黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

厨房の片隅で

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今朝作った饅頭と花茶を持って、まだ人の居ない使用人用の休憩室へ行くと、テオはテーブルに両肘を付き顔を覆ってしまった。

「大丈夫か?」
「いや…すみません、貴族院の記録も消えていなかっタし、商会の方にも何の報せもないと聞いテ、ご無事とは思っていたのですが…あまりにも周りが大きく騒ぐもので、ずっと不安だったんです。」
「たかがゴシップが騒ぐだけだろ?…」
「そんな訳ないじゃないですか!明日からは学園も始まります。生徒間で問題が起きないか心配ですよ!?」
「そこまでじゃねぇだろ?大袈裟だよ。ただ、訳あっての事だから、俺が生きてるって外では言うなよ?」
「わかりましタ…」

テオは、自身の死の影響がどれ程のものか理解していないデイビッドに苦笑しながら饅頭を手に取った。

「ん…?なんだろう、芋でも無い、栗でもない…ホクホクなのに滑らかで…何の味かわからなイ…?」
「うーん、豆じゃないのは確かなのに、芋…にしては黄色いね?」
「先生、降参です!何の餡ですカ?!」
「お、やっぱりわかんねぇもんか。マンドラゴラの根っこだよ。」
「は?!マンドラゴラって…あのマンドラゴラですか?!」
「これが雄叫び草…?!もっと苦くて食べられたものではなかったハズなのに?」
「オタケビソウ?」
「マンドラゴラの別名だよ。普通はデンプンくらいしか取れねぇんだってな。」

シフォンケーキにも混ぜてみたが、良く膨らみ色も綺麗に出た。
やはり何の味か分からず、姫君達にも当てられなかったが味は好評で、使い勝手は悪くない食材になりそうだ。
(問題は収穫か…)
栽培については魔性植物だけに、下手すると被害も出るので、慎重にならざるを得ない。
今はドライアドの協力が得られる特殊な環境で供給してもらっているが、市井はおろか郊外でも同じ事は出来ないだろう。


「あれ?あの新人どこ行った?」

厨房の隅で、朝からひたすら何か作らされていたデイビッドがオーブンから離れると、厨房の中は少しだけざわついた。

「新人?ああ、彼は新人じゃないよ、招待客の誰かが連れて来た専属の料理人って話さ。」
「へぇ?若そうに見えたのにな、アデラ人だろ?向こうの王族じゃこっちの料理は口に合わないのか。」
「いや、ラムダ人だそうだ。それに作ってる物は別にここと変わらない物ばかりだった。入れ替わりで注文が来てるから、こっちの手を煩わせない為の補助なんだろう。」

ただでさえ忙しい城の厨房は、来客からあれこれ注文を付けられると手が足りず困ることが多い。
その為、専属で注文を聞いてくれる補助員はありがたい。

「ええ?そうなんですか?新人かと思って、洗い物とか下拵えとか、色々頼んじまったんですけど…」
「まぁ、そうだろうな、あれだけ腰の低い専属も珍しい。」

王家や貴族に仕える誇り高き料理人達は、それぞれの腕に自信がある分やや高慢なところがある。
それが一切無く、なんならこちらの手伝いに進んで手を貸してくれるコックは少ない。

「昨日なんて、夕食の担当が嫌がらせに海の魚をデカいの一匹任せたら、綺麗に下ろして下拵えまで終わらせて寄越したんで、なら仕上げてみろって言ったら完璧なポワレにしたってよ。」

試しに、美食家で有名な政務官のひとりに出してみたら、絶賛され次も作れと言われてコックが泣いたらしい。

「なんでも、リストランテ・グルマンディゾのレシピと遜色無い出来だったらしい。夕食担当が泣く泣く頭下げて作り方教わってたよ。」
「その魚って…賄いで頭焼いて食べてたあれですか?」
「頭の方が美味いって、ハシとかいうの使ってちまちま食べてましたよね。」
「ちょっと変わってるけどな、腕は確かだよ。ブランチの担当は全員で卵料理の指南を受けたそうだ。その甲斐あって、今日のオムレツは王妃殿下にもお褒め頂けたって大喜びさ。」

扱いの難しい大砂鳥の卵も半熟に焼き上げ、アデラの王子は何度もお代わりしているそうだ。

「初見の食材にも一切怯まなかった。あれは相当下積みしてると見たね。」
「スープなんか鍋に残ってたら一口でも味見させてもらえ?いい勉強になるぞ。」


コック達からも完全にコック扱いのデイビッドを誰も貴族とは思わず、探すにしても厨房に来る者は居ない。
人を隠すなら人の中とは良く言うが、料理人の中にここまで馴染むとはアーネストも思っていなかった。

「食事が楽しみだとな…仕事が捗るんだ…」
「だから言いましたでしょ?美味しい物を食べると色々な事が解決してしまうんです。」
「食べただけじゃ解決しないだろ!励みになって頑張れるんだよ!」
「期間をあとひと月程延ばしても良いのでは?」
「ダメだろ!何を言ってるんだアリス!」
「さっき、厨房の一番大きなオーブンで、テーブルいっぱいはあるカステラを焼いてくれたんです…」
「…カステラ…?」
「一度焼いてみたかったからって…こーんなに大きなカステラ!その一番最初の一切れを、好きなだけむしっていいって言われて…」
「で、まさか…むしったのか?手で?!」
「ふわっふわのあったかいカステラが手の中にいっぱいで、その場で夢中で食べてしまって…」
「アリスティア!!」
「ああ、こんな事もう二度と出来ないのかって思ったら惜しくなりました。」
「お前まで狙うんじゃない!冤罪事件からこっち何かと王族絡みで迷惑かけてんだから少しは遠慮しなさい!そもそも学園でもかなり我儘を言っているのは知ってるんだぞ?!」
「ワガママなんて…ヴィオラ様に便乗してお裾分けを頂いてるだけでしてよ?」
「既にタガが外れてる!!」

言えば何でも作ってくれるデイビッドの存在は、厳しい王女教育に疲れたアリスティアの心の支えと言っても過言では無い。
今までは学園内と言うこともありそこそこで我慢していたが、ここは自分のテリトリー。
ほとんどやりたい放題片っ端から注文を出して、幸せな時間を満喫していた。

「冬にもう一回くらいやりませんか?」
「イベントじゃないんだぞ!できるわけないだろう!!」
「真冬に食べたアイスクリームがすごく美味しくて…あれをボールいっぱい食べてみたい…」
「絶対に具合悪くするから止めなさい!!」

妹の発言に恐怖しながら、アーネストはアリスティアの侍女候補達から報告をもっと頻繁にさせるべきではと悩むのであった。


その日の夕刻、下級政務官の談話室に呼ばれたデイビッドは、迎えに来た侍従に連れられ使用人通路から向かうと、ドアの前には騎士が立ち、人払いがされていた。
ノックより先にドアが開けられ中へ通される。

「デイビッド、調子はどうだ?何か不自由はしていないか?」
「不便も不自由もしてない…が、調理場で借りてる鍋とコンロが足りなくて、隣を借りる度に邪魔になってねぇか心配だな。」
「すっかり専属の料理人だな。疲れないのか?」
「書類仕事より体動かしてる方が楽だよ。」
「そうか、お前らしいな。…こちらの動きはだいぶ収まった。政治を行う上での脅威は粗方削いだが、商売関係や元教会関係の貴族達はかなり残っているだろう。どうする?また襲われでもしたら次こそ命を失うかも知れないぞ?」
「学園に雇用されてる間は凌げるから、それまでに身の振り方をはっきりさせて置こうと思ってる。特に教会派閥からは変な恨みを持たれてて厄介だからな。」
「変な恨み…?」
「俺は何もかも黒いからな、悪魔の生まれ変わりなんだとよ。だから神に代わって排除が必要で、善良な国民を襲う前に消すのが一番らしい。」
「そんなもの!もう過去の愚想だ!!お前一人で上げた功績でこの国が、僕がどれ程助けられて来たと思ってる!それを知りもしないで馬鹿げた思想を民衆に植え付けて…何がしたいんだ連中は…王都など吹けば飛ぶような力しか持っていないというのに、結界に守られている事がそんなに偉いのか?自分の足で立てもしない王都貴族共が、誰のおかげで今の贅沢が出来ていると思っているんだ…」

思わず椅子から立ち上がったアーネストは、予想を上回る差別的な思想に、改めて教会派閥の解体の必要性を感じた。
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