黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

遠征訓練

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「騎士科では毎年卒業生の能力試験として、学園が管理している魔素の湧く森に遠征に行く事になっているのですが、今年は引率者の人数が少なく、あと一人なんとか確保しなけ
れば遠征の許可が降りないのです。」

生徒を引率する手前、適当な人材は配置できず、かと言ってギルドの傭兵を雇える程の予算は組まれていないそうだ。
予定していた人員が不参加になってしまい、大急ぎで穴を埋めないといけないらしい。

「どうも第四騎士団で不正が起きたとかで、調査のため人員の貸出は難しいとか…」
「…どこまでも人の邪魔する連中だな…」

なんでも聖騎士団と結託し、一般市民の供述を捻じ曲げて無関係な人間に罪を被せようとしたとか。
つい最近どこかで聞いたような話だ。

「遠征は明日より3日間!もう時間が無いのです!どうか我等をお救い下さるつもりでご参加頂けまいか!?」
「希望者は?」
「新たに募る場合も審査からせねばならず、それでは時間がかかり過ぎてしまう!デイビッド殿ならば講師の資格に実践経験もあり、これ以上の適任は他に無いと…!」
「そんな事言われても……あ、だったらこっちからも条件出しても?」
「条件とは?!」
「商業関係で開発中の食材と、薬用品の試験を行わせてくれるなら受けてもいいかな。」
「如何でしょうか?」

コールマン卿が座っている面々に向き直ると、中の一人が頷いて数人からは許可が出そうだ。
しかし反対意見も出てきてしまう。

「しかし、それでは生徒の安全を守る上で支障が出るのでは?あくまで授業であり試練ですぞ?!私事を挟むのは避けて頂きたい!」
「これだから金にがめつい商人は…いいかね?!大切な生徒の訓練に、必要な物以外を持ち込まれては困るのだよ!」
「じゃぁ、お断りします。」

デイビッドがそう言うとガタガタと机を鳴らして数人が立ち上がった。

「貴様それでも騎士の端くれか?!」
「なんと無責任で思慮の無い。」

しかし、騎士科の責任者がそれを止める。

「全員静まれ!無理を言って頼み事をしているのはこちらだ。多少の条件程度飲んでも良かろう。ただし、生徒の行動に影響の出ない範囲で頼みたい。それならどうかね?」
「それなら補助の衛生兵として入れて欲しい。」
「認めよう。」 

装備を見る限り、渋る騎士達は皆貴族の出とわかる。
数多いる優秀な騎士や指導者を差し置いて、わざわざここに黒豚を入れる事に対し、その抵抗は計り知れない様だ。

コールマン卿だけはにこやかに、喜びを前面に押し出してデイビッドの手をつかんでぶんぶん振っていた。

「デイビッド殿!恩に着るぞ?!これでようやく私の夢も叶う!!いつか貴殿の能力を間近で拝見したいと思っていた!いやぁ良かった良かった!!」
「あくまで補佐人員程度の扱いにして欲しいんですけどねぇ…」

その後、集合場所と地図の描かれた紙と、明日の詳細について説明を受け、遠征訓練の参加受領書にサインをしてデイビッドは部屋に戻って明日の支度に勤しんだ。


夕食時、デイビッドはクリームスープの鍋をかき回すヴィオラに明日の予定について話をした。

「実は明日から、騎士科の手伝いで3日間空けなきゃなんだ。」
「デイビッド様、3日もいないんですか…?」
「部屋は開けとくし、エリックも居るからいつも通り好きにしてくれて構わない。何かあればシェルにでもエリックにでも直ぐ相談するといい。少しの間離れるけど、ごめんな。」
「わかりました。気を付けて行って来て下さいね!」

微笑むヴィオラの為に、その夜は何時もより多めに食事の仕込みをして、エリックに色々指示を出してから、デイビッドは久々に魔術式の施された革のベストを取り出した。

学園内では必要がほとんど無く、魔法学棟へ行く事も増えたのでしばらくしまい込んであったベストは、相変わらず袖を通すと着ている事さえ忘れる程体によく馴染んだ。

それでもポケットにはあまり物を入れず、背中に鞄を背負うのみ。
大掛かりな道具はムスタに乗せて行くつもりだ。
鞄には食料品から薬、調理具、解体道具まで、細々した物を詰め込んでいく。
(…そういや得物どうすっか!?)

一番近くに使ったのがボウガンだが、アレは単機向きで、そもそも狩猟用に出来ている。
騎士用の剣は邪魔になるし持っていない。
ショートソードもあるにはあるが、森林地帯向きの物ではない。
都合がいいのは振りやすく汎用性の高いナイフの仲間だ。
(となると…コイツか…)

取り出したのは腕程の長さの短刀だが、滑らかな流線型を真ん中で折り曲げたような形をしていて、刃の根元に鉤や溝が掘られている。
刃先は僅かに反り返り、柄は鹿の角と革で出来ていて、良く研がれ手入れがされている。
この特殊なサバイバルナイフは、ブッシュクラフト用にと祖父から譲り受けた形見でもあり、旅先には必ず携帯していた必需品だ。
鞘の革紐を縛り、腰に刺してみると、なんとなく体が感覚を思い出していくのがわかる。

「え…?騎士科の手伝い…ですよね?襲撃訓練の賊役ですか?!」
「遠征訓練の引率だよ!!」

鏡を見ると自分でそれを認めてしまいそうになるので、なるべく見ないようにしながら部屋を片付け、夜は早くに寝てしまう。


次の朝、騎士科の演習場には馬や積荷を整理する生徒達が集まり、緊張した面持ちで出発前の支度を整えていた。

そこへ女生徒が何人も現れ、騎士達の中の目当ての人物にお守りや自分のリボン等を渡している。
婚約者や恋人のいる騎士は、こうして遠征前に乙女たちの祝福を受け戦地へ赴くのだ。
中には友人や兄弟に何か渡すため、集まった者達もいて賑やかだ。

大半はそんなものとは縁がなく、羨ましげにそれを眺めている。
デイビッドは全く意に介さない様子でそちらを見もしない。

「カイン先輩!良かったらこれ、持って行って下さい!」

領地経営科のチェルシーは、簡易の護符とタッセル型のお守りと焼き菓子の包みをカインに手渡していた。

「え?俺に…?ありがとう、嬉しいよ!?」

素直に受け取り喜ぶカインを見て、チェルシーは顔を赤らめながら下がって行った。

「見ろ、デイビッド!俺も女の子からプレゼントもらったぞ?!」
「わかったから、足元の荷物包んじまえよ。」

ムスタの背中に荷物を括り付けていると、デイビッドの背中を誰かがつついた。
振り向くと、はにかんだヴィオラが立っていて、両手に何かを差し出して来る。

「わ、私も持ってきました。…デイビッド様、受け取ってくれますか…?」

手に何かの包みと、青いビーズと革紐を組んだ小さなアミュレットが乗っている。

「作ってくれたのか?わざわざ俺のために?…良く出来てる、ありがとうヴィオラ。」
「デイビッド様ならきっと大丈夫ってわかってます。でも、気をつけて下さいね!?私、ちゃんと待ってますから…」

ヴィオラはデイビッドに抱きつくと、ぬくもりを惜しむように離れ、手を振ってチェルシーと寮へ戻って行った。
ついさっきまで下らないと一蹴していたやり取りを、自分の時だけ傍受するデイビッドをカインは苦々しい目で見ていた。

「ずいぶん見せつけてくれるじゃねぇかよ!!これだから本命持ちはよ!!」
「なら自分で探せよ。騎士なんざ街に出りゃ選び放題だろ?」
「俺はもっと出会いを大切にしたいの!!」
「難儀な奴…」


先頭を行く荷車に大層な荷物を積んだ第一部隊は、騎兵の高位貴族の子息を中心に構成され、歩兵、工兵、偵察、補給、に別れて本格的だ。

その後ろには同じような構成の中型部隊がふたつ続き、下位貴族とそれに侍る平民組が集まっていた。

更にその後ろからは平民のみの後続隊がついて行く形になるが、こちらには役割はなく歩兵扱いだ。

デイビッドは全体の最後尾から、背後を警戒し隊全体の安全を見る役目だ。
殿しんがりは、何かあっても前隊からの支援が届き難く、有事には切り離される位置にある。
そこをのんびりムスタを連れ徒歩で行く事になった。
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