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0章
12夜 魔獣退治部隊の長
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一時間後。
あの後ルータスといつきに、キースは士官学校の面談室に連れて行かれた。
今はふかふかの革のソファーに座り、魔獣学の教科書を読んでいる。
面談室の重たい木製扉の向こう側には、いつきとルータスが突っ立っているのだ。
二人して九十点超えばかりの「世界保安団魔獣退治部隊入隊試験」の過去問を、見ている。
「すっげえな。過去問、九十点超えばっか」
目を輝かせるいつきとは対照的に、ルータスは九九を質問された時のような視線を彼に向けた。
「王国三本指の高等学校の首席でしょ? こんな問題寝ながらでも、解けるでしょ」
世界保安団魔獣退治部隊の筆記試験は、語学、数学、歴史、魔獣学の四教科だ。
語学数学歴史は中等学校卒業レベルだが、魔獣学は高等学校以上の知識が必要となる。
キースは魔獣学の点数は半分ほどの点数であったが、教科書を読めば解けるようになるだろう。
「まぁ魔獣退治部隊は、筆記試験より実技のが重視される訳だけど。お前から見て、どう思う?」
「あのチビスケは、甘すぎる。やる気のある、人当たりは良い馬鹿って感じ」
「おいおい、全く見込みがない訳でもないでしょうよ。いつもの天邪鬼ちゃんか?」
「はぁ? ツンデレとか意味分かんないんですけど。優しさは隙になるし、勇気は無謀にもなる」
「うんうん。るーたんは、よく他人を見てるなー。えらいぞー」
「馬鹿にしてるでしょ!?」
激昂するルータスを、いつきは一笑に付けた。
「るーたん。団長直々推薦の次期入団生、うちの隊に入れたいなぁ」
「そんなエリート様、第一隊に行くでしょ」
魔獣退治部隊のトップ。選び抜かれた、エリートしか入れない隊だ。
いつきは掌を振り、歯を見せて笑った。
「それがなー。すごい遊び人っぽいんだよ。ヒモっぽいつーか、ホストっぽいつーか」
「なんでそんな奴を、推薦したんだよ」
「礼節と道徳は弁えないけど、仁義と義理は貫く。それが許されるカリスマ。ギンが大嫌いなタイプで、俺とは相性が良い。リーランド統括者に、話を通しておいてよ」
ルータスの脳内に、派手な柄のシャツを着ているホストの顔が浮かぶ。甘ったるい香水をつけて、胡散臭い愛の言葉をホストは量産している。
姫達はみんなシャンパンでタワーを作って、私が一番金を使っているのよ! 王子の彼女なんだから! と、マウントを取り合っている。
ホストは繁華街の煌びやかなネオンよりも眩しい光を背景に、声高らかにこう宣言した。
「みんなは、俺のライフラインだよ! 大好き~! みんなと結婚する~! 挙式は、アクア・エデンで!!」
そのホストに抱きつく、数十人の姫たち。
姫たちの中に、爽乃も居る。
駄目だよ、神音さん! その男は仕事だから、貴方の宗教談義も親身に聞いてるんだ! そこに愛は、ない!
姫たちはフェミニンなチュールブラウスや、サックスブルーのマーメイドワンピースを着た可憐な乙女たちばかり。
しかしホストはいつまで経っても、姫たちと式を挙げない。
痺れを切らした姫の一人が、銃を手に取った。
太い眉に、狙った獲物を逃さない鋭い眼光。ワインレッドのタイトワンピースに高いヒールのパンプスを履いた、エース。
「最後に生き残った者が、王子と結婚するのよ!!」
エースの宣言で、デスゲームが開戦した。
現実とは隔絶された、天国はたちまち血で赤く染まった。
最後まで生き残ったのは、銃を持ったエースでも包丁を持ったフェミニンな姫でも、斧を構えたカジュアルな姫でもない。
丸腰の爽乃だった。姫たちの返り血を浴び、勝利に酔っている。
ルータスは、首を横に激しく振った。
「ダメダメダメー! 絶対ダメ! 神音さんに、デスゲームなんて参加させられないだべな! 結婚も、アカンやで」
「なにいきなり鈍ってんだよ……」
扉が開き、キースが顔を出した。
気付かぬ間に、半刻が過ぎていたらしい。
「教科書、読み終わりましたけど……」
なんの話をしていたんです? キースは、首を横に傾げた。
「あー。グランデスタがキャバクラ行きてぇから、今日の会議巻いてくれ。って話だよ」
「えっ! 俺なんかに構わせて、すみません」
キースは心底申し訳なさそうに、頭を下げる。相変わらず地に腰が、つきそうだ。
「違うし! そんな話、一言もしてないよ」
「あ、そっか。爽ちゃんが、結婚しちゃうよ~。相手をどう始末するか、だったわ~」
「ちげぇよ!」
ルータスは魔獣学の真新しい過去問の用紙を、キースに押し付けた。
「はい! とりあえず過去問を、また解いて!」
いつきとルータスの予想通り、キースは魔獣学の過去問で八割超えの点数を叩き出した。
いつきは「勉強はレイバン君に、教わろうかな……」と、真剣に独り言を言っている。
ルータスはため息を、聞かせるように吐く。
(団長直々の推薦だって? 絶対訳有りじゃん……ヤダヤダ。イニシターさんに話はするけど、どうか忘れてくれますように)
*
キースはいつきに体術と射撃を、教わることになった。
ルータスは魔獣部隊の長ーーイニシター リーランドの執務室へ行くようだ。
ミッズガルズの従騎士である紫光騎士団の騎士に教えて貰っていたので、基本の型は身についている。
特務部隊相手に受け身がとれる。その時点でズブの素人ではないと思っていたが、見込み以上だ。
射撃に至っては、優秀な部類である。撃った弾五発中、一発がド真ん中。残り三発は、真ん中と隣接している円。もう一発は少し逸れたが、それでも真ん中から三番目の円だ。
訓練を受けた新兵でも、一弾目からド真ん中に当てられる者はそういない。
「よし。一回休憩挟んで、魔術の方をやろう」
いつきはそう言って、上着のポケットから飴玉を取り出した。
キースは有り難く飴玉を受け取り、舌の上でゴロゴロと転がす。
グレープ味のそれは、グレープと聞いたら誰もが想像する味をしていた。
十分間の休憩の後、キースには課題が与えられた。
それは魔力体と呼ばれる、魔力を帯びた強化状態の肉体に変身すること。
五感、身体能力、治癒能力が大幅に上昇するといつきは言っている。
魔力による攻撃以外を、無効化する効果もあるそうだ。
大砲が直撃しようと首を斬り落とす勢いの剣技を受けようと、無傷で済むらしい。
「化け物じゃないですか。そんな力、人間が使って良いんですか?」
「そんな力がないと、俺達は魔獣と戦えないのさ」
いつきは、ふっと短く息を吐いて笑った。
彼の左手の人差し指と、中指が立てられる。
「魔体に変身する方法は、二つ。魔力変換器の魔核とシンクロして、術式を打ち込む。圧倒的にこっちが、楽だ。しかし気をつけろ。現代魔術は、安全装置がかけられている。発動可能時間は、大体三十分間。元々持っている、魔力次第だけどな。発動中は当たり前だが、自身の魔力を消費する。魔力開花を受けて貰ったのは、やっていないと魔体に変身なんて出来ないからだ。
古典式魔術なら、詠唱を唱える人間が多いかな。加減をミスったら、自我が崩壊するほどの力を得ることもあるから、君にはまだ早い。うちでも扱えるのは、ダグラスとグランデスタくらいだ」
ダグラスは初めて聞く名前だが、優秀な魔術師なのだろう。
キースは黒いローブに、魔女帽子を被った髭面の老父を思い浮かべた。
「ああ……だからあの人、獣みたいな殺気を放つんですね」
「すまん。それは、生まれつきだ」
「余計性質悪いじゃないですか!」
「アレでも、マシになったんだぜ? 思春期の頃なんか、まさに手負いの獣だったんだから。魔獣退治部隊の男五人係で、あいつの暴走止めたもん。何かと誤解されるし、敵作りやすいけど……いい奴だよ」
そうつけ加えたいつきの顔は、我が子を懐かしむ親のような顔だった。
*
「いいんじゃない? 鈴星小隊で」
イニシター リーランドは、明るいインディンゴの髪を掻き毟りつつそう言った。
落ち着きがあり、よく通る低い声にルータスは姿勢を正した。
長いワンレンの前髪で、顔の左半分を隠している。
右目から覗く銀灰色の瞳は、特段怒っている様子はない。
彼は革の回転椅子に脚を組んで座り、デスクには食べた後の菓子の袋が散乱し、何時間もも洗えていないであろう数個のコーヒーカップが無造作に並べられている。
魔獣退治部隊トップの為の、咳一つ憚られる執務室だというのに! この男は、すぐ汚くするのだ。
「俺、朝にデスク片付けて。って言いましたよね?」
「ごめんごめん。忙しくて」
「なんで五秒で済むこと、しないんですか?ゴミ出しもですし、書類のファイリングもですし、あと」
「嫁か!」
そう。このイニシター リーランドは魔獣退治部隊の長でありながら、とんでもなくだらしなく適当で面倒くさがりの人間なのだ。
いつき風に言うならば、この男もそれらが許される「天性の人たらし」なのだろう。
イニシターは筋肉隆々の腕を渋々と挙げ、ゴミを摘んでゴミ箱に捨て始めた。
「逆に聞くけど、グランデスタはどの隊が合うと思うのよ」
「……確かに、うちくらいしかないですね」
第一隊は、役所思考のエリート揃い。市民の為に! が信条で、ホストとは程遠い。
第ニ隊は、血統を重んじるブルジョアばかり。ホストが貴族の出ではないのなら、事務所の家具にされるだろう。
第三隊は、縁の下の力持ち的な善人の集まり。嫌な仕事も買って出る。まさに、ヒーローだ。
第四隊は、過激派カチコミ集団。毎日が決闘祭り。悪影響を受けそうなので、ナシ。
第五隊は、女の園なので絶対に駄目だ。デスゲームが開始されてしまう。
第六隊は、奇人変人の集まりだ。心に傷を負い自暴自棄になった末に、第六隊に漂流して来たような者しかいない。ホストのデリカシーのない発言で、第六隊の人間は総辞職するかもしれない。
「グランデスタとも、相性良いと思うわよ」
「……はい?」
ナンパな遊び人の何処が? ルータスはその言葉をグッと堪え、代わりにイニシターに鋭い眼光を飛ばした。
イニシターは気にすることなく、言葉を続ける。
「始めから人理の道を、外した場所に居る天才だもの。天才にしたら社交性があって、びっくりしたけど。相当女遊びは、激しそうだけどね」
「やっぱり、チャラいんじゃないですか!」
イニシターは何がおかしいのか、手を叩いて笑っている。
「そいつの名前って、なんていうの?」
「チュエンイ リージンって名乗ってたよ。国籍は、陳国人」
「うっわ。そりゃあ、我が強い訳ですね。チュエンイ リージン……ねぇ」
いつきや爽乃と同じ、漢字圏の人間だ。どんな漢字を書くのか、素直に気になった。
ルータスは第一言語は公用語だが、大和皇国語もカタカナ、平仮名、常用漢字は分かる。
イニシターは入団手続き用の書類を、ルータスに見せた。
「泉に、依存の依……? あまり、良くない意味じゃん。リージンは、李昌か。この名前、どっかで見たことあるような。どこでだっけ……」
すぐに思い出せないと言うことは、その程度のことなのだろう。
間も無く日が、沈む。
いつきとキースの成果は、どうだろうか。
夕飯くらい、作ってやろう。
ルータスはイニシターに退勤の挨拶を告げて、執務室を後にした。
イニシターがルータスの後を、追いかけて来る。
十枚程の書類を、抱えて。ロクな予感が、しない。
「俺の推薦の子の書類も、読んどいて~。良さげな隊、ピックアップしてくれたら助かる。手続きも~」
「時間外労働です。明日やります」
あの後ルータスといつきに、キースは士官学校の面談室に連れて行かれた。
今はふかふかの革のソファーに座り、魔獣学の教科書を読んでいる。
面談室の重たい木製扉の向こう側には、いつきとルータスが突っ立っているのだ。
二人して九十点超えばかりの「世界保安団魔獣退治部隊入隊試験」の過去問を、見ている。
「すっげえな。過去問、九十点超えばっか」
目を輝かせるいつきとは対照的に、ルータスは九九を質問された時のような視線を彼に向けた。
「王国三本指の高等学校の首席でしょ? こんな問題寝ながらでも、解けるでしょ」
世界保安団魔獣退治部隊の筆記試験は、語学、数学、歴史、魔獣学の四教科だ。
語学数学歴史は中等学校卒業レベルだが、魔獣学は高等学校以上の知識が必要となる。
キースは魔獣学の点数は半分ほどの点数であったが、教科書を読めば解けるようになるだろう。
「まぁ魔獣退治部隊は、筆記試験より実技のが重視される訳だけど。お前から見て、どう思う?」
「あのチビスケは、甘すぎる。やる気のある、人当たりは良い馬鹿って感じ」
「おいおい、全く見込みがない訳でもないでしょうよ。いつもの天邪鬼ちゃんか?」
「はぁ? ツンデレとか意味分かんないんですけど。優しさは隙になるし、勇気は無謀にもなる」
「うんうん。るーたんは、よく他人を見てるなー。えらいぞー」
「馬鹿にしてるでしょ!?」
激昂するルータスを、いつきは一笑に付けた。
「るーたん。団長直々推薦の次期入団生、うちの隊に入れたいなぁ」
「そんなエリート様、第一隊に行くでしょ」
魔獣退治部隊のトップ。選び抜かれた、エリートしか入れない隊だ。
いつきは掌を振り、歯を見せて笑った。
「それがなー。すごい遊び人っぽいんだよ。ヒモっぽいつーか、ホストっぽいつーか」
「なんでそんな奴を、推薦したんだよ」
「礼節と道徳は弁えないけど、仁義と義理は貫く。それが許されるカリスマ。ギンが大嫌いなタイプで、俺とは相性が良い。リーランド統括者に、話を通しておいてよ」
ルータスの脳内に、派手な柄のシャツを着ているホストの顔が浮かぶ。甘ったるい香水をつけて、胡散臭い愛の言葉をホストは量産している。
姫達はみんなシャンパンでタワーを作って、私が一番金を使っているのよ! 王子の彼女なんだから! と、マウントを取り合っている。
ホストは繁華街の煌びやかなネオンよりも眩しい光を背景に、声高らかにこう宣言した。
「みんなは、俺のライフラインだよ! 大好き~! みんなと結婚する~! 挙式は、アクア・エデンで!!」
そのホストに抱きつく、数十人の姫たち。
姫たちの中に、爽乃も居る。
駄目だよ、神音さん! その男は仕事だから、貴方の宗教談義も親身に聞いてるんだ! そこに愛は、ない!
姫たちはフェミニンなチュールブラウスや、サックスブルーのマーメイドワンピースを着た可憐な乙女たちばかり。
しかしホストはいつまで経っても、姫たちと式を挙げない。
痺れを切らした姫の一人が、銃を手に取った。
太い眉に、狙った獲物を逃さない鋭い眼光。ワインレッドのタイトワンピースに高いヒールのパンプスを履いた、エース。
「最後に生き残った者が、王子と結婚するのよ!!」
エースの宣言で、デスゲームが開戦した。
現実とは隔絶された、天国はたちまち血で赤く染まった。
最後まで生き残ったのは、銃を持ったエースでも包丁を持ったフェミニンな姫でも、斧を構えたカジュアルな姫でもない。
丸腰の爽乃だった。姫たちの返り血を浴び、勝利に酔っている。
ルータスは、首を横に激しく振った。
「ダメダメダメー! 絶対ダメ! 神音さんに、デスゲームなんて参加させられないだべな! 結婚も、アカンやで」
「なにいきなり鈍ってんだよ……」
扉が開き、キースが顔を出した。
気付かぬ間に、半刻が過ぎていたらしい。
「教科書、読み終わりましたけど……」
なんの話をしていたんです? キースは、首を横に傾げた。
「あー。グランデスタがキャバクラ行きてぇから、今日の会議巻いてくれ。って話だよ」
「えっ! 俺なんかに構わせて、すみません」
キースは心底申し訳なさそうに、頭を下げる。相変わらず地に腰が、つきそうだ。
「違うし! そんな話、一言もしてないよ」
「あ、そっか。爽ちゃんが、結婚しちゃうよ~。相手をどう始末するか、だったわ~」
「ちげぇよ!」
ルータスは魔獣学の真新しい過去問の用紙を、キースに押し付けた。
「はい! とりあえず過去問を、また解いて!」
いつきとルータスの予想通り、キースは魔獣学の過去問で八割超えの点数を叩き出した。
いつきは「勉強はレイバン君に、教わろうかな……」と、真剣に独り言を言っている。
ルータスはため息を、聞かせるように吐く。
(団長直々の推薦だって? 絶対訳有りじゃん……ヤダヤダ。イニシターさんに話はするけど、どうか忘れてくれますように)
*
キースはいつきに体術と射撃を、教わることになった。
ルータスは魔獣部隊の長ーーイニシター リーランドの執務室へ行くようだ。
ミッズガルズの従騎士である紫光騎士団の騎士に教えて貰っていたので、基本の型は身についている。
特務部隊相手に受け身がとれる。その時点でズブの素人ではないと思っていたが、見込み以上だ。
射撃に至っては、優秀な部類である。撃った弾五発中、一発がド真ん中。残り三発は、真ん中と隣接している円。もう一発は少し逸れたが、それでも真ん中から三番目の円だ。
訓練を受けた新兵でも、一弾目からド真ん中に当てられる者はそういない。
「よし。一回休憩挟んで、魔術の方をやろう」
いつきはそう言って、上着のポケットから飴玉を取り出した。
キースは有り難く飴玉を受け取り、舌の上でゴロゴロと転がす。
グレープ味のそれは、グレープと聞いたら誰もが想像する味をしていた。
十分間の休憩の後、キースには課題が与えられた。
それは魔力体と呼ばれる、魔力を帯びた強化状態の肉体に変身すること。
五感、身体能力、治癒能力が大幅に上昇するといつきは言っている。
魔力による攻撃以外を、無効化する効果もあるそうだ。
大砲が直撃しようと首を斬り落とす勢いの剣技を受けようと、無傷で済むらしい。
「化け物じゃないですか。そんな力、人間が使って良いんですか?」
「そんな力がないと、俺達は魔獣と戦えないのさ」
いつきは、ふっと短く息を吐いて笑った。
彼の左手の人差し指と、中指が立てられる。
「魔体に変身する方法は、二つ。魔力変換器の魔核とシンクロして、術式を打ち込む。圧倒的にこっちが、楽だ。しかし気をつけろ。現代魔術は、安全装置がかけられている。発動可能時間は、大体三十分間。元々持っている、魔力次第だけどな。発動中は当たり前だが、自身の魔力を消費する。魔力開花を受けて貰ったのは、やっていないと魔体に変身なんて出来ないからだ。
古典式魔術なら、詠唱を唱える人間が多いかな。加減をミスったら、自我が崩壊するほどの力を得ることもあるから、君にはまだ早い。うちでも扱えるのは、ダグラスとグランデスタくらいだ」
ダグラスは初めて聞く名前だが、優秀な魔術師なのだろう。
キースは黒いローブに、魔女帽子を被った髭面の老父を思い浮かべた。
「ああ……だからあの人、獣みたいな殺気を放つんですね」
「すまん。それは、生まれつきだ」
「余計性質悪いじゃないですか!」
「アレでも、マシになったんだぜ? 思春期の頃なんか、まさに手負いの獣だったんだから。魔獣退治部隊の男五人係で、あいつの暴走止めたもん。何かと誤解されるし、敵作りやすいけど……いい奴だよ」
そうつけ加えたいつきの顔は、我が子を懐かしむ親のような顔だった。
*
「いいんじゃない? 鈴星小隊で」
イニシター リーランドは、明るいインディンゴの髪を掻き毟りつつそう言った。
落ち着きがあり、よく通る低い声にルータスは姿勢を正した。
長いワンレンの前髪で、顔の左半分を隠している。
右目から覗く銀灰色の瞳は、特段怒っている様子はない。
彼は革の回転椅子に脚を組んで座り、デスクには食べた後の菓子の袋が散乱し、何時間もも洗えていないであろう数個のコーヒーカップが無造作に並べられている。
魔獣退治部隊トップの為の、咳一つ憚られる執務室だというのに! この男は、すぐ汚くするのだ。
「俺、朝にデスク片付けて。って言いましたよね?」
「ごめんごめん。忙しくて」
「なんで五秒で済むこと、しないんですか?ゴミ出しもですし、書類のファイリングもですし、あと」
「嫁か!」
そう。このイニシター リーランドは魔獣退治部隊の長でありながら、とんでもなくだらしなく適当で面倒くさがりの人間なのだ。
いつき風に言うならば、この男もそれらが許される「天性の人たらし」なのだろう。
イニシターは筋肉隆々の腕を渋々と挙げ、ゴミを摘んでゴミ箱に捨て始めた。
「逆に聞くけど、グランデスタはどの隊が合うと思うのよ」
「……確かに、うちくらいしかないですね」
第一隊は、役所思考のエリート揃い。市民の為に! が信条で、ホストとは程遠い。
第ニ隊は、血統を重んじるブルジョアばかり。ホストが貴族の出ではないのなら、事務所の家具にされるだろう。
第三隊は、縁の下の力持ち的な善人の集まり。嫌な仕事も買って出る。まさに、ヒーローだ。
第四隊は、過激派カチコミ集団。毎日が決闘祭り。悪影響を受けそうなので、ナシ。
第五隊は、女の園なので絶対に駄目だ。デスゲームが開始されてしまう。
第六隊は、奇人変人の集まりだ。心に傷を負い自暴自棄になった末に、第六隊に漂流して来たような者しかいない。ホストのデリカシーのない発言で、第六隊の人間は総辞職するかもしれない。
「グランデスタとも、相性良いと思うわよ」
「……はい?」
ナンパな遊び人の何処が? ルータスはその言葉をグッと堪え、代わりにイニシターに鋭い眼光を飛ばした。
イニシターは気にすることなく、言葉を続ける。
「始めから人理の道を、外した場所に居る天才だもの。天才にしたら社交性があって、びっくりしたけど。相当女遊びは、激しそうだけどね」
「やっぱり、チャラいんじゃないですか!」
イニシターは何がおかしいのか、手を叩いて笑っている。
「そいつの名前って、なんていうの?」
「チュエンイ リージンって名乗ってたよ。国籍は、陳国人」
「うっわ。そりゃあ、我が強い訳ですね。チュエンイ リージン……ねぇ」
いつきや爽乃と同じ、漢字圏の人間だ。どんな漢字を書くのか、素直に気になった。
ルータスは第一言語は公用語だが、大和皇国語もカタカナ、平仮名、常用漢字は分かる。
イニシターは入団手続き用の書類を、ルータスに見せた。
「泉に、依存の依……? あまり、良くない意味じゃん。リージンは、李昌か。この名前、どっかで見たことあるような。どこでだっけ……」
すぐに思い出せないと言うことは、その程度のことなのだろう。
間も無く日が、沈む。
いつきとキースの成果は、どうだろうか。
夕飯くらい、作ってやろう。
ルータスはイニシターに退勤の挨拶を告げて、執務室を後にした。
イニシターがルータスの後を、追いかけて来る。
十枚程の書類を、抱えて。ロクな予感が、しない。
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