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麻田麻尋

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1章

19夜 私情100%な復讐

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「ところで、何かあったのか?」
 ジャスパーが、繁華街を行き交う特殊警察部隊の巡査達を見ながら言う。
 数多の特殊警察部隊の人間が、聞き込み調査や現場検証をしているのだ。
 時刻は集合時間である、夜六時の十五分前。
 繁華街だけあって、人通りは途絶えていない。
「確か不良少年達が、ホームレスを殺害したらしいですよ」
 野良犬が馬車に轢かれたくらいの軽さで、タンザナイトは言った。
 キースは唾を飲み込み、拳を固く握った。
「え? それ、大丈夫なん? シュツガイキンシレー出ない?」
「外出禁止令ですよ。問題は、その後のようです。その不良少年達を、何者かがボコボコにぶん殴ったそうです」
 まさに、自業自得ではないか。キースはざまあみやがれ。と見下した苦笑を、浮かべた。
「犯人は恐らく単独犯。しかし、誰もその人間を見ていないそうです。殴られた不良少年達も、全く記憶がない……と」
 タンザナイトの言葉を聞いて、みんな困惑や恐怖の感情を浮かべる。フォルフィー以外は。
記憶消去メモリア デリートの魔術か……」
 厄介だな。そう言いたげに、ジャスパーが相槌を打つ。
(他人の記憶を消す、魔術がある……!? 義姉さんが、言っていた人の心を操る魔術の類か?)
 他人の記憶に踏み入るなんて、そんなことしてはいけない。
 キースは強い忌避感を、感じた。
魔術痕マギア ソースは、検出しなかったの?」
 虚無ヴァニタスが、キースの上着のフードから顔をひょっこりと出した。
魔術痕マギア ソース?」
 キースの頭には、フライ料理にかけるソースが浮かんだ。
 フォルスィーも横で「揚げ物食いたい……」と、犬のように涎を垂らしている。
魔術痕マギア ソース魔術マギアを発動した際に、魔力から魔術に変換されるエネルギー反応や魔術式マギア フォーミュラのことをひっくるめて言うことが多いですね。どんな魔術マギアだって、魔力マギなしには発動しない。魔術痕マギア ソースを解析にかけて魔力を辿れば、術者が特定出来る。普通はね」
 タンザナイトが、辟易とした様子で言う。
 この男でも、そんな顔をするのか。少し意外だった。
「今回は、違う……?」
 ジャスパーの疑問に、タンザナイトは頷いた。
「そう。魔術痕マギア ソースが、一切検出されなかったそうです。そんなことは、有り得ないのに」
「殴られたショックで、頭イカれたんじゃね?」
「お前が、言うな」
 タズーが魔科学ロボットの専門書の角で、フォルスィーの頭を叩いた。
 ゴツン! と鈍い音が鳴り響き、見ているこちらまで痛くなって来る。
「少年達は『誰かに殴られたこと自体、覚えていない』んです。気が動転して、殴った人間の顔を覚えていないんじゃない。それも誰一人として。魔術マギアを使わないと出来ない芸当なのに、魔術痕マギア ソースがない」
 フォルスィーが、目を輝かせ始める。その顔は推理小説を読んでいて、事件が起きた時の自分のようだ。
「まさに、ぜんかん犯罪だな! 俺ら支援隊に、お任せあれ!」
「完全犯罪な。俺は副統括者のサポートしないとだから、お前らでやってくれ」
 笑顔こそ浮かべているが、ジャスパーの顔には「関わり合いたくねー」と書いてある。
「バンバン仕事振って、良いんじゃないんですか!?」
 キースは、思わずツッコミを入れた。
「つーか、タンザナイトさん詳しいな! 総務部って、噂好きなん?」
「はい。噂、大好きですよ」
 また人が良さそうな、仮面の笑みを浮かべるタンザナイト。
 ジャスパーが、彼の脇を肘で小突いた。
「嘘吐け。他人に、関心ない癖によ」
「まさか。常に他人様にどう思われてるか不安で、夜も眠れません」
 はっはっはっ。歯を見せて笑っているが、目は全く笑っていない。 
『貴方、対魔術師マギカ戦は、苦手よね』
 虚無ヴァニタスが、タンザナイト一点を見据えながら念話魔術テレパシーを送る。
『命じられたら、しますよ。仕事ですから』
『貴方じゃ、勝てない。今のうちに、爽乃の機嫌を取った方が良い。神力水テオス パワー ウォーター飲むとか、一緒にカルト宗教ダンス踊るとか、セミナー受けるとか』
『全部、宗教絡みじゃないですか。例の魔術師マギカも暗殺指令が下りたら、爽乃さんだって殺しますよ』
 虚無ヴァニタスは、サファイアのような瞳を閉じて、思考する。
 その間は人間の時間にして、わずかコンマ数秒。刹那の時間と、言えよう。
『多分……爽乃は私情でしか、仕事をしない』
『私情なんて、特務部隊には一番要りません。余り、見くびらないで下さい』
『違う……間違えた。あの娘が一番真価を発揮するのは、私情を挟んだ時』
『分かりましたよ。クッキーでも、作ります』
『絶対地雷だろうから、やめた方が良い。内臓引きずり出されても良いなら、止めない』
 手作りクッキーを渡すだけで、そんなことになるか……? 爽乃とは、幾度となく死戦を超えた仲だ。
 キースが不思議そうに、虚無ヴァニタスとタンザナイトを見つめている。
 念話魔術外外野からは、一人と一羽がずっと見つめ合っているように見えるだろう。
虚無ヴァニタスちゃん、フィデーリスさんみたいなのがタイプなの? やめた方が、良いよ。性格わるーー痛い痛い痛い!!」
 虚無ヴァニタスはキースのフードから飛び出して、キースの耳を噛み千切る勢いで歯を立てた。
「今のは、レイバンが悪いな」
「お前、乙女心ベンキョーした方が良いぜ」
「お前だけは、言うなや」
「酷くね!?」
 こんな状況で、外出して大丈夫なのだろうか? キースは不安で、胸が締め付けられた。
「外出の件は、大丈夫かと。預言者プロペーターが、これ以上何も起きない。と、言ってますので」
 タンザナイトの発言に、タズーが聞かせるように咳払いした。
「そいつ、ペテン師なのでは? 預言能力があるなら、事前に事件が起きる。って、なんで言わないんですか? 未来が視えるのに?」
 言い方は兎に角、言いたいことは分かる。
 他人の不安に付け込んで金儲けしてるようには思うし、その力がそもそもあるのかどうかが疑わしい。
「大丈夫です」
 タンザナイトの視線は、確信があった。
 そんなことを話している内に、ルータスを始め支援隊のメンバーが集結した。
 チュエンイは、十五分程遅刻してやって来たのである。キースの予想通りだった。







 午後六時十五分。
 世界保安団要塞教会の深部ーー別名リバース フォートレス エックレーシア。
 この場所は、世界保安団の裏側である。
 魔力認証マギ スキャンが通った人間しか、裏側へは入れない。
 認証されてない人間にとっては、ただの封鎖された古い塔でしかない。
 不潔極まりなく、人間が寄りつかないのが表の顔だ。
 黒と白で統一された、建物。この塔は、皿から照明に至るまでモノクロ調のものしか置かれていない。
 極め付けに、黒と白のブロックチェックの壁と床。
 まるで自分達が、遊戯の駒のように見立てられているようだ。
 咳一つはばかられる、厳かな廊下に足音が鳴り響いた。
 男物の革靴の、音。革靴は、いつも清潔に保たれている。持ち主の手を、汚さずして。
 今日も、あの情報屋の所へ行ったのだろう。
「やぁ。ご機嫌いかがかな?」
 清潔が服を着て歩いているような、今代の全部隊統括者が微笑みかけて来た。
 近くで見ると、目元のちりめん皺や白髪が目立つ。
 いくら清潔に保っていようが、加齢による粗は誤魔化せない。
「貴方の面を拝んだから、最悪です。挨拶とか建前とか要らないので、要件を言ってください」
 対する爽乃は、毛虫でも見たかのような顔つきだ。
「誰のおかげで、のし上がれたと思っている。口は慎めよ」
「そうですね。十ニ年前は、お世話になりました。妊娠中の奥様の代わりに、たくさん可愛がって下さったおかげです。今の奥様は、床上手みたいですね。それとも、別の性処理児童お気に入りを見つけたんですか? 爽乃、寂しい」
 わざとらしく、涙目を作ってみせる爽乃。
 全部隊統括者は、聞かせるように舌打ちをした。
「不法入国の大和皇国人を殺すのと、鈴星 いつきを殺すのを選べ。二つに一つだ。拒否権は、ない」
「まどろっこしい言い方を、やめろって言ってるんです。不法入国の大和皇国人って、泉井 終治ですよね? 嫌です。負ける戦いは、しない主義なんです」
「鈴星 いつきなら、勝てるか?」
「え、勝てませんけど。泉井 終治の方が、勝算はまだあります」
 馬鹿みたいな質問を、しないでくれますか? そう言いたげに、爽乃は全部隊統括者を睨みつける。
「拒否権はない。と、言った筈だ」
 全部隊統括者が、目に見えて苛ついている。
 何度躾けても、クッションを噛み千切る犬を見るような視線だ。
 爽乃は、全部隊統括者の胸に抱き付いた。
 痩せ細った、胸板。風が吹けば、吹き飛んでしまいそうなくらい痩せ細った身体。
 十ニ年前とは、違う。自分も、この男も。
「もう、嫌なんです。こんなことを、するの」
 爽乃はほんの数パーセントの、本音を吐露してみせる。
「それが、仕事だ。不運だった。と思って、諦めろ。家もなく、職もなく、食べ物に困っている人間だっている。そいつらより、貴様はマシだ」
 冷徹な、眼差し。自分が言っていることは、いつも正論で世の掟だと思っている瞳だ。
「私が殺せるのは、私のことを見てくれない人です。意味、分かります?」
 これは、嘘偽りない百パーセントの本音。
「き……さま」
 全部隊統括者の心臓に、短剣ダガーが突き刺さる。
 打楽器でリズムを刻むように、躊躇なくダガーで心臓を抜き差しする爽乃。
 その瞳は快楽に溺れた訳でもなく、復讐に燃えている訳でもない。
 これから自分がすべきことを、考えている瞳だ。
「命令通り、きちんと殺しましたよ。事後処理は、お任せしますね。これも預言者プロペーターが、視た未来の一つですか?」
 死体に目もくれず、後ろも振り返らない爽乃。
 後ろに居るのは、怪物だ。自分が、適う相手ではない。
 ならば、可愛がって貰わなければ。それが、一番の延命治療だ。
 見て欲しいのは、可愛い姿。
 見られたくないのは、ありのままの姿。
 知られたくないのは、間でもがき抵抗をする姿。
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