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麻田麻尋

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0章

11.5夜 花に嵐

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 夜に笛を吹くと、蛇がやって来る。夜に爪を切ると、目が見えなくなる。
 子供には理屈や道徳を説くより、恐怖を与えた方が言うことを聞く。
 初等学校の中学年にもなれば、おのずと言い伝えのカラクリに気付く。
ーー悪いことをする子は、特務部隊が攫って行ってしまう。
 この言い伝えは、半分嘘で半分本当だ。と、世界保安団の街「フェキュイル」に住む者はみんな知っている。
 だからこそーータンザナイトはフェキュイルの街へ行く時は、黒いローブを外しているのだ。
 街の人間に恐怖心を、無駄に与えることもない。それが、彼の考え。
 この殺人的な灼熱の太陽を浴びても、タンザナイトは汗一つかいていない。
「『魔法くの一いち☆しのぶ』は、ありますでしょうか?」
 八百屋の店主に、タンザナイトはそう問いかけた。
「兄ちゃん、それはなんの呪文だ?」
 中年の八百屋の店主は、首を捻った。
 額の皺が、更に深くなる。八百屋という場所には似付かわしくない、派手な男だ。
 黒字にネオン色で描かれた模様のシャツを着て、穴の空いたジーンズパンツを履いている。
 太い指に嵌ったシルバーアクセはドクロの形をしており、賭場に魂を売ったチンピラそのものだ。
 大方家業を継いだ、長男だろう。
 端正な顔立ちの男性が、今にも廃業しそうな八百屋に来た。と言うだけでも男にはインパクトがあるのに、訳の分からないことを話すのだ。
 タンザナイトは上着から、一枚の紙切れを取り出した。
 それには字を覚え立ての子供が書いたような文字で
「魔法くのいち☆しのぶ⑧」と、書かれている。
「よく分からないけど、八個要るってことか?」
「さぁ? 分かりません。私はあの人の言うこと、いつも分かりませんが」
「話、ちゃんと聞いて来いよ……相手は、子供かい? それなら絵本とか、玩具じゃねぇの?」
 店主は言ってから、疑問符が頭に浮かんだ。
 それなら「あの人」なんて、言わないだろうと。
「子供みたいな、大人です。ありがとうございます」
「おう。本屋なら、その道を通り抜けた先にある本屋が街で一番でかいぜ」
 タンザナイトは頭を下げて、店主が指差した道へ入って行った。
 店主は手を振りながら、小さくなっていくタンザナイトの背中を見守った。
(浮世離れした兄ちゃんだなぁ……)
 そんな感想を抱いても、まさかあの「世界保安団の特務部隊」とまでは想像が働かなかった。








 同時刻。要塞教会の礼拝堂地下。
 ミモザはわざとらしく鼻歌を歌い、ウィスキーを飲んでいる。
 それも、ラッパ飲みで。
 銀髪の男は、相変わらず椅子にされたままだった。
「キース君に挨拶しなくて、良かったの~?」
「面識など、ないよ」
「あら。泣く子の血さえも吸う、吸血鬼だったんでしょ~?」
「昔の話だ」
 アルカード山脈に棲まう、吸血鬼。
 アルカード山脈は薄暗いので、太陽が天敵な吸血鬼には住みやすい土地だったのだ。
「まぁ。もっと会うべき人は、居るわよねぇ」
 ミモザが意地の悪い含み笑いを浮かべながら、吸血鬼を一瞥した。
 吸血鬼は「君だって、そうだろう」と反論した。
 ミモザは笑みを、崩さない。
「そうねぇ。運命の楔は、もうとっくに放たれたわぁ。部屋片付けておいてね、テッラ」
「はいはい」
「返事は、一回にしなさい」
 吸血鬼テッラは、渋々と片付けを始めた。
 食い散らかした後の食事達を、捨てて良いのかどうか。氷室に持って行くには、少々面倒臭い。太陽てんてきの元へ、出なければならないのだ。
 テーブルに臥せるように、置かれた写真立て。
 吸血鬼は、写真立てを起こした。
 中身の写真はビリビリに破かれていて、写っている人間の顔は分からない。
 東洋の衣服を着た恐らく男性と、その横には赤子を抱いた女性。
 女性は長い空と海の境界の髪をしているから、ミモザ本人だろう。
 ならば、男性はーー。
 テッラは、短く細い息を吐いた。
(所詮は人の子であり、女と言うことか)







 タンザナイトは、無事本屋に到着した。
 入口入ってすぐに、新刊コーナーがある。
 小説も、戯曲も、コミックも、絵本も「新刊」と呼ばれるものは全てその台に陳列されている。
「……あ」
 新刊コーナーの片隅にある、コミック。
 頭身が低いデフォルメされた、女の子のイラストが特徴的なコミック。
 タイトルはメモのものと、同じだった。
「……あ」
「どうも」
 店の奥からよく知った人物が、青みがかったグレーの髪を揺らしながらやって来た。
 特務部隊の中でも、特段若い人間。
 ムニメィ=リスィが、か細い腕に詩集を抱えている。
 長い前髪から覗く瞳は、退屈そうだ。
「その本、買うんですか?」
 タンザナイトの質問に、ムニメィは気怠そうに「はい」と、肯定した。
 声変わり前の高い声は、妙な色気がある。
 詩集の表紙には「一人ぼっちの侵略戦争」と、書かれている。
 恐怖小説家である、オスカー レムレースの初期作だ。
「珍しいですね。タンザナイトさんが、本屋に居るの」
「頼まれたのでね」
 ムニメィはタンザナイトが手にしているコミックを見ても、興味なさそうに「へぇ」と呟くだけだった。
 会話が、続かない。
 普通の生活を送っている人間ならば、喫茶店にでも行かないか? なんて選択肢が浮かぶところだが、この二人はそう言った経験をしていない。
 そのまま会釈をして、二人は別れた。
 トントンと、タンザナイトの肩が叩かれる。振り返ると、エプロンをつけた顔の丸い中年の女性が居た。
 この本屋の店員だろうか。
「お兄さん、あの男の子と知り合い?」
「えぇ、まあ」
「あの子ねぇ。来る度に、あの詩集を買って行くんだよ! なんでか知らないかい?」
 来る度に、同じ本を買う。覚えはあるが、言ったところで気味悪がれるだけだろう。
 タンザナイトは、白を切ることにした。
「さぁ……」
「もう気味が悪くてねぇ! 作者が気に入ったなら、違う作品を買うだろう? オスカー レムレースを買うだけで気持ち悪いのに、なんかヤバい宗教でもやってんじゃないかと思ってさ!」
 身内に、居ます。タンザナイトはその言葉を、グッと喉の奥へ奥へと下げた。
 女性はタンザナイトの返事を待たずに、また話し出す。
「ところでお兄さん、えらい色男だねぇ! おばちゃん、タイプだわ! どう? この後、ヒマ?」
「すみません。仕事があります。ところで、このコミックはどうやって買ったらいいのですか?」
「やだ、天然さんかい! かわいいー!」
「訂正します。私は可愛いの分類には、入りません」
「あーん! 可愛い~!」
 周囲の客は冷ややかな目で、女性店員を見ていた。









 同時刻。魔獣退治部隊専用棟の五階の、とある一室。
 ジャスパー ユガノンは、ハリネズミのような金の髪を掻き毟っていた。
 エメラルドグリーンの瞳は苛立ちの余り、逆三角形へと変貌している。
「いくらなんでも遅すぎないか?」
 あいつ、買い物の一つも出来ないのかよ……! と、彼は文句を口にした。
 誰からの返事もない。彼はまた、虚しくなった。
 部屋には大量のコミックや、美少女フィギュアや、半裸のいかがわしいポーズの女の子が描かれた抱き枕などが転がっている。
(監査が入る前に、この部屋を片付けないといけないのに! なんであの人は、このタイミングでコミックの新刊を今すぐ読みたいとか言い出すんだ!)
 当の本人は会議に呼び出されて、この場には居ない。
 掃除などの雑務は、本来タンザナイトの仕事である。
 ならば何故ジャスパーが、掃除しているのか?
 部屋の掃除を彼奴に任せたら、この部屋の物を全て捨てるからだ。
 ジャスパーはヲタクの所有欲と、執着心ほど敵に回してはいけないものはない。と、知っている。
「はー。いつ終わるんだ。コレ……」
 この大量の物を、何とかして片付けなければ。
 年二回の定期監査は、塵一つ見逃さないレベルまで見られる。
 とりあえずクローゼットに、押し込んでしまえ。が、通用しないのだ。
 ジャスパーは廊下に停めた台車を、室内に引き摺り込んだ。
 コミックやフィギュアを積めるだけ積んで、台車を動かす。
 自分の寮室に、運んでしまおう。
 無造作に伸び切った、オータムブラウン長髪の男がこちらを見詰めている。
 その男の印象を例えるならば、神経質が服を着て歩いているようだ。逆三角形のレンズの眼鏡で細身の身体が、神経質さを際立てている。
 魔獣退治部隊の人間らしくない。ジャスパーは、そう思った。
 どちらかと言えば、科学部隊や教授などの研究者っぽい。
「俺に、何か用事ですか?」
 ジャスパーは荷物を運び出しながら、質問を投げかけた。
「魔獣退治部隊の監査、無くなった」
 長髪の男が、淡々と言う。
「は? え? なんで? 中止ってことですか?」
「知りません。僕は延期することだけ、伝えて。って言われました」
「いやだから、なんで!? 延期するなら、延期日教えて貰わないと」
「なんか、もっと大変なことが起きたからとか? 特務に刃向かった罪人の処理? 長らく無くなっていたゼロ世代の魔装武器を、盗んだ奴の処理? 噂していた」
「つまり、なんも分からない。ってことだな……ところで。あんた、名前は?」
「タズー ミシェック」
 やはり、魔獣退治部隊の人間ではない。名前に聞き覚えが、ないのだ。
「所属は?」
「科学部隊 魔科学マギ サイエンス班」
 こいつ、単語でしか喋れないのか? 愛想の無さと言い、ジャスパーは苛立ちを覚えていた。
 魔科学は科学の中でも、新時代を担う分野だ。自分が装備している魔装武器も、魔科学の叡智の結晶なのである。
 倍率は常に三十倍以上をキープしている、超人気の部署だ。
 それなのにこんなコミュニケーション能力がない奴が、居るとは……ジャスパーは乾いた笑いを浮かべた。
「へぇ。エリート様が、遠路はるばるご苦労なこった。ありがとう。俺から、問い合わせとくよ」
 タズーは、首を傾げた。
「何を?」
「だから、監査の延期日だよ!」
 思わず声を張り上げてから、しまった。と、思う。
 この男は伝言を、頼まれただけなのだ。
 タズーに怒りを、ぶつけても仕方ない。
「いや……悪い」
「気にするな。僕は、同僚だ」
 世界保安団兵と言う、大きな括りで見ればそうだろう。
 しかしジャスパーは、部隊副統括者の世話係を押し付けられた下っ端団員。
 タズーはエリート達から勝ち抜いた、エリート中のエリートなのだ。
「いやいや、気使わなくてもいいよ」
「作ったメカのテストを、鈴星小隊でするよう言われた」
「……はい?」
「毎分三百発撃ち込めるガトリングガンとか、半径十キロ以内なら通信出来る機械とか、人格矯正する機械とか、猫の言葉が分かる機械とか」
「天才ジーニアスか!? いやいやいや! それがなんで、うちでやることなったんだよ! 魔科学班で、やりゃ良いだろ」
「分からない。いきなり命じられた」
「それ、お払い箱になったんじゃねぇの?」
 ジャスパーの言葉に、目を白黒させた。言葉の意味が、理解出来なかったのではない。理解を、拒んだと言うように見える。
「アッ……ごめん! きっとお前のところの上司は、お前に新たなステージに登って欲しかったんだよ」
 自分で言いながら余りに、苦しい言い訳だと思う。
 それならば、自分の隊の上司に話が行っている筈だ。
 ジャスパーの所属は、鈴星小隊なのである。
「そうか! あんた、頭いいな!」
「え?」
「魔獣退治部隊兵に僕のメカを装備させて、華々しい戦果を上げれば良いんだ。それで、あいつらに一泡吹かせてやる! 金銀財宝が欲しいとは言わない! おっぱいを揉みたい!!」
 タズーの目が、キラリと輝いた。その目には、眩しいくらいの闘志の炎が宿っている。
「お、おう……程々に頑張れや」
 ジャスパー ユガノンは、ツッコミを放棄した。
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