Biblio Take

麻田麻尋

文字の大きさ
21 / 37
1章

15夜 己の為に鳴らす、鐘

しおりを挟む
 いつきはアイマヒュリーにより、椅子に縛りつけられて目隠しまでされている。まるで今から拷問される、捕虜のようだ。
「やめてあげて下さい!」
「あ゛!? なんて?」
 キースは助けに入ろうとしたが、アイマヒュリーの剣幕に怯んでしまった。
 目が特務以上に光がなく、ただならぬ殺気がこの部屋に充満している。
喧騒の音をかき消すように、事務所の扉がノックされた。
 ルータスが「どうぞー」と声を掛けた直後に、扉が開かれた。
 鷹のように鋭い眼光の、自分と同じ式典服を着た少女が姿を現した。
 短く切り揃えた鳶色の髪が、ふわりと揺れる。清涼感のあるシトラスの香りが、キースの心臓にまで届く。
 体つきは竹のようにしなやかで、生命力が満ち溢れている。
 その姿は、子供の頃の幼馴染の面影がある。
「え……キャロライン?」
 だけれど、そんな訳がない。彼女は、マーグヌス マル村の魔獣襲撃で、キャロラインは亡くなったものとばかり思っていた。
「そうよ。久しぶりね。キース」
 キャロラインは、にこりと微笑んだ。
 変わらぬ明るくしたたかな表情に、キースの肩の力が抜けた。
 キースはキャロラインが差し伸ばした手を取り、ギュッと握手した。
「久しぶりだね。あの……その、魔獣襲撃事件あったよね? あの中を、生き延びたの?」
「親戚の家に行ってて、難を逃れたのよ。お母様のこと、お悔やみ申し上げます」
 キャロラインは、深々と頭を下げて黙祷を捧げた。
「えっと、あ、ありがとう」
 一連の所作が洗練されていて、手慣れている。
 まるで何度も、そうして来たようだ。
 アイマヒュリーの気がキャロラインに逸れている内に、いつきはそそくさと縄から抜け出した。
 キャロラインやキースの質問がタイムが、始まる。
 好きな食べ物や趣味等の、他愛のない内容ばかりだ。
 キャロラインは、昔と変わらず身体を動かすことと猫が好きらしい。
 外で出会った猫の写真を、日記につけているらしい。忠実な人間だ。
 談笑を掻き消すように、艶のある滑らかな声が響き渡った。
「おぁざ~す! 新しく入りました~。リージンです。よろしくおなしゃ~す」
 キースは思わず、声を上げそうになった。
 チュエンイの服装はどう見ても、寝巻きのTシャツにハーフパンツだったのだ。
 いつきが、小さく咳払いをする。
「リージン。式典服に着替えてから、事務所来いよ。仕事を始められる格好で、事務所に着くもんだぞ」
「式典服なんて、買ってませんけど」
「……はい?」
「だって四千フェルカも、するじゃないっすか。続くかも分かんないし、給料だって高くないのに。俺に働いて欲しいから、採用したんですよね? なら式典服も無償提供するのが、筋ってもんじゃないですか?」
 何言ってんだ……? コイツ。
 事務所に居る全員が、そう言いたげにチュエンイを見るが口に出せる者は居ない。
 今度は山一つ吹き飛ばせそうなくらい、大きく咳払いをするいつき。
「今日は俺の予備貸してやるから、給料入ったら絶対買え。つか、給料から引いとく」
 チュエンイは「えー!」と不平不満の声を上げたが、いつきの笑顔で黙りこくった。
 笑顔なのに目が笑っておらず、彼の纏うオーラは般若のよう。
 キースとキャロラインは、背中に冷たい突風が当たった時のように身震いした。
 チュエンイはヘラヘラ笑っていて、肝が据わった奴だと思う。
 いつきは自身のロッカーを開け、式典服の予備を取り出した。
 そのまま式典服を事務机に乗せ、手早く炭火式アイロンをかける。じゅくじゅくと音を立て、水蒸気は龍のように天井へ登っている。
 流れるような手つきで、日頃からアイロンをきちんとかけているのが分かる動きだ。
 キャロラインが意外そうに、目を瞬いた。
「男が、アイロンかけるの珍しいか?」
「大和皇国の男性は世界一家事をしないし、アイロンがけ出来ない方も多い。と、聞いたので」
「あー、確かになぁ。自分のことは、自分でする主義なんだよ。そうしたら、物にも愛着湧くしな」
 いつきの発言にアイマヒュリーは、鼻を高くした。
「隊長はとても器用なんだから、敬いなさいよ~? 手品も得意だし、なんでも直せるし!」
「縛ってましたよね?」
「それはそれ。これは、これ」
 あっけらかんと、言い切るアイマヒュリー。神経が、太い女だ。きっと、長生きするだろう。
 和気藹々とした雰囲気の中なのに、キースは心臓を掻き混ぜられた上で粉砕されたような気分だった。
 彼の心的外傷トラウマが、刺激された。
(大丈夫だ……アレは、ただの道具だ。アレで俺を傷付ける人は、ここには居ない)
 チュエンイは、事務机に向かって歩き出した。
 炭火式アイロンの取っ手に手をかけ、ドライバーでみるみる内に分解していく。
 炭火式アイロンが、ただの鉄の塊になっていく。
 チュエンイは
「こんな道具を、怖がってどうするんだ」と説教もしなければ、
「怖くないよ、大丈夫だから」と偽善者めいたパフォーマンスもしない。
「隊長~。アイロンの原理気になったから分解しちゃったけど、直すのダルいんでやって貰っていいスか?」
 ルータスは耳まで赤くして、今にも殴りかかりそうな勢いだ。
 アイマヒュリーが慌てて宥めて、怒りを鎮める様子は猛獣そのものだ。
 キャロラインは、分からないのであろう。
チュエンイが突然、炭火式アイロンの分解を始めたことも。自分がやったことなのに、他人に後処理を任せようとする我儘っぷりも。
 彼女も嫌悪感を、露わにしている。
 チュエンイは救いの手を差し伸べる割に、礼も賛辞も求めない。
(一見筋が、通ってない行動だけど……彼のこと知れば、分かる気がする)







 その後。チュエンイは、いつきの式典服の予備に身を包んだ。
 無事に三人は入団式が行われる響世シンフォニー ムンドゥスホールに、来ている。
 今期入団生は、全部隊合わせて千人近く。
 鮨詰め状態のホールを、キースは見渡す。年齢も、髪の色も、瞳の色も、肌の色も十人十色。
 魔獣退治部隊や魔科学班は、変わった髪や瞳の色の人間がとても多い。
 自然では、有り得ない色の同僚たち。
 こんなにも、強い魔力を持った人間が居るのか……。
 キースは、思わず息を呑んだ。
 全部隊統括者が、祝辞を読み上げている。
 シュッとした端正な顔をした、ブロンドの四十路の男だ。
 清潔感言う言葉が服を着て歩いているような存在で、今期入団生の女子達は
「イケおじじゃん」
「超タイプ」
「結婚してるのかな?」
などと、小声で会話している。
 壁際に立って祝辞を聞いていたいつきが、びくりと肩を震わせた。
 いつきは、ホールの天井の窓ガラスを見ている。
 虫でも居るのか? とキースも天井を見上げるが、遠過ぎて何も見えない。
 いつきは小さく頭を下げ、ホールを後にした。







 いつも賑わっている中庭が、今はいつきと人型のペーパークラフトしか居ない。
 ベンチに腰を掛ける恋人達も、ラウンドテーブルに新聞を広げる特殊部隊の刑事も、煙草を吸いに来るコックも。誰一人居ないのは、少しおぞましさがある。
 ペーパークラフトはちまちまといつきの方へ歩み寄り、映像再生魔晶石ビデオ マギ  クリスタルを渡して来た。
「これは、糺破ただすわりからか?」
 ペーパークラフトもとい、糺破ただすわりの家紋が入った式神は小さく頷く。
 大和皇国の、西の地域一番の魔術師。
 妖と魔力を操る家であり、いつきが、仕えている家でもある。
 いつきは映像再生魔晶石ビデオ マギ クリスタルに、小さく触れた。
 この道具は魔力認証マギ スキャンを行い、魔力を持った人間にしか見れないように作られている。最先端の物では、四桁のパスコードを入力するものもあるらしい。
 柳の葉のような艶めかしい、髪色を一つに纏めた中年男性だった。年齢は、四十路の半ばから後半だろう。キース達の父親の世代だと、思われる。
躑躅の花のような瞳は、映像でしかないのに強烈に自身という存在を訴える力がある。
 とんでもない色男で、自分が女ならば放っておかないだろう。
「こんな人間、知らないぞ」
『分カリマシタデゴワス。ソウ報告スルヤンス。コノ男ノ名前ハ、覚エロ下サイヤガレ。男ハ泉井 終治イズミイ シュウジ。泉ニ井戸デ、泉井。終ワルニ、身体ヲ治スノ方ノ治スデシュウジ』
「キャラが、定まって無ねぇな。泉井なんて、魔術師の家あったか?」
『アリマセン。コノ名前ハ、魔術師ノ名前デゴザイマス。ホントウノナマエハ、ワカランチン』
 いつきは、頭を掻く。
 わざわざ大和皇国から、式神を飛ばして来たのだ。余程の用事が、あるのだろう。
『ソイツハ、大事ナ魔導器具スーパー マギ マシンヲ奪イマシタ。下手人デス。フェキュイル市国二、亡命シヤガリマシタ。見ツケ次第、殺シテ下サイ』
 魔導器具スーパー マギ マシンは、大気中の魔力を扱う器具である。
 不安定な魔力を安定させたり、魔力が少ない地帯に魔力を補充したり等することが大衆向けの役目。
 軍事用だと魔力周波数で索敵をしたり、分速数百発の魔弾攻撃をするものもある。
「法治国家で、殺人なんか出来るか」
『何ヲ仰イマスカ。大和一ノ、殺人鬼様ガ』
「おーおー。いきなり流暢に、話しやがって」
『魔術師様ノ方ガ、宜シイデスカ?』
 いつきは、ふっと短く勢いのある勢いのある息を吐いた。まるでバースデーケーキの蝋燭を、消すかのように。
「そうね。魔術師様で、頼むわ。坊や~。良い子だ、ねんねしな~」
 式神は跡形もなく、大気中の魔力に還って行った。
 いつきが響世シンフォニー ムンドゥスホールへと、戻ろうとしたその時。
 茂みが、わずかに動いた。
 いつきは霧一つない顔で、対魔獣用回転式拳銃「ローダンセ ロンド」を、構える。
 相手がどんな人間であろうと、始末するしかない。あんな会話を、聞かれた以上には。
「ンナァーウ」
 真っ白な雪のような、毛並みをした猫が自身の手を舐めている。
 サイレントブルーの首輪をしていることから、飼い猫だろう。
 世界保安団の中庭は、猫のお散歩スポットでも有名なのだ。
「なんだ、猫ちゃんか~。あんまり、見ない顔だねぇ。お家、帰りなよ。飼い主、心配してるよ。猫ちゃん、どこ行ったのかしら~?ってね」
 猫は踵を返して、去って行く。ゆらゆら揺れる尻尾が見えなくなるまで、見送るいつき。
「隊長! どこ行ってたんですか!?」
 アイマヒュリーが、いつきの腕を引っ張る。
「あー。うんこ」
「先に、行っときなさいよ! 大変なんですから!」
「ギンに、小言言われたのか?」
「ちゃうわ! それもありますけど……リージン君が、どっか行って」
「は……?」
「なんか『みんな当たり前の事しか言わないし、ダルいんで煙草吸ってきま~す』って、レイバン君達に言ったらしくて」
「あーいーつー」
 軽薄な笑顔で言ってる姿が、容易に想像出来た。
「喫煙所に居ないし、隊長は戻って来ないし……」
「悪かったよ」
「今は聞きませんけど。いつかその時が来たら、聞きますからね」
 アイマヒュリーはいつきの腕を引っ張り、ホールへと向かう。
「俺、リージン探しに行くけど?」
「アレは、帰ってますね。アリベルト隊長に、適当に誤魔化してくれません?
『隊長っち~へ! ちょりーっす! ぽんぽんペインだから、帰りま~す!』つって、帰ったとか」
「そこまで、アホじゃねぇだろ……」
「うちに来る時点で、アホでしょ」
「違いねぇわ」
 いつきとアイマヒュリーは、二人して笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...