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三十二話
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※勝本たちによる晄への強姦描写が、ございます。
苦手な方は閲覧を、ご遠慮ください。
雨が降り出したと思ったらゲリラ豪雨へと変わり、バスを逃したくないのでそのまま身一つでバス停へと向かっていた。
バス停へ向かう途中で、勝本、岩崎、別所に出会したのだった。
勝本達も傘をささずに、雨に打たれている。
雨は、容赦なく俺達を打ち付けた。雨ごときで、俺達の罪や汚れが洗い流せる訳じゃないのに。
久々に見る勝本は、痩せ細り、すごく老けたように思う。
金髪の髪は根本が黒くなり、目は淀んでいて、肌に艶がない。
心なしか別所と岩崎の見た目も、同じように変わった気がする。
勝本達だけ、十年も二十年も老けたように見えた。
三人は出会い頭に「許さねえからな」だの「殺す」だの「死ねよ!」だの、叫んで来た。
三人の怒りの理由は、大体見当がついている。
「なんだよ。俺、用事あんだよ」
「場所変えて、腹割って話そうや」
勝本は俺の胸倉を掴み、顔を近付けて来た。
あいつの汚い唾が、俺の頬にかかる。
「だから、用事あるつってんだろ!」
野生動物の対処法は、バイト先で学んだ。
相手よりデカい声を出して、威嚇すること。
「俺は、今話したいんだよ! 沼黒も、呼べよ!」
勝本の声のボリュームも、上がる。まるで大声大会みたいだ。
「静弥なら、居ねーよ」
やっぱり、静弥に用事かよ。
あいつ間が良いのか、悪いのか分かんねーな。
「居ないって、なんだよ? あ、もしかして、死んじゃった系!?」
何が面白いのか、勝本が下卑た声をあげて笑い出すと岩崎と別所も笑い出した。
「全然面白くねえから、それ」
人間は怒りの頂点を超えると、真顔になるのか。
コイツらに怒るだけ、気力の無駄。関わるだけ、時間の無駄。
コイツら人生積んでるようなもんだし、俺が制裁しなくても社会的に殺されるだろう。
勝本達の足りない脳みそでも危機なのが分かるから、静弥に詰め寄ろうと考えたんだろう。
「なんだよ。その態度。ちょっと面貸せよ!! 舐めてんじゃねえぞ!!」
平成時代に流行った、ヤンキー漫画のような台詞を叫び出す勝本。
いつの時代だよ……。価値観も令和に、アップデートしろよ。
脳みその容量が普通の人より少ないから、新しい情報入れられないのか。
俺達にお構い無しに、コンクリートの道をかたつむりがゆっくりと前進している。
動物と自然は人間の都合にお構い無しだ。
カタツムリは前にしか、進めない。
どんなに時間がかかっても、前に進み続ける。
強い存在だと思う。人間なんか、寄り道してばかりなのに。
そんなことを考えていたら、勝本達に正拳突きや蹴りを入れられて気を失ってしまった。
*
目を覚ますと高い天井が、視界に飛び込んで来た。
天井に均等に並ぶ蛍光灯は全て抜かれていて、薄暗い。
空っぽの棚に、埃が被った何をするのか分からない機械たち。
部屋はだだっ広く、体育館数個分くらいはありそうだ。
全体的に埃っぽいし、カビ臭くて、むせ返ってしまった。
俺達以外に、人の気配はない。
倒産した、廃工場とかだろうか。
こんな状況じゃなかったら、廃墟を冒険しているみたいで楽しいんだろうな。
アレから、何時間経ったんだろうか。
気絶している間に、勝本達に服を脱がされるわ、脚をM字に開脚されて、椅子に縛りつけられてるわ散々だ。
俺の前に鎮座している、スマホの三脚自撮り棒。
スマホの画面は、見たことがない配信アプリが映されている。
俺の首から下を、バッチリと配信アプリは全世界へ配信している。
乳首も、性器も、親にもきちんと見せたことがないような尻の穴まで、顔以外は全部画面に映っていた。
全身から神経を抜きとられたように、力が入らない。
なんだよ……コレ。こんなもんが、俺の裸が晒されているなんて、冗談じゃねぇ!
今この場で「助けて!」とか「やめて!」なんて声をあげても、画面の向こう側の変態を喜ばせるだけ。
それに声を出したら、コウだってバレるかもしれない。
俺は必死に声を押し殺して、やり過ごすことに決めた。
勝本たちが飽きるまで、耐え抜いてみせる。
静弥もこんな風に、勝本達のイジメを耐えていたのだろうか。
ご丁寧に配信アプリのコメント読み上げ機能をオンにしているようで、機械がコメントを読み上げ始めた。
『身体引き締まってて、かっこういい』
『毛、多いwww』
『二次元の男しか知らない、豚丼女www 男なら、こんなもんだろ』
『アナルもっと見せて。カメラ寄って』
機械が読みあげるコメントは、息継ぎもなく、アクセントもなく、当然なんの感情もない。
その機械的な声とリズムは、何処の誰に見られているか分からない不安や不快感を増幅させた。
『推しと黒子の位置、一緒なんだけどw』
コイツが言っているのは、左脚の内腿にあるホクロのことだろう。
去年にした酒を飲みながらの雑談配信は、ファンの間では伝説の配信扱いをされている。
二十歳の誕生日を迎えた俺は
「お酒解禁! 限界まで飲み配信します!」と、THE大学生なイキり酒飲み配信をしたのだ。
己の限界を知らぬままペースも考えずに、果実系のサワーやビールやジントニックやカルーアミルクやらフルーツフレーバーのリキュールやら炭酸の日本酒やら手当たり次第に酒を飲んで、ベロンベロンに酔っ払ったのだ。
何回も離席してトイレに駆け込んではゲロを吐き、配信を続けていた。
まるで歌舞伎町のホストみたいにトイレと卓(配信)を、反復横跳びしたのだ。
深夜三時。眠気が限界を迎え、リスナーにおやすみの挨拶をして、俺は寝巻きを脱ぎ出したのだ。
配信が続いてるとも、知らずに。
約三万人に生着替えを晒すわ、下着の中に手を突っ込み性器を掻きながら
「飲み過ぎて、チンコ熱い~。ヤりますねぇ」
なんて、珍獣先輩の物真似をしていた。
配信の翌日。正気に戻った俺は急いで非公開動画にしたが、ファンに切り抜き動画を上げられるわインプ稼ぎの青い鳥ランドアカウントにも未だに無断転載されている始末だ。
まさにデジタルタトゥーじゃないか。
『三位一体の緑? 裸見せたいなら、AV行け。キモすぎる」
『あいつ本当嫌いだったから、AV堕ちしたら嬉しいwww 』
しねよ、お前ら。何を食ったら、そんなこと言えるんだよ。心のノート、書いたことねえのか?
無反応を貫く俺に痺れを切らしたのか、勝本が「ダルいって!」と叫びながら、別所と岩崎を見た。
まるで何か面白いことをしろ! と、強要しているようだ。
別所と岩崎は顔を、見合わせた。
別所はまだら金髪の髪の毛を掻きむしり、岩崎は総龍柄のアロハシャツの裾で手を拭いている。
ボス猿の機嫌を損ねたくはないけど、案が浮かばないのだろう。
勝本は床に置かれたドラストの袋を、物色し始める。
レジ袋から出てきたのは酒に、ポテチに、柿の種などの食品から、目薬やカミソリやハンドソープや汗拭きシートの日用品に、精力剤やゴムまで買ってやがる。
え、まさか、そういうつもり……なのか?
そんなの、死んでも嫌だ。
こいつらに好き放題犯されるくらいなら、舌を噛み千切って死んだ方がマシだ。
静弥とじゃないと、嫌だ。
静弥のことだから、蓮の家で泣きながら俺のこと待ってるんだろうな。
そうじゃん。迎えに、行かないと。
あの寂しがり屋で、今にも壊れそうなナイフのようなお前を抱きしめてやりたい。
コウってバレたらどうしよう……。とか、下らないことを気にしてる場合じゃなかった。
勝本が岩崎に、何か耳打ちしている。
岩崎はセンター分けのフェザーショートの髪を揺らし、それはちょっと……って口篭る。
勝本が大きく口を開き、体育祭の選手宣誓のように声高らかに宣言する。
「リスナーの皆さ~ん! お待たせしました~! 今から、しの……S君のチン毛を剃ろうと思います!」
別所がベリベリと音を立てながら、新品のハンドソープの封を切り、ポンプを上に引き上げた。
そのままポンプを押し、ハンドソープを出した。
スマホの画面には、ハンドソープを乗せた別所の手が映っていた。
コメント欄は大盛り上がりで、心底気持ち悪い。
ここで盛り上がっている奴らは、現実世界ではまともに大人やっているんだろうな。
俺にとっては加害者で、あいつらはきっと誰かの被害者なんだろう。
勝本、岩崎、別所もそうだ。
俺だって、静弥だって、そう。
俺の考えなどお構いなしに、別所は俺の性器の周りにハンドソープを塗りたくり始めた。
乾燥したゴツゴツとした手で、やすりがけをされているような気分だ。
触り方が、静弥と違う……! 虫に這われているみたいで、気持ち悪いッ!!
「あ、ぅあ、や、ヤダ……」
勇気を百パーセント以上振り絞って、出たのは蚊の鳴くような声だった。
「ヤダだって! ウケる~!」
勝本が笑うと、腰巾着二人も歯を見せて笑う。
岩崎は新品のカミソリをパッケージから出して、カバーを外して、俺の陰毛を剃っていく。
余りの恐怖と尊厳の破壊に、腰が跳ね上がってしまった。
「動くなや! 剃れねえだろ!」
勝本は躾がなってない犬のように、大声で吠えた。
右手で俺の鼻をつまみ、左手の人差し指から薬指までを口の中へ突っ込んで来る。
コイツマジで後先とか、考えないんだな……。
こんなことしたら、窒息死するかも? とか、こうすればどうなる? の想像力がないんだ。
いつの日かの、陽炎揺らめく夏の日のことを思い出した。
俺は勝本達と「八木(やぎ)商店」で買った棒つきアイスを舐めながら、コンクリートの道を歩いていた。
八木商店は、牛乳も、食パンも、週刊誌も、煙草も、酒も、ドラゴンの形の消しゴムも、虫カゴも、ブリーフも売っているなんでも屋だ。
数日前に賞味期限が切れた食パンが売っていたり、一年中花火や節分の鬼のお面も、売っている適当加減。
木造建築の狭い敷地内にありとあらゆる商品がギチギチに並べられていて、百貨店の有名洋菓子店の店員が見たら気を失いそうな配列をしていた。
八木商店の入り口には、日焼けで色飛びした有エナジードリンクのポスターが貼ってあったり、瓦の下には煙草や酒の看板が垂らされていたり昔懐かしのノスタルジーに浸る要素もある。
店に入るなり、独特の香りがした。
ばあちゃんの箪笥のような匂いや、チューイングガムの甘ったるい科学香料の匂いや、煙草の苦い匂いや、浮き輪のビニールの匂い。
全て引っくるめて、八木商店の香りだった。
もう。帰らない日々に、もう会えない勝本達。
さよなら。俺は誰にも聞かれないように、沼黒口パクでそう言った。
合成音声が読み上げるコメントは、俺の身を案じるものが増えていた。
中には『通報しました』とか『垢BANしろよ』と、勝本達を凶弾するものもあった。
配信見ているお前らも、同じ穴の狢だろ。
なに、正義の味方ぶってんだよ。本当に、キモい。
工場の重たい鉄の扉が、勢い良く開いた。
扉の方を見ると、静弥が居た。
蛍光ペンみたいなグリーンのパーカーに、グレーのナイロンズボンを履いている。
ストリートダンサーみたいな服装だけど、絶妙に似合っていない。
ヤバい。下手な漫才師の漫才より、笑える。
静弥の白い手には、大型のステンレスの工具箱が握られている。
スパナとかで、勝本を殴る気か……? いやいやいくら静弥でも、多勢に無勢だ。
俺の拘束さえ、解いてしまえば……!
身体を捻ってみるけど、そんなことでロープは千切れない。
静弥は何も言わずに勝本達に、近付いて行く。
勝本達の足元を払いのけるように蹴り、三人ほぼ同時に床に這わせた。
おお~。やるじゃん。なんて、感心したのも束の間。
静弥は慣れた手つきで、勝本ファミリーズの手首をズボンのポケットに仕込ませていた結束バンドで縛り上げた。
勝本達が動転していたのもあるけど、立ち上がる選択肢すら与えなかったぞ……。
静弥は工具箱を開けて、充電式の電動ドライバーや、電動ドライバドリルや、電動インパクトドライバを取り出した。
身体の血管が、凍っていく。
そんなもん、口に入れたら絶対に痛い。
勝本はクズだけど、そこまでするのは流石に可哀想だ。
「せ、静弥。俺、何もされてないから、平気だから」
静弥は聖母のような笑顔で、俺を見下ろした。
「ひかる君。十五分だけ、目を閉じててくれるかな。音楽も聞いててね。ちゃんと出来たら、ご褒美あげる」
静弥はそう言って俺の耳の穴にワイヤレスイヤホンを捩じ込み、音楽アプリの検索履歴を開き、再生ボタンを押した。
言われた通りに瞳を閉じて、音楽を聴く。
イヤホン越しに、聞こえる勝本達の悲鳴。余りに汚い濁音だらけの声で、
「ケツ、壊れるから!」だの「死んじまうよォ!」だの「人工肛門にする気かよ!」だの聞こえて来た。
なんだよ。その想像力は、働くのかよ。
「静弥さん……?」
「お待たせ。ひかる君、帰ろう」
瞳を開けるといつもと変わらない、濁った沼のような表情をした静弥が居た。
静弥は俺の拘束を解き、俺の存在を確かめるように強く抱きしめた。
「ごめんね」
静弥はそう言って、俺の背中を優しく摩る。
その「ごめんね」は今までのどの謝罪よりも、俺の心に沈んだ。
苦手な方は閲覧を、ご遠慮ください。
雨が降り出したと思ったらゲリラ豪雨へと変わり、バスを逃したくないのでそのまま身一つでバス停へと向かっていた。
バス停へ向かう途中で、勝本、岩崎、別所に出会したのだった。
勝本達も傘をささずに、雨に打たれている。
雨は、容赦なく俺達を打ち付けた。雨ごときで、俺達の罪や汚れが洗い流せる訳じゃないのに。
久々に見る勝本は、痩せ細り、すごく老けたように思う。
金髪の髪は根本が黒くなり、目は淀んでいて、肌に艶がない。
心なしか別所と岩崎の見た目も、同じように変わった気がする。
勝本達だけ、十年も二十年も老けたように見えた。
三人は出会い頭に「許さねえからな」だの「殺す」だの「死ねよ!」だの、叫んで来た。
三人の怒りの理由は、大体見当がついている。
「なんだよ。俺、用事あんだよ」
「場所変えて、腹割って話そうや」
勝本は俺の胸倉を掴み、顔を近付けて来た。
あいつの汚い唾が、俺の頬にかかる。
「だから、用事あるつってんだろ!」
野生動物の対処法は、バイト先で学んだ。
相手よりデカい声を出して、威嚇すること。
「俺は、今話したいんだよ! 沼黒も、呼べよ!」
勝本の声のボリュームも、上がる。まるで大声大会みたいだ。
「静弥なら、居ねーよ」
やっぱり、静弥に用事かよ。
あいつ間が良いのか、悪いのか分かんねーな。
「居ないって、なんだよ? あ、もしかして、死んじゃった系!?」
何が面白いのか、勝本が下卑た声をあげて笑い出すと岩崎と別所も笑い出した。
「全然面白くねえから、それ」
人間は怒りの頂点を超えると、真顔になるのか。
コイツらに怒るだけ、気力の無駄。関わるだけ、時間の無駄。
コイツら人生積んでるようなもんだし、俺が制裁しなくても社会的に殺されるだろう。
勝本達の足りない脳みそでも危機なのが分かるから、静弥に詰め寄ろうと考えたんだろう。
「なんだよ。その態度。ちょっと面貸せよ!! 舐めてんじゃねえぞ!!」
平成時代に流行った、ヤンキー漫画のような台詞を叫び出す勝本。
いつの時代だよ……。価値観も令和に、アップデートしろよ。
脳みその容量が普通の人より少ないから、新しい情報入れられないのか。
俺達にお構い無しに、コンクリートの道をかたつむりがゆっくりと前進している。
動物と自然は人間の都合にお構い無しだ。
カタツムリは前にしか、進めない。
どんなに時間がかかっても、前に進み続ける。
強い存在だと思う。人間なんか、寄り道してばかりなのに。
そんなことを考えていたら、勝本達に正拳突きや蹴りを入れられて気を失ってしまった。
*
目を覚ますと高い天井が、視界に飛び込んで来た。
天井に均等に並ぶ蛍光灯は全て抜かれていて、薄暗い。
空っぽの棚に、埃が被った何をするのか分からない機械たち。
部屋はだだっ広く、体育館数個分くらいはありそうだ。
全体的に埃っぽいし、カビ臭くて、むせ返ってしまった。
俺達以外に、人の気配はない。
倒産した、廃工場とかだろうか。
こんな状況じゃなかったら、廃墟を冒険しているみたいで楽しいんだろうな。
アレから、何時間経ったんだろうか。
気絶している間に、勝本達に服を脱がされるわ、脚をM字に開脚されて、椅子に縛りつけられてるわ散々だ。
俺の前に鎮座している、スマホの三脚自撮り棒。
スマホの画面は、見たことがない配信アプリが映されている。
俺の首から下を、バッチリと配信アプリは全世界へ配信している。
乳首も、性器も、親にもきちんと見せたことがないような尻の穴まで、顔以外は全部画面に映っていた。
全身から神経を抜きとられたように、力が入らない。
なんだよ……コレ。こんなもんが、俺の裸が晒されているなんて、冗談じゃねぇ!
今この場で「助けて!」とか「やめて!」なんて声をあげても、画面の向こう側の変態を喜ばせるだけ。
それに声を出したら、コウだってバレるかもしれない。
俺は必死に声を押し殺して、やり過ごすことに決めた。
勝本たちが飽きるまで、耐え抜いてみせる。
静弥もこんな風に、勝本達のイジメを耐えていたのだろうか。
ご丁寧に配信アプリのコメント読み上げ機能をオンにしているようで、機械がコメントを読み上げ始めた。
『身体引き締まってて、かっこういい』
『毛、多いwww』
『二次元の男しか知らない、豚丼女www 男なら、こんなもんだろ』
『アナルもっと見せて。カメラ寄って』
機械が読みあげるコメントは、息継ぎもなく、アクセントもなく、当然なんの感情もない。
その機械的な声とリズムは、何処の誰に見られているか分からない不安や不快感を増幅させた。
『推しと黒子の位置、一緒なんだけどw』
コイツが言っているのは、左脚の内腿にあるホクロのことだろう。
去年にした酒を飲みながらの雑談配信は、ファンの間では伝説の配信扱いをされている。
二十歳の誕生日を迎えた俺は
「お酒解禁! 限界まで飲み配信します!」と、THE大学生なイキり酒飲み配信をしたのだ。
己の限界を知らぬままペースも考えずに、果実系のサワーやビールやジントニックやカルーアミルクやらフルーツフレーバーのリキュールやら炭酸の日本酒やら手当たり次第に酒を飲んで、ベロンベロンに酔っ払ったのだ。
何回も離席してトイレに駆け込んではゲロを吐き、配信を続けていた。
まるで歌舞伎町のホストみたいにトイレと卓(配信)を、反復横跳びしたのだ。
深夜三時。眠気が限界を迎え、リスナーにおやすみの挨拶をして、俺は寝巻きを脱ぎ出したのだ。
配信が続いてるとも、知らずに。
約三万人に生着替えを晒すわ、下着の中に手を突っ込み性器を掻きながら
「飲み過ぎて、チンコ熱い~。ヤりますねぇ」
なんて、珍獣先輩の物真似をしていた。
配信の翌日。正気に戻った俺は急いで非公開動画にしたが、ファンに切り抜き動画を上げられるわインプ稼ぎの青い鳥ランドアカウントにも未だに無断転載されている始末だ。
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ボス猿の機嫌を損ねたくはないけど、案が浮かばないのだろう。
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レジ袋から出てきたのは酒に、ポテチに、柿の種などの食品から、目薬やカミソリやハンドソープや汗拭きシートの日用品に、精力剤やゴムまで買ってやがる。
え、まさか、そういうつもり……なのか?
そんなの、死んでも嫌だ。
こいつらに好き放題犯されるくらいなら、舌を噛み千切って死んだ方がマシだ。
静弥とじゃないと、嫌だ。
静弥のことだから、蓮の家で泣きながら俺のこと待ってるんだろうな。
そうじゃん。迎えに、行かないと。
あの寂しがり屋で、今にも壊れそうなナイフのようなお前を抱きしめてやりたい。
コウってバレたらどうしよう……。とか、下らないことを気にしてる場合じゃなかった。
勝本が岩崎に、何か耳打ちしている。
岩崎はセンター分けのフェザーショートの髪を揺らし、それはちょっと……って口篭る。
勝本が大きく口を開き、体育祭の選手宣誓のように声高らかに宣言する。
「リスナーの皆さ~ん! お待たせしました~! 今から、しの……S君のチン毛を剃ろうと思います!」
別所がベリベリと音を立てながら、新品のハンドソープの封を切り、ポンプを上に引き上げた。
そのままポンプを押し、ハンドソープを出した。
スマホの画面には、ハンドソープを乗せた別所の手が映っていた。
コメント欄は大盛り上がりで、心底気持ち悪い。
ここで盛り上がっている奴らは、現実世界ではまともに大人やっているんだろうな。
俺にとっては加害者で、あいつらはきっと誰かの被害者なんだろう。
勝本、岩崎、別所もそうだ。
俺だって、静弥だって、そう。
俺の考えなどお構いなしに、別所は俺の性器の周りにハンドソープを塗りたくり始めた。
乾燥したゴツゴツとした手で、やすりがけをされているような気分だ。
触り方が、静弥と違う……! 虫に這われているみたいで、気持ち悪いッ!!
「あ、ぅあ、や、ヤダ……」
勇気を百パーセント以上振り絞って、出たのは蚊の鳴くような声だった。
「ヤダだって! ウケる~!」
勝本が笑うと、腰巾着二人も歯を見せて笑う。
岩崎は新品のカミソリをパッケージから出して、カバーを外して、俺の陰毛を剃っていく。
余りの恐怖と尊厳の破壊に、腰が跳ね上がってしまった。
「動くなや! 剃れねえだろ!」
勝本は躾がなってない犬のように、大声で吠えた。
右手で俺の鼻をつまみ、左手の人差し指から薬指までを口の中へ突っ込んで来る。
コイツマジで後先とか、考えないんだな……。
こんなことしたら、窒息死するかも? とか、こうすればどうなる? の想像力がないんだ。
いつの日かの、陽炎揺らめく夏の日のことを思い出した。
俺は勝本達と「八木(やぎ)商店」で買った棒つきアイスを舐めながら、コンクリートの道を歩いていた。
八木商店は、牛乳も、食パンも、週刊誌も、煙草も、酒も、ドラゴンの形の消しゴムも、虫カゴも、ブリーフも売っているなんでも屋だ。
数日前に賞味期限が切れた食パンが売っていたり、一年中花火や節分の鬼のお面も、売っている適当加減。
木造建築の狭い敷地内にありとあらゆる商品がギチギチに並べられていて、百貨店の有名洋菓子店の店員が見たら気を失いそうな配列をしていた。
八木商店の入り口には、日焼けで色飛びした有エナジードリンクのポスターが貼ってあったり、瓦の下には煙草や酒の看板が垂らされていたり昔懐かしのノスタルジーに浸る要素もある。
店に入るなり、独特の香りがした。
ばあちゃんの箪笥のような匂いや、チューイングガムの甘ったるい科学香料の匂いや、煙草の苦い匂いや、浮き輪のビニールの匂い。
全て引っくるめて、八木商店の香りだった。
もう。帰らない日々に、もう会えない勝本達。
さよなら。俺は誰にも聞かれないように、沼黒口パクでそう言った。
合成音声が読み上げるコメントは、俺の身を案じるものが増えていた。
中には『通報しました』とか『垢BANしろよ』と、勝本達を凶弾するものもあった。
配信見ているお前らも、同じ穴の狢だろ。
なに、正義の味方ぶってんだよ。本当に、キモい。
工場の重たい鉄の扉が、勢い良く開いた。
扉の方を見ると、静弥が居た。
蛍光ペンみたいなグリーンのパーカーに、グレーのナイロンズボンを履いている。
ストリートダンサーみたいな服装だけど、絶妙に似合っていない。
ヤバい。下手な漫才師の漫才より、笑える。
静弥の白い手には、大型のステンレスの工具箱が握られている。
スパナとかで、勝本を殴る気か……? いやいやいくら静弥でも、多勢に無勢だ。
俺の拘束さえ、解いてしまえば……!
身体を捻ってみるけど、そんなことでロープは千切れない。
静弥は何も言わずに勝本達に、近付いて行く。
勝本達の足元を払いのけるように蹴り、三人ほぼ同時に床に這わせた。
おお~。やるじゃん。なんて、感心したのも束の間。
静弥は慣れた手つきで、勝本ファミリーズの手首をズボンのポケットに仕込ませていた結束バンドで縛り上げた。
勝本達が動転していたのもあるけど、立ち上がる選択肢すら与えなかったぞ……。
静弥は工具箱を開けて、充電式の電動ドライバーや、電動ドライバドリルや、電動インパクトドライバを取り出した。
身体の血管が、凍っていく。
そんなもん、口に入れたら絶対に痛い。
勝本はクズだけど、そこまでするのは流石に可哀想だ。
「せ、静弥。俺、何もされてないから、平気だから」
静弥は聖母のような笑顔で、俺を見下ろした。
「ひかる君。十五分だけ、目を閉じててくれるかな。音楽も聞いててね。ちゃんと出来たら、ご褒美あげる」
静弥はそう言って俺の耳の穴にワイヤレスイヤホンを捩じ込み、音楽アプリの検索履歴を開き、再生ボタンを押した。
言われた通りに瞳を閉じて、音楽を聴く。
イヤホン越しに、聞こえる勝本達の悲鳴。余りに汚い濁音だらけの声で、
「ケツ、壊れるから!」だの「死んじまうよォ!」だの「人工肛門にする気かよ!」だの聞こえて来た。
なんだよ。その想像力は、働くのかよ。
「静弥さん……?」
「お待たせ。ひかる君、帰ろう」
瞳を開けるといつもと変わらない、濁った沼のような表情をした静弥が居た。
静弥は俺の拘束を解き、俺の存在を確かめるように強く抱きしめた。
「ごめんね」
静弥はそう言って、俺の背中を優しく摩る。
その「ごめんね」は今までのどの謝罪よりも、俺の心に沈んだ。
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これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。
無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!
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