黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

敵陣へ

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エルムには大使館に大掛かりな転移門があるが、転移には膨大な魔力を要する上に、維持だけでも魔術師の常駐が必須で
かなりの魔石を消費するため、王族のみ使用できる。
魔法大国であるエルムだからこその荒業だ。

アデラからは特別な船に乗り、海港から直接運河を渡って王都最寄りの交易港までやって来る。
そこからは馬車に乗って移動して来ることが多い。

「イヤだぁ…」
「アリスティア殿下のデビュタントの時より酷い顔してますね。」
「あったり前だろ!?そもそも式典の主催は教会だぞ?!行ったらステーキにされましたなんてオチでもおかしくねぇんだよこっちは!!」 
「その前に誰かしらブチ切れて暴れそうで怖い…」

デイビッドに手を出せば、アザーレア辺りが式典諸共破壊しそうで薄ら恐ろしいとエリックは言う。

明日はヴィオラにもこの事を伝えなければならない。
なにせ3人共の手紙には、婚約者を必ず連れて来いと念を押す一文が、それぞれ示し合わせたように入っているのだから。

デイビッドはこの夜ほとんど眠れず、憂鬱な気持ちで朝を迎えた。


急な招待のため、必要な物は全て向こうが揃えるとあるが、せめて着ていく服くらいは自前で行かねばなるまい。
エリックがまた頭を捻っていると、そこへアニスが現れた。

「ハッピーホリデー!!先生!聞きましたよ!?お城へ行くんでしょう?!ウイニー・メイより愛を込めて、先生にプレゼントです!!」
「いらん!帰れ!」
「そんなこと言わずに!!かわいい生徒の自信作ですよ!?ちょっとくらい興味持って下さいよ!」

そう言ってアニスが取り出して見せたのは、ダークブラウンに黒の縦縞のスーツ。シャツもごくシンプルな淡い紫色で、小物にスーツと同色のグローブと中折帽子が付いている。

「ええ!?雰囲気変わりましたね!ここで路線変更ですか?」
「私のデザインとイメージで作りました!全体的にシンプルで、でもカラーシャツが目を引いて、グッとお洒落度上がってません?!」
「これならループタイでも合わせれば完璧ですよ!ね!?デイビッド様?」
「…どうでもいい…」
「じゃ、こっちは?!」

深い緑の襟元に南国の刺繍をあしらい、アスコットタイで引き締めて、腰を紫のサッシェで縛り裾を緩やかに遊ばせたアデラ風の衣装。
ゆったりとした柔らかい幅広のズボンの裾だけ絞ったデザインはデイビッドも下町を歩く際に良く着ている。

「アデラの服ですか!確かに!見た目が向こうなんだから似合うのもわかります!」
「ディアナ様の普段着からヒントを貰いました!」
「だからか!この布使いは女物だ!!」
「異性物取り入れるなんて、お洒落の極みじゃないですか!?」
「ところで…この紫縛りはなんなんだ?」
「やだなぁ!覚えてないんですか?先生が注文したヴィオラのドレス!淡いラベンダー色のふわっとしたヤツ!!先週納品したじゃないですか!あれに合わせてんですよ!」
「…だったら余計にいらねぇよ…同じ色は着ない。」
「なんでぇ?!もっとアピールしたっていいのに!」
「指輪で充分だ!」
「いつもこうなんですよ。今まではヴィオラ様が黒を身に付けることでなんとなくお揃いにしてきましたけど、この人に任せると徹底的に自分の色は削っちゃうんです。」
「ヴィオラに黒は似合わないってだけだ。」
「ポイントに入れるならお洒落なのに…」

そのポイントすら気に入らないといった様子で、デイビッドは並べられた衣装を見比べると、一番地味で見立たない濃い鈍色の服を指差した。

「これでいい。」
「はーい!承りました!!」

元気よく返事するアニスは、スーツ一式を吊るしにしてエリックに差し出した。

(あ!これ裏地が紫!)
(ヴィオラのドレスの共布を使ってるんですよ!絶対に騙されてくれると思って用意しました!)
(やりますねぇアニスさん…)

知らぬは本人ばかり。
明日が楽しみになったエリックだった。


「え!?私も行くんですか!?聖女の式典に??」
「そういう誘いが来たんだよ…王家からと他国の王族もいるから、俺は断れない…無理にとは言わないが、アザーレアも居るし、向こうもこっちの事情は知ってるだろうから、悪い様にはされないと思う。」
「後ろから刺されちゃったりしないかしら…」
「そしたら会場が火の海になって関係者が血祭りに上がるだろうな…」
「わかりました!行きます!私をデイビッド様の隣に立たせて下さい!」


腹を決め、早速明日に備えて支度を始めるヴィオラは、何故か外で魔法結界の特訓を始めた。

「エリック様、思いっ切り打ち込んで下さい!!」
「手加減無しでいきますよ!?気を付けて!」

八方から迫る魔力の弾を、ヴィオラの結界が防ぎ、その度にガラスの割れるような音がする。
弾くだけでなく、見切った弾は結界で捕まえシャボン玉の様な膜の中で火花に変えてしまう。

「これはなかなか…お強いですねヴィオラ様!」
「はいっ!シェルリアーナ様の特訓の成果です!!」

(エリックもシェルも何してんだ…?)
戦闘系魔女が弟子でも取ろうとしているのだろうか。
次はエリックがよく使う影の蔓を使った束縛系の魔法を放つが、ヴィオラは結界を切り替え弓をつがえてそれも弾いていく。
しかしそこでヴィオラの動きが止まってしまった。
辺りに立琴のような音が響いてヴィオラの闘志を奪っていく。

「音は…まだ無理でした……」
「アハハハ!僕は音楽関係に強い分、音の扱いにはちょっと自信があるんですよ。精神系の攻撃はまだ早かったですかね。そういう時の対処も教えましょ。」

音は無意識に受け入れやすく、脳が反応してしまう分、魔力を乗せると効き目が早く浸透しやすい部類に入るらしい。
精神にガードをかける方法は魅了を退けるやり方とほとんど変わらないので、後は音に対する防壁を鼓膜にかけるという。

「なぁ、なんでファルコやムスタには効かないんだろうな?!」
「動物は楽器の音色も雑音も“音”としか認識してないのと、精神構造が違うからですね。あと貴方はそのベストを抜いだら速攻ひっくり返るので、特訓中は流れ弾に当たらないように脱がないで下さい、絶対に!」
「おっかねぇな!!」

何の備えなのか、ヴィオラが戦闘訓練を積んでいる間、デイビッドは久々にシフォンケーキを焼いていた。
紅茶、イチゴ、チョコレート、オレンジ、ラムレーズン、そして謎の味をひとつ。
ふわふわの焼き立てをひっくり返していると、明日の予定を思い出し、また憂鬱な気持ちになる。
(行きたくねぇ…)

しかし、王からの招待を受けた以上参加しなければならない。
更に追い打ちをかけるように、昼食の支度をしようと外の2人に声を掛けようと外のドアを開けると、いつの間にか現れていたアリスティアが、優雅に制服の裾を摘み挨拶して来た。

「お迎えに上がりました!」
「もう捕まってる!!」

アリスティアの後ろでは、シェルリアーナとアザーレアにがっちり腕を取られたエリックとヴィオラが、若干申し訳なさそうにしていた。

部屋の荷物と簡単に包んだ手土産ケーキも運び出され、一向は式典より一足先に王城へと連行されてしまう。
エリックとシェルリアーナ達とは別の馬車に乗せられ、デイビッドはヴィオラと共に、アリスティアとアザーレアの乗る馬車に詰め込まれた。

「ヴィオラ!!元気だったか?!いつ見てもヴィオラは可愛いな!ヴィオラのくれた髪飾り、あれは本当に素晴らしい!私の生涯の宝だ!ありがとうヴィオラ!!」
「よ…喜んで頂けて何よりです!」

例の大岩トカゲの腹から出てきたガーネットは、銀の台座に真っ赤なヒクイドリの飾り羽と黒曜魔石をあしらい、アザーレアに相応しい逸品に仕立て、ヴィオラとデイビッドの連名で贈ったが、デイビッドの名前は読み飛ばされた可能性が高そうだ。

「ヴィオラも同じ石を持っているのだろう?次は是非付けて見せてくれ!」
「わかりました…」

ヴィオラのガーネットにはクロヤマドリの羽が添えられ、アザーレアの物と対になっている。
そんな物を見せてしまったら、本当に連れて帰られてしまいそうだ。

城に着くと、直ぐにアーネストが自ら出迎えに来て、王族の迎賓室へ通された。
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