黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

動き出した影

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「そろそろいいか。」
「なにするの?」
「起こすんだよ。」

サラッと言って退けたデイビッドは、エリックの頭側に立つと、肩を捕まえて首の後ろに思い切り力を掛けた。

「起きろ!」
「イ゙ダダダ!!イッタァァ!!いきなりナニすんだ?!」

痛みで飛び起きたエリックは、直ぐに自分の身体がおかしい事に気がついた。

「アレ…なんか…力が入んない…?」
「起きたぞ?」
「本当に起きた…」
「え?え?何…?何があったんですか?うわ…頭痛い!グラグラする…」
「エリック!大丈夫?貴方、ナイトメアにかかってたのよ!?」
「ナイト…メア…通りで悪夢ばっかり見てたワケだ…」
「直ぐにシモンズ先生と魔法学の先生呼んで来るわね!」

当人が目覚めたのでシェルリアーナは魔法学棟に知らせに行き、デイビッドは普通の熱冷ましと、解毒作用のある薬草をエリックに飲ませた。

「うぇ…苦ぁ~!」
「そのくらい我慢しろよ。魔力も体力もかなり消耗してるらしいぞ?」
「ところで、これなんの匂いです?この匂いで目が覚めたんですよ。」
「古い眠り覚ましの魔法薬だよ。」
「へぇ~、お香の薬なんて初めて見ました。こんなのあるんですね。」
「俺が作った薬だから効くかわかんなかったけどな。」
「そう言えば…なんで自然に目が開くの待ってくれなかったんですか?けっこう意識はっきりし始めてきたところで、なんかグリグリしたでしょ?まだ痛いんですけど…」
「気付けのツボって教わったから、押してみた!」
「お願いですから止めて下さいね、二度と!」

香薬の火を消し、薬草の団子は乾燥させて保存するため日陰に干して使った道具も片付ける。
気がつけば既に昼近く。
朝から何も食べていないエリックに、デイビッドは消化の良い物を作り始めた。

「それにしても、“闇夜の蝶”とは…本格的に命狙って来ましたね。」
「そんなにおっかねぇのか?」
「既にかなりの魔力が抜けちゃってます…このまま眠り続けていたら…枯渇して心臓が止まっていたかも知れません。」
「早めに意識が戻って良かったな。」
「ひたすら色んな悪夢見せられましたよ…あー…頭痛い…お腹空いた…」
「ちょっと待ってろ。」

エリックが卵入りのリゾットを鍋半分も平らげた頃、シモンズが魔法薬の教授達を連れて現れた。

「ナイトメアを自力でなんとかしようとするんじゃない!この大馬鹿者が!!」
「いってぇ!!」

来るなりデイビッドに拳骨を食らわせると、エリックを診断し硬い表情を緩めた。

「毒素はほとんど抜けているね。影から入った分、身体に蓄積した量も少なく済んだのだろう…しかしまぁずいぶん古いやり方に頼ったもんだねぇ…」
「古典の文献にあったやり方に似ております!まさか現代でも通用するなんて…あの、記録として資料に残しても?!」
「完全に毒素が抜けたわけではありませんので、しばらくは薬を飲んで下さいね。今回は意図的にナイトメアをかけられたと言う事で、後日魔術省と魔術師連合から人が参ります。」

バタバタ人が出入りして、やがて静かになるとエリックはまた少し頭が重くなり、まどろみ始めた。

「う…このまま寝るの怖いな…」
「大丈夫、無意識下に入りこまれると抵抗できないけど、自覚できちゃえば君の魔力で抑え込めるからね。認識できた時点でナイトメアの弱味はもう掴めてるから、眠っても害はないよ?」

医師や教授達と一緒に来ていたベルダが一人残り、ソファでまったり寛いでいる。

「良い部屋だね。とても平和で穏やかな空気を感じるよ。」
「帰れよ!」
「もう少しエリック君の様子を見てからと思ってね!それでさ!ナイトメアを破るのに使った薬は残っているんだよね?見せてくれないかな?!」

デイビッドがまだ湿り気の残る薬草団子を持って来ると、ベルダは両手で受け取り、香りを嗅いでうっとりしていた。

「素晴らしいね…ティターニアを使うなんて、普通じゃ思いつきもしない。これは相当高度な知識と繊細な技術を要する物だ。このレシピは何処から?」
「んー…今のとこ企業秘密だな…」
「そんな事言ってると君の事手放したくなくなっちゃうよ?」
「止めてくれ!こっちは今期終了予定だからな?!」

ベルダのことは気にせず昼の支度をしていると、シェルリアーナがやって来た。

「やぁ、お邪魔してるよ!?」
「先生!ナイトメアはどうなりましたの?」
「もう大丈夫だよ。盗み出された量からしてもコレで終わりだろうね。エリック君も2~3日で元気になるよ。」
「そう…ならよかったですわ。他に犠牲者が出ないなら安心ですわね。」
「でも不思議なんだよねぇ…ナイトメアの保管にはかなり厳重な魔術が掛けられていて、3種類の魔力を注がないと開かないようにできていたはずなんだ。火と光と神聖力をそれぞれ一定の出力で注がないと開かない仕組みで作ってあったらしい。」
「火と光は何となく分かるけど、神聖力ってのはあんまり聞かねぇな。」
「神に仕える者達に授けられるとされる、特殊な性質の魔力だよ。使える人は少ないし、王都じゃ特に特別視されてるね。」

神に仕える…と聞いて何となく嫌な予感が頭をよぎる。

「そう言えばさっき貴方、妖精と話をして怪我がどうのとか言ってたわよね…?」
「ああ、触ったら手を痛めたそうだ。」
「先生、妖精に怪我を負わせられる力なんてありますの?」
「もちろん。中でも最悪なのが神聖力。自然の魔力を吸収して自分の力にしてしまうから、超自然的な存在である妖精とは相性が悪いんだ。神の力とは言うけれど、特に精霊や妖精に嫌われる魔力の使い方だよ。」
「神聖力を使える先生は今お2人だけでしたわね。」
「それも普段から使うわけじゃないよ。魔物の封印や今回みたいな特殊素材の保管位にしか使ってないって話だね。」
「その神聖力で闇魔法って使えんのか?」
「使えない事はないだろうね。魔力は変質化が可能だから、多少性質が相反しても練習次第では出来るよ。ところで今、妖精が怪我したって言った?」

もしも犯人がその神聖力とやらを使い、闇魔法でこの部屋にナイトメアを忍ばせようとしたのなら、それを防ごうとしたルーチェが怪我をした理由も分かる。

「この学園に神聖力を使える人間は何人いる?」
「教師含め8人。生徒だけなら6人かな。1人は騎士科。1人は政務科の留学生。後は淑女科の3年に1人と2年に2人と1年に1人だね…」
「全員と話をしてみたいわ…できますかしら?」
「魔術師連合の人達が来たら事情を説明してごらん。話を聞いてくれるはずだよ。ねぇ、妖精って何の話?!」


迂闊に漏らした一言に執拗に食い下がろうとしたベルダも、他の教員が来て回収されて行ったのでようやく部屋は静かになった。
気がつけばエリックも穏やかに眠っている。

「とんだ災難が来たな…」
「ひとまず…お腹が空いたわ…」
「もうそんな時間か…ヴィオラが来る前になんか作らねぇと…」
「ガッツリがいい!!お肉ガッツリ!!」
「また雑な注文を…」

とりあえず足の早い挽き肉を練って繋ぎを加え、平たい楕円にして焼き上げ、同じフライパンでソーセージも炒めていく。
残った油で芋を揚げ焼きにし、普通の玉子で目玉焼きを一気に10も焼き上げ、更に角切りのベーコンを放り込み、脂が出たところで炊いた米をコレでもかと盛って塩コショウと黒い液状の調味料を一回ししたら、ガッツリ肉系メニューの完成だ。

「疲れてると作るもんがこういうのばっかになるから嫌なんだけどよ…」
「男性の手料理ってこんなもんですよ?!」

いつの間にか起きていたエリックは、リゾットを拒否して肉に飛びついている。
せめてサラダは付けようと野菜を洗っていると、ヴィオラが不安そうな顔で入って来た。

「デイビッド様!ナイトメアに襲われたって本当ですか?!」
「俺じゃなくてエリックがな。」
「もうすっかり良くなりましたよ!?ご安心下さい。」

ナイトメアが盗まれ悪用された話は、1年生のヴィオラの耳に入る程広まっているようだ。
しかし、デイビッドが襲われたという話が出るのは腑に落ちない。

「その話、どこで聞いた?」
「淑女科で皆が話してたそうです。アニスとソフィアが教えてくれて…」
「襲われたのが俺だって?」
「はい…」

実際に流れた噂は「これで黒豚が居なくなる」「気味の悪いバケモノが消えてせいせいする」というもので、アニスもソフィアもヴィオラの前では言葉を選んだが、かなり酷い内容が広がっていた。
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