黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

本物の魅力

「見ていて下さいね…?!」

シュトラールが指を鳴らし、魔力を注ぐとケーキの周りに青い炎が燃え上がり、表面にメッセージを残して一瞬で消えた。

「面白い演出ですね!何か文字が浮き出て来ました…えーと…「僕を見て」…?」
「私の方には…あら、「あなたを逃がしません」なんて、随分強気じゃなくて?!」

2人がケーキを口にすると、シュトラールは興奮を抑え切れないというような顔で紅茶のカップに映る自分を見つめていた。

「おいしいケーキですね。」
「まぁ悪くは無いですわね。でもそこまで特別…かし…ら……?」

シェルリアーナは飲み込んだケーキの違和感に気が付き、ヴィオラの方を見たがいつもと変わらない顔でケーキを食べている。

「…なるほどね、今流行りの魔法のケーキってやつかしら…?」
「魔法のケーキ?」
「軽い魅了と恋のおまじないが施されていますの。食べた相手の心をつかむためのアイテムとして流行ってるらしいわ。」
「惚れ薬…って事ですか?」
「まぁそうなりますわね。随分と卑怯な手を使うじゃない。正々堂々勝負できない男は信用に値しなくてよ?」
「私も、がっかりです…まさかそんな物を食べさせられたなんて…」

ヴィオラにまで軽蔑の目を向けられて、シュトラールは慌てふためいた。

「何を仰っているのですか!?そんなのただのおまじないでしょう!?」
「なら、何故そんなものに頼ろうとしましたの?美味しいケーキなんていくらでもある中で、これを私達に食べさせた理由は下心以外の何かしら?」 
「このケーキ、本当に効くんですか?その…」
「そうね、条件次第では効果もありますわよ。魅了魔法は少しでも相手に好意があると、たちまち心に浸透してしまうから…」

それならば、無反応の2人はシュトラールに欠片も興味が無いのだろう。
少しでも魅了にかかれば、魔力反応があり内部魔力による抵抗が見られただろうが、それすら無い。

「私はともかく、ヴィオラは婚約者のいる令嬢ですわよ?!その相手が誰だか…あなたは知っているのでしょう?」
「そ…それは…」
「私に不貞行為をさせる気だったんですか?人の心を好き勝手する魔法なんて、誰も幸せになりません。」
「ちなみにだけど…この商品、禁制品になるかならないかで揉めてるところだそうでしてよ?既に何件もトラブルの元になっていると聞いたことがありますわ。」
「し、知らなかったんだ!!巷で有名な評判のケーキだと言うから手に入れて来ただけで…」
「本当に?でしたら、この重ね掛けされた幻覚魔法は何かしら?軽度だから視覚的効果と言うより、魅了と合わせる事で対象物が多少魅力的に見えてしまう程度のものでしょうけれど…そこらの女の子ならば簡単に恋に落ちてしまったでしょうね。」
「ぐっ……」

言葉を詰まらせるシュトラールに、冷え切った2つの視線が突き刺さる。

「悪いけど、今後二度と私に話しかけないで下さるかしら?虫唾が走りますわ…」
「私も、貴方とはもうお話相手にはなれません。大変不愉快です。失礼します。」

なびくどころか、完全に嫌われたシュトラールは、残されたケーキの前で怒りと絶望に震えていた。


「シェル先輩早く早く!!」
「待って、ヴィオラ!そんなに急がなくても大丈夫よ!?」

ヴィオラは意図せず他人に惚れ薬を飲まされた事で、とても不安に思っていた。
しかし、シェルリアーナは大したことはないという様子で、落ち着いている。

「心配しないでヴィオラ、魔力のこもった感情の操作なら、貴女には効かないわよ。」
「でも…でも!」
「左手を見て。もし魅了に掛かったとしても、最強のお守りが貴女を護ってくれたはずよ?」
「あ…」

左手に光る銀のアダマントと魔鉱石が、微量ながら魔力を放っている事にシェルリアーナは気が付いていた。

「これさえあれば、一流の魔術師に魅了を放たれても貴女の心は変えられないわ。だから安心して、ね?」
「だったら、シェル先輩は?大丈夫なんですか?」
「私は魔女だもの。この程度の精神操作に引っ掛かるほどヤワじゃないわ。それに私の魔力は他者の魔法への抵抗力も強いから、市販の魅了魔法なんて効かないわよ!」

焦るヴィオラを前に、シェルリアーナは余裕ぶって研究室の戸を開けた。

「デイビッド様っ!!」
「お?ヴィオラ?!どうした…なんかあったのか?」

いつもより不安気な顔で抱きついてくるヴィオラに、デイビッドも心配そうにしている。

「良かった…なんにも変わってません!怖かったですデイビッド様!ギュッてして!潰れちゃうくらいギューッてして下さい!!」
「何かあったんだな…?」
「そうね。身の程知らずのお馬鹿さんに魅了付きのケーキを食べさせられたの。一世一代の恋が冷めてしまうのではないかって怯えてたのよ?!優しくしてあげなさい!?」
「そんなもんがあるのか?!ヴィオラ…大丈夫、大丈夫だよ。もしヴィオラの気持ちが離れても、俺の気持ちは変わらないから、安心しろよ。」
「クソ重たい発言ヤメて!!」

ソファに座らせようとしても、ヴィオラはデイビッドから離れようとしなかった。
エリックがおかしそうにニヤニヤ笑いながら、お茶の支度を始め、2人の前に清涼感のあるハーブティーを淹れて出す。

「少し前から話題になってましたよね。恋の叶う魔法のケーキって。魅了とちょっとした恋のおまじないみたいのがかかってて、名前が確か“キューピッド”!」
「要は惚れ薬だろ?大丈夫なのか?そんなもん売り出して。」
「古いなぁ!ラブ・ポーションって言うんですよ!既に魔法庁が睨んでるそうですよ?その内世間から消えるか、ただのケーキになって終わるかでしょうね。」
「被害もそこそこ出てるそうよ?ほとんど若者の浮気や痴話喧嘩のようなものだけど、離婚や裁判に発展したケースが出て来て今問題になってるらしいの。」
「確か特集記事がこの辺に…あった!」

エリックが手元の情報誌のページをめくると、さっきのケーキの写真と共に様々な情報が書かれていた。
女の子の恋を応援するはずが、他人の恋人や夫を奪う手段に使われたり、浮気のでっち上げに使われて慰謝料を請求されたケースなどが書かれ、もはや“キューピッド”などでは無く、破滅をもたらす“サキュバス”と呼ばれているらしい。

「材料に…魔法薬の成分と例の白チョコが使われてんのか。」
「それで手に入れて来たのね。何が最高のケーキよ!馬鹿にしてるわ!!」

雑誌を放り投げて八つ当たりするシェルリアーナと、まだデイビッドに張り付いたままのヴィオラは、なかなか怒りが収まらないようだ。

「でも、何も無くて良かったですね。」
「そんなの結果論よ!たまたま私もヴィオラも魅了が効かなかっただけで、そうでなかったらあのまま2人してアイツの言いなりになってたかも知れないのよ!?」
「そんなの嫌です!!」
「わかったわかった…」
「お2人共、でしたらこっちのケーキで口直しなどいかがです?ブラッドオレンジのムースケーキ!さっきやっと固まったので出してきました!」
「わぁ!真っ赤でツヤツヤ!宝石みたい!」
「エリックが気になって何度も保冷庫の扉開け閉めすっから全然固まんなくてよぉ…」

切り分けたケーキは断面が赤と白の層になっていて、爽やかなオレンジとバニラの香りがする。

「はぁ……やっぱりこれですね…」
「そうね…悔しいけど、これに勝るケーキって無いのよね…」
「そんなにお気に召しましたか?」
「お気に召してます!もう全部!ひとつ残らず!デイビッド様の作るケーキは世界で一番美味しいです!」
「ヴィオラの元気が戻って良かったわ。」
「なんにせよ2人共無事で良かった。念の為何かしらの解毒剤とか用意した方がいいのか…?」
「そんな王族みたいな…まぁこんな事態になるなんて、夢にも思いませんでしたけどね。」


その日は何とか平和に終わったものの、しばらくして学園の中にまた不穏な噂が流れ始めた。

それは、デイビッドが魔法薬や媚薬を使って女生徒や王族をたらし込み、良からぬ事を企てているというものだった。
感想 5

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