黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

ターンオーバー

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「そんな…魔素反応が一切無いですって?!」
「生まれつきの体質で…」
「そんな身体で身の潔白を証明するため、敢えて厳しい道を選ぶなんて…無茶しすぎですわ!」
「いや…そこまで考えてはなくてですね…」

治癒魔法はおろか、魔法薬も使えず、手当てのしようがないので、身体が元に戻るまで大人しくしているしかない。
気休めに出された薬草茶を飲んでいると、魔術師の女性がデイビッドの真向かいに座った。

「あの…」
「気負わなくてもよろしくてよ。私はアンジェリーナ。ローブを着ていない私はただの一階の魔術師ですわ。」
「俺に何か用ですか…?」
「貴方に聞きたいことがありますの。もちろん尋問ではなくてよ?1人の母親として話をしたいのよ…リアの事で…」
「リア?」
「わかるかしら?魔女は真名を隠すために、呼び名を多く持つものなのよ。」
「あぁ!“シェルリアーナ”か…そういや人に寄って呼び方が違うな…」

通りで似ているはずだ。
シェルリアーナもきっといつかこういう仕事に付くのだろう。

「さっきあの娘と食事をしたと言っていましたわね?」
「あ、いえ…その、彼女とは俺の婚約者の友人として付き合いがあるだけですよ?!それに食事と言っても食堂で食べるかの違いなだけで…」
「あの娘は…家では食事をした事がないの…あれは美しく物を口に運んで見せているだけ。貴族なんてみんなそうですけれど…」
「そう言えば、家で食べると味気ないとは言っていました。」
「“家で”食べるとなんでしょう?そちらではどうなのかしら?」
「えーー…と…」
「はっきり答えてくれて構いませんわ。どうせ嘘は分かってしまうから…」
「…なんでも良く食べるし、食べたい物は即作れと言いますね。あ、でも、食べっぷりは見てて気持ちが良いですよ。気に入ると皿が直ぐ空になるんで分かりやすいし、作り甲斐はありますね。」
「信じられないわ…でも本当なのね。あの娘、家ではほとんど話さないし笑わないのよ。」
「こっちではよく笑うし、割と感情豊かですね。普段気を張ってる分、息抜きにはなってるかと…」

それを聞いてアンジェリーナは少し嬉しそうにした。

「格式と伝統が重要視される家柄だと本当に窮屈なのよ。私にも学生時代逃げ場があったわ。カトレアとジェイムスと私の3人で過ごす時間は本当に楽しかった…。これも縁かしらね。あの娘の事、よろしくお願いします…」

そう言ってアンジェリーナはまた仕事の顔に戻り、デイビッドの前から居なくなった。

(変な所で線が繋がったな…)
すると入れ替わりにシモンズと白騎士達が入って来た。

「デイビッド殿。貴方の身の潔白が証明されました。この事件のみならず、貴方は犯罪行為とは無縁な方であると。大変お疲れ様でした。」
「これに懲りたら二度と判決を魔術に頼ろうとするんじゃない!騎士の捜査でもお前が無関係な事くらいとっくに分かっていたぞ?!ほら、立て!大使館へ送ってやる。」

シモンズはデイビッドを乱暴に歩かせ、馬車に詰め込んで再び大使館へ放り込むと、不機嫌な顔で学園へ帰って行った。

まだ昼までにだいぶあるが、ヴィオラ達は出掛けていて不在だそうだ。
客間で一休みしていると、そこへ以外な人物が駆け込んで来た。

「デイビッド先生!ご無事で良かっタです!」
「あれ?テオ?!」
「父がここで働いているので、呼ばれました。これでも急いで来たんデす。先生に見せたいモノがあって!」

現れたのは政務科の留学生のテオ。
父親がエルムの外交官だったようだ。
以前故郷の味を再現した料理を作って以来、学園でも挨拶してくれるようになった生徒だ。
テオは抱えていた紙包みをデイビッドの前で広げて見せた。

「これはヌードルってヤツか!?」
「カランの細引き麺です。乾麺は前からあるんですが、スープがどうしても上手くいかなくて、ずっと放置されテいて…」
「カランで一度食ったことがあるな!すげぇ美味かった!鶏の出汁でならこっちの材料で作れるかも知れねぇ。やってみようか?」
「是非お願いします!!」

厨房の寸胴鍋に鶏ガラとポロネギ、生姜、干したキノコを入れて煮込みながら丁寧にアクを取り、塩とカランの調味料を加えて味を整えていくと、旨味が凝縮されたスープが出来上がる。

途中で取り除いた出汁用の材料をすり鉢に上げ、鶏ガラは大きな骨を外して中骨ごとすり潰し、更に挽き肉と叩いた軟骨とネギを加えて、粉を練った生地で包み団子にする。

テオも隣に座って団子を丸めるのを手伝った。
家では良く母や妹とこうして料理もしたそうだ。

「手際がいいな。」
「母に仕込まれました。お嫁さんもらっテも苦労させないようにって。」
「いい文化だな。こっちの男連中は自分じゃ湯も沸かしたことのねぇ奴等ばっかだ。」
「カランでは、お茶も淹れられない男は恥をかくと言われて、子供の頃から家事の手伝いをさせられマすから。」
「こっちでもそういうの広まってくれねぇかなぁ。」

丸めた団子を湯がいて、味見するとなかなか旨く出来ている。
副菜が出来たので、次はいよいよ麺だ。
たっぷりの湯に乾麺を入れ、数秒毎に麺の硬さをみて丁度の所で一気に引き上げ、ザルに上げて湯切りして器に注いだスープに浸し団子を添える。

「スゴい!本当にできた!」
「早く食えよ!これ食うのは時間との勝負だって言われたぞ?」
「はいっ!いただきます!」

テオは慣れた手つきでスルスルと麺をすすり込み、幸せそうな顔をした。

「おいしイ!!コレですよ!これが食べたくて仕方なかったんです!」
「スープなんて誰にでもできそうなもんだけどな?」
「作り方は単純ですが、素人では味が決まらないんデす。出汁の旨味も塩加減も麺の茹で方も、こっちでできる人いなくて、次は連れて来ようって父が話してました。」

デイビッドも自分の分の麺を茹で、テオと同じように食べ出した。

「おお!美味いな!流石に麺は作れねぇし、なかなか入って来ないから食うのも久々だ!」
「先生、箸使えるんですね!?」
「前に知り合いに教わったんだよ。棒2本ありゃ大抵の物が食えるし便利だよな。慣れるまで指が変で笑われたっけ。」
「父さんより上手ですよ。フォークに慣れちゃって指がつるって言ってました。」

テオは夢中で器の中身をかき込むと、スープまで飲み干して無邪気な顔をした。

「ハァ満たされました!!まさか本当に食べられるとは思ってなくて。ありがとうございます!」
「こっちこそ、おかげで珍しいもんが食えたよ。」

女性陣が戻る前に洗い物を片付けていると、テオが皿を拭きながら話しかけて来た。

「ところで…王都の市場が今大荒れなの、ご存知ですか?」
「あー…商会の供給を昨日付けで一時凍結したからかな。でもそんな被害が出るほどじゃねぇだろ。」
「半分パニックでしたよ?特に貴族達がこぞって買い占めとかしてて、父はそれで交易の方に被害が出てないか調べに行ってるんです。」
「なんか申し訳なくなって来たな…今契約先の見直しと組み替えしてるとこなんだ。明後日には市場の方は元に戻るよ。」

グロッグマン商会が契約している商家の中で、惰性や周りとの付き合いで継続していた契約はバッサリ切った。
ついでに、今回の冤罪騒動で我先にと噂を広めてくれた商家や貴族家も今後の付き合いを解消させてもらい、教会関係者とは今後の取引はしない事にした。

逆にそれで迷惑を被る所に声を掛けて回り、新たな契約先として打診中。
その間の取引は一切停止したが、この程度で揺らぐような商売はしていない。
グロッグマン商会会頭は、この面倒な仕事を喜んで引き受けてくれた。

「良くぞご決断されました。これでも遅すぎたくらいです。王都中の経済をひっくり返し、目に物見せてくれましょう!デュハハハ!!」

相変わらず派手な装いで太々しい態度を崩さず、ゲラゲラ笑っていたので、まぁ大丈夫の範疇なのだろう。

デイビッドとしては、何より一番の狙いだったランドール伯爵家の取引先と仕入れ先を、今回の騒動にかこつけてごっそり奪えたので後はどうでも良かった。
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