黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

妖精と魔女

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ローラは真剣な顔で氷漬けの花を見つめていた。

「私ね、今度お見合いさせられることになったの。この花はそこで使おうと思ってるのよ!」
「まだ学生なのに?貴族って大変ね。家はただの名誉爵だから、そこまで言われないのが救いだわ。」
「ソフィアだってその内他人事じゃなくなるわよ?!貴族なんて何考えてるのかわかんないもの!これで相手の考えを暴いてやるわ!」

「程々にしとけよ?」

「「キャァッ!!」」
「あ、デイビッド様!どうしたんですかこんな所で?」

思わぬ所から声がして、ローラとソフィアは驚いて跳び上がった。
振り向くと、本を抱えたデイビッドが生垣の向こうに立っている。

「魔法学棟からの戻り。なんか頭がスッキリしねぇんで外歩いて来たとこだ。そっちは素材採集か?」
「はい!魔草を摘んでたんです!見て下さい、すごくキレイなスノウリコリスが咲きました!」
「へぇ、どれどれ…」

しかし、ヴィオラが氷の塊を差し出すとデイビッドが触れた途端、氷が溶け出してしまう。

「おおおい?!溶けてるぞコレ!」
「あれ?そんな、どうして?」

氷は一瞬にして水になり、手の中には萎れた花だけが残った。

「え?あの…ゴメン…?」
「魔力で守ってたはずなのに…なんで??」

しょんぼりするヴィオラをローラとソフィアを慰める。

「大丈夫よヴィオラ!もう一度作ろ?まだお花咲いてるわよ?!」
「それの本当の使い方教えてあげる!先生、次は触んないで下さいよ?!」
「今の、俺のせいか?!」

気まずくなってそのまま逃げるように研究室へ戻ると、エリックがホットビスケットを齧りながらゴロゴロしていた。

「おやぁ?どうしました浮かない顔して萎れた花なんか持って。」
「ああ、これな…ヴィオラが見せてくれたんだけどよ…氷漬けになってたの触ったら一瞬で溶けちまって…これだけ残ったの思わず持って来ちまった…」
「スノウリコリスですね。別名“氷のジャッジマン”。薬を作る他に、魔力の氷で覆うと、嘘偽りに反応して氷が割れるんです。」
「嘘発見器みたいな花だな。溶ける場合はなんなんだ?」
「氷が溶けるのは真実を述べた場合ですね。ヴィオラ様がどんな思いを氷に込めたか、聞いてませんか?」
「…聞いてない…」
「ちなみに一番多いのは「浮気に関する問い」(情報誌月刊ウィロー調べ)らしいですよ?!」
「ヤメロ!」

くしゃくしゃになった疑惑の花は調べると食用にもなるらしい。
試しにハーブティーに浮かべてみると、花弁が開いて少しだけ元の姿に戻った。

ガラスのポットの中で揺れる花を眺めているうちに、外からヴィオラが顔を出した。

「ヴィオラ!さっきは悪かった。花…台無しにして…」
「いいんです!全然!むしろ良かったんです!あ、えっと…良かったと言うか…もう大丈夫なので!気にしないで下さい!ほら、新しい花も持ってきましたから!」
「自白剤は上手く出来たのか?」
「ソフィアとローラが頑張るそうです。私はいらないので。」

どうやらヴィオラは氷漬けのスノウリコリスの使い方を教わったらしい。
そしてしっかり望む結果が得られたようだ。
焼き立てのマドレーヌと、ミルクと蜂蜜入りのハーブティーで温まり、ポカポカしながらヴィオラはまた授業へ行ってしまう。

「ヴィオラ様、氷にどんな問いかけを閉じ込めたんですかねぇ?」
「知らねぇよ!なんでもいいだろ。」
「あんなに嬉しそうにしちゃって。溶ける速さは真実の重みに比例するそうですよ?!そんなにあっという間に溶けたなら、余程良い答えだったんでしょうねぇ?!」
「…魔法棟行ってくる。」

エリックの相手をするのがうっとおしくなり、デイビッドは魔法学棟へ向かって行った。


その頃、第七研究室でぐっすり眠っていたシェルリアーナは、イヴェットに起こされ盛大に恥をかいていた。

「もうイヤ…死にたい…!!」
「う~ん、珍しい事もあるなとは思ったよ。僕と彼以外は見てないと思うから安心して?ところでさ…アナ。君にひとつ聞きたい事があるんだけど…」
「なぁに?」
「彼、何者だい?」

再びイヴェットの瞳孔がヒュッと細くなる。

「…魔女に尋問しようなんて、いい度胸ねイヴェット。」
「ああ、ごめんよ、つい…これは悪い癖だね。本気で使ってるわけじゃないから安心してよ。人に何か問う時にいつも無意識で発動しちゃうんだよね…」
「故意で使うのもダメよ?貴女の魔力に当てられたら、男女問わず虜になってしまうんだから!」
「すぐ解ける程度だよ…そう思ってさっきも少し使わせてもらったんだ。でも、全然掛からなかったんだよね…僕の“魅了”が…」

特殊血統によく見られる特徴のひとつに“魔眼”がある。
血統特有の魔力が眼に集まり、眼孔から他者に魔法を試行するものだ。
シェルリアーナの魔女の眼もこれに当たる。
フェイーは人に好意的な存在だが、度々人を誑かす性質を持っている。
妖精質の魔性に当てられて魅了されない人間は珍しい。
余程の高位魔力の持ち主か、通常の人間ではないかのどちらかだとイヴェットは言う。

「そっちこそ珍しい事もあるじゃない。一体誰に使ったのよ?」
「もちろん、デイビッド君だよ…」
「はぁ?!」
「魅了って色んな使い方があるんだよ。今回はただ本心が聞きたくてね。ちょっと強引だったけど、本音が知りたくて使わせてもらっちゃった。」
「本音?」
「本能に対する問いかけ。僕達の事どう見てるのって…なのに彼はほんの少し戸惑っただけで、全く反応しなかった。あんまりいつも通りなんで、思わず逃げちゃったよ。」
「…それが本音なのよ。」
「え?」
「効かなかったんじゃなくて、既に答えは出ていたの。効いた上でその反応なのよ。信じられないでしょうけどね。アイツ駆け引きは得意だけど、自分の事となると隠すのは超絶下手だもの。あと、予想以上に捻くれてるから、美人に誘われたくらいで釣れる魚じゃないわよ?」

それを聞いて、イヴェットは目を見開いて驚いていた。

「なにそれ面白過ぎる…是非釣り上げてみたいなぁ…」
「ちょっかい出すのはお勧めしないわね。下手に手を出そうとすればブチ切れるわよ?そうしたら私は真っ先に逃げるからね?!さ、そんな事よりそろそろ始めましょ!」

2人がお喋りを止め、一足先に製薬に取り組み始めた頃、魔法棟の廊下がいきなり騒がしくなった。


魔法学棟の入り口では、デイビッドとエドワードが合流し、アーチを歩いていた。
そこへ隣の研究室の生徒達が寄って来て話しかける。

「あ、君さ!ベルダ先生のとこの生徒だよね?!ちょっと手を貸して欲しいんだけど、今いいかな?」
「はぁ?俺にできる事なんてあるのか?ここ魔法棟だろ?」
「彼等は隣の魔道具研の生徒だよ。君達、彼になにか用?」
「今、魔道具の発動条件について考察中でさ!魔力が無い状態だと発動するかしないか確認したいんだ!是非頼むよ!」

こちらの返事も待たずに、エドワードとデイビッドは隣の研究室へ引っ張り込まれ、椅子に座らされた。

「俺は魔道具は古いライター点けるくらいしかできねぇぞ?」
「あー、あの旧式の魔導ライターか。点火部分に魔石が入ってて衝撃で点くやつね。今は危ないからって製造されてないんだっけ?」
「そう。最近はもうどこも魔素反応頼りだから俺には扱えねぇんだよ。」
「それこそ好都合だよ!ちょっと待っててね…そしたら両腕をこっちに出してくれる?」
「…こうか?」

素直に従うと、ガチンと金属音がして両手が何かに固定される。

「……おい……」
「えーと…後はここをこう締めて…あ、なぁに?」
「なにじゃねぇだろ!コレ手枷じゃねえのか?」
「そうだよ?!」
「そうだよって!?お前魔道具の発動実験って言ったよな?!なんで手枷がいるんだよ!?」
「ああ!コレ魔道具なんだよ!旧体制時代の帝国で作られた拷問器具でね!他国の魔術師を拘束して使役してたんだって!」
「拷問器具ってなんだよ!?今の後出しにしていい情報量じゃねぇだろ?!」
「作動すると電撃に似た衝撃が走るそうです。」
「人の承諾無しにそんなモン着けんな!」
「よーしっ!これで準備出来たはず、いくよー?!」
「よくねぇ!アホか!待て!!」

バチバチと接続部から火花が散り、身構えたデイビッドと周囲に集まる生徒達が鈍色の手枷を凝視する。

が、それきり何も起こらなかった。
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