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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜
陰湿な嫌がらせ
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エリス語のテキストは言語学書と、帝都の作法指導書だった。
これまた硬い文書で書かれた専門書に頭が痛くなりそうだ。
教室の中もかなり空気が重い。
真剣なのはわかるが、やり難さが凄い上、ステイシー寄りの生徒が多く早くも視線が痛い。
「人を値踏みするのはいいが、あからさまな態度は貴族社会でも自分の首を絞めるんじゃないか?まぁ、俺には関係ねぇけどよ…で?今日はどっからやるんだ?」
やたら分厚い書物を開き、生徒と同じページを開くと、文書での挨拶と手紙の書き方とあった。
「かってぇ~文書…頭に入れるだけで一苦労だな…めんどくせぇ!もういいや、本閉じろ!そもそも手紙の書き方だろ?まず宛名の書き方!こっちと裏表逆になるから、そこから覚えろ!あと団体向けの場合、宛名の最後はピリオドじゃなくて罫線を引いて…」
「そんな事どこにも書いていませんが?」
生徒の一人が手を挙げて発言する。
「決まりってわけじゃないからな。ただ、この方が相手方に対して軟らかい印象を持ってもらえる。ここ近年の内に流行ったやり方で「まだまだこの先も長いお付き合いを」という意味でピリオドを打たない事が多い。最近じゃ貴族間でも正式文書でも使われてる。ルールってわけじゃねぇからそこは好きにしろよ。」
「そんな事、何故貴方がご存じなんですか?」
ステイシーの教える生徒だけあって、デイビッドを教員と認めていない雰囲気がひしひししている。
アデラ語のクラスよりそれが更に酷い。
「こう見えて、エルムの要人と関わりがあるからな。気軽い手紙から、商談、政務、挨拶文、みんな受け取るからある程度見慣れてる。」
「要人って…役人か何か?」
「外交官も役人っちゃ役人か。第二王女と顔馴染みなんだ。手紙も良く寄越して来るし、大使館からも来てるな。あと、王太子からもたまに挨拶文が来る。公文書だけならそのくらいか?後は商売関係と研究機関と友人からちらほらだな。」
発言した生徒はそれを聞くと黙って座り込んだ。
「それから、エルムは元々言語が16以上あって、帝国語が公用されているが、それぞれの土地柄が文章にも出るから、どこの誰宛か良く確認すること。中には特殊な挨拶が要ることもある。例えば東南側のテマリ、ミヤビ辺りじゃまずは天気や季節の話題から入るとか、ラカン、ランファでは相手の家族や友人を褒める言葉を必ず入れるとかな。変わってんだろ?」
そんな話を織り交ぜながら授業を進めていくと、あっという間に鐘が鳴る。
「よーし、次は再来週か。テキスト使わなくて悪かった。俺の授業は補足程度に思ってくれ。じゃあな!」
その足で教員室へ入り、たまには他の教員達と顔を合わせてから次の予鈴で廊下へ出た。
図書室へ寄るつもりで歩いていると、既に授業が始まっている教室から声が聞こえて来る。
「まるでなっていませんね!これだから常識に疎い田舎者は…」
それを聞いてデイビッドの足が止まった。
瞬間、ずっと感じていた謎の忌避感の蓋が外れ、忘れていた嫌な記憶が頭の奥から引きずり出されて来る。
「これだから…」「これだから…」「これだから…」
ーーまるでなってない!頭の悪い田舎者には何を教えてもダメですね?!ーー
この口癖にデイビッドは聞き覚えがあった。
幼少時の家庭教師が、全く同じ言葉を吐いていたのをずっと聞かされていたから。
嫌な記憶が断片的に思い出されていく。
教室からは罵倒のような指導の後に、か細く震えた声で誰かが返事をする声がした。
「はい…申し訳ありません…ステイシー先生…」
それは間違いなくヴィオラの声だった。
デイビッドはそのまま音を立てず、急いで教員室へ戻って行った。
ヴィオラの補講は厳しいものだった。
教師からは全ての動きに駄目出しが入り、まるで落第だと言わんばかりの態度で接せられる。
「はい、やり直し!気品の欠片もない!貴女はお茶一つまともに飲めないのですか?!」
何度やり直しても、シェルリアーナに褒めてもらった動きも、エリックに教えてもらったコツも、全て否定される。
「全く、時間の無駄ですね!もう諦めたらよろしいのでは?貴女はどうせ社交などなさらないでしょうから。洗練された貴族の優雅な作法など身につける必要など無いでしょう?!貴女程度の生徒、普通クラスで普通に勉強なさればよいのでは?」
甲高い声が頭ごなしにキンキン響き、ヴィオラの心が折れそうになった時、誰かが教室のドアをノックした。
「失礼致します。教頭のミネルバです。いきなりごめんなさいね。授業の見学に参りましたの。あら、この教室はお一人なのね。私の事は気にせず、いつも通りの授業を続けて下さいな。」
「は…はぁ…教頭先生、でしたらもっと生徒の多い教室に行かれては…」
「どの授業を見るかは私が決めます。さ、ステイシー先生。続きをどうぞ?」
そう促され、ステイシーは顔を引き攣らせていた。
ヴィオラはもう一度、お茶を飲む動作をやってみる。
が、今度はなぜか何も言われない。
「はい、次は席を立つ動作!」
ついさっきまで、あれ程ダメだと言われた動きが、あっさり通ってしまう。
「あの、本当によろしいのですか…?これで合格に…?」
「早く次の課題に移りなさい!」
ヴィオラは言われた通り、椅子の音を立てず立ち上がり、主催者に一礼、テーブル側に一礼、そして席を離れる。
その時机のささくれにスカートが引っかかってしまいガタンと音がしてしまった。
それを見てステイシーがそれ見たことかとまた嫌な笑みを浮かべる。
「あ…」
「はい、やり直し!なんですか?今のみっともない動きは。その程度で慌てるなど淑女としてあり得ません!これだから…」
「あら、それは変よ。借りに本当にお茶会の席ならば、ゲストのスカートがテーブルに引っかかるような事態は許されません。大切なドレスに傷をつけるようなテーブルを選んだホスト側の落ち度になります。ステイシー先生、貴女はお茶会の主催者という設定なのでしょう?だったらまずはゲストに謝らなくては。違いますか?」
「そ…それは…」
すかさず入った教頭の指摘に、ステイシーは顔を真っ赤にして狼狽えていた。
「ミス・ヴィオラ、大丈夫。もう一度ゆっくりやって見せて下さい。」
教頭に促され、ヴィオラはもう一度立ち上がり礼をする。
すると教頭はにっこり笑って拍手した。
「動きの全てに申し分ありませんね。角度もタイミングも完璧でしたよ?!ただ、もう少し笑顔が欲しいわね。さ、にっこり笑って見せてくれるかしら?」
「はい…ありがとうございます先生…」
その後も、テーブルマナーや小物の扱いなど課題の動作を確認していくが、その都度教頭はヴィオラを褒めた。
冷たくなっていた心臓に温かさが戻り、ヴィオラはついに全ての所作の合格をもぎ取ることができた。
「良く頑張りましたね!満点ですよ?!」
「教頭先生、勝手に困ります!この授業の受け持ちは私なのですから…」
「どうして?たとえ高位貴族と並んでも遜色ない所作でしたのよ?満点以外に何かありますか?ああ!特別点ね!?ミス・ヴィオラ、良いお手本になれる生徒には課題点以外にも特別に点数がつくことがあるのよ。きっとそれだわ!ごめんなさいね。余計な口を挟んでしまって。あら、丁度授業が終わるわね?!それでは御機嫌よう。」
流れるような大人の礼に、ヴィオラも精一杯の礼を返し、改めてステイシーと向き合った。
「先生、私は合格でよろしいのですよね…?」
「終わったのなら、早く教室から出て行きなさい!」
「はい…失礼致しますステイシー先生…」
再びきつい態度に戻ったステイシーに一礼し、ヴィオラはドキドキしながら廊下に出た。
これまた硬い文書で書かれた専門書に頭が痛くなりそうだ。
教室の中もかなり空気が重い。
真剣なのはわかるが、やり難さが凄い上、ステイシー寄りの生徒が多く早くも視線が痛い。
「人を値踏みするのはいいが、あからさまな態度は貴族社会でも自分の首を絞めるんじゃないか?まぁ、俺には関係ねぇけどよ…で?今日はどっからやるんだ?」
やたら分厚い書物を開き、生徒と同じページを開くと、文書での挨拶と手紙の書き方とあった。
「かってぇ~文書…頭に入れるだけで一苦労だな…めんどくせぇ!もういいや、本閉じろ!そもそも手紙の書き方だろ?まず宛名の書き方!こっちと裏表逆になるから、そこから覚えろ!あと団体向けの場合、宛名の最後はピリオドじゃなくて罫線を引いて…」
「そんな事どこにも書いていませんが?」
生徒の一人が手を挙げて発言する。
「決まりってわけじゃないからな。ただ、この方が相手方に対して軟らかい印象を持ってもらえる。ここ近年の内に流行ったやり方で「まだまだこの先も長いお付き合いを」という意味でピリオドを打たない事が多い。最近じゃ貴族間でも正式文書でも使われてる。ルールってわけじゃねぇからそこは好きにしろよ。」
「そんな事、何故貴方がご存じなんですか?」
ステイシーの教える生徒だけあって、デイビッドを教員と認めていない雰囲気がひしひししている。
アデラ語のクラスよりそれが更に酷い。
「こう見えて、エルムの要人と関わりがあるからな。気軽い手紙から、商談、政務、挨拶文、みんな受け取るからある程度見慣れてる。」
「要人って…役人か何か?」
「外交官も役人っちゃ役人か。第二王女と顔馴染みなんだ。手紙も良く寄越して来るし、大使館からも来てるな。あと、王太子からもたまに挨拶文が来る。公文書だけならそのくらいか?後は商売関係と研究機関と友人からちらほらだな。」
発言した生徒はそれを聞くと黙って座り込んだ。
「それから、エルムは元々言語が16以上あって、帝国語が公用されているが、それぞれの土地柄が文章にも出るから、どこの誰宛か良く確認すること。中には特殊な挨拶が要ることもある。例えば東南側のテマリ、ミヤビ辺りじゃまずは天気や季節の話題から入るとか、ラカン、ランファでは相手の家族や友人を褒める言葉を必ず入れるとかな。変わってんだろ?」
そんな話を織り交ぜながら授業を進めていくと、あっという間に鐘が鳴る。
「よーし、次は再来週か。テキスト使わなくて悪かった。俺の授業は補足程度に思ってくれ。じゃあな!」
その足で教員室へ入り、たまには他の教員達と顔を合わせてから次の予鈴で廊下へ出た。
図書室へ寄るつもりで歩いていると、既に授業が始まっている教室から声が聞こえて来る。
「まるでなっていませんね!これだから常識に疎い田舎者は…」
それを聞いてデイビッドの足が止まった。
瞬間、ずっと感じていた謎の忌避感の蓋が外れ、忘れていた嫌な記憶が頭の奥から引きずり出されて来る。
「これだから…」「これだから…」「これだから…」
ーーまるでなってない!頭の悪い田舎者には何を教えてもダメですね?!ーー
この口癖にデイビッドは聞き覚えがあった。
幼少時の家庭教師が、全く同じ言葉を吐いていたのをずっと聞かされていたから。
嫌な記憶が断片的に思い出されていく。
教室からは罵倒のような指導の後に、か細く震えた声で誰かが返事をする声がした。
「はい…申し訳ありません…ステイシー先生…」
それは間違いなくヴィオラの声だった。
デイビッドはそのまま音を立てず、急いで教員室へ戻って行った。
ヴィオラの補講は厳しいものだった。
教師からは全ての動きに駄目出しが入り、まるで落第だと言わんばかりの態度で接せられる。
「はい、やり直し!気品の欠片もない!貴女はお茶一つまともに飲めないのですか?!」
何度やり直しても、シェルリアーナに褒めてもらった動きも、エリックに教えてもらったコツも、全て否定される。
「全く、時間の無駄ですね!もう諦めたらよろしいのでは?貴女はどうせ社交などなさらないでしょうから。洗練された貴族の優雅な作法など身につける必要など無いでしょう?!貴女程度の生徒、普通クラスで普通に勉強なさればよいのでは?」
甲高い声が頭ごなしにキンキン響き、ヴィオラの心が折れそうになった時、誰かが教室のドアをノックした。
「失礼致します。教頭のミネルバです。いきなりごめんなさいね。授業の見学に参りましたの。あら、この教室はお一人なのね。私の事は気にせず、いつも通りの授業を続けて下さいな。」
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「どの授業を見るかは私が決めます。さ、ステイシー先生。続きをどうぞ?」
そう促され、ステイシーは顔を引き攣らせていた。
ヴィオラはもう一度、お茶を飲む動作をやってみる。
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「はい、次は席を立つ動作!」
ついさっきまで、あれ程ダメだと言われた動きが、あっさり通ってしまう。
「あの、本当によろしいのですか…?これで合格に…?」
「早く次の課題に移りなさい!」
ヴィオラは言われた通り、椅子の音を立てず立ち上がり、主催者に一礼、テーブル側に一礼、そして席を離れる。
その時机のささくれにスカートが引っかかってしまいガタンと音がしてしまった。
それを見てステイシーがそれ見たことかとまた嫌な笑みを浮かべる。
「あ…」
「はい、やり直し!なんですか?今のみっともない動きは。その程度で慌てるなど淑女としてあり得ません!これだから…」
「あら、それは変よ。借りに本当にお茶会の席ならば、ゲストのスカートがテーブルに引っかかるような事態は許されません。大切なドレスに傷をつけるようなテーブルを選んだホスト側の落ち度になります。ステイシー先生、貴女はお茶会の主催者という設定なのでしょう?だったらまずはゲストに謝らなくては。違いますか?」
「そ…それは…」
すかさず入った教頭の指摘に、ステイシーは顔を真っ赤にして狼狽えていた。
「ミス・ヴィオラ、大丈夫。もう一度ゆっくりやって見せて下さい。」
教頭に促され、ヴィオラはもう一度立ち上がり礼をする。
すると教頭はにっこり笑って拍手した。
「動きの全てに申し分ありませんね。角度もタイミングも完璧でしたよ?!ただ、もう少し笑顔が欲しいわね。さ、にっこり笑って見せてくれるかしら?」
「はい…ありがとうございます先生…」
その後も、テーブルマナーや小物の扱いなど課題の動作を確認していくが、その都度教頭はヴィオラを褒めた。
冷たくなっていた心臓に温かさが戻り、ヴィオラはついに全ての所作の合格をもぎ取ることができた。
「良く頑張りましたね!満点ですよ?!」
「教頭先生、勝手に困ります!この授業の受け持ちは私なのですから…」
「どうして?たとえ高位貴族と並んでも遜色ない所作でしたのよ?満点以外に何かありますか?ああ!特別点ね!?ミス・ヴィオラ、良いお手本になれる生徒には課題点以外にも特別に点数がつくことがあるのよ。きっとそれだわ!ごめんなさいね。余計な口を挟んでしまって。あら、丁度授業が終わるわね?!それでは御機嫌よう。」
流れるような大人の礼に、ヴィオラも精一杯の礼を返し、改めてステイシーと向き合った。
「先生、私は合格でよろしいのですよね…?」
「終わったのなら、早く教室から出て行きなさい!」
「はい…失礼致しますステイシー先生…」
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