Biblio Take

麻田麻尋

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1章

16夜 Wear out Glass Slippers.

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 二時間程の入団式が、やっと終了した。一時間の昼休憩を挟み、今度は魔獣退治部隊のオリエンテーションを行うらしい。
 昼休憩は外に食べに行く者、持参した弁当を食べる者、そもそも食べない者で三者三様のようだ。
 キャロラインはパン屋に行くと言っていたし、いつきとルータスは魔獣退治部隊第一隊の隊長に呼び出しを食らっていたし、アイマヒュリーはダーリンと食べると言っていたし、同じ隊の学者っぽい眼鏡の長髪男性を食事に誘うも
「これからランチなんで、失礼します」と、何処かへ行ってしまった。自由人の集まりである。
 キースは革製折りたたみ財布を握り締め、要塞教会の大食堂へ向かった。
 世界保安団の食堂は一般市民にも解放していることでも有名で、安い早い美味いのキャッチコピーがついてる程だ。 
 大食堂の入り口のドアには、バスケット ボール部やブラスバンド部等々の勧誘ポスターのちらしが貼ってある。
 ドア横のイーゼルにはメニューが事細かに記されており、ウェイターのコメントは読んでいて面白い。
 大食堂の中はミッズガルズのホールの何十倍の面積があり、テーブル席とカウンター席がぎゅうぎゅうに敷き詰められている。
 そのテーブル達を埋め尽くす程の、世界保安団兵の数々。
 これは早めに席を取らないと、座れなくなってしまう。キースは窓際のカウンター席に座り、壁に貼られたメニュー表を見上げた。
 フライのプレートやミートソーススパゲッティやハンバーグ等のメジャーなものから、パッタイやタコス等の各地域の名物料理まである。
 使い魔用のメニューも、取り揃えてあるようだ。
 虚無ヴァニタスは、兎型のパンケーキに興味を示している。
 その中でもとりわけ異色を放っているのが「ローズちゃんの気まぐれご飯 野郎もお嬢ちゃんも、た~んと召し上がれ」と、書かれたものだ。
 これは、何が来るのだ? パン? ライス? パスタ?
 料金も五十フェルカと言う、ワンコインなのが非常に怪しい。
 そもそも料理がきちんと、運ばれて来るのか?
「おー。キースの旦那。いらっしゃーい。注文、決まった? 使い魔、可愛いじゃん」
 聞き覚えのある明朗な声の方へ振り返ると、
 見知った顔があった。
 漆のような黒い髪に、なんの特徴もない顔。
 今は童話に出て来そうな、可愛い熊のアップリケがついた緑のエプロンを着ている。
 首にはオーダー用の伝票、腰には黒いウェストポーチが装備されている。
「ヴェノムさん! 食堂で、働いてたんですか!?」
「まぁなー。特務あいつら、酷いんだぜ。衣食住保証するから、湿っぽい塔の最上階で生活しろ。言うんだぜ? 保護とか言ってるけど、軟禁だろ」
 塔だけ聞いても、キースにはピンと来ない。
 要塞教会は建物が全体的に古く、世間一般的に塔と呼ばれる建物は軽く五個は浮かぶのだ。
 見張り塔に、時計塔に、狙撃塔に、給水塔に、監獄塔に、魔導塔に……他にも沢山ある。
珍獣スペシャル プロテクターですもんね」
「喧しいわ。俺のポリシーは『働かざるもの食うべからず』なんだよ。市民の税金で、働かずして飯食えねーわ。って抗議したら、ここで働くことになったんだよ」
「そこだけは、偉いですね」
「だけって、なに!?」
「あ、ちょっと聞いても良いですか? この『ローズちゃんの気まぐれご飯 野郎もお嬢ちゃんも、た~んと召し上がれ』って、なんですか?」
「話逸れたなぁ。それはうちの料理長が、食べたいもんとか作りたいもん作るメニューだな。大体サラダ、スープ、メインディッシュ、ミニデザートがついてくるよ」
「え!? それで、この値段なんですか!? 安っ!」
「ローズちゃんからの、たっぷりな愛だぜ。
『みんな、お仕事お疲れさま~。生きてて、とぉっても、えらいわぁ~ん』ってな」
 やたらと上げ調子のイントネーションで話し、腰と腕を振るヴェノム。ローズの真似なのだろう。
「じゃあ『ローズちゃんの気まぐれご飯』と、うさぎさん使い魔用のパンケーキで」
「へい! かしこまりました~。
『ローズちゃんの気まぐれご飯』と、うさぎさん使い魔用パンケーキですね。合わせて、六十五フェルカでーす」
 注文を復唱して代金を伝えながら、ウェストポーチのファスナーを開けるヴェノム。
 ウェストポーチの中身は、釣り銭用の小銭ケースと、同じく釣り銭様の紙幣ケースらしい。
「先払いなんですね」
「じゃなきゃ、食い逃げする輩が居るからな。まぁそれを止める為の、ウェイターなんだけど」
「治安悪いですね」
「仕方ないだろ。色々な国の人種が居るし、帝国に恨みを持つ人間だって少なくねぇんだ。一番シンプルな解決方法は、暴力だぞ」
 帝国人は銃を携帯するが、フェキュイル市国民は銃を持ってはいけない。
 世界一犯罪が少ない国を運営するには、暴力のぼの要素もあってはいけないのだ。
 有名な諺だと思っていたのに、実際はそうではないらしい。
「もっとみんな、平和的思想なんだと思ってました」
「仕方ないだろ。人間が居るだけで、争いは起きるさ。じゃあ、ちょいと待っててくれや」
 ヴェノムは踵を返し、厨房へと向かって行く。
 まるで大きな争いを、経験したような眼差しだった。
(アレ? そう言えば、ヴェノムさんの国籍って聞いたことないな。王国人だと思っていたけど、帝国人なのかな? それにしては、帝国に関して他人事だったような……)







 五分と待たずして、食事が運ばれて来た。
「ローズちゃんの気まぐれご飯」の内容は、オニオンスープとコブサラダとミートボール入りのミートスパゲッティだった。
 兎型のパンケーキのうさぎさんは、チョコレートソースでウィンクが描かれている。
 この二つのメニューとは別で、兎型の持ち帰りクッキーまでついてきた。使い魔メニュー初回の特典らしい。
虚無ヴァニタスちゃん、食べていいよ。入団式大人しくしてて、偉かったねぇ」
 使い魔ですら大人しく出来たのに、帰った男が居ることは考えないでおこう。
 虚無ヴァニタスは、獣のように兎型パンケーキに齧り付いている。
「おいしいの? 良かったねぇ」
 虚無ヴァニタスの頭を撫でるも、その手を払い退けされてしまった。
「うさぎ様だなぁ……可愛い」
 キースはオニオンスープを啜りながら、窓の外を見てみた。
 窓を隔てた数メートル先のベンチに、キャロラインが男の子と話している。
 青みがかったグレーの髪に苔瑪瑙モスアゲートのような瞳をした、キース達より数個年下の男の子だ。
 男の子の手には、世界でも有名なロボットメーカーのプレゼンテーション冊子が握られている。
 キャロラインの表情を見るに、会話は弾んでいるようだ。
 二人の会話を切り裂くように、長身痩躯の男が現れた。
 キースの心臓が、脈打つ。
 ジャスティス物語で、ジャスティスの前に魔王が現れた時のような緊張が走る。
(あの後ろ姿……間違いない! フィデーリスだ! まさかキャロラインに、危害加えるつもりか!?)
 キースは虚無ヴァニタスにここで待つよう伝え、式典服の内ポケットにある新品の対魔獣用自動拳銃オートマチックコルト コンフリーを優しく撫でた。
 人に向けて撃つことはしないが、銃があると言うだけで強者になれた錯覚を覚える。
 このことをルータスに話すと
「バッカじゃないの。そう思う内は、銃なんかに頼るんじゃないよ。素手でライオン倒せるようになってから、銃を撃ちな」
そう言われた。
 素手でライオンを倒せたら、銃など必要ないだろうに。
 それくらいの強者になれ。と、言うことだろう。
 食堂を飛び出してベンチに着いた時には、タンザナイトも少年も居なかった。
 キャロラインが不思議そうに、首を傾げている。
「キース、どうしたの?」
「男の子は?」
「ムニメィ=リスィ君と、言うらしいわ」
「そうじゃなくって」
「任務に行く。と、言っていたわ。変よね、入団式なのに」
 ムニメィ=リスィ。その単語を、何処かで聞いた気がする。
「そうだね」
「どうして、そんなに怖い顔しているの?」
「それは」
 キースの言葉を探るように、鋭い複数の視線が突き刺さる。
 まるで獲物を狙う鷹のような、視線の数々だ。
「特務に狙われたことや存在を仄めかすことを話したら、首を切り落とされることになるわ」
ミモザの清涼な声で、再生された。
 キースは、やっとその意味が分かったのである。
(俺は生きているんじゃない。特務部隊に、生かされているんだ……!)
 キースは苦笑いしか、浮かべられなかった。
「き、キャロラインが、ナンパされてるのかと、思ってさ」
 我ながら、酷い言い訳である。一昔前のメロドラマのようで、キースの背骨は震え上がりそうだった。
「あら。そんな冗談言うように、なったのね。安心して。万能家事ロボットの解説を、聞いてただけよ」
 キャロラインは頬を染めることもなく、涼しい顔をして冗談で返して来た。
「へぇ。すごいロボットだった?」
「ええ。機械工学に詳しくない私でも、分かるように説明してくれたの。彼、頭が良いんだと思う」
「へぇ。そのリスィさんは、機械に詳しいんだ……アーっ!」
 ビクリと肩を跳ね上がらせ、怪訝そうにこちらを見上げるキャロライン。
 アリエノ村で、見つけた青いカードの持ち主だ。
(今度会ったら、渡そう。いや、特務部隊に行けば会えるのか?)
 そもそも特務部隊は、何処に本拠地を構えているのかも知らないが……。
 昼休憩が、あと二十分程で終わる。
 キースはキャロラインに手を振り、大食堂へと戻った。
 言葉通り流し込むように昼食を、胃の中へ入れて魔獣退治部隊専用棟へキースは向かった。







 魔獣退治部隊のオリエンテーションは、約三時間ほどであった。
 給与形態(基本給に魔獣を討伐した数が加算されるらしい。いつき曰く、半自営業に近い)、討伐する魔獣のランク分けの話とか、各隊の担当する警備地区の話とか、他教会からの応援要請の際の出撃も有るとか、書類の提出場所等々数多のことが一気に説明された。
 魔獣退治部隊専属支援隊は、新しい試みの隊らしい。
 魔獣を飼っているマフィア等による犯罪が増えつつある為、対策として隊を構えたらしい。
 魔獣で家族を亡くした人間の支援も、全ての人間に満足には出来ていないことから、そう言ったアフターケアもする要員らしい。
 いつきの奢りで、夕飯を食べに行くことになった。
 歓楽街付近のチェン国料理屋で、いつきの行きつけの店らしい。
 時計塔前に夕方六時集合なので、まだ時間はある。
 キースとキャロラインは荷物を置きに、寮室へと一旦戻ることにした。
 すっかり自分の家になりつつあるルータスとの寮室へ、スキップで向かうキース。
 三階へ続く階段に足をかけようとした、まさに一瞬の出来事だった。
 階上から、パンプスが舞い降りて来たのだ。
 コン、コン、コン、コンと一定のリズムで、落下してくるパンプス。
 まるでダイヤモンドを砕こうとした時のような音が、この世の全ての音を掻き消すように鳴り響いた。
 踊り場に現れるシルエットは、まるで氷細工の人形のような姫君のものだ。
 キースの右手の甲にある、心的外傷トラウマが言う。
「逃げろ。また傷を、負うぞ」
と。
「久しぶりね。何者にもなれない、誰かさん。今日は気分が良いから、お話に来たの」
 ゆっくりと、なまめかしくその聲はキースの耳を引き裂いた。
 小鳥の囀りのようでいて、子猫のおねだりのような艶めかしい声。
 この声を聞いただけで、男は彼女の支配下に置かれる。
 キースは舌を軽く噛み、意識を保つ。
「ピターリオ義姉さん……」
 
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