黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

解放

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別荘でバカンス中のジェイムス氏をカトレアが捕まえてくれたおかげで、各所に抗議文や賠償請求ができるようになり、噂を鵜呑みにして広めてくれた貴族達には片っ端から送りつけているそうだ。
中には軽く一財産は失う羽目になる家もあるとか。

平民でも悪質な場合には釘を差したり、煽った記事を書いた新聞社などからは慰謝料などを請求させてもらう事になった。
ジェイムス氏は部屋に缶詰めにされ、山のような書面にサインと印を押しているそうだ。

「明日、アーネスト殿下が議会のついでに、この噂について言及されるそうです。」

国を支え民を守るはずの貴族が、低俗な噂に惑わされ、人ひとりを勝手に死んだ事にするとは何事かと苦言を呈し、喜んでいた者達を根こそぎ罰するとか。
これで政務上、デイビッドを悪く言う者は表向きには居なくなる。

あとは市井の商家だが、既に教会派の解体により大打撃を受けている家がほとんどなので、今後の動きに寄るものとされた。

「俺が死ねば神が戻って来るとかって話じゃねぇのか?」
「似たような話が出てますね。神の怒りは悪魔のせいだから、今度こそ神はお許し下さるとか騒いでるらしいですよ?」
「成長しねぇのな…」

しかし、市井に広まっているのは、そう悪い話ばかりでもないらしい。

なんとヴィオラの献身的で慈愛に満ちた行動が大勢の目に留まり、彼女こそこの国を導く聖女ではないかという声が上がっているらしい。

「また聖女か!いい加減にしろよ…」
「反共がすごかったのはこの新聞のせいですかね?」

エリックが手にしている新聞には、瓦礫の中祈りを捧げるヴィオラらしき令嬢と、それを取り囲む4人の天使が描かれていた。

「たぶんこれがシェル様かな?と。」
「誰だ?こんなもん描いた奴は…」

見出しには【教会無き後に降り立った希望の光】とあり、民衆の目を教会から引き離そうとしているように見える。
ダメになった“聖女”から、別の“聖女”に乗り換え縋る事で現実から目を背け続ける気のようだ。

「悪いが、例え国が何と言って来ようとヴィオラを渡す気はないからな。」
「じゃあ、なんで指輪を奪ったりしたんです?」
「は?!指輪?」
「やっぱり覚えてませんか。意識が曖昧な時、ヴィオラ様の手から指輪を引き抜いたんですよ。“黒は似合わない”って言って。」
「そんな事したか?俺が?!え…でも、ヴィオラは指輪…してたよな?」
「シモンズ先生が速攻で取り返してましたからねぇ。」
「そんな事…言ったのか…」
「先生は死に損ないのうわ言だって言ってましたけど、その気はなさそうで安心しました!」
「死に損ないで悪かったな!!」


学園でも、生徒達の悪辣なビラが撒かれ、派閥の締め出しなどが早くも行われ、デイビッド側にいた生徒達を標的に虐めや差別が横行し出しているそうだ。
しかし商業科の動きは凄まじく、情報をかき集め精査しているという。
中でも貴族家の者が、平民では閲覧できない貴族院の資料を確認し、死亡者欄に名前が無いことや、直下の商会に情報が来ていない事からデマだと結論付け、それでまた貴族組と喧嘩になっているらしい。

「明日には顔出してやらねぇと、怪我人が出そうだな。」
「テレンス君が同級生と言い合いの末、殴り合って吹っ飛んだそうですよ?」
「アイツが?モヤシのクセに何やってんだ?!」 
「好かれてる証拠じゃないですか。明日行って安心させてあげましょうよ。所で…デイビッド様、ひとつ聞きたい事があるんですが…?」
「なんだよ!?」
「貴方、ちゃんと寝てます?」
「……」

そっぽを向いたデイビッドを見て、エリックは間違いなくこの1週間ほぼ寝ていない事を確信した。

「昔からだよ…ここじゃ眠れないんだ。代わりに眠くもならねぇから生活には支障は無い。」
「本当に?」
「3日も爆睡してたんだから、大丈夫だって!」
「心配だなぁ…」

エリックは一度も横になった形跡のないベッドを見ながら溜め息をついた。

「医者もベッドも休むのも嫌い、このままじゃその内体壊しますよ?」
「休む時は休んでるよ。」

デイビッドはエリックを部屋から追い出すと、自分も厨房に朝の仕込みの手伝いに行ってしまった。


「シャーリーン!支度は良いか?」
「はい、サラム様!」
「お世話になりました。」
「デイビッド!またな!!」

次の日の昼過ぎ、アデラのサラム一行は、赤い房をいくつもぶら下げた象牙飾りの派手な馬車に乗りこんだ。

「相変わらず派手好きな奴め…」
「第一印象が大事なんだよ!舐められないよう肩肘張るのも楽ではないがな、今は麗しい姫が癒してくれる。どんな非難にも耐えられると言うものさ!」
「ああそうかよ。婚約祝いはそろそろ向こうの港に着いてる頃だ。せいぜい楽しみにしとけよ?!」
「すまないな!俺の方が一足先に幸せをつかんでしまったようだ!」
「はよ帰れ!!」

ベラベラうるさいサラムを押し退けて、今度はジャファルが顔を出した。

「デイビッド!次はお前がアデラに来い!待ってるぞ!?」
「暇ができたらなぁ…」
「ヴィオラ様も、また次会える日を心待ちにしておりますわ!」
「私もです!シャーリーン様お元気で!さようなら!」

ゆっくりと進む馬車に手を振るヴィオラの後ろではアリスティアが一仕事終えたような顔で立っている。

「お疲れ様でしたヴィオラ様…」
「そんな!アリスティア様こそ、この1週間ほとんど休まれてはいなかったでしょう?!」
「いえいえ、美味しい思いはさせて頂きましたもの、むしろ心は晴れやかなんです。ただ、楽しみに取っておいたボンボンを勢いに任せて食べてしまって…」
「また送ろうか?新作の味もできたらしいぞ?」
「本当ですか!?是非お願いします!」
「ボンボンて?!あのボンボンか?!デイビッド、私の分もその…サラム殿に食べられてしまって…」
「わかったよ。職人に頼んどくから待ってろ。」

その一言を聞いてアーネストとアリスティアは同じ顔をして喜んだ。


「さてと…俺達もそろそろ帰らせてもらうか…」
「1週間もお城で生活してましたから、ちょっと疲れましたかね。」
「デイビッド、何かあれば…その…直ぐに知らせて欲しい!忙しくて飛んではいけないかも知れないが、何か力にはなれるはずだ!」
「大丈夫ですよお兄様、デイビッド様はお兄様より先に私にご相談下さいますから。そしたら何があったか私から教えて差し上げます。たね」
「そういう業務連絡じゃなくて!友人として頼られたいんだよ僕は!!」
「いや、王太子だろ!?簡単に頼れるかよ!」

名前を出すだけで局面がひっくり返るような王族の名前を、デイビッドは安易に使うつもりは無い。

「まぁ、またなんか死にかけでもしたら使わせてもらうからよ。」
「それじゃ遅いんだって!!」
「ではヴィオラ様、また学園で!」 
「はい!お待ちしておりますアリス様!」

デイビッドとヴィオラ、エリックを乗せた馬車が城の門を抜けて行くと、アーネストとアリスティアは寂しそうにその後ろを見送った。

「はぁ…楽しかったですね、お兄様。」
「そうだな…大変だったけど、友人も大勢いて、久々に賑やかで楽しかった…」
「あの人数を大勢と仰るお兄様は、やはりご友人が少ないですね…」
「なぁ!そのイジりいつまで続くんだ!?」


アリスティアは、ぶつぶつ言いながら執務室へ向かう兄と別れ、シェルリアーナを呼ぶと2人で離宮の最奥を目指した。

「お引き止めしてしまって申し訳ありませんシェル様…今から少々我が家の恥をお見せすることになりますので、ご気分など悪くされましたら謝りますわ。」
「ご安心下さいませ。おりますわ。」

アリスティアは見張りの付いた格子付きの入り口の端の戸を開けさせると、中には入ってもうひとりの兄を探した。

「~~~っだから!僕は別に望んであんな事したわけじゃないからな!」
「ならばなぜあの様な行為をなさったのですか?」
「その方が王族としていいだろうと思ったからだ!!」
「王族として…一度貶したご令嬢にご求婚なさったのですか?」
「それはもう前の話だろう?僕は毒に侵されていたから仕方なかったんだ!それをいつまでも、しつこいぞ?!」

声のする方へ向かうと、庭に面した部屋の中で、新たな教育係とクロードが何やら話し合っていた。
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