんか作ってた。たぶんそれだと思う。」
「どんな花ですか?!赤い?白い?」
「青紫のブドウみたいな花だよ。その辺にも咲いてるだろ?」
「え…あの雑草ですか…?」
「花には違いねぇよな?!」

小籠を抱えて温室の裏へ行くと、壁際にびっしり咲いている球根花。
金魚鉢の様な形の小花が密集しているので、ルリツボバナと呼ばれている。
可愛らしいと言えば確かにそう見えるが、これはどこにでも生え良く増える雑草だ。

しかし、黒い岩肌と雪と氷に閉ざされた厳しいキリフの山中で、春先の谷間に群生するその光景は、デイビッドでさえ目が覚めるような美しさを感じたのを良く覚えている。

適当に摘んで水でザッと洗うと花がポロポロ取れてしまう。
気にせず鍋にぶち込み水と砂糖を加えて煮立てると見事な青いシロップが出来る。

粉と重曹を振るい、粒子の細かいザラメを選んで加えたら、卵とバターとシロップと残りの花をドサッと入れて荒っぽく混ぜ、乾燥させたラベンダーと芥子の種を加え、セルクルに流し込む。

「なんか…雑ですね?!」
「仕事の片手間に作るもんだからな。そんな上品なもんじゃねぇぞ?」

焼き上がる間に粉砂糖にシロップを加え、紫色のアイシングを作っておく。

「冷めたら上から糖衣ぶっかけて生の花散らしとけ。」
「仕上げ私達がするの?!」
「見た目は自分で整えろ。こっちも仕事中なんだよ。」

デイビッドが薬剤に関する資料と騎士団からの報告書を読む横で、ヴィオラとローラはケーキを仕上げ、まだアイシングが固まり切らない内に切り分けた。

「わぁ!お花の香りがすごい!」
「食べるとプチプチしてる。素朴で美味しい。でも…これがミセス・メルバのケーキ?」
「挿絵が無いからはっきりはしねぇけどな、かなり切り詰めた中で、限られた材料と手に入る物だけでなんとか作ろうとしてる感はあった。ま、考察のひとつと思え。」
「先生、このケーキ…私の入ってる読書愛好会に持って行っても良いですか?」
「んー?好きにしろよ。」

この適当な返事が後に自分の首を絞めることになると、この時のデイビッドは全く知る由もなかった。


報告書には、今回の事件の被害者達から得た情報に、不可解な点が多くあったと書かれていた。
被害者達は皆同様に酒場で男に声を掛けられ、一緒に酒を飲んだらしい。
その後、路地で暗がりに連れ込まれたのは本当で、襲われかけた所で助けが入り、そこで逃げた男の名前を聞かされて犯人を確信したという。
ところが一緒にいたはずが、顔も姿も覚えていない上に、酒場でも誰かと居たのは確かだが、それがどんな人物が覚えている者が居ないらしい。
恐らく隠蔽の中でも認識を阻害し、存在を曖昧にする魔術の類だろう。
人の記憶に残らず、しかし存在していた事だけは残せる厄介な魔法だ。
何より怪しいのが、助けに入り逃げた男の名を告げた人物を誰も覚えていないと言うことだ。
騎士団の調査はまだしばらく続くそうだ。

この事件、噂と印象と悪評が重なってデイビッドが犯人に仕立て上げられてしまった上に、世間はそれを面白がって散々騒ぎ立てたそうだ。
そんな連中のためにグロッグマン商会が働いてやる義理はない。
平民だろうと貴族だろうと、今後は理不尽にはしっかり抵抗し、抗議もしていく方針に決まり、会頭は更に愉快そうに笑っていたという。


学園の関係者という立場から、デイビッドは生徒が卒業と進学を目前とした今、こういう事はあまり考えていたくない。
ヴィオラもついに2年生になる。
授業内容も少しずつ変えて行く必要が出てくるかも知れない。
やる事は相も変わらず山積みなのだ。


しかし中には、そんな忙しさと縁がないように見える人物も居る。

「お待たせぇ~、やっと明日から授業が再開できるよ~!今日は皆にお知らせがありま~す!」

久々に感じるベルダの第七研究室。
そこにいつもの研究生5人が入るやいなや、部屋には3重結界に隠蔽と防音まで掛けられた。

「嫌な予感しかしない展開だな…」
「実は君達に新薬の開発に協力して欲しくてね!?全員の課題が終了次第、取り掛かろうと思ってるんだけど、どお?」
「どお?じゃねぇよ!こっちは課題終了したら契約も終了だって言ってんだろうが!」
「まぁまぁ話は最後まで聞こうよ、ね?」

いきなり持ちかけられた怪しさしかないベルダの提案に、5人は大いに戸惑っていた。
感想 5

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