黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

冒険の準備

「小麦粉と米は仕入れ用の袋そのまま貰ってく。とりあえずひとつずつ、あとは塩はポンドの袋で2つ、砂糖は3つ、コショウはホールで一袋、ビネガー2種類、蒸留酒は…どれにするかな…?」

デイビッドが大きな買い物をしている間、ヴィオラはエリックとたくさんのテントを渡り歩いていた。

「お団子もちもち!」
「これもお米でできてるんですね。面白い。」
「スープの中に透明なパスタがたくさん泳いでます!」
「豆からできる加工品だそうです。ツルツルしてて美味しいんですよ。」
「また豆だった!!」
「あっちはパリパリに揚げた芋や肉の屋台ですかね。」
「エリック様見て下さい!カエルの丸揚げですって!」
「ヴィオラ様、意外とチャレンジャー!?」

甘い餅の乗ったミルク味のプリンを食べながら、2人がデイビッドの元へ戻ると、魔物肉の屋台で気になった物を片端から買い込んでいるところだった。

「この羽豚はイイヨ!魔石が出るほどデカくて脂も乗ってる!」
「カガミガモはどうだい?肉が柔らかいよ!?」
「今時期だと、売れ筋はなんだ?」
「シカだよシカ!春から脂肪を溜め込んで、繁殖期に向けた今頃が一番美味い!」
「キリサキシカにオオツノシカ、ヨツメホエジカも脂が乗る時期だな!」
「ヨツメはまだ捕まえた事ねぇんだよなぁ…」
「夜行性だからな、勘が良いから罠にも掛かりにくくてこの辺りじゃ高級品だ。」
「取れたら肉屋が良いのか?それとも…」
「魔物だからな、ギルドで点数稼ぎに出しちまう方が効率はいいさ。でも鮮度もあるからこっちにはなかなか回っては来ねぇんだ。買い取らせてくれるってんなら、相場より2割くらいは色付けてもいいな。」
「わかった。色々聞いて悪かったな、釣りは酒代にでもしてくれよ。」
「お!なんだ、兄さん若いのに分かってんなぁ!」

肉屋とやり取りしながら、肉に合う香辛料や調味料を手にしたデイビッドが荷車にどんどん荷物を積んでいく。

「デイビッド様、いきいきしてる…」
「お城の中は余程窮屈だったんでしょうね。」


その他にも、虫除け、魔物避け、縄、ランプオイル、瓶詰めの保存食など、野営に欠かせない物資の補給を終えると、デイビッドはヴィオラを呼んだ。

「すごい荷物ですね!」
「まだまだ増えるぞ。ヴィオラに見てもらいたい物もたくさんあるしな。ちょっと来てくれよ。」

荷車を端に止めたデイビッドは、ヴィオラを連れてマーケットの一番奥の商品を見に行った。

「こ…これは…!!」
「いいだろ?前から気になっちゃいたんだが、買うほどのことが無くて、いつも見るだけだったんだ。」

マーケットの奥は規模の大きな商隊用の特別な商品が置かれるスペース。
その最奥部にはキャラバン用の家馬車が3台並んでいた。

「この際だから買おうと思って。」
「買うんですか!?これを!?」
「ああ、もう下話もつけてあるから、すぐ持って行けるやつを見繕ってもらったんだ。」
「な…中を見てもいいですか?」
「もちろん、全部違うから、どれがいいか良く見て選んでくれよ。」
「私が?!」
「ああ、端の赤いのからどうだ?」

背の高い三角屋根の外装の家型の馬車は、ステップには狭いがテラスも付いていて、中には居住空間が広がり、小さな階段を登るとベッドが3つも並んでいる。
流しとキッチンは外付けで、巻き取り式のタープを広げて屋根代わりにして使うらしい。

「古いルーロットを改装したんだと。」
「ルーロット?」
「礼拝堂みたいなもんだ。ラムダは昔、土地が落ち着かなかったから移住が基本だったんだ。だから人のいる場所や依頼のあった所に教会が動いて行ったんだよ。」

教会…と聞いて嫌なことも思い出してしまうが、何も全ての教会が悪い訳では無い。
数多の神や聖霊を崇める人々がいて、それを祀る教会や神殿がそれぞれにあるのだ。
かつてこの馬車は無宗派の礼拝堂で、多くの若者達が自分達に合わせた祈りを捧げ、祝福を受けて婚儀を挙げたそうだ。

「なんだかロマンチック…」
「隣のは行商用のキャラバンだな。」

一番大きな幌馬車の中は、シンプルなフローリングの部屋に据え付けのソファとテーブル、二段ベッドとロフトまであり、広い部屋の奥にはストーブが付いていて簡単な料理もできるようになっているが、キッチンは無いようだ。

「基本の行商用の幌馬車に手を加えたんだな。本当ならこんな小綺麗な乗り物じゃねぇんだけどよ。」
「広さならこれが一番ですかね。冬は良さそうですけど、夏はどうかな?」
「湿地でなけりゃ快適に過ごせるだろうよ。飲み食いは基本外になるが、4人分の個室が確保できるようになってる。」

最後の馬車も家馬車で、緑色の屋根に風見鶏が付いている。
大きな出窓に、壁一面の棚、収納が至る所に施され、その上に居住空間とベッドが2つある。
裏の折り畳まれた壁を開くと大きなオーブンと水のタンクが現れ、キッチンに早替わりし、部屋の中でも湯を沸かすくらいならいつでもできるようになっている。

ヴィオラは一目見てこの馬車を気に入った。
(雰囲気が似てる…デイビッド様の研究室に…)
高い天井は屋根裏部屋になっており、はしごで登ると小さな秘密基地の様だ。
てっぺんの小窓から顔を出すと、見上げるデイビッドと目が合った。

「デイビッド様!これにします!私これが良いです!」
「わかった。中に積む物も見に行こう。」

ヴィオラは涼し気なジュートの敷布や異国の刺繍が施されたクッション、ラタン製の椅子やローテーブルを見つけ、手に取る先から全てデイビッドが購入していった。

「うっわぁ…金銭感覚ぶっ壊れそう…」
「うるせぇなぁ…」

本やノートなどもたくさん買い込み、あとの楽しみもできた。
そしてもうひとつ、ヴィオラが惹かれたのが画材屋の店先に置かれたエルムの絵の具箱。
箱の箔押しがキラキラとヴィオラを誘い、こちらではまだ珍しい顔料も使った高級品。

「何か描くのか?」
「いえ!ただ…綺麗だなぁと思って…」
「じゃ、気が向いたら何か描いてくれよ。それまで置いておくから…」

そう言って、デイビッドは絵の具の箱と、大小の筆の束と、カンバスをいくつか購入すると、それも荷車に積んだ。

「そんな物まで!いいんですか…?」
「そんな物なんかじゃない。ヴィオラが嬉しい物は全部積んで行きたい。それに、衝動買いも楽しいだろ?ヴィオラが欲しがる物なんて、そこらの貴族の買い物と比べたら小遣い程度だよ。」

(嘘つけ!)
…と思っても今は口にせず耐えたエリックは、荷車に無造作に積まれた品々の値段に一瞬身震いした。
(ヴィオラ様もいい目してるんだよなぁ…以外持って来ないとこ見ると、審美眼は確かなのに…)

ヴィオラは本当に良い物ばかりに惹かれ、目先の装飾には決して騙されない。
(なるほど…原因はこっちか…)
この1年ちょっとの間に、知らず知らずの内に触れる物全て最高級の品質で取り揃えられた結果、ヴィオラの目はすっかり肥えてしまった様だ。
婚約者には何も告げず密かに甘やかしまくるデイビッドのおかげで、エリックはヒヤヒヤし通しだった。


その後、一度荷馬車で学園まで戻り、農具や工具、騎士科の演習でも使った野営箱に、使い馴れた道具や小物を積み込み、残っていた保冷庫の冬水晶を移したり、調理器具やナイフなどを持ち出した。

ヴィオラは、マーケットで手に入れたショートマントを早く使ってみたくてうずうずしながら部屋のクッションや敷布を運んでいた。
反してエリックはスッキリとしたトランクひとつだけ。

「わかった!魔道具ですね!?」
「そう~!エルピスで見つけて奮発しちゃったヤツ!ついに使いますよ!?」
「帰らねぇのかよ…」
「環境次第ですね!寝心地悪かったら帰ります!」
「ここまで薄情な使用人もいねぇだろうな…」

ヴィオラも自分の鞄に着替えと勉強道具を詰め込み、革のベストに合う服に着替え、全て荷馬車に積んだらいざ出発。

荷馬車をマーケットで家馬車に乗り換え、ムスタを繋ぎ直してゴトゴトと、目指すはの郊外の移民区域の更に先、元ルミネラ公爵領農村部跡地。

賑やかで人間関係の複雑な学園を離れ、しばしの間の休暇が始まった。
感想 5

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