黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

真実の眼

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食後のデザートを堪能すると、女子達は部屋に戻ったがヴィオラは客間で書き物をするデイビッドの背中にずっとくっついていた。

「本当に怖かった…デイビッド様が今度こそ恐ろしい目に遭わされるんじゃないかって…」
「向こうはそうする気満々だったけどな。こっちも何も対策してない訳じゃねぇからよ。」
「もしも抵抗できない力でねじ伏せられてしまったら?無実の罪で牢屋に入れられてしまうかも知れない…」
「それも何度か経験あるからなぁ…いつもちゃんと出て来られたし、経歴に傷もつかなかったよ。今回だって結構前から警戒はしてたしな…」
「…もしも、罪人にされて…何もかも取り上げられて放り出されたらどうしますか…?」
「単純に国を出るよ。そこまでしてこだわることもねぇし…」
「そしたら…私も連れて行ってくれますか…?」
「……そこなんだよなぁ…1年前ならむしろ無実だろうがこんな役目から解放されるなら喜んで受け入れて、さっさとどっか逃げ出してたんだろうけど…俺も欲深くなったもんだ。ヴィオラだけは手放したくないんだよ。そのためなら、何だってやってやろうって気になる…最初に言っただろう?何があっても守…って、寝てる…?!」

極度の緊張から解放されて、ヴィオラはデイビッドにもたれ掛かり静かに眠っていた。

「大丈夫!今の話ならちゃんと聞いてました、私が!」
「むしろ愛する者を攫って逃避行も、お前ならやって退けそうだな!?」
「余所見しながらで告白なんかするからよ!結構手前から寝てたわよ?!」
「ここまで来て二人切りにする配慮はねぇのかコイツ等…」

ドアの隙間から覗く3つの顔にデイビッドはうんざりする。
その後アザーレアに抱えられ、部屋へ連れて行かれるヴィオラを見送ると、手元の手紙をまとめ、あちこちに向け宛名を書いた。
(これで良し…明日から市場も荒れるだろうな。俺の知ったこっちゃねぇけどよ!)

この王都にデュロックの手がどれほど伸びているか、古参の貴族達は気がついているだろうか。
人を小馬鹿にして平和に暮らせていた今までが異常だったに過ぎない。
王都が求める利便的で実用性のある豊かな暮らしとやらを影から支え、名前は出さずにジワジワと浸透させて来た甲斐があったというものだ。
(さて、狙った魚は釣れるかどうか…)
淡々と動く手の上で、明日はどれ程大きな波が起こるだろうか楽しみだ。


次の朝はクロテッドクリームを添えたしっとりふわふわのパンケーキタワーに、ソーセージとオムレツと果物のボールがテーブルに用意されていた。

「美味しぃ~!」
「いつも朝は寮で食事する私に喧嘩売ってるのかしら…」
「こんな物食べさせて、これから国に帰る私に飢えろとでも言うのか…?」
「私には温かい朝ごはんというだけで贅沢なのに…」
「美味しいぃ~!!」

大使館の裏口から外に出たデイビッドは、まずグロッグマン商会の本部(仮)に顔を出し、昨夜書いた手紙の束を渡すと、会頭と話をしていくつかの書類にサインをしてから、少しだけ街の様子を見ながら、歩いて第一騎士団の詰所へ向かって行った。

「先日、貴方を拘束した騎士達は第四騎士団の者達だったそうです。」
「教会関係との繋がりは?」
「直ぐ近くに聖騎士団の詰所があり、交流も長いとか。」
「容疑者を引き渡すなんてこともあるのか?」
「教会の管轄内の犯罪と分かればあり得ますが、始めから判別がつくものではないので、なんとも…」
「少し探り入れる必要があるかな…」

参考人の控え室は一般の部屋と変わらず、監視もなく拘束もされない。
時折様子を見に来る騎士を捕まえ雑談をしながら時間を潰していると、ついに白服の近衛騎士達が現れた。

「デイビッド・デュロック殿、こちらへ。」

通された部屋には壁から床からびっしり魔術式が施され、机は無く魔法陣がくまなく彫り込まれた肘掛け椅子がひとつ置いてあるだけだった。
思わずためらうと、後ろから騎士達が声を掛けてきた。

「ご安心下さい。これは重罪人を拘束する際にも用いる物ですので、このような仕様になっておりますが、今回はただ座って頂くだけです。」
「あ…はい。」

椅子に腰掛けると、直ぐに腕輪が外され、騎士達と入れ替わりに厳かな格式高いローブをまとった女性が入って来た。
デイビッドの母親と同世代程の歳だろうか。
整った顔立ちに流れるような銀髪。
深い碧の瞳にデイビッドの姿を映すその姿には、どこか見覚えがある。

「始めましょう…」

静かな声が響き、扉が閉められると、部屋の中には壁際に待機した数名の魔術師と、ローブの女性とデイビッドだけになる。

「全ての問いに正直に答えなさい…まず、貴方の名前は…生まれは…歳は…?」

ありきたりな質問の後に、ついに事件に関する質問が出て来る。

「ーーではその時間貴方はどこにいましたか?」
「学園の魔法棟の研究室で友人と製薬の課題をしていました…」
「その後は?」
「自分の研究室に戻って、料理して、友人と婚約者達と夕食を摂って…あとは…馬の世話を少し…」
「食事を共にした人物の名前は?」
「え…とヴィオラ、エリック、シェルリアーナ、テレンス、セルジオ…その日はこれだけです。」

そう答えた瞬間、女性の目がほんの少し細くなり、視線が鋭くなった気がした。
しかし質問は淡々と進められていく。

「…ミーナという女性の名前に心当たりは?」
「ありません。」
「エルシーという名前には?」
「仕事の関係者にいたと思いますが、この国の人間ではありません。」
「では、王都で女性を相手に飲酒をした事は?」
「ありません。」
「では…ーー」

徐々に内容が核心めいたものになっていく。

「女性に手を上げた事はありますか?」
「いいえ、ありません。」
「女性と閨を共にした事は?」
「…ありません…」

答える方もだんだん辛くなって来た頃、魔術師達の1人がトレイに乗せたブローチを見せてきた。

「このブローチに見覚えは?」
「ブローチ自体なら、大通りの南側の角にある宝飾店で扱っている品だと思います。受注で客の要望に合わせて作っているので同じ物ではありませんが、台座が特徴的なので間違いないかと…」

言い終えると同時に頭の奥がズシリと重くなる感覚がして、ズキズキと痛みが広がって来た。
(なんか…魔術的なもんなんだろうが…流石にキツいな…)
呼吸が荒くなり、顔色が悪くなるデイビッドを見て、周りの魔術師達は狼狽え始めたが、途中で止める事もできず、儀式は最後まで続けられた。

気が遠くなりかけた時、ようやく頭を縛り付けていた痛みが消え、部屋が明るくなった。
(終わった…?)
扉が開いたので立ち上がり、部屋を出ようとするとローブの女性が大きな声を上げた。

「誰か!!直ぐにシモンズ先生を呼んで!」

そう言われてはじめてデイビッドは自分の耳と鼻から盛大に血が吹き出ている事に気がついた。

「あ…すいません…床、汚しちまう…」
「何してるの!こすっちゃダメよ!?床なんかどうでもいいでしょ?!ほら、早くこっちに座りなさい!」

その口調があまりにも誰かに似ているので、デイビッドは目の前の女性を改めて良く見てみた。
(あ…そうか…この人、シェルに似てるんだ…)
確かに、魔眼を持つ魔女の血筋なら、王家直下で特殊尋問官になる事も充分あり得る話だ。
ぼんやりそんな事を考えていると、消毒液の臭いのする布で顔を覆われ乱暴にこすられた。

「いててて!自分で!自分でやりますから!」
「大人しくなさい!!重度の魔力酔いを起こしてるのよ?!まさかこんな事になるなんて…」
「魔力抵抗の無い人間が、魔術尋問なんぞ受けるからだろう!自業自得だ!」

厳しいシモンズの声が頭に響く。
手っ取り早く解決出来るならと近道しようとしたのがいけなかったのだろうか。
酷い吐き気と目眩がしばらく続き、デイビッドは騎士団の控室で介抱されるの事になった。
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