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0章
13夜 Maybe navy baby 前編
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キースは苦戦することなく魔核と同調して、魔体への変身を遂げた。
不可視の魔力を纏った膜を身体に、張ることに成功した。
目に見えないものを難なく操る、センスをキースは持っているのだ。
いつきの見立てでは修得に三日はかかると思っていたばかりに、驚愕を禁じ得なかった。
天才気質にしては、会話や運動能力が備わっている。知識も偏りがなく、手先も器用な方で、常識も持ち合わせているのだ。
言葉通り、余りにも「普通」なのである。
「どこかで、魔術習った? ミッズガルズとか」
「いえ。全くの初めてですよ」
嘘を言っている目ではない。いつきは、人一倍他人の表情を見分けるのは得意なのだ。
「……そっか。覚えいいなー、すごいわ」
「本当ですか!?」
パァッとキースの顔が、輝く。緊張の糸が、解けたらしい。
照れ臭そうに笑った顔は、とても無垢でルータスが言ったことが分かる気もした。
「じゃあ、初級魔術から教えるぞー」
いつきはいつも通りの明るい声で、そう宣言した。
彼の特技は笑顔で何もかも、腹の底へ落とすことだ。
悲哀も、動揺も、嫌悪も、嫉妬も、懐疑も、悪意も、殺意も。
無害で警戒されない、生き物は強い。
肉食動物なんて、人間にとって一番有害だから殺されているのだ。
いつきの祖国の、狼のように。
だけれど、魔獣は違う。
肉食の最たる存在であるのに、魔獣は絶滅していない。
(人魔戦争はあいつの為にも、今度こそ終わらせる)
いつきは、刀の茎を優しく撫でる。
彼の瞳には決して消えることのない、炎が宿っていた。
いつきの懐から、ピーッピーッと耳をつんざくような機械音が鳴った。
魔力変換器を取り出して、口元に近づけるいつき。
「おー。グランデスタか。リーランド統括者が、また脱走でもしたか?」
『違うし。夕飯、まだでしょ? 作ったから、食べに来なよ』
キースは食い入るように、いつきの魔力変換器を見ている。
「ルータスさんの、声がする……?」
「ああこれ、無線機能も搭載されてるんだよ」
キースは更に首を、傾げた。
いつきにとって当たり前の道具が、キースからすると未知の道具のようだ。
「王国に通信機って、ない? 遠くにいる人と、会話が出来る機械なんだけど」
「えっ。軍になら、あるのかな……」
つまりミッズガルズには、通信機がないのだろう。宮廷魔術師の家でないのであれば、一般市民の家にもない。
帝国で通信機が普及し始めたのは、約十年前。通信機が生まれたのは、約三十年前。
王国は約三十年間、帝国に遅れているのだ。
「さ。飯食いに行くべ」
いつきは、ニカっと白い歯を見せて笑った。
*
世界保安団中庭(別名噴水広場)から、魚介類の雄大な海の流れを感じる香ばしい香りとパプリカやピーマンの青みのあるスパイシーな香りを風が運んでいる。
二人がけのカフェテーブルをくっつけ合わせ、二人ずつ向き合うように計四つの椅子が並べられている。
一席はルータスの分としても、一席多い。
テーブルには食器類の他にパエリアと、三種の豆とトマトとツナのパスタと、マルゲリータと、彩り豊かなサラダが並べられている。
積まれた取り皿の横には、シーザードレッシングとベリーソースが置かれている。
デザートにパンケーキでも、つくのだろうか?
キースの腹の虫が、ぐ~と鳴いた。
稽古に夢中な余り、自身の空腹に気づいていなかった。
「わぁ……どれも、おいしそうですね」
いつきは青ざめながら、ベリーソースとルータスを交互に見た。
「ぐ、グランデスタ。俺とレイバン君は薄味が好みだから、このままで貰うよ」
「なに言ってんの? 味しないじゃん」
そう言って、ベリーソースを手に取るルータス。
腕をパエリアの真上まで伸ばす彼の姿を見て、キースのつむじから足の指先までの全ての血管が機能停止した錯覚を覚える。
(ま、まま、まさか! まさか……!)
キースは思わず、目をぎゅっと固く閉じた。
「もう。ルータス君ったら。本当に、甘いものばかり食べるんですから」
聞き覚えのある可憐な声。
キースは恐る恐る瞼を開き、振り返る。
爽乃が赤ん坊のような笑顔を浮かべながら、ルータスの横に居た。
いつ、やって来たのだろうか? 全く気が付かなかった。
腕には子供一人くらいは入りそうな、大きな紙袋を下げている。
爽乃がルータスから、ベリーソースを奪ったところまでは見えた。
問題はその後だ。
ベリーソースが、消えている。
「あ、神音さん。ベリーソースは……」
ルータスが頬を紅潮させながら、慌てふためいている。
爽乃から視線を外さず、目尻が下がった柔和な眼差し。纏っているオーラも、生まれたばかりの犬のように無垢なのだ。
「うふふ。消えてなくなっちゃいました」
対する爽乃も我が子のように、優しくルータスに微笑みかける。
無償の愛。絶対的な愛。拒絶する隙を与えない、狩りのような愛。
キースには、余りにも刺激が強過ぎる官能的な瞳だった。
必死に消えた、ベリーソースのことを考え始める。
間違いなく、手品の類だろう。消えたと見せかけて、実際は手品師の服の中とかに隠すポピュラーな技だ。
爽乃の服は白基調のイブニングドレスのような、上品なドレス。大方スカートの裾に、隠しているのだろう。
彼女の首のチョーカーに嵌め込まれた、赤い宝石を見てキースは恐怖心を覚えた。
今まで、何故平気でいられたのだろう?
あの赤い宝石には、とんでもない魔力が籠っている。
強い力には間違いないが、銃や槍等の武器を見た恐怖心とは違う。
この宝石は人を傷付ける武器より、更に進んだ段階にいる物な気がしてならないのだ。
いつきやルータスが、何故平然としてられるのか分からない。
「ルータスくん、今日も可愛いですねぇ。お土産に、光る万年筆をあげます~」
爽乃は紙袋から、ちゃちい紙箱を取り出した。
一見なんの変哲もない万年筆だが、胴軸に謎の突起がある。
爽乃がそれを押すと、万年筆は七色に光り出した。
「…………ありがとう。嬉しいよ」
親戚の売れてない大道芸人の面白くないショーを、見た時のような半笑いを浮かべるルータス。
何を思って、こんなものを買って来るんだ!? キースは、喉まで上がって来たツッコミを腹に落とし込む。
「鈴星小隊長にも、お土産買って来ましたよ」
「いいよ、いいよ。お構いなく」
「そうおっしゃらずに」
爽乃が取り出したのは、三十センチメートル程の折り畳まれた木製のへらのようなものだった。
いつきは折り畳まれたへらを広げ、盛大なため息を吐いた。
ぐんぐんと柄が、伸びるのである。
へらの全長は、約百五十センチメートル程のようだ。
確かに箒など、柄が伸びるのは便利ではある。
使う人間の身長に合わせられるのも、コンパクトに収納出来るのも、痒いところに手が届いていると思う。
「これ……何?」
いつきは眉を顰めながら、爽乃に尋ねた。
あのいつきの声音が、乱れている。キースは、まともにいつきを直視出来ない。
「しゃもじです」
「うん。知ってる。なんでこんなもん、贈るの?」
「しゃもじは、ご飯を掬うじゃないですか。飯を取るので召し捕るいうことで、魔獣退治部隊の小隊長さんにはピッタリかな。と」
「馬鹿にしてんの?」
「まさか! 私はいついかなる時も、真面目ですよ」
尚更問題あるだろ! キースは自分にお土産が回って来ないように、心の中で女神に祈りを捧げた。
「レイバン君。つまらないものですけど……」
キースに渡されたのは、有名菓子メーカーのサブレであった。
王国の観光名所が、パッケージの缶にイラストで描かれている。
「「最初から、それ渡せよ!! てかお土産、それでいいから!!」」
いつきとルータスが、デュエットした。
*
夕食はとても美味で、楽しいものだった。
王国と帝国の公用語の発音が違うとか、ルータスの味覚はおかしいとか、いつきは両利きであるとか、爽乃のドジエピソードとか他愛もない話で笑い合った。
こんなに優しい食事は、存在するんだ。と、キースの胸は温かくなった。
いつき達にとっては「当たり前」だと思うと、途端に胸が締め付けられそうにはなったが。
余りにキースが生きて来た環境と、世の中の人の「普通」はかけ離れている。
「普通」の人達の自分が、今まで見て来なかった人間を憐れむ目線は耐えられない。
彼らは心から同情していても、その視線がキースをより惨めにさせるのだ。
そんなことを考えながら、キースはルータスの背中の数歩あとをついて行く。
キースの寝床は、ルータスの寮室となった。
一週間程ならばホテルに泊まることも出来たが、世界保安団採用試験がある数ヶ月まで泊まる貯蓄はない。
ルータスの部屋は、世界保安団の将校が使う
部屋で3LDKかつユニットバスつきらしい。
(隊員達の寮室は、ワンルームで風呂トイレなしと聞いた)
噂で要塞教会の大浴場にはジャグジーやサウナがあるとか、トイレの鏡はネオン色に発光するだの聞いたがデマらしい。
食堂にはチョコレートの噴水があるとも聞いたが、それも嘘のようだ。
靴箱の中の靴はきっちりと揃えられていて、浴室には髪の毛一本落ちていなく、廊下も塵一つない。
綺麗好きなのだろう。ミッズガルズの邸と同等に、掃除が行き届いている。
玄関のすぐ左側がユニットバス。右側の部屋の全開の扉を見てルータスはけたたましい悲鳴をあげた。
右側の部屋は、衣装部屋だろうか。部屋にはハンガーラックが綺麗に並べられており、ハンガーラックが満杯になるほど服がかけられている。
髑髏が描かれたTシャツや、ダメージジーンズや、フリルたくさんの白いパニエや、義姉が好きそうなお姫様のような装いのワンピース等々。
展覧会のように、ところ狭しと服がこの部屋にある。
「どワーッ!!! み、み、みみ、見た?」
「洋服部屋を、ですか?」
「……中に、絶対入るな」
「分かりました。約束します」
誰にでも知られたくない、プライベートな部分はあるだろう。他人のプライバシーを暴くほど、キースは無粋でも無神経でもない。
ルータスも分かっているのか、小さく首肯するだけであった。
この男は自分と同じ傷を、負っているように思う。
他人からしたら「最低限」で「当たり前」の家族の形を、知らない。
話したところで「持っている側」の人間には「理解」されないから、家族の話を他人となんてしない。
そんな影が、ルータス グランデスタにはある。
水と油のような組み合わせだが、上手くやっていけそうな気がした。
不可視の魔力を纏った膜を身体に、張ることに成功した。
目に見えないものを難なく操る、センスをキースは持っているのだ。
いつきの見立てでは修得に三日はかかると思っていたばかりに、驚愕を禁じ得なかった。
天才気質にしては、会話や運動能力が備わっている。知識も偏りがなく、手先も器用な方で、常識も持ち合わせているのだ。
言葉通り、余りにも「普通」なのである。
「どこかで、魔術習った? ミッズガルズとか」
「いえ。全くの初めてですよ」
嘘を言っている目ではない。いつきは、人一倍他人の表情を見分けるのは得意なのだ。
「……そっか。覚えいいなー、すごいわ」
「本当ですか!?」
パァッとキースの顔が、輝く。緊張の糸が、解けたらしい。
照れ臭そうに笑った顔は、とても無垢でルータスが言ったことが分かる気もした。
「じゃあ、初級魔術から教えるぞー」
いつきはいつも通りの明るい声で、そう宣言した。
彼の特技は笑顔で何もかも、腹の底へ落とすことだ。
悲哀も、動揺も、嫌悪も、嫉妬も、懐疑も、悪意も、殺意も。
無害で警戒されない、生き物は強い。
肉食動物なんて、人間にとって一番有害だから殺されているのだ。
いつきの祖国の、狼のように。
だけれど、魔獣は違う。
肉食の最たる存在であるのに、魔獣は絶滅していない。
(人魔戦争はあいつの為にも、今度こそ終わらせる)
いつきは、刀の茎を優しく撫でる。
彼の瞳には決して消えることのない、炎が宿っていた。
いつきの懐から、ピーッピーッと耳をつんざくような機械音が鳴った。
魔力変換器を取り出して、口元に近づけるいつき。
「おー。グランデスタか。リーランド統括者が、また脱走でもしたか?」
『違うし。夕飯、まだでしょ? 作ったから、食べに来なよ』
キースは食い入るように、いつきの魔力変換器を見ている。
「ルータスさんの、声がする……?」
「ああこれ、無線機能も搭載されてるんだよ」
キースは更に首を、傾げた。
いつきにとって当たり前の道具が、キースからすると未知の道具のようだ。
「王国に通信機って、ない? 遠くにいる人と、会話が出来る機械なんだけど」
「えっ。軍になら、あるのかな……」
つまりミッズガルズには、通信機がないのだろう。宮廷魔術師の家でないのであれば、一般市民の家にもない。
帝国で通信機が普及し始めたのは、約十年前。通信機が生まれたのは、約三十年前。
王国は約三十年間、帝国に遅れているのだ。
「さ。飯食いに行くべ」
いつきは、ニカっと白い歯を見せて笑った。
*
世界保安団中庭(別名噴水広場)から、魚介類の雄大な海の流れを感じる香ばしい香りとパプリカやピーマンの青みのあるスパイシーな香りを風が運んでいる。
二人がけのカフェテーブルをくっつけ合わせ、二人ずつ向き合うように計四つの椅子が並べられている。
一席はルータスの分としても、一席多い。
テーブルには食器類の他にパエリアと、三種の豆とトマトとツナのパスタと、マルゲリータと、彩り豊かなサラダが並べられている。
積まれた取り皿の横には、シーザードレッシングとベリーソースが置かれている。
デザートにパンケーキでも、つくのだろうか?
キースの腹の虫が、ぐ~と鳴いた。
稽古に夢中な余り、自身の空腹に気づいていなかった。
「わぁ……どれも、おいしそうですね」
いつきは青ざめながら、ベリーソースとルータスを交互に見た。
「ぐ、グランデスタ。俺とレイバン君は薄味が好みだから、このままで貰うよ」
「なに言ってんの? 味しないじゃん」
そう言って、ベリーソースを手に取るルータス。
腕をパエリアの真上まで伸ばす彼の姿を見て、キースのつむじから足の指先までの全ての血管が機能停止した錯覚を覚える。
(ま、まま、まさか! まさか……!)
キースは思わず、目をぎゅっと固く閉じた。
「もう。ルータス君ったら。本当に、甘いものばかり食べるんですから」
聞き覚えのある可憐な声。
キースは恐る恐る瞼を開き、振り返る。
爽乃が赤ん坊のような笑顔を浮かべながら、ルータスの横に居た。
いつ、やって来たのだろうか? 全く気が付かなかった。
腕には子供一人くらいは入りそうな、大きな紙袋を下げている。
爽乃がルータスから、ベリーソースを奪ったところまでは見えた。
問題はその後だ。
ベリーソースが、消えている。
「あ、神音さん。ベリーソースは……」
ルータスが頬を紅潮させながら、慌てふためいている。
爽乃から視線を外さず、目尻が下がった柔和な眼差し。纏っているオーラも、生まれたばかりの犬のように無垢なのだ。
「うふふ。消えてなくなっちゃいました」
対する爽乃も我が子のように、優しくルータスに微笑みかける。
無償の愛。絶対的な愛。拒絶する隙を与えない、狩りのような愛。
キースには、余りにも刺激が強過ぎる官能的な瞳だった。
必死に消えた、ベリーソースのことを考え始める。
間違いなく、手品の類だろう。消えたと見せかけて、実際は手品師の服の中とかに隠すポピュラーな技だ。
爽乃の服は白基調のイブニングドレスのような、上品なドレス。大方スカートの裾に、隠しているのだろう。
彼女の首のチョーカーに嵌め込まれた、赤い宝石を見てキースは恐怖心を覚えた。
今まで、何故平気でいられたのだろう?
あの赤い宝石には、とんでもない魔力が籠っている。
強い力には間違いないが、銃や槍等の武器を見た恐怖心とは違う。
この宝石は人を傷付ける武器より、更に進んだ段階にいる物な気がしてならないのだ。
いつきやルータスが、何故平然としてられるのか分からない。
「ルータスくん、今日も可愛いですねぇ。お土産に、光る万年筆をあげます~」
爽乃は紙袋から、ちゃちい紙箱を取り出した。
一見なんの変哲もない万年筆だが、胴軸に謎の突起がある。
爽乃がそれを押すと、万年筆は七色に光り出した。
「…………ありがとう。嬉しいよ」
親戚の売れてない大道芸人の面白くないショーを、見た時のような半笑いを浮かべるルータス。
何を思って、こんなものを買って来るんだ!? キースは、喉まで上がって来たツッコミを腹に落とし込む。
「鈴星小隊長にも、お土産買って来ましたよ」
「いいよ、いいよ。お構いなく」
「そうおっしゃらずに」
爽乃が取り出したのは、三十センチメートル程の折り畳まれた木製のへらのようなものだった。
いつきは折り畳まれたへらを広げ、盛大なため息を吐いた。
ぐんぐんと柄が、伸びるのである。
へらの全長は、約百五十センチメートル程のようだ。
確かに箒など、柄が伸びるのは便利ではある。
使う人間の身長に合わせられるのも、コンパクトに収納出来るのも、痒いところに手が届いていると思う。
「これ……何?」
いつきは眉を顰めながら、爽乃に尋ねた。
あのいつきの声音が、乱れている。キースは、まともにいつきを直視出来ない。
「しゃもじです」
「うん。知ってる。なんでこんなもん、贈るの?」
「しゃもじは、ご飯を掬うじゃないですか。飯を取るので召し捕るいうことで、魔獣退治部隊の小隊長さんにはピッタリかな。と」
「馬鹿にしてんの?」
「まさか! 私はいついかなる時も、真面目ですよ」
尚更問題あるだろ! キースは自分にお土産が回って来ないように、心の中で女神に祈りを捧げた。
「レイバン君。つまらないものですけど……」
キースに渡されたのは、有名菓子メーカーのサブレであった。
王国の観光名所が、パッケージの缶にイラストで描かれている。
「「最初から、それ渡せよ!! てかお土産、それでいいから!!」」
いつきとルータスが、デュエットした。
*
夕食はとても美味で、楽しいものだった。
王国と帝国の公用語の発音が違うとか、ルータスの味覚はおかしいとか、いつきは両利きであるとか、爽乃のドジエピソードとか他愛もない話で笑い合った。
こんなに優しい食事は、存在するんだ。と、キースの胸は温かくなった。
いつき達にとっては「当たり前」だと思うと、途端に胸が締め付けられそうにはなったが。
余りにキースが生きて来た環境と、世の中の人の「普通」はかけ離れている。
「普通」の人達の自分が、今まで見て来なかった人間を憐れむ目線は耐えられない。
彼らは心から同情していても、その視線がキースをより惨めにさせるのだ。
そんなことを考えながら、キースはルータスの背中の数歩あとをついて行く。
キースの寝床は、ルータスの寮室となった。
一週間程ならばホテルに泊まることも出来たが、世界保安団採用試験がある数ヶ月まで泊まる貯蓄はない。
ルータスの部屋は、世界保安団の将校が使う
部屋で3LDKかつユニットバスつきらしい。
(隊員達の寮室は、ワンルームで風呂トイレなしと聞いた)
噂で要塞教会の大浴場にはジャグジーやサウナがあるとか、トイレの鏡はネオン色に発光するだの聞いたがデマらしい。
食堂にはチョコレートの噴水があるとも聞いたが、それも嘘のようだ。
靴箱の中の靴はきっちりと揃えられていて、浴室には髪の毛一本落ちていなく、廊下も塵一つない。
綺麗好きなのだろう。ミッズガルズの邸と同等に、掃除が行き届いている。
玄関のすぐ左側がユニットバス。右側の部屋の全開の扉を見てルータスはけたたましい悲鳴をあげた。
右側の部屋は、衣装部屋だろうか。部屋にはハンガーラックが綺麗に並べられており、ハンガーラックが満杯になるほど服がかけられている。
髑髏が描かれたTシャツや、ダメージジーンズや、フリルたくさんの白いパニエや、義姉が好きそうなお姫様のような装いのワンピース等々。
展覧会のように、ところ狭しと服がこの部屋にある。
「どワーッ!!! み、み、みみ、見た?」
「洋服部屋を、ですか?」
「……中に、絶対入るな」
「分かりました。約束します」
誰にでも知られたくない、プライベートな部分はあるだろう。他人のプライバシーを暴くほど、キースは無粋でも無神経でもない。
ルータスも分かっているのか、小さく首肯するだけであった。
この男は自分と同じ傷を、負っているように思う。
他人からしたら「最低限」で「当たり前」の家族の形を、知らない。
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