黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

サラムの依頼

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「落ち着けよ、俺が一人でなんかした事なんか一度もねぇよ。それに大義名分だった結界も崩れた。でもよ、あれはあれで必要な気もするぞ?実際地方の領地でも結界を張ってる所は珍しくない。ましてや数百年単位で王都の防壁だったせいで、今や戦えない貴族と民衆の集まりになっちまってんだ。安心材料としてもあった方が何かと便利なんじゃねぇのか?」
「それは…」

王家としても、国の守りは堅く多い方が確かに好ましい。
それが国の中心なら尚更だ。
王都はそこの部分を今までは教会に任せてきてしまったせいで、軍備も兵も削られ、災害などにもとことん弱くなってしまっている。
やはり結界は、いきなりなくなってしまうとそれはそれで困った事になる。

「動かせねぇのか?…“アレ”」
「ああ、“アレ”な…試しに魔力を注いでみたが一向に元に戻らないんだ…」

天井に空いた大穴は少しずつ広がり、このままでは本当に全ての結界消滅してしまいそうだ。
しかし、例の魔道具にはいくら魔力を注いでも穴は埋まらず、その理由を調べるために専門家達が日夜解析に勤しんでいる。
壊れているわけではないが、正常に作動せず、しかし淀み無く泊まる気配はない。
カチカチと音を立て続ける装置は、まるで来たるべき者を呼び続けているようだ。

「せめてあの文の意味がわかればなぁ…」
「あー…汝、安寧を望む者…ってヤツか。選ばれし魂ってのは何のことなんだろうな?なんか残ってねぇのか王家の言い伝えとか秘伝書とかそういうの。」
「残ってたら苦労しないよ…なんせ200年以上も前の話だぞ?その頃のラムダは黒の森の崩壊で魔物が蔓延り、国全体が日夜戦い続けていたそうだからな…資料らしい物はほとんど残って無いんだ…」
「…そうか…」

あまり長話は出来ないため、デイビッドは直ぐに充てがわれた自室へ戻ると、何やら考え事をしていた。


デイビッドの軟禁生活4日目。
アザーレアが大使館から戻り、城は更に賑やかになった。
和平同盟を結んだ四国の王族が、こんなに長く一堂に集まる機会も珍しいので、各々情報交換や国を背負う者としての話し合いにも熱が入っている。

その中でも好きな事ばかりしている王族には、皆が手を焼いていた。

「サラム殿、言われた通り魔道具の技師と魔術式の専門家を連れて来た…」
「おう、入れ入れ!」
「フザケた真似はするなよ!?」
「信用が無いな!シャーリーンを悲しませる様な事はしないさ!」
「怒らせる様な事は、だろ?無茶振りはするなよ?!」

そう言ってアーネストは部屋の戸を閉めた。
サラムが、クロードの愚行を目の当たりにし、口止めに要求してきたのは魔道具の専門家。
しかし、王家の専属技師には他国には渡せない技術や誓約もあり、そう簡単に呼べるわけもなく、かと言って市井の職人を連れて来る事もできず、この度白羽の矢が立ったのがこの2人…

「魔術師の、ロシェ家長女、シェルリアーナと申します…こちらは専門の技師、エリザベスでございます。本日は私共がご相談をお受けいたします。」
「女性の技師に魔術師か!しかもこんな美人が来てくれるとは嬉しいねぇ!」

頭を下げる2人に、サラムは早速話を始めた。

「楽にしてくれ、と言ってもこっちじゃ背の高い椅子に座るのが普通なのか。よしよし、俺がそっちに行こう!」

ラグの上でくつろいでいたサラムは、立ち上がり椅子とソファのある方へ2人を促した。
テーブルを挟んで異国の王太子の嬉しそうな顔が2人を交互に見る。

「そう緊張するな!茶でも用意させようか?」
「い、いえ、お気遣いありがとうございます…」
「硬いなぁ、やはり肩書という物はつまらん。」

そう言いながらサラムは1枚の紙を2人の前に広げて見せた。

「これは…海図、ですか?」
「そう、我がアデラが誇る広大な海洋と港の地図だ。この…赤い点が何を表しているか分かるか?」

地図上にいくつも書き込まれた赤いインクの点。
数え切れない赤い点が海上のどこにでも付けられている。
特に潮の流れが激しい箇所や、岩礁域には集中しているようだ。

「これは…もしや海難事故の…?!」
「その通り!沈没、遭難、嵐に高波、船の故障に、魔物との遭遇…海洋業ではどうしても海の事故は避けて通れない。そこでだ!」

サラムは2人にズイッと顔を近づけ、真面目な顔で話を続ける。

「君達に、船の通信具を作って貰いたい。」
「通信具…ですか…?」
「そうだ!我が婚約者がキリフ出身なのは知っているな?シャーリーンは今、雪中で連絡が取り合うための手段に頭を悩ませているんだ。雪山の遭難は船と同じく、救難の連絡が外部と取れずに起こることがほとんどだ。そこで、軽くて安全で持ち運びが容易な使通信具の開発を頼みたい。」

アデラではまだ魔術は国独自のものが主流で、専門家の知識もラムダ、エルムには敵わない。
キリフも仕事や生活を支えるための魔道具が中心になるため、新しい術式の開発は難しいらしい。

「光や音を使った信号は魔道具で無くてもあるんだが、人が近くにいなければ意味が無いし、距離も灯台の明かりが届く範囲がせいぜいだ。従来で一番効率が良いのは魔術師による使い魔の通信だが、人材が貴重で一般の船には乗せられない。」

危険信号を花火や狼煙で上げる方法も、吹雪や嵐の中では何の意味もない。

「この問題をなんとか解決したい!成功した暁には相応の報酬を約束しよう。」
「そのようなお話ならば、是非ともやらせて頂きます!」

シェルリアーナはこの依頼に食いついた。
他国の王太子の頼みが叶えられれば、魔女の血に頼らない大きな実績になる。

「では早速、どの様な物をご想定か、お話を伺ってもよろしいですか?」
「おう!何でも聞いてくれ!」
「それでは私から…」

エリザベスは、形状、設置場所、大きさなど、開発者として必要な情報を聞き出していく。
シェルリアーナは想定できるあらゆる状況や環境での使用が可能になるよう、魔術式の組み合わせをあれこれ考え出した。
サラムが色々注文をつけていると、エリザベスが手を挙げ、待ったをかけた。

「時に、殿下は…これを軍事利用なさるおつもりではありませんか?」
「軍事…?確かに使えそうだな。だが、目下の目標は海洋事業の安全確保とキリフの山岳事業への普及だ。いきなり軍に渡すつもりは無い。」
「それを聞いて安心致しました。開発に掛けられる時間はどれ程頂けますか?」
「急かそうとは思わん。そうだな、まずはひと月でどの程度形になるか試してみてくれ。」
「ありがとうございます!精一杯努めさせて頂きます!!」
「よろしく頼む!ラムダは優秀な人材が多くて羨ましい!シャーリーンが褒めていたぞ?結界を多重に展開し、その上で身を挺して姫を守り抜いた若き護衛がいたと。傷の具合いはどうだ?」
「勿体無いお言葉ありがとうございます。傷は既に完治致しました。」
「余程良い薬があるのだな!?そう言えば、ここへ来た時、万が一の際に使えと薬を貰ったが…同じ物だろうか?」
「それは…作った者にしかわからないかと…」
「そうか、ならしかたない。」

サラムは立ち上がり、2人の前にやってくると手を差し出した。

「今後ともよろしく頼む!期待しているぞ?」

慌てて立ち上がり、おそるおそる手を重ねようとすると、強く握られぶんぶん振られて2人共驚いてしまう。

「やはりラムダの令嬢は握手は苦手か。」

晴れやかに笑うと、サラムはまた床敷のラグに戻り、大きなクッションに座り込んだ。

「いつかこちらの席でも話ができたら嬉しいな。では成果を期待しているぞ?!忙しいところすまなかった!」

その言葉を聞いて、シェルリアーナとエリザベスは左胸に手を当て片膝を曲げるアデラ式の礼を取り部屋を下がった。

「はぁーー!ちょっと緊張したね!」
「アデラの王太子殿下…初めてお会いしたわ…」
「でもなんか初めてって気がしなかったよね。びっくりした…」
「私もよ…いくら血筋って言ったって、あんなに似るものかしら?」

カミールの時ですら驚いたのに、口角が上がった瞬間など本当に瓜二つだとシェルリアーナは思った。
(痩せたらああなるのねきっと…なんかイヤだわ…)
(デビィは…デビィのままがいいなぁ…)
見慣れた丸顔を思い出し、なんとなくモヤモヤする2人だった。
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