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麻田麻尋

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1章

18夜 想像力と倫理観は、イコールにならない

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 それは「喧嘩」と言う言葉を使うには、余りにも不平等であった。
 ロックによる、一方的な私刑リンチ
 一言で言うなれば、ロックはとても強かったのだ。
 一切の隙がなく、パンチもキックも鋭さと重みがある。
 非行少年達のパンチとキックは、幼児が手足を振り回しているのと同じレベルに見える程だった。
 非行少年達は、全身の骨をやられたのであろう。
 立ち上がるどころか、呼吸すらままなっていない。
 息を吸うだけなのに、突き刺すような肺と肋の痛みがあるに違いない。
「ケーサツ呼ぶぞ! おっさん! ぶっ殺すからな!」
 幼い顔に派手な化粧を施した、一人の少女が吠える。
 そんな彼女の後に続いて、同じような化粧を施し派手な服を着ている少女達も口々に
「慰謝料、払えよ! きめぇんだよ! 死ね!」だの「アタシの親父、有名な政治家だから! お前なんか消せるぞ!」だの思いつくがままに好き放題言っている。
 ロックなりの道徳心で、女には手を上げていなかっただけに過ぎない。
 この女の子達は、自分の道徳を使うに値しない。と彼が判断すれば、少年達のような目に遭うだろう。
(あの圧倒的な蹂躙ショーの後で、よくこんな口が利けやがるな……。脳みそ、ねぇのか?)
 ダンは少女達に軽蔑の視線を送ったが、少女は「見て来んじゃねぇよ! きめぇな!」と、無駄吠えを続けた。
「何とか言えよ! 殺すぞ!」
 少女の一人が、ロックの胸倉を掴んだ。
 ダンには、分かる。
 ロックが、掴ませてやったのだと。少女の腕の動きなんて、彼には止まって見えるだろう。
 ロックは少女を見下げて、不敵に微笑んでいる。
 笑顔を崩さず政治家の娘の頭に手を置くも、不良少女に振り払われた。
「まず、有名な政治家の娘さんから。君は、お父さんの妾の子だよね。お母さんは、お父さんから貰っている養育費で贅沢三昧。先週の『週刊 リアル』で、不倫旅行クルージングも特集されていたよね。不倫旅行のみならず、カルト宗教にハマっているってリークもあったかな? 君は君で、クラブで飲酒している様子が雑誌にあげられていたよね? そのことで、お父さんの秘書伝で勘当宣言をされたばかり。時間は、今朝七時」
 なんで、知っているんだよ!? 勘当宣言は、週刊誌に書かれた訳じゃないのに!! 
 政治家の娘の顔には、大きくそう書いてある。
「そうだよ! 雑誌に載る程、アタシの親父はこの街じゃ有名人なんだよ! お前、その娘にそんな態度取って良いって思ってんのか!?」
 魔術師は喉をクツクツと鳴らしながら、笑っている。
 その笑顔は影がなく、友達と楽しく遊んでいる子供のようだ。
「君は言葉を、理解出来ないのかな? お父さんは『勘当宣言』をしたんだから、家族じゃないんだよ。想像力も無さそうだし、言葉にしてあげよう。君が野垂れ死のうが、強姦されて山に捨てられようが関係ない。ってことさ。今まで散々好きに生きて来たんだから、俺に迷惑かけず死んでくれ。ってことだよ」
 少女の目から、氾濫した川のように涙が流れる。
 事実だが、わざわざ言うこともないだろう。                    
 年端も行かない少女の涙は、流石に良心が痛む。
 ダンは優しく少女の背中を摩ってやった。
「え? どうして、ショックを受けているんだい? 君は今まで、親不孝しかしていないじゃないか。常にお父様に『死ね』だの、言っていただろう。自分は言うのに、他人から向けられるのは嫌なの?」
 少女を煽る為に言っている訳でも、泣かせようと言っている訳でもない。
 娘が勘当されたのも、娘が父親に暴言を言っているのも事実だ。
 真実を伝えるのは正義であり、嘘を吐くのは悪だ。
 しかし他人を傷付ける「真実」ならば、隠し通した嘘を「真実」にするのが正義だとダンは教わった。
 情報屋になってから、その正義は実行していないが。
 ロックは「正義」と「倫理観」を、知らないように思えた。
 ティーンエイジャーならまだしもロックの年でと考えると、同じ人間の血が流れていないような恐怖を感じる。
「ダンさぁ~ん。お腹空いたから、ご飯行きましょ~。僕、ステーキ? ってご飯を、食べてみたいです」
 何事もなかったかのように、ケロっと笑っているロック。
 弱い者を甚振り、加虐心が満たされたからではない。
 空虚な愛想笑いだ。
 この非行少年達に、興味を無くしたように見える。
「行かねぇよ!! 特殊警察部隊が来る前に、ズラかるぞ!!」
 ダンはロックの首根っこを掴み、徒競走のような勢いでその場を退散した。







 三十分後。
 キースは集合場所である、繁華街の時計台広場に到着した。
 集合時間より二十分以上もあるからか、まだ昼食を誘った学者風の男しか来ていない。
 メモ用紙に計算式と設計図を書いているが、キースにはなんのことかさっぱり分からない。
「……あの、支援隊の人ですよね。俺は」
「興味ないから、聞かない」
「はい?」
 まさか自己紹介を中断させられるなんて、思いもしなかった。
 ティミッドのような「自分は聞いているから聞かない」のではなく、興味がない。と声高らかに宣言されて、キースはダメージを食らった。
「僕は、そこらにいる凡人よりは頭が良い。それでも、脳のリソースには限界があるんだよ。君みたいな下らない人間に、使いたくない」
 一方的に品定めをされるわ、この言われようである。
 キースは苛立ちを抑えながら、何か反論しようとするも言葉が浮かんで来ない。
 キースと学者風の男に割って入るように、能天気そうな青髪の男が顔を現した。
 身体つきはかなりがっちりとしており、絶対に崩れない強固な城砦を連想させる。
 年齢は、二十代前半か半ばだろう。
「あー! お前、また揉めてんのか!? こいつ、タズー ミシェック! 魔科学部隊から、移籍して来たの! 隊長の名前すら覚える気ないから、気にすんな! 頭の良さと引き換えに、人間性サイアクだけど気にすんな!!」
 余りのマシンガントークに、キースは「は、はぁ」とはっきりとしない相槌を打つしか出来なかった。
「オレは、フォルスィー=ランザース! 魔獣退治部隊支援隊の隊員! 球技で言うなら、サブアタッカーみたいな役割! ルータスパイセンや隊長には負けるけど、走りなら俺のが強いぜ! アステーリ=イ クリーシ国から来てるけど、こう見えてベンキョー出来ないからベンキョーのことは聞かないでくれな!」
「走りなら、速いだろ。強いも弱いもあるか。あとお前はどう見ても、馬鹿だ」
「速い方が、強いだろ! あと馬鹿って言うな! バーカ!」
 アステーリ=イ クリーシ国は、アルストレンジ一の学術大国である。
 みんな三桁掛ける三桁の掛け算を暗算で出来るとか、世界地図が頭に入っているとか、五ヶ国語を話せるとか、国民みんなが頭が良い。と言う風に、聞いている。
(アステーリ=イ クリーシ国の水準が高いだけで、世界保安団の試験に受かってる訳だし……頭悪くはないだろう)
 キースの思考を読み取ったのか、タズーが軽口を叩いた。
「それでよく、試験に受かったな」
「マークシート式だから、鉛筆転がして選択したら受かったんだぜ」
 まるで宝くじが当たったかのように、自慢するフォルスィー。
 その笑顔を見て、タズーの怒りは爆発した。
「試験を、何だと思ってんだよ! この馬鹿! 勉強しろよ!」
「だって勉強しても、普段使わないし……」
「使うか使わないかじゃなくって、知識を入れて想像力を働かせる為に勉強するんだよ。想像力があれば詐欺に騙されないで済むし、他人の気持ちを慮れるだろ。何もない凡人なんだから、想像力くらい持っとけ。凡人は礼節、お金、想像力のどれかは持っとかないと、ゴミ以下だぞ」
「オレ、バカだからよく分かんねーけど……お前は、他人に言う資格ないぞ」
「馬鹿の癖に、僕に説教するな」
 タズーの発言に、フォルスィーは火山のように怒り狂う。
「お前ちょっと頭良いからって、チョーシ乗んなよ! 牛乳早飲み対決と、逆立ちと、かけっこならオレのが強いぞ!」
 発想が、初等学校の男子である。何故かキースの方が、恥ずかしくなって来た。
 タズーは蚊が鳴いてるようにしか、思っていないのだろう。
 つまらなさそうに、欠伸をしている。
 水と油のコンビだ。
「お前ら、騒ぐんじゃない!!」
 タズーとフォルスィーの頭を小突いたのは、見慣れない顔だった。
 ハリネズミのように跳ね上がった金砂の癖毛をした、中肉中背の男だった。
 垂れ気味の瞳が、勘弁してくれ。と言わんばかりに、困惑の色を浮かべている。
 オリエンテーションの時に、支援隊の事務所にはこんな男は居なかった。
 キースの視線に気付いたのか、男はタズーとフォルスィーを締め上げながらにこやかに微笑む。
「俺は、ジャスパー ユガノン。支援隊隊員兼、副統括者補佐。普段はあんまり事務所に居ないけど、同じ支援隊だからバンバン仕事振ってくれ」
 朗らかで、優しい声音だ。初等学校に居る、優しい先生のような男だ。
 キースの緊張は、一気に解れた。
「お前らさぁ。何回も、喧嘩するな。って言ってるよねえ? 友達になれって言ってるんじゃなくって、同僚って自覚持って接し合え。って言ってんのね? 今ですらまともなコミュニケーションとれないのに、魔獣退治中出来る? って話をしてんだよ。いつまでも士官学生のノリで、やってるんじゃない」
 獅子の咆哮のように、腹に響く声。蛇のように、見た者を石に変えるような冷たい眼差し。一度逆鱗に触れたら、村一つくらい焼き滅ぼしそうな闘志すら感じる。
 前言撤回だ。この人間、かなり怖い。
「お待たせ致しました。ユガノンさん、貴方の地図分かりにくいです」
 風のように流れる、落ち着きと色気のある声音。
 この声音は、誰なのか知っている。だけれど、キースの脳は全力で拒否しているのだ。
「初めまして。キース レイバン君。私は、副統括者補佐のタンザナイト フィデーリスです。期待の新人さんだそうですね。頼りにしていますよ」
 タンザナイトは笑顔で握手を求めて来たが、キースは握り返さなかった。
「貴方、性格悪すぎません?」
 その言葉すらも、タンザナイトは仮面のような笑顔で流した。
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