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0章
13夜 Maybe navy baby中編
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数ヶ月間キースはみっちりと、いつきやルータスに訓練された。
朝日と共に目覚めて走り込みをし、魔体の持続時間を一分一秒でも長くする為魔力のコントロールを覚え、魔体の拳で岩をも割り、魔術もこの短期間で中級魔術も修得した。
今日は世界保安団採用試験の中でも、難関と言われている実地試験の日だ。
(晴れて良かったな)
晴れ渡った、青い空。眩しい、日差し。
絶好の試験日和だ。
正確には今日から数日間、割り当てられた試験場所へと行く。
キースは地図帳を開きながら、眉をしかめた。
フェキュイルの街より、遥か南。
小さな小さな点のような村が、キースの試験場らしい。
その村の名は、アリエノ村と言うらしい。
フェキュイル中央駅には、自分と同じ採用試験の受験生で溢れ返っている。
腕に環十字が描かれた腕章をつけている者は、すべて受験生だ。
それ以外の一般乗客は、採用試験だと認知しているのか
「頑張れよ!」
なんて鼓舞する者が、多い。
少なくとも、嫌な顔をしている人間は、見当たらない。
外部受験生でもすぐに覚えた、メンバーの二人が目に入った。
ユリウス リューエ。ブロンドの髪をした、小柄な体格の男子。体術試験は小回りの利を活かした、敏速な動きをしていた。
警戒心剥き出しの野良猫のような、吊り目が印象的だ。年齢はキースより、一個か二個下に見える。
射撃試験は、群を抜いて成績が良かった。構え方から水が流れるように綺麗で、この子は上手いのだと一目見て分かった。
周囲の士官学校の生徒も誇らしげにしていたことから、人望もあるのだろう。
昼食の時間は、一人でバターもジャムもついていないラウンドトップパンを齧っていた。みんなは母親に作って貰った、お弁当を食べている片隅でだ。
彼もまたキースと同じ「普通の家族」に、恵まれなかった人間なのだろう。
団長直直推薦のチュエンイ リージン。黄砂色の髪をした筋肉質で、よく日に焼けた肌をした色男。キースとは属するコミュニティや、善悪の判断基準も対極に当たる存在だろう。
筆記試験を早々に終わらせ開始二十分で退室した時は、試験会場の空気が澱んだ。
キースですら解くのに三十分はかかり、見直すのに十分はかかったと言うのに。
指定時間は、一教科一時間。チュエンイ リージンは、どの教科も即座に解いて会場を出て行った。
ニ教科目のテストに戻って来た彼からは、鼻をさす煙草の苦い匂いがした。
射撃試験はへっぴり腰で構え、的に命中させたのは五発中たった一発。それもほぼ縁きわきわの、最下点の位置だ。
天は二物を与えず。賢い知能を持っていても、射撃は駄目らしい。
そう思ったのも、束の間。
魔術の試験では上級魔術を魔力変換器なしに発動させて、試験官を驚愕させていた。
勉強も出来て魔術も、出来る。
団長の推薦も貰えると言うことは、コミュニケーション能力もあるのだろう。
「いたいた! おーい! レイバン!」
受験生の人波を掻き分け、白髪の混じった初老男性がこちらへ向かって来る。
腕に下げられたバスケットから、ガサゴソと動く音がした。猫でも中に居るのだろうか。
痩せ細った身体に、目尻の細かい皺。髪と同色のチョビ髭が、昔会った世界保安団兵を想起させた。
「俺だよ、俺。マグノーツ ベヴィンキー。お前さんの村で会った、世界保安団兵」
「あー! え!? え!?」
思わぬ再会に、キースの胸は高鳴った。
自分を覚えてくれていることが、純粋に嬉しい。
「痩せたからなぁ。分からなくても、無理はない。気にすんな。採用試験、最終試験まで残ったんだな。おめでとう」
マグノーツはそう言って、キースに小さなラッパを差し出した。笛にストラップがついた、子供用のラッパだ。
「なんですか? これ?」
「お守り変わりさ。俺は拳銃を渡したかったんだが、息子に反対されてな」
「はははは……」
マグノーツは、キースを力強く抱きしめた。
まるで、戦争に行く息子の無事を祈る父親のようだ。
「レイバン。偽なる心を、持て。己の直感を、信じろ。優しさを使う相手を、見誤るな」
「えっと、それはどういう……?」
「じき分かるさ。試験、頑張れよ」
マグノーツは言うだけ言って、雑踏の中へ消えて行った。
キースはグッと拳を、握った。
(マグノーツさんにお守り貰ったし、頑張らないと)
キースは予め買っておいた切符を、駅員に見せて入場する。
試験は、既に始まっているのだ。
モゾモゾと背中を、何かが這う感触がある。先程から、背中に視線を感じると思っていた。
虫でも止まっているのか? キースは背中に、手を伸ばした。それなりに、重量がある。虫より重く、犬猫よりは軽い。
「やだ、可愛い……」
「うさぎしゃんだ~!」
キースに好奇の目を向けているのは、女子供だ。
キースの手に収まっていたのは、ぬいぐるみそっくりの白いうさぎ。魔力を帯びた、魔獣とは違う存在。人語を理解し、魔術師に仕える高等な存在ーー使い魔だった。
「でぇええ!? 君、どこから来たの!?」
「……」
「えーと、俺はキース レイバン。君の名前は?」
「……」
使い魔の蒼い瞳は、虚空を見詰めるだけであった。
マグノーツと会うまでは、この子は居なかった。
キースは一か八か、ラッパを短く細い音で吹いた。
すると白いうさぎは地面を車輪のように、高速で転がり出した。
フェキュイル中央駅の天井を支える煉瓦の柱に、亀裂を走らせている。
「どワーッ! ストップ! ストップ! 壊さないで!」
しかし、使い魔のスピンは止まらない。
飼い主を下に見て、言うことを聞かない犬のようだ。
(もう一度、ラッパを吹くか? 今より激しく暴走したら、どうしよう?)
雑踏をも掻き消す、張りがあり色気のある端正な声が改札口に響いた。
「虚無、お座り」
するとたちまち、うさぎの使い魔は大人しくなった。
キースは顔を見上げて、声の主に礼を言った。
「ありがとう。リージン君」
「この子は、素人向きの使い魔じゃない。犬型にしなよ。同じ犬面だし」
チュエンイ リージンの吸い込まれそうな、紫水晶の瞳。
間近で見ると、迫力がある。自信に満ちた、霧一つない視線。
試験会場でも思ったが、初めて会った気がしない。
「あの、どこかで会いました?」
「古いナンパするねぇ、君。面白くない上に、ダサいの最悪だよ」
「そんなつもりじゃ……!」
虚無が、リージンに関節技を決め始めた。
リージンの肘が、子供が描いたような絵のように異次元を向いている。
「ヴァニタスちゃーん! やめたげて! リージン君、死んじゃうから!」
キースは真っ青になりつつ、虚無を必死にリージンから引き剥がした。
「こいつは、何人もの臓器を売り捌かせた人類悪。地獄に堕ちるべき、絶対悪。我々は、操られている。目を、覚ませ。人類よ、真実の門を今こそ開く時だ」
小さくも、はっきりと聞き取れる声。ダイヤモンドを打ちつけた時のように、強固な意志を感じた。
息継ぎもせず、アクセントも置かない可憐な声。
キースの胸は、夜の森のこだまのようにざわめいた。
「思想、強ッ!! てか、初台詞それでいいの!?」
ぽ~! 列車の汽笛の音が、鳴った。キースが乗る、九番乗り場の方からだ。
キースは虚無を抱えて、階段を登り始めた。
*
列車を乗り継ぎすること、数回。最寄り駅のアリエノ駅に着いた。
時刻は昼の日差しが、一番強いティータイム前。
昼食は列車内で、用意したサンドイッチを食べた。
虚無にもサンドイッチを一切れあげたのだが、草食動物型の使い魔に似合わずカツサンドをペロリと平らげたのだった。
「はは……」
風が吹くだけでも倒壊しそうな、オンボロ駅でキースは乾いた笑みを浮かべてしまった。
見渡す限りの畑。図書館も、賭場も、酒場もない。人間が住んでいるのが、不思議な場所だ。田舎度合いで言えば、マーグヌス・マル村と良い勝負だろう。
駅の前には村人数十人が待ち構えており、花束を頭にかけられ果物を手渡され、首には手作りのビーズネックレスがかけられた。
「どうも、お世話になります。キース レイバンです。あの、教会はどちらに?」
「教会? そんなもん、とっくに潰れたワ。今はネズミと虫しか住んでないわよ」
「ばあちゃん。それは、讃神崇栄教のだよ。お兄さんは、世界保安団の教会だよ」
「ああ! あのボロ教会かい」
どっちにしろ、ボロいんかい! キースは、その言葉を胃液で溶かした。
「ああ、もう着いたんだね」
朗らかで優しい声が、風に流れた。
世界保安団の腕章をつけた、青年が笑顔で微笑んでいる。
金砂の髪に、アプリコットブラウンの瞳、中肉中背な体格。背は、ヴェノムと同じくらいに見える。
「初めまして。お世話になります。キース レイバンです」
「あ、うん。聞いてるから、大丈夫だよ。教会を、案内しよう。まぁ要塞教会に比べたら、狭いし案内するところないんだけどね」
キースの中で、疑念の小さな雲が埋もれた。
虚無が、ノートに文字を書いている。ノートの表紙には、瞳の大きな忍装束を着た女の子が描かれている。
【スペルビア ティミッド。親の七光野郎。権利で採用試験に、受かった無能デク野郎。己の無能故に幸せを掴めず、有能な人間や幸せな人間が許せない。悪口だけは、一丁前。お母様がお乳を吸わせた口は、娼婦の乳と股を舐め回している。娼婦は裏で『細客態度デカ口臭くさ男』と、悪口を言っている】
と、書かれたメモをキースに渡した。
「やめたげてよぉ!」
そんなことを話している内に、アリエノ教会に着いた。
アリエノ教会は棟が一つだけ。馬小屋や、畑の方が面積が広い。
規模は要塞教会の十分の一にも、満たないだろう。
教会内の硝子は割れ、壁の煉瓦は欠け、階段の隅には埃が溜まっている。
スペルビアは郵便受けに溜まった町民からの手紙を、ゴミ箱に一掃した。
「その手紙……」
「いいんだよ。愚痴か、人生相談か、掃除のお誘いなんだからさ。世界保安団からのは、ちゃんと読んでるし」
キースは「そうなんですね」と、何処にもアクセントを置かない不思議な発音の声しか出せなかった。
(暴言を吐く訳でもないし、悪い人ではないと思うんだけど)
引っ掛かりを言語化出来ないモヤモヤを抱えたまま、スピルビアの後に続くキース。
こんな田舎ならば、事件など起きないのであろう。
自分で仕事を見つけるのも、仕事の内だ。
先輩から学ぶことは、多少なりともある筈。
「業務は、どんなことするんですか?」
「定時までぼんやりするけど、仕事してる風の面を作ることだよ」
あ。ダメだ。この人……。
キースは能面のような、真顔しか作れなかった。
朝日と共に目覚めて走り込みをし、魔体の持続時間を一分一秒でも長くする為魔力のコントロールを覚え、魔体の拳で岩をも割り、魔術もこの短期間で中級魔術も修得した。
今日は世界保安団採用試験の中でも、難関と言われている実地試験の日だ。
(晴れて良かったな)
晴れ渡った、青い空。眩しい、日差し。
絶好の試験日和だ。
正確には今日から数日間、割り当てられた試験場所へと行く。
キースは地図帳を開きながら、眉をしかめた。
フェキュイルの街より、遥か南。
小さな小さな点のような村が、キースの試験場らしい。
その村の名は、アリエノ村と言うらしい。
フェキュイル中央駅には、自分と同じ採用試験の受験生で溢れ返っている。
腕に環十字が描かれた腕章をつけている者は、すべて受験生だ。
それ以外の一般乗客は、採用試験だと認知しているのか
「頑張れよ!」
なんて鼓舞する者が、多い。
少なくとも、嫌な顔をしている人間は、見当たらない。
外部受験生でもすぐに覚えた、メンバーの二人が目に入った。
ユリウス リューエ。ブロンドの髪をした、小柄な体格の男子。体術試験は小回りの利を活かした、敏速な動きをしていた。
警戒心剥き出しの野良猫のような、吊り目が印象的だ。年齢はキースより、一個か二個下に見える。
射撃試験は、群を抜いて成績が良かった。構え方から水が流れるように綺麗で、この子は上手いのだと一目見て分かった。
周囲の士官学校の生徒も誇らしげにしていたことから、人望もあるのだろう。
昼食の時間は、一人でバターもジャムもついていないラウンドトップパンを齧っていた。みんなは母親に作って貰った、お弁当を食べている片隅でだ。
彼もまたキースと同じ「普通の家族」に、恵まれなかった人間なのだろう。
団長直直推薦のチュエンイ リージン。黄砂色の髪をした筋肉質で、よく日に焼けた肌をした色男。キースとは属するコミュニティや、善悪の判断基準も対極に当たる存在だろう。
筆記試験を早々に終わらせ開始二十分で退室した時は、試験会場の空気が澱んだ。
キースですら解くのに三十分はかかり、見直すのに十分はかかったと言うのに。
指定時間は、一教科一時間。チュエンイ リージンは、どの教科も即座に解いて会場を出て行った。
ニ教科目のテストに戻って来た彼からは、鼻をさす煙草の苦い匂いがした。
射撃試験はへっぴり腰で構え、的に命中させたのは五発中たった一発。それもほぼ縁きわきわの、最下点の位置だ。
天は二物を与えず。賢い知能を持っていても、射撃は駄目らしい。
そう思ったのも、束の間。
魔術の試験では上級魔術を魔力変換器なしに発動させて、試験官を驚愕させていた。
勉強も出来て魔術も、出来る。
団長の推薦も貰えると言うことは、コミュニケーション能力もあるのだろう。
「いたいた! おーい! レイバン!」
受験生の人波を掻き分け、白髪の混じった初老男性がこちらへ向かって来る。
腕に下げられたバスケットから、ガサゴソと動く音がした。猫でも中に居るのだろうか。
痩せ細った身体に、目尻の細かい皺。髪と同色のチョビ髭が、昔会った世界保安団兵を想起させた。
「俺だよ、俺。マグノーツ ベヴィンキー。お前さんの村で会った、世界保安団兵」
「あー! え!? え!?」
思わぬ再会に、キースの胸は高鳴った。
自分を覚えてくれていることが、純粋に嬉しい。
「痩せたからなぁ。分からなくても、無理はない。気にすんな。採用試験、最終試験まで残ったんだな。おめでとう」
マグノーツはそう言って、キースに小さなラッパを差し出した。笛にストラップがついた、子供用のラッパだ。
「なんですか? これ?」
「お守り変わりさ。俺は拳銃を渡したかったんだが、息子に反対されてな」
「はははは……」
マグノーツは、キースを力強く抱きしめた。
まるで、戦争に行く息子の無事を祈る父親のようだ。
「レイバン。偽なる心を、持て。己の直感を、信じろ。優しさを使う相手を、見誤るな」
「えっと、それはどういう……?」
「じき分かるさ。試験、頑張れよ」
マグノーツは言うだけ言って、雑踏の中へ消えて行った。
キースはグッと拳を、握った。
(マグノーツさんにお守り貰ったし、頑張らないと)
キースは予め買っておいた切符を、駅員に見せて入場する。
試験は、既に始まっているのだ。
モゾモゾと背中を、何かが這う感触がある。先程から、背中に視線を感じると思っていた。
虫でも止まっているのか? キースは背中に、手を伸ばした。それなりに、重量がある。虫より重く、犬猫よりは軽い。
「やだ、可愛い……」
「うさぎしゃんだ~!」
キースに好奇の目を向けているのは、女子供だ。
キースの手に収まっていたのは、ぬいぐるみそっくりの白いうさぎ。魔力を帯びた、魔獣とは違う存在。人語を理解し、魔術師に仕える高等な存在ーー使い魔だった。
「でぇええ!? 君、どこから来たの!?」
「……」
「えーと、俺はキース レイバン。君の名前は?」
「……」
使い魔の蒼い瞳は、虚空を見詰めるだけであった。
マグノーツと会うまでは、この子は居なかった。
キースは一か八か、ラッパを短く細い音で吹いた。
すると白いうさぎは地面を車輪のように、高速で転がり出した。
フェキュイル中央駅の天井を支える煉瓦の柱に、亀裂を走らせている。
「どワーッ! ストップ! ストップ! 壊さないで!」
しかし、使い魔のスピンは止まらない。
飼い主を下に見て、言うことを聞かない犬のようだ。
(もう一度、ラッパを吹くか? 今より激しく暴走したら、どうしよう?)
雑踏をも掻き消す、張りがあり色気のある端正な声が改札口に響いた。
「虚無、お座り」
するとたちまち、うさぎの使い魔は大人しくなった。
キースは顔を見上げて、声の主に礼を言った。
「ありがとう。リージン君」
「この子は、素人向きの使い魔じゃない。犬型にしなよ。同じ犬面だし」
チュエンイ リージンの吸い込まれそうな、紫水晶の瞳。
間近で見ると、迫力がある。自信に満ちた、霧一つない視線。
試験会場でも思ったが、初めて会った気がしない。
「あの、どこかで会いました?」
「古いナンパするねぇ、君。面白くない上に、ダサいの最悪だよ」
「そんなつもりじゃ……!」
虚無が、リージンに関節技を決め始めた。
リージンの肘が、子供が描いたような絵のように異次元を向いている。
「ヴァニタスちゃーん! やめたげて! リージン君、死んじゃうから!」
キースは真っ青になりつつ、虚無を必死にリージンから引き剥がした。
「こいつは、何人もの臓器を売り捌かせた人類悪。地獄に堕ちるべき、絶対悪。我々は、操られている。目を、覚ませ。人類よ、真実の門を今こそ開く時だ」
小さくも、はっきりと聞き取れる声。ダイヤモンドを打ちつけた時のように、強固な意志を感じた。
息継ぎもせず、アクセントも置かない可憐な声。
キースの胸は、夜の森のこだまのようにざわめいた。
「思想、強ッ!! てか、初台詞それでいいの!?」
ぽ~! 列車の汽笛の音が、鳴った。キースが乗る、九番乗り場の方からだ。
キースは虚無を抱えて、階段を登り始めた。
*
列車を乗り継ぎすること、数回。最寄り駅のアリエノ駅に着いた。
時刻は昼の日差しが、一番強いティータイム前。
昼食は列車内で、用意したサンドイッチを食べた。
虚無にもサンドイッチを一切れあげたのだが、草食動物型の使い魔に似合わずカツサンドをペロリと平らげたのだった。
「はは……」
風が吹くだけでも倒壊しそうな、オンボロ駅でキースは乾いた笑みを浮かべてしまった。
見渡す限りの畑。図書館も、賭場も、酒場もない。人間が住んでいるのが、不思議な場所だ。田舎度合いで言えば、マーグヌス・マル村と良い勝負だろう。
駅の前には村人数十人が待ち構えており、花束を頭にかけられ果物を手渡され、首には手作りのビーズネックレスがかけられた。
「どうも、お世話になります。キース レイバンです。あの、教会はどちらに?」
「教会? そんなもん、とっくに潰れたワ。今はネズミと虫しか住んでないわよ」
「ばあちゃん。それは、讃神崇栄教のだよ。お兄さんは、世界保安団の教会だよ」
「ああ! あのボロ教会かい」
どっちにしろ、ボロいんかい! キースは、その言葉を胃液で溶かした。
「ああ、もう着いたんだね」
朗らかで優しい声が、風に流れた。
世界保安団の腕章をつけた、青年が笑顔で微笑んでいる。
金砂の髪に、アプリコットブラウンの瞳、中肉中背な体格。背は、ヴェノムと同じくらいに見える。
「初めまして。お世話になります。キース レイバンです」
「あ、うん。聞いてるから、大丈夫だよ。教会を、案内しよう。まぁ要塞教会に比べたら、狭いし案内するところないんだけどね」
キースの中で、疑念の小さな雲が埋もれた。
虚無が、ノートに文字を書いている。ノートの表紙には、瞳の大きな忍装束を着た女の子が描かれている。
【スペルビア ティミッド。親の七光野郎。権利で採用試験に、受かった無能デク野郎。己の無能故に幸せを掴めず、有能な人間や幸せな人間が許せない。悪口だけは、一丁前。お母様がお乳を吸わせた口は、娼婦の乳と股を舐め回している。娼婦は裏で『細客態度デカ口臭くさ男』と、悪口を言っている】
と、書かれたメモをキースに渡した。
「やめたげてよぉ!」
そんなことを話している内に、アリエノ教会に着いた。
アリエノ教会は棟が一つだけ。馬小屋や、畑の方が面積が広い。
規模は要塞教会の十分の一にも、満たないだろう。
教会内の硝子は割れ、壁の煉瓦は欠け、階段の隅には埃が溜まっている。
スペルビアは郵便受けに溜まった町民からの手紙を、ゴミ箱に一掃した。
「その手紙……」
「いいんだよ。愚痴か、人生相談か、掃除のお誘いなんだからさ。世界保安団からのは、ちゃんと読んでるし」
キースは「そうなんですね」と、何処にもアクセントを置かない不思議な発音の声しか出せなかった。
(暴言を吐く訳でもないし、悪い人ではないと思うんだけど)
引っ掛かりを言語化出来ないモヤモヤを抱えたまま、スピルビアの後に続くキース。
こんな田舎ならば、事件など起きないのであろう。
自分で仕事を見つけるのも、仕事の内だ。
先輩から学ぶことは、多少なりともある筈。
「業務は、どんなことするんですか?」
「定時までぼんやりするけど、仕事してる風の面を作ることだよ」
あ。ダメだ。この人……。
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