黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

過去との対面

アンジェリーナはお茶の支度をすると、久しぶりに母として娘と向き合った。

「貴女、お父様に反発して家を出たんですってね?」
「はい…そうです…」
「怒ってなんかないわ。当主あと人のやり方にはずっと不満があったし、家の事しか考えない男に従ってやる必要は無いわよ。でも、魔女としての誇りと節度は守る事。いいわね?!」
「はい、お母様。」
「それにしても、本当に驚いたわ。まさか貴女がデュロック家の令息と友達になるなんて。」
「あ…あの、それは…」
「覚えてないの?貴女、アカデミーで自分から彼に話しかけに行ったクセに、暴言吐いて引っ叩いちゃったのよ?」
「なにそれ!覚えてないっ!!」
「なのにその後のお茶会で、ポットを割って泣いてた貴女を庇ってくれたのに、そっぽ向いてお礼も言わないでどっか行っちゃって。あの時は本当に荒れてたわねぇ…」
「そんな……」


「やっぱり」とシェルリアーナは思った。
頭のどこかにずっと引っ掛かっていたトゲがするりと抜けて傷口が開く。
幼い頃、シェルリアーナは傲慢で高飛車でわがまま放題な子供だった。
今では信じられない話だが、何人もの令息を従えて、気に入らない奴を片っ端から蹴落として楽しんでいた時期があったのだ。

「アンタみたいなブタ、だれも相手になんかしたくないわ!さっさと消えて!?」

あの日幼い自分が吐き捨てた台詞が、はっきりと頭の中を駆け巡る。
(私だ……)
部屋の隅で本を読んでいた新入生に自分から話し掛け、相手が嬉しそうに口を開きかけたら手の平を返して罵った。

「イヤだ!アンタ私に気があるの?!きもちわるいわね!!ブタに好かれてもうれしくないわ!この身のほどしらず!」

(私だったんだわ…)
顔をも名前も覚えていないが、確かにあの日、大勢の前に引きずり出して、虐め抜いた少年がいた。
(エリックは…トラウマだって言ってた…)
暗がりで良く見えなかったが、おどおどして悲しそうな顔をしていたのは覚えている。
(あれは暗がりなんかじゃなかったんだわ…)

「ねぇ!みんな聞いて!?コイツってば私のことが好きなんですって!笑っちゃうわ!ーーーのクセに!!」

(あぁ…そうだ、あの時自分ではっきり言ったじゃない…)

「黒ブタ」と。

別に恋愛感情などではなかったはずだ。
ただ、声をかけてくれた相手に礼儀を尽くそうとしただけ。
それだけだったはずの少年の良心を、あの日のシェルリアーナは、踏みにじり晒し者にして嗤った。
未だに残る幼少時の心の傷を、ざっくり斬りつけたのが自分だった事を思い出し、シェルリアーナは激しい後悔に襲われた。


「思い出した?彼、よく友達になってくれたわね。私だったら過去のイジメっ子なんてゴメンだわ。寛大なのねぇ。」
「いいえ…たぶん…忘れてるだけよ。」

お互い両極端に目立つ見た目の割に、印象がほとんど残っていない辺り、余程短い間しか会っていなかったのだろう。

「……リア、貴女、あの後直ぐに改心して、いきなり真面目になったでしょう?何故だか覚えてる?」
「いいえ…?」
「お茶会の日の夜に、泣きながら日記に書いているのを見たわ。一番古いノートよ。探してみたら?」
「ええ…そうするわ…」
「貴女がそんな顔するなんて、余程いい友人なのねぇ。」
「どうかしら、迷惑ばかり掛けてると思うわ…」
「どうせ言いたい放題言ってあれこれしてもらってるんでしょう?私の時とそっくり。ただ、父親ジェイムスはあんなに素直で良い子じゃなかったけどね。」

アンジェリーナは俯く娘の心境の変化に、母親として喜びを感じていた。
高慢ちきな性格が治ったと思ったら、今度は人への興味を失くしたようになってしまい、冷たい物言いをするようになりずっと心配していたのだ。


アンジェリーナは娘の帰りしな、ひとつの課題を出した。

「家門にも魔女の血にも頼らず、自分だけの功績をひとつ作る事。」

そうすれば晴れて家から出る事を許可してくれるそうだ。
ロシェ家当主は期限を半年と言ったが、そこを当主夫人としてあと半年助けてくれるそうだ。
つまり1年内に誰もが認める功績作りと、婚約者探しを並行して行わなければならなくなる。

「やってみるわ!私、あの家を出たいもの!」
「魔女の役目さえ全う出来るなら問題無いわ。王都付近からは離れられないけれど、家に縛られるよりいいでしょ。」
「ありがとうお母様!」

馬車に乗り学園へ戻るシェルリアーナの気持ちはぐちゃぐちゃになっていた。
(どんな顔して会えばいいのかわからない…)
まずは誰かに相談しようと思いながら、馬車を降りてから足は勝手にいつもの研究室を目指して行った。



風が涼しくなり、そろそろ夕食の仕込みでもしようかという時刻。
のんびりヴィオラと庭先の菜園の手入れを終えたデイビッドは、裏門からまた馬車が入って来るのを見つけた。
中からは大きな包みを抱えたテオが出て来て、真っ先にこちらへ手を降っている。

「あ、テオ先輩ですよ!」
「ずいぶんでかい荷物抱えてんな。」

大きいと言うより背が高い。
よろよろしながら布包みを倒さないよう、そろそろとこっちへやって来る。

「デイビッド先生!昨日は本当に申し訳ありませんでした。」
「いいよ、気にすんなって。もう味見したよ。あんな上等な豚滅多にないぞ?」
「喜んで頂けたなら良かったデす。これ、大使館からお騒がせしたお詫びにと預かって来ました。」
「美味い豚貰った上に更になんかあるのか?そんな気にしなくていいのに…」

包みを解くと、中からは積み重なった蒸し籠が現れた。
まだ温かい籠の一番上を開けると、ふっくら大きな花の形をした饅頭が顔を出す。

「わぁキレイ!これもおまんじゅうなんですか?」
「祝い事や祭りなんかで食べる花饅頭だ。わざわざ作ったのか。」
「父が大変恐縮がって、気が済まないからと郊外地に居た職人に頼んで作ってもらっタんです。」
「そんな気ぃ使わなくて良いのに。後でなんか返さなきゃな…」

テオは更に脇に抱えていた包みも取り出してデイビッドに差し出した。

「これ、例の細引き麺です!先にいくらか届いたのでお渡ししようと思って。」
「おお!良いタイミングだな。後で大使館に分けてもらいに行こうか迷ってたんだ。夕飯これにするか!お前も食って行けよ。」
「そんなわけには…でも…この匂いって、もしかして…」
「豚煮てるとこだ。」
「ご…ご馳走になります…!」

大鍋の中にはすっかり髄も脂も抜けてスカスカになった骨が沈んでいる。
もうひとつの鍋にスープを開けると、ザルには骨の残骸が大量に残った。
ザルの目を徐々に細かくしながら何度か濾して、最後は晒し布でゆっくり絞ると白濁したスープが出来上がる。

その様子を餡入りの饅頭を食べながら、ヴィオラとテオが眺めている。

「スープを煮るだけでも大変なんですね。」
「何時間も煮込んで作るので、手間が掛かるんです。」
「おまんじゅうも美味しいです!甘い餡がホクホク!」
「上等のアズキ豆が手に入ったので使ってみたそうです。」
「豆?!これも豆なんですか!お豆すごい…」

異国の饅頭と香りの良い花茶を合わせた、カランスタイルのアフタヌーンティーである。

「いやいや!違うって!なんで僕までのんびりお茶してるんダ!手伝います!」
「じゃ、戸棚の上に器があるから出してくれるか?」
「本格的な汁椀スープボウルですね。」
「運河の焼き物市で見つけて思わず買っちまった!1回食うと癖になるよな!?」

紐で縛ってスープと一緒に煮込んでいた塊肉を切り、白ごまと香味油を垂らして、そこへ濃厚なスープと茹で上がった麺を放り込んだら完成。

「あー!!このこってり感!父に話したら羨ましがるだろうなぁ!」
「もっと野菜とか入れても良さそうだな。」
「この前の鶏スープも、大使館で皆並ぶくらい人気でしたから、豚のスープなんて言ったら取り合いになりますよ!」

以前の鶏出汁のスープも好評だったようなので、またこっちでも作りたい。
感想 5

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