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二十話
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沢井はどんな気持ちで、静弥のことを同窓会に誘おう。と、言ったんだろう?
アライブのレストラン街を歩きながら、ぼんやりとそんなことを思った。
レストラン街は、俺達みたいに食事を終えた買い物客がたくさん歩いていた。
ここらへんはまだ、人の出入りがあるんだな。
単に大型連休で、混んでいるだけかもしれない。
沢井のことだから、純粋な善意かな? と、雲雀丘に聞くと「しょくざいじゃね」と言われて、首を傾げてしまった。
雲雀丘は「罪ほろぼし」と言い直してくれて、俺は「そっか」しか言えなかった。
「なあ。答えたくなかったら、良いんだけど。お前、静弥に何言ったの?」
雲雀丘に肩を叩かれ、雲雀丘の視線の先を見ると静弥が居た。
なんつータイミングだよ。千里眼でも、あんのか。
レストラン街入り口の喫茶店から出て来て、ショーウィンドウのガラスをアルコールとキッチンダスターで拭き上げている。
さっきのレストランと間違い探しみたいな制服を着ていて、モノクロ映画から抜け出て来たかのよう。
神様が静弥を創造する時、色をつけ忘れたかのような錯覚すら覚える。
痩せ型の静弥の体型に、制服が合っていない。
大量生産大量消費の、既製品だからだろう。
相変わらず静弥の瞳には、なんの感情も浮かんでいない。
雲雀丘と一緒に居るところを見られたらまずい気がして、俺達は来た道を引き返した。
逃げるように、タイミングよくやって来たエレベーターに駆け込む。
勢いで駆け込んだので行き先をエレベーターの中で確認したら、下りだった。
何も考えず日々を過ごして、気が付いたら下り坂を転がっている自分の人生みたいだ。
*
雲雀丘は三階の本屋に用事があると言って、結局エレベーターにまた乗り込んだ。
この行き当たりばったり感も、すごく自分の人生って感じがする。
家から近くて学力的に入れる、育野高校に入学した。合格圏内の高校で、受験戦争で戦った実感もなく、合格した喜びもなかったような気がする。
試験日に雪が降ったりとか熱を出したりなんてドラマはなくて、こんなもんか。みたいな感じで、受験戦争は幕を閉じた。
高校一年の秋。生まれて初めて、告白をされた。
相手は、同じクラスの立花 未来(たちばな みらい)ちゃん。
肩より少し下の黒髪からは、いつもシャボンの優しい香りがしたのを今でも思い出す。
肌は透き通るように白くて、脚は生まれたての小鹿のように細かった。
目尻の下がった目は玉のようにいつも輝いていて、形の良い唇から発せられる声はハープのように澄んでいたな。
下世話な話、細いのに乳はデカかった。
男が言う「俺って、普通の女の子が好きだから! 例えるなら~」で、絶対に最初に名前が上がるタイプ。
かく言う俺も入学式で初めて見た時は、なにこの子! めちゃくちゃ可愛い~。だけどああいう子って、ヤンキーと付き合うんだよな。なんて、ぼんやり考えた気がする。
俺の心の湖に、未来ちゃんはぽちゃりと石を投げ込むように入って来た。
きっと俺だけじゃなくって、同学年の男子の数十人の中に入っていったのだろう。
そんな子に、告白されたんだ。二つ返事で、OKした。
未だに付き合いがある相澤と犬山には「なんで!? どんな手を使って、未来ちゃんと付き合ったんだよ!」と、やっかまれた。
何もしてねーよ。
あとお前らは、どう見ても脈ないのに、頭ポンポンしたり、エンスタのストーリーに匂わせすんな。
未来ちゃんとは二年生の五月くらいまで付き合ったから、半年ちょっとの交際だった。
手を繋いで帰ったし、クリスマスは背伸びして隣の県のアフタヌーンティーに行った。アライブのゲーセンに置かれた何世代も前のプリクラも撮ったし、未来ちゃんの推しが主演をしている恋愛映画を観る為に、映画館にも行った。
未来ちゃんは箱入り娘で門限が厳しかったから、夜に遊ぶことはなかったな。確か門限は、夕方六時だった気がする。
手は繋いだけど、キスはしなかった。
我ながら、健全すぎる。当然セックスも、しなかった。
別れた理由は、本当にくだらないことだった。
俺が貸した「チェーンソーマン」の感想を、未来ちゃんが「デンジ君、可哀想だった。デンジ君みたいな人にも、優しく出来るようになりたい」とか言って、俺が「お前、ちゃんと読んだ!?」って聞いたら、ポロポロと泣き出して「もう無理」と、言われた。
え? 何? 生理? 面倒くせー。いつも通りじゃん。馬鹿みたいな感想言う、未来ちゃんが悪いだろ。なんて思ってて、事の重大さが分かってなかった。
馬鹿な俺は、女の子の否定の言葉はレッドカードだと、初めて知った。
翌日になって未来ちゃんの全てのSNSのブロックからの解除されてて、気が付いたのだった。
相澤と犬山は「ざまあ!」と大爆笑を決めた後、俺の背中を叩き「話、聞いてやんよ。マブだろ」と、笑った。
未来ちゃんとのエッチを、聞きたいだけだろ。残念だな。俺は、性の悦びを知らないぜ! と言ったら、蜘蛛の子を散らしたように去って行った。
いや、慰めろよ。マブじゃねーのかよ。
俺なりに、好きだったのに。未来ちゃんのこと、全部過去になるんだ。もう戻らないんだ。
家に帰ってから一人で泣いて、奈々に怒られたのを覚えてる。
「あんなに可愛くていい子一生現れないから、土下座して謝って来なよ!」
本当に、そうだと思う。あんなに可愛くて、優しいいい子もう居ない。
俺の横に居るのは、キモくて怖くて嫉妬深い面倒臭い男だ。
似てるのは黒髪に白い肌に細い身体……うわ。結構共通点あるじゃん。
俺の好みは、黒髪清楚系……ってコト!? 男は、みんな清楚系が好きだよな。悪いことじゃない。ノーマルノーマル。
未来ちゃんが次に付き合ったのは、顔すら思い出せないくらいしょうもない男だった。
わざわざ俺にハメ撮りを見せて来て、
「俺のチンコが、未来ちゃんの処女膜を破った」だの「未来ちゃんのまんこが俺のチンコの形覚えててピュア」だの言ってて、馬鹿じゃねえの? とドン引きながら、こんなクソに食われるくらいなら俺が先に手を出しておけば良かった! と、後悔もした。
雲雀丘のことを、言えないくらいゲスい。
悲しき哉。男は金玉に、逆らえないんですね。
トリニティのコウの掲示板で、どっから漏れたのか未来ちゃんの名前が掲示板に上がったことがあった。
活動を始める前に付き合っていたのに、晒すとかマナー違反だろ。と、晒し主が叱られていた。
俺からしたら、掲示板に書いてる時点で同じじゃ。ボケがよ。
未来ちゃんが、今どうしてるのか全く知らない。
大学出とかないと、就職に不利だよなー。ってやりたいこともなく、大して学もない癖に大学を受験した。高校時代から繋がりがあった、歩夢と智顕となんとなくで「トリニティ」を結成した。
なんか本当に、行き当たりばったりで恥ずかしくなって来た。
こんなんで、俺就活とか出来るのかな……。
まずは目先の怪我の治療と、大学を続けるかどうか問題なんだけども。
*
アライブの本屋は中学校の卒業式から大して変わってなくって、マジで時が止まってるんじゃねえの? と、思う。
本棚の配置。雑誌コーナーの雑な陳列。シュリンク機。
ジャンプ系コミックの本棚の側面に貼られた、今月発売のコミックの一覧のポスター。
手書きで書かれた「飲食お断り」の注意書き。
変わったのは、入り口に置かれてるキャラクターのパネルくらいじゃねえの。
本屋の前はちょっとした広場になっていて、自販機とベンチが雑に並べられている。
クソ。自販機の値段は、令和設定だ。
俺が中学校の頃はカフェオレのパックジュースが百円で買えたのに、今は百三十円もしやがる。
スマホを取り出して通知を見ていると、突然大音量で着信音が鳴り始めた。
相手は、バイト先の店長からだ。
通話出来る? って確認もなくいきなり電話をかけて来るあたり、野生動物って感じがする。
「もしもし。お疲れ様です。篠塚です」
『お疲れ様ー!! ヒカル!! お前怪我、大丈夫か!?』
俺の鼓膜を破る気か? という声量で話す、店長。流石、ゴリラ。
ウッホウッホウホホ!! って言う鳴き声が、聞こえて来そうだ。俺は人間なので、ゴリラ語は分かりません。
「あー、怪我は、大丈夫ッス。あの……知ってますか?」
親に、大学を辞めさせられそうなこと。たった一フレーズなのに、その言葉を口に出来なかった。言ってしまったら、現実になってしまいそうな気がしたのだ。
しかし、相手はゴリラだ。察することなんて、出来ないだろう。
『あー、ソレなあ。可笑しいぞ。お前。納得すんなよ』
ヤバい。店長はゴリラにして、陽キャだ。
同じ地球に生まれた人間はみんな家族と思ってそうだし、血を分けた親子ならきっと分かり合えるって思ってるタイプだろう。
俺は黙って、店長の言葉を待つ。
『親なら、子供の学費くらい工面するもんだぞ。それで子供には金のことで苦労してる。って悟らせないのが、親の責務だろうがよ』
「え」
店長の太いけれど真摯な声がスマホ越しに、響く。
この人、こういう風にも話せるのか。
いつもガナリ声で、皿洗いを丁寧にしろ! だの、備品が無くなったらすぐ補充しろ! だの雄叫びをあげてるのに。
店長の言ってることは、もっともだとは思う。
だけど、それはそちら側の人間の責務の話だ。
うちの家は、店長の言う「親」から外れた家なのだ。
「無理ですよ、うち兄弟多いし……」
『関係ないじゃん。親の都合だろ、それ。お前、俺の共有した記事見てないだろ。とりあえず連休明けたら、学生課とかに電話ででも聞いてみ? 学費の分納とか補助金制度とか、教えてくれるだろうから。公的な支援を受けるのは、恥ずかしいことじゃないぜ。誰にでも、与えられた権利だからな』
まるで我が子を諭すように、言う店長。
本当に、あの店長か? 双子の弟とかだったり、しないよな……?
公的な支援を受けると言う、選択肢が俺は浮かばなかった。
「地面に落ちたミンティア食って、頭が正常になりました?」
『元が壊れてるみたいな、言い方すんな!! しばき回して、釜で揚げるぞ!!』
「ははは……」
力なく、俺は笑う。良かった。いつもの店長だ。
当たり前に俺の時計が進むように、東京の時計も進んでる。
それだけで、安心感を覚えた。
『お前辞められたら、困るんだよ』
そう言う店長の声は、優しい。
いつもその声で、話して欲しいくらいだ。いや、変な意味ではなくって。
「いつも、人数ギリギリですもんね」
『違うって。お前が居たら、空気が変わるんだよ』
「空気が変わる……?」
そんなに、ムードメーカーじゃない。ムードメーカーみたいなコミュ力があれば、未来ちゃんを泣かせることはなかった。
『なんつーか。ミスした子とか、クレーマーに絡まれた子のフォローすぐ入るじゃん。お前のすごいところって、なんか気を遣われてる感がないところなんだよな。押し付けがましさもないし、自然体つーか』
「は、はあ……」
『それ誰にでも出来ることじゃねーから、誇って良いぞ』
最後に、他人に褒められたのはいつだろう? パッと思い出せないくらいには、昔のようだ。
俺の手の甲に、ぽとりと涙が落ちた。
店長に泣いていることを、悟られたくない。
「優秀な僕に、お給料三倍下さい。店長」
『お? 社員なるか?』
「冗談はやめてください」
アライブのレストラン街を歩きながら、ぼんやりとそんなことを思った。
レストラン街は、俺達みたいに食事を終えた買い物客がたくさん歩いていた。
ここらへんはまだ、人の出入りがあるんだな。
単に大型連休で、混んでいるだけかもしれない。
沢井のことだから、純粋な善意かな? と、雲雀丘に聞くと「しょくざいじゃね」と言われて、首を傾げてしまった。
雲雀丘は「罪ほろぼし」と言い直してくれて、俺は「そっか」しか言えなかった。
「なあ。答えたくなかったら、良いんだけど。お前、静弥に何言ったの?」
雲雀丘に肩を叩かれ、雲雀丘の視線の先を見ると静弥が居た。
なんつータイミングだよ。千里眼でも、あんのか。
レストラン街入り口の喫茶店から出て来て、ショーウィンドウのガラスをアルコールとキッチンダスターで拭き上げている。
さっきのレストランと間違い探しみたいな制服を着ていて、モノクロ映画から抜け出て来たかのよう。
神様が静弥を創造する時、色をつけ忘れたかのような錯覚すら覚える。
痩せ型の静弥の体型に、制服が合っていない。
大量生産大量消費の、既製品だからだろう。
相変わらず静弥の瞳には、なんの感情も浮かんでいない。
雲雀丘と一緒に居るところを見られたらまずい気がして、俺達は来た道を引き返した。
逃げるように、タイミングよくやって来たエレベーターに駆け込む。
勢いで駆け込んだので行き先をエレベーターの中で確認したら、下りだった。
何も考えず日々を過ごして、気が付いたら下り坂を転がっている自分の人生みたいだ。
*
雲雀丘は三階の本屋に用事があると言って、結局エレベーターにまた乗り込んだ。
この行き当たりばったり感も、すごく自分の人生って感じがする。
家から近くて学力的に入れる、育野高校に入学した。合格圏内の高校で、受験戦争で戦った実感もなく、合格した喜びもなかったような気がする。
試験日に雪が降ったりとか熱を出したりなんてドラマはなくて、こんなもんか。みたいな感じで、受験戦争は幕を閉じた。
高校一年の秋。生まれて初めて、告白をされた。
相手は、同じクラスの立花 未来(たちばな みらい)ちゃん。
肩より少し下の黒髪からは、いつもシャボンの優しい香りがしたのを今でも思い出す。
肌は透き通るように白くて、脚は生まれたての小鹿のように細かった。
目尻の下がった目は玉のようにいつも輝いていて、形の良い唇から発せられる声はハープのように澄んでいたな。
下世話な話、細いのに乳はデカかった。
男が言う「俺って、普通の女の子が好きだから! 例えるなら~」で、絶対に最初に名前が上がるタイプ。
かく言う俺も入学式で初めて見た時は、なにこの子! めちゃくちゃ可愛い~。だけどああいう子って、ヤンキーと付き合うんだよな。なんて、ぼんやり考えた気がする。
俺の心の湖に、未来ちゃんはぽちゃりと石を投げ込むように入って来た。
きっと俺だけじゃなくって、同学年の男子の数十人の中に入っていったのだろう。
そんな子に、告白されたんだ。二つ返事で、OKした。
未だに付き合いがある相澤と犬山には「なんで!? どんな手を使って、未来ちゃんと付き合ったんだよ!」と、やっかまれた。
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あとお前らは、どう見ても脈ないのに、頭ポンポンしたり、エンスタのストーリーに匂わせすんな。
未来ちゃんとは二年生の五月くらいまで付き合ったから、半年ちょっとの交際だった。
手を繋いで帰ったし、クリスマスは背伸びして隣の県のアフタヌーンティーに行った。アライブのゲーセンに置かれた何世代も前のプリクラも撮ったし、未来ちゃんの推しが主演をしている恋愛映画を観る為に、映画館にも行った。
未来ちゃんは箱入り娘で門限が厳しかったから、夜に遊ぶことはなかったな。確か門限は、夕方六時だった気がする。
手は繋いだけど、キスはしなかった。
我ながら、健全すぎる。当然セックスも、しなかった。
別れた理由は、本当にくだらないことだった。
俺が貸した「チェーンソーマン」の感想を、未来ちゃんが「デンジ君、可哀想だった。デンジ君みたいな人にも、優しく出来るようになりたい」とか言って、俺が「お前、ちゃんと読んだ!?」って聞いたら、ポロポロと泣き出して「もう無理」と、言われた。
え? 何? 生理? 面倒くせー。いつも通りじゃん。馬鹿みたいな感想言う、未来ちゃんが悪いだろ。なんて思ってて、事の重大さが分かってなかった。
馬鹿な俺は、女の子の否定の言葉はレッドカードだと、初めて知った。
翌日になって未来ちゃんの全てのSNSのブロックからの解除されてて、気が付いたのだった。
相澤と犬山は「ざまあ!」と大爆笑を決めた後、俺の背中を叩き「話、聞いてやんよ。マブだろ」と、笑った。
未来ちゃんとのエッチを、聞きたいだけだろ。残念だな。俺は、性の悦びを知らないぜ! と言ったら、蜘蛛の子を散らしたように去って行った。
いや、慰めろよ。マブじゃねーのかよ。
俺なりに、好きだったのに。未来ちゃんのこと、全部過去になるんだ。もう戻らないんだ。
家に帰ってから一人で泣いて、奈々に怒られたのを覚えてる。
「あんなに可愛くていい子一生現れないから、土下座して謝って来なよ!」
本当に、そうだと思う。あんなに可愛くて、優しいいい子もう居ない。
俺の横に居るのは、キモくて怖くて嫉妬深い面倒臭い男だ。
似てるのは黒髪に白い肌に細い身体……うわ。結構共通点あるじゃん。
俺の好みは、黒髪清楚系……ってコト!? 男は、みんな清楚系が好きだよな。悪いことじゃない。ノーマルノーマル。
未来ちゃんが次に付き合ったのは、顔すら思い出せないくらいしょうもない男だった。
わざわざ俺にハメ撮りを見せて来て、
「俺のチンコが、未来ちゃんの処女膜を破った」だの「未来ちゃんのまんこが俺のチンコの形覚えててピュア」だの言ってて、馬鹿じゃねえの? とドン引きながら、こんなクソに食われるくらいなら俺が先に手を出しておけば良かった! と、後悔もした。
雲雀丘のことを、言えないくらいゲスい。
悲しき哉。男は金玉に、逆らえないんですね。
トリニティのコウの掲示板で、どっから漏れたのか未来ちゃんの名前が掲示板に上がったことがあった。
活動を始める前に付き合っていたのに、晒すとかマナー違反だろ。と、晒し主が叱られていた。
俺からしたら、掲示板に書いてる時点で同じじゃ。ボケがよ。
未来ちゃんが、今どうしてるのか全く知らない。
大学出とかないと、就職に不利だよなー。ってやりたいこともなく、大して学もない癖に大学を受験した。高校時代から繋がりがあった、歩夢と智顕となんとなくで「トリニティ」を結成した。
なんか本当に、行き当たりばったりで恥ずかしくなって来た。
こんなんで、俺就活とか出来るのかな……。
まずは目先の怪我の治療と、大学を続けるかどうか問題なんだけども。
*
アライブの本屋は中学校の卒業式から大して変わってなくって、マジで時が止まってるんじゃねえの? と、思う。
本棚の配置。雑誌コーナーの雑な陳列。シュリンク機。
ジャンプ系コミックの本棚の側面に貼られた、今月発売のコミックの一覧のポスター。
手書きで書かれた「飲食お断り」の注意書き。
変わったのは、入り口に置かれてるキャラクターのパネルくらいじゃねえの。
本屋の前はちょっとした広場になっていて、自販機とベンチが雑に並べられている。
クソ。自販機の値段は、令和設定だ。
俺が中学校の頃はカフェオレのパックジュースが百円で買えたのに、今は百三十円もしやがる。
スマホを取り出して通知を見ていると、突然大音量で着信音が鳴り始めた。
相手は、バイト先の店長からだ。
通話出来る? って確認もなくいきなり電話をかけて来るあたり、野生動物って感じがする。
「もしもし。お疲れ様です。篠塚です」
『お疲れ様ー!! ヒカル!! お前怪我、大丈夫か!?』
俺の鼓膜を破る気か? という声量で話す、店長。流石、ゴリラ。
ウッホウッホウホホ!! って言う鳴き声が、聞こえて来そうだ。俺は人間なので、ゴリラ語は分かりません。
「あー、怪我は、大丈夫ッス。あの……知ってますか?」
親に、大学を辞めさせられそうなこと。たった一フレーズなのに、その言葉を口に出来なかった。言ってしまったら、現実になってしまいそうな気がしたのだ。
しかし、相手はゴリラだ。察することなんて、出来ないだろう。
『あー、ソレなあ。可笑しいぞ。お前。納得すんなよ』
ヤバい。店長はゴリラにして、陽キャだ。
同じ地球に生まれた人間はみんな家族と思ってそうだし、血を分けた親子ならきっと分かり合えるって思ってるタイプだろう。
俺は黙って、店長の言葉を待つ。
『親なら、子供の学費くらい工面するもんだぞ。それで子供には金のことで苦労してる。って悟らせないのが、親の責務だろうがよ』
「え」
店長の太いけれど真摯な声がスマホ越しに、響く。
この人、こういう風にも話せるのか。
いつもガナリ声で、皿洗いを丁寧にしろ! だの、備品が無くなったらすぐ補充しろ! だの雄叫びをあげてるのに。
店長の言ってることは、もっともだとは思う。
だけど、それはそちら側の人間の責務の話だ。
うちの家は、店長の言う「親」から外れた家なのだ。
「無理ですよ、うち兄弟多いし……」
『関係ないじゃん。親の都合だろ、それ。お前、俺の共有した記事見てないだろ。とりあえず連休明けたら、学生課とかに電話ででも聞いてみ? 学費の分納とか補助金制度とか、教えてくれるだろうから。公的な支援を受けるのは、恥ずかしいことじゃないぜ。誰にでも、与えられた権利だからな』
まるで我が子を諭すように、言う店長。
本当に、あの店長か? 双子の弟とかだったり、しないよな……?
公的な支援を受けると言う、選択肢が俺は浮かばなかった。
「地面に落ちたミンティア食って、頭が正常になりました?」
『元が壊れてるみたいな、言い方すんな!! しばき回して、釜で揚げるぞ!!』
「ははは……」
力なく、俺は笑う。良かった。いつもの店長だ。
当たり前に俺の時計が進むように、東京の時計も進んでる。
それだけで、安心感を覚えた。
『お前辞められたら、困るんだよ』
そう言う店長の声は、優しい。
いつもその声で、話して欲しいくらいだ。いや、変な意味ではなくって。
「いつも、人数ギリギリですもんね」
『違うって。お前が居たら、空気が変わるんだよ』
「空気が変わる……?」
そんなに、ムードメーカーじゃない。ムードメーカーみたいなコミュ力があれば、未来ちゃんを泣かせることはなかった。
『なんつーか。ミスした子とか、クレーマーに絡まれた子のフォローすぐ入るじゃん。お前のすごいところって、なんか気を遣われてる感がないところなんだよな。押し付けがましさもないし、自然体つーか』
「は、はあ……」
『それ誰にでも出来ることじゃねーから、誇って良いぞ』
最後に、他人に褒められたのはいつだろう? パッと思い出せないくらいには、昔のようだ。
俺の手の甲に、ぽとりと涙が落ちた。
店長に泣いていることを、悟られたくない。
「優秀な僕に、お給料三倍下さい。店長」
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