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三十七話
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静弥と二人で夕飯を食べた時に、相澤の話になった。
あの相澤が静弥と同じアルバイト先なんて、世間は狭すぎる。
明日は静弥もバイト終わりに、俺達に合流するらしい。
夕食を口に入れる度に静弥は大袈裟に「美味しい」と言っていたのが、何より嬉しかった。
一緒に風呂に入ったりして、浮かれてると思う。
俺の心は嵐の前のように穏やかなのは、きっと決意を決めたからだと思う。
*
楽しい時間と言うのはあっという間に過ぎるもので、相澤は相変わらずだったし犬山は社不に退化していた。
静弥も二人に溶け込んでいて、こうして見たら高校時代は四人グループだったような幻覚すら見えた。
今の時刻は、深夜十一時。
間もなく日曜日が終わり、憂鬱な月曜日がやって来る。
俺は母校の小学校のブランコを、一人で漕いでいた。
ブランコも、うんていも、シーソーも、鉄棒も何もかも小さくて、あの時とは違うのだと改めて突き詰められる。
ブランコが上がる度に天に近付いた気がするけど、当たり前に星も夜空も掴めない。
東京と違って、星空が綺麗だ。
セキュリティーは、どうなってんのか? って? 個人情報すら保護しない田舎の学校だ。
校門の南京錠くらい、ネットで得た情報ですぐ壊せた。
一筋の風が吹き、校庭の葉桜の葉っぱを揺らす。
葉っぱが落ちた方を見ると、見知った男が仁王立ちで立っていた。
「待ちくたびれたぞ、勝本」
「ガチで、なんなんだよ!」
この間会った時より、勝本は更に年老いた気がする。
身体の厚みもなくなり、本人の人間性同様に薄っぺらい。
「金魚のフンは、どうしたよ」
「あいつら、俺を裏切りやがった! あいつらだって同罪なのに、俺一人が悪いみたいなこと言い出すんだぜ! お前を殺してから、殺してやんよ」
別所と岩崎は、今更目を覚ましたのかよ。馬鹿な奴ら……勝本と、俺の次くらいに。
先程から木々の葉っぱが揺れていて、少し不気味だ。
そう言えば、宝桜の庭もこんな感じだったな。
自然は人間の都合などお構いなしな癖して、よく見ているのかもしれない。
「どうせアレだろ。沼黒に謝れって、言うんだろ。言っとくけど、俺ら被害者だから」
「は!? あんなこと、しといて!?」
俺は勝本の胸倉を、掴んだ。
「あいつの母親、うちの親父に結婚チラつかせてシャンパン五百万入れさせたんだぞ!?」
「……え」
静弥の母親は確か、キャバ嬢だったよな……。勝本の父が静弥の母親のリップサービスに本気になって、五百万も入れさせたって事だよな?
総額だろうけど、勝本の父親はサラリーマンの平均年収くらいの額を静弥の母親に注ぎ込んだのか。
「知るか! キャバ嬢の営業って、見抜けないお前の親父が悪いわ!」
母親と子供は、関係ないだろう。親が犯罪者だからって、子供も同じ罪を犯した訳じゃない。
それは俺が当事者じゃないから思うだけで、当事者だったならば一族を根絶やしにしてやりたい! くらいの殺意は、生まれるかもしれない。
「あいつ、俺の父ちゃんと寝たんだぞ! うちの母ちゃんがあいつの母親に怒鳴りつけても『え? 既婚者が他人を好きになったらいけないなんて、法律ないと思いますけど』とか、言いやがった! 父ちゃんと母ちゃん、喧嘩ばかりするようになったし! 五百万は、俺が大学行く為の金だったのに! だから、俺、高卒で働いて、その仕事も、クビにされた! 父ちゃんの工場が潰れたのも、沼黒のせいだ! あいつが、全部なんもかんも壊したんだよ!」
勝本の汚い唾が俺の顔に、何滴もかかる。
手の甲で顔を拭ってから、勝本の胸板を押した。
勝本の言葉はまるで文脈がなくて、小学生WeeTuberの配信みたいだと思った。
台本なんて考えず、思ったことをカメラの前でそのまま喋るだけのグダグダな配信。
もしかしたら、あの廃工場は勝本の親父さんの工場だったのかもしれない。
勝本は加害者であり、被害者だった。
それでも、やったことが許される訳じゃない。
「ふざけんなよ! 母親と、静弥は関係ないだろ……! お前が首切られたんは、宝桜の件じゃんか!」
百歩譲って母親のことは勝本の理屈を聞くにしても、宝桜の件は自業自得でしかない。
この様子じゃ宝桜に碌に謝罪すら行ってないだろうから、反省が足りないくらいだ。
「沼黒が、滝澤ガレツにチクったんだろ! 知ってんだからな!」
「それ、本人から聞いたのかよ」
「聞いてねえけど、絶対そうなんだよ!」
勝本は憶測でしかないのに、さも真実かのように話している。
瞳は一切の翳りがないどころろか、たくさんの光彩がゆらゆらと水槽の中で泳ぐ金魚のように泳いでいる。
ネットに悪口書き込んでる奴らって、こういう目をしてんのかな。
勝本達はエンスタのストーリーに、宝桜で暴れている様子をあげていた。
エンスタのストーリーは例えば勝本が鍵垢にしていても、フォローの有無関わらず誰でも見られる。
それこそ顔も名前も知らない、赤の他人だって見れるのだ。
ストーリーは一日で消えるから、大丈夫だろう。と考えたのか、何も考えてなかったのか……。
そのリスクが分かっていなく、身内の犯行だ。って思ってるあたり、ネットリテラシーの低さが伺える。
「メサーズも、ピカキンも、竹本仁志もパキたんも知らない奴が滝澤ガレツ知らないと思うけどな」
「俺が大学の学費や父ちゃんと母ちゃんのことを相談した時に、言ったことはマジだっつの!」
まるで縋り付くように、勝本は言う。
別所と岩崎二人の友人を、勝本は失った。職場の人間や、高校の友人とも関係が切れたのだろう。
だから、俺に縋っているのだろう。一人は、寂しいから。
本当に馬鹿過ぎて、笑える。あんなことしておいて、殺すとか宣言した奴に友達で居て欲しいなんて。
「沼黒の奴『大学って、そんなに重要かな? 勝本君なら行かなくても、生きていけそう』だの『両親の喧嘩って、そんなに辛いものなの? 所詮は、他人でしょ。勝本君、純粋で心配になる』とか言って来たんだよ!」
何を言うか何をするかより誰が言うか誰がするかで、人間は判断する。と、聞いたことがある。
勝本からしたら、元凶の息子が何言ってんだよ! ふざけんな! って、感情だったのだろう。
静弥からしたら、わざわざ僕になんで相談するの? 当てつけだろうな。って思ったから、言ったんだろう。
この件だけで言うなら、どっちもどっちだと思う。
だけど俺は静弥の気持ちの方が、分かる気がした。
物心がついた頃から両親の仲が悪くて、静弥にとってはそれが当たり前だ。
静弥の父親はとっくに居なくなってるし、母親も生活サイクルが違うから碌に顔を合わせてなかっただろう。
両親が普段は仲良いのに、喧嘩してるのが辛い。と思える勝本の優しさや純粋さや健気さが、静弥は羨ましかったんだ。
それと同時にみんなは「普通」に仲良い両親が居て、親が喧嘩したら「当たり前」に悲しいものだ。という自分との溝を、突きつけられた。
自分がおかしいのだと、自身を酷く責める静弥の姿は容易に想像出来た。
そして勝本達の行いを、普通じゃない自分が受けるべき報いと思ったのだろう。
勝本にとって静弥のその言葉が、トリガーになったのだろう。
その人間に叩いて良い理由があれば、人間はどこまでも残酷になれる。
静弥は勝本達にとって罪人で、自分達のことを死刑執行人か何かだと錯覚を覚えたのだろう。
畳み掛けるように、勝本は言葉を続ける。
「お前も毒親育ちだから、沼黒に優しくしてんだろ! それって、愛でもなんでもないから! 底辺同士の慰め合いだからな! お前の親父なんかデブでニートの癖に、ネットでイキり散らかしててガチ痛いつーの!」
勝本が自身のスマホの画面を、俺に見せて来た。
画面には「山南科学館」の青い鳥ランドのアカウントが映っていて、こんな辺境の地の趣味のからくり屋敷にしてはリポストやらインプレが多い。
「山南科学館」のアカウントの運営者は親父で、天然のおじさん構文の使い手だ。
仮にも公式アカウントとは思えない下ネタとか女の口説き方の呟きが痛すぎてミュートにしているから、最近の発言は知らない。
勝本の手からスマホを奪い、山南科学館のアカウントの呟きを見る。
『母の日にブラジャーのホックを外す、男型ラブドールを家内に作った。家内はこんなの作るくらいなら、洗濯物を畳むでも良いから家事を手伝って欲しいと泣き出した。泣きたいのは、俺だ』
『母の日のツイートが、フェミニストに燃やされている。男に相手されない閉経ババアが俺たちに、嫉妬しているらしい。フェミニストの本質を見た気がする』
『息子のファンが、俺のことを悪く言っている。息子の箸の持ち方や字が汚いだけで、他人を毒親呼ばわりとは聞いて呆れる』
『お前ら、五月蝿いんだよ!インターネットに、他人を傷付けるな。と、学校の授業で習わなかったのか?俺がしたことが罪に該当するなら、謝ってやる。冤罪なら、どうするつもりなんだ?法的措置も考えている』
なんだよ、コレ……。この痛い文章を、親父が投稿したのか? キモ過ぎだろ!! なんなんだよ!! 頼むからこれ以上恥を晒す前に、アカウントを消すか死んでくれよ!!
こんなに強い感情を抱くのは、自分にも覚えがあるからだ。
配信に一個でも否定的なコメントがついたら、暴れ散らかしていた俺。
母親だけじゃなくって、父親の影もなぞってんのかよ……。
剃毛配信、以来怖くてエゴサをかけられていなかった。
恐る恐る青い鳥ランドの虫眼鏡のマークをタップして、三位一体 緑で検索をかけてみる。
『三位一体の緑の父親、炎上してるね。なんか納得した。蛙の子は、蛙。あの親から生まれてたら、そら教養ないわな』
『緑担の箱推しです。三位一体が、本当に大好きでした。以前より緑と、紫赤の温度差を感じていました。ただの違和感でしかなかったけど、符号が合った気がします』
『緑、本当にお荷物www不人気なんだから、脱退しても変わらないでしょ。寧ろファン増えるよwwwこれ以上、三位一体に泥を塗らないでくださ~いwww』
ざっと目についたものだけでも、酷い言われようだ。
これ以上見たら、精神が元通りにならないかもしれない。
有名な海外の動画で、母親が子供に悪口を言うのはどういうことかを教えるものがある。
まず母親は子供に白い紙を見せて、紙を見せた後に子供に紙へと悪口を言わせる。
母親は悪口を言われた紙をぐしゃぐしゃに丸めて子供に紙を広げさせるが、一度皺がいった紙を元通りには戻せない。
一度、言ったことは取り消せないんだよ。と言う、暗喩だと思う。
心、だって同じだ。他人に言われたこと、されたことで入ってしまった皺は、元通りにはならない。
感謝の言葉も、褒め言葉も、悪口も、暴言も、嫌味も。
全部、残るのだ。
俺は震える手で、非公開リストの一つである俺を推してくれてる子達のリストを開く。
この子達なら、酷いことを言わない。俺のこと、分かってくれる。
『みんな、コウ君のこと悪く言わないで。コウ君だって、一人の人間だよ。コウ君はすごく頑張り屋さんなんだよ』
うん。そうだよ。メンバーの中で一番練習してるし、ファンとかVとか女の子の配信者と繋がったりしてない。
『推しの笑顔に、いつも救われてました。コウ君の笑顔は、二人より安心出来たから。今、分かったの。あの笑顔は、大人に媚びる為のものだって。同じ毒親育ちの笑顔なんだって』
『お箸の持ち方が変だったり、漢字が弱かったり全て納得がいっちゃった。推しは、大人がちゃんと保護するべき子だったんだよ。二人との人気の差は、親の差はあるよね』
『コウ君の優しいところは、親の機嫌をずっと伺ってたからだよね。配信中の独り言がたまに怖い時あるし、福祉につながって欲しいな』
なんだよ。お前ら。俺が、推しなんじゃないのかよ。
俺がどんな人間でも推すのが、信者(ファン)じゃねぇのかよ。
どいつもこいつも、ふざけやがって。
勝本は項垂れている俺の頭を、力加減なしに平手で叩いた。
「ファンにも見放されて、カワイソ~! 沼黒に慰めてもらえよ! あいつ母親に殺されかけたから、お似合いじゃん!」
「は、母親に……?」
「え? 知らねえの? あの女、実の息子がくれた誕生日プレゼントのネックレスで息子の首絞めたんだぜ! ウケる!」
俺はなんてことを、してしまったんだろう。
静弥にそんなことがあったなんて露ほども知らず、相手の希望も聞かずに、なんてことを……!
目の前が、真っ暗になる。映画と同じ、虚無の世界が訪れる。
静弥が言っていた「正しいことは、相手が望むことをすること」の意味が、本当の意味で分かった気がした。
耳障りな勝本の声は、虫の羽音のように響く。
殺さないと! その為に、俺はここへ来たんだ! 世界中の人間に嫌われても、世界中の敵を殺しても静弥の笑顔を守りたい。
その為に、一番やりやすい人間を選んだ筈なのに。
俺は拳を振り上げるも、勝本を叩けなかった。
オレが俺に、問うてくるのだ。
『それは静弥が望んだ、正しいことなのか?』
って。
なんの為の拳なんだ?
俺に間違えた形でも愛をくれた、静弥。時には喧嘩しながら、一緒に踊った歩夢と智顕。こんな俺に、支援金を教えてくれた店長。昔と変わらない態度で接してくれた相澤に、犬山。謝ってくれた母親。静弥の誕生日パーティーの準備を手伝ってくれた、兄弟。俺に忠告してくれた、雲雀丘。怖かっただろうに、助けに来てくれた沢井。
それ以外のみんなに助けられて、この手はあるのに。
俺が振るおうとしてるこの拳って、自分の為のものでしかなくない?
「駄目だよ。晄君」
甘い葡萄酒のような声が、俺の手ごと全てを抱きしめた。
あの相澤が静弥と同じアルバイト先なんて、世間は狭すぎる。
明日は静弥もバイト終わりに、俺達に合流するらしい。
夕食を口に入れる度に静弥は大袈裟に「美味しい」と言っていたのが、何より嬉しかった。
一緒に風呂に入ったりして、浮かれてると思う。
俺の心は嵐の前のように穏やかなのは、きっと決意を決めたからだと思う。
*
楽しい時間と言うのはあっという間に過ぎるもので、相澤は相変わらずだったし犬山は社不に退化していた。
静弥も二人に溶け込んでいて、こうして見たら高校時代は四人グループだったような幻覚すら見えた。
今の時刻は、深夜十一時。
間もなく日曜日が終わり、憂鬱な月曜日がやって来る。
俺は母校の小学校のブランコを、一人で漕いでいた。
ブランコも、うんていも、シーソーも、鉄棒も何もかも小さくて、あの時とは違うのだと改めて突き詰められる。
ブランコが上がる度に天に近付いた気がするけど、当たり前に星も夜空も掴めない。
東京と違って、星空が綺麗だ。
セキュリティーは、どうなってんのか? って? 個人情報すら保護しない田舎の学校だ。
校門の南京錠くらい、ネットで得た情報ですぐ壊せた。
一筋の風が吹き、校庭の葉桜の葉っぱを揺らす。
葉っぱが落ちた方を見ると、見知った男が仁王立ちで立っていた。
「待ちくたびれたぞ、勝本」
「ガチで、なんなんだよ!」
この間会った時より、勝本は更に年老いた気がする。
身体の厚みもなくなり、本人の人間性同様に薄っぺらい。
「金魚のフンは、どうしたよ」
「あいつら、俺を裏切りやがった! あいつらだって同罪なのに、俺一人が悪いみたいなこと言い出すんだぜ! お前を殺してから、殺してやんよ」
別所と岩崎は、今更目を覚ましたのかよ。馬鹿な奴ら……勝本と、俺の次くらいに。
先程から木々の葉っぱが揺れていて、少し不気味だ。
そう言えば、宝桜の庭もこんな感じだったな。
自然は人間の都合などお構いなしな癖して、よく見ているのかもしれない。
「どうせアレだろ。沼黒に謝れって、言うんだろ。言っとくけど、俺ら被害者だから」
「は!? あんなこと、しといて!?」
俺は勝本の胸倉を、掴んだ。
「あいつの母親、うちの親父に結婚チラつかせてシャンパン五百万入れさせたんだぞ!?」
「……え」
静弥の母親は確か、キャバ嬢だったよな……。勝本の父が静弥の母親のリップサービスに本気になって、五百万も入れさせたって事だよな?
総額だろうけど、勝本の父親はサラリーマンの平均年収くらいの額を静弥の母親に注ぎ込んだのか。
「知るか! キャバ嬢の営業って、見抜けないお前の親父が悪いわ!」
母親と子供は、関係ないだろう。親が犯罪者だからって、子供も同じ罪を犯した訳じゃない。
それは俺が当事者じゃないから思うだけで、当事者だったならば一族を根絶やしにしてやりたい! くらいの殺意は、生まれるかもしれない。
「あいつ、俺の父ちゃんと寝たんだぞ! うちの母ちゃんがあいつの母親に怒鳴りつけても『え? 既婚者が他人を好きになったらいけないなんて、法律ないと思いますけど』とか、言いやがった! 父ちゃんと母ちゃん、喧嘩ばかりするようになったし! 五百万は、俺が大学行く為の金だったのに! だから、俺、高卒で働いて、その仕事も、クビにされた! 父ちゃんの工場が潰れたのも、沼黒のせいだ! あいつが、全部なんもかんも壊したんだよ!」
勝本の汚い唾が俺の顔に、何滴もかかる。
手の甲で顔を拭ってから、勝本の胸板を押した。
勝本の言葉はまるで文脈がなくて、小学生WeeTuberの配信みたいだと思った。
台本なんて考えず、思ったことをカメラの前でそのまま喋るだけのグダグダな配信。
もしかしたら、あの廃工場は勝本の親父さんの工場だったのかもしれない。
勝本は加害者であり、被害者だった。
それでも、やったことが許される訳じゃない。
「ふざけんなよ! 母親と、静弥は関係ないだろ……! お前が首切られたんは、宝桜の件じゃんか!」
百歩譲って母親のことは勝本の理屈を聞くにしても、宝桜の件は自業自得でしかない。
この様子じゃ宝桜に碌に謝罪すら行ってないだろうから、反省が足りないくらいだ。
「沼黒が、滝澤ガレツにチクったんだろ! 知ってんだからな!」
「それ、本人から聞いたのかよ」
「聞いてねえけど、絶対そうなんだよ!」
勝本は憶測でしかないのに、さも真実かのように話している。
瞳は一切の翳りがないどころろか、たくさんの光彩がゆらゆらと水槽の中で泳ぐ金魚のように泳いでいる。
ネットに悪口書き込んでる奴らって、こういう目をしてんのかな。
勝本達はエンスタのストーリーに、宝桜で暴れている様子をあげていた。
エンスタのストーリーは例えば勝本が鍵垢にしていても、フォローの有無関わらず誰でも見られる。
それこそ顔も名前も知らない、赤の他人だって見れるのだ。
ストーリーは一日で消えるから、大丈夫だろう。と考えたのか、何も考えてなかったのか……。
そのリスクが分かっていなく、身内の犯行だ。って思ってるあたり、ネットリテラシーの低さが伺える。
「メサーズも、ピカキンも、竹本仁志もパキたんも知らない奴が滝澤ガレツ知らないと思うけどな」
「俺が大学の学費や父ちゃんと母ちゃんのことを相談した時に、言ったことはマジだっつの!」
まるで縋り付くように、勝本は言う。
別所と岩崎二人の友人を、勝本は失った。職場の人間や、高校の友人とも関係が切れたのだろう。
だから、俺に縋っているのだろう。一人は、寂しいから。
本当に馬鹿過ぎて、笑える。あんなことしておいて、殺すとか宣言した奴に友達で居て欲しいなんて。
「沼黒の奴『大学って、そんなに重要かな? 勝本君なら行かなくても、生きていけそう』だの『両親の喧嘩って、そんなに辛いものなの? 所詮は、他人でしょ。勝本君、純粋で心配になる』とか言って来たんだよ!」
何を言うか何をするかより誰が言うか誰がするかで、人間は判断する。と、聞いたことがある。
勝本からしたら、元凶の息子が何言ってんだよ! ふざけんな! って、感情だったのだろう。
静弥からしたら、わざわざ僕になんで相談するの? 当てつけだろうな。って思ったから、言ったんだろう。
この件だけで言うなら、どっちもどっちだと思う。
だけど俺は静弥の気持ちの方が、分かる気がした。
物心がついた頃から両親の仲が悪くて、静弥にとってはそれが当たり前だ。
静弥の父親はとっくに居なくなってるし、母親も生活サイクルが違うから碌に顔を合わせてなかっただろう。
両親が普段は仲良いのに、喧嘩してるのが辛い。と思える勝本の優しさや純粋さや健気さが、静弥は羨ましかったんだ。
それと同時にみんなは「普通」に仲良い両親が居て、親が喧嘩したら「当たり前」に悲しいものだ。という自分との溝を、突きつけられた。
自分がおかしいのだと、自身を酷く責める静弥の姿は容易に想像出来た。
そして勝本達の行いを、普通じゃない自分が受けるべき報いと思ったのだろう。
勝本にとって静弥のその言葉が、トリガーになったのだろう。
その人間に叩いて良い理由があれば、人間はどこまでも残酷になれる。
静弥は勝本達にとって罪人で、自分達のことを死刑執行人か何かだと錯覚を覚えたのだろう。
畳み掛けるように、勝本は言葉を続ける。
「お前も毒親育ちだから、沼黒に優しくしてんだろ! それって、愛でもなんでもないから! 底辺同士の慰め合いだからな! お前の親父なんかデブでニートの癖に、ネットでイキり散らかしててガチ痛いつーの!」
勝本が自身のスマホの画面を、俺に見せて来た。
画面には「山南科学館」の青い鳥ランドのアカウントが映っていて、こんな辺境の地の趣味のからくり屋敷にしてはリポストやらインプレが多い。
「山南科学館」のアカウントの運営者は親父で、天然のおじさん構文の使い手だ。
仮にも公式アカウントとは思えない下ネタとか女の口説き方の呟きが痛すぎてミュートにしているから、最近の発言は知らない。
勝本の手からスマホを奪い、山南科学館のアカウントの呟きを見る。
『母の日にブラジャーのホックを外す、男型ラブドールを家内に作った。家内はこんなの作るくらいなら、洗濯物を畳むでも良いから家事を手伝って欲しいと泣き出した。泣きたいのは、俺だ』
『母の日のツイートが、フェミニストに燃やされている。男に相手されない閉経ババアが俺たちに、嫉妬しているらしい。フェミニストの本質を見た気がする』
『息子のファンが、俺のことを悪く言っている。息子の箸の持ち方や字が汚いだけで、他人を毒親呼ばわりとは聞いて呆れる』
『お前ら、五月蝿いんだよ!インターネットに、他人を傷付けるな。と、学校の授業で習わなかったのか?俺がしたことが罪に該当するなら、謝ってやる。冤罪なら、どうするつもりなんだ?法的措置も考えている』
なんだよ、コレ……。この痛い文章を、親父が投稿したのか? キモ過ぎだろ!! なんなんだよ!! 頼むからこれ以上恥を晒す前に、アカウントを消すか死んでくれよ!!
こんなに強い感情を抱くのは、自分にも覚えがあるからだ。
配信に一個でも否定的なコメントがついたら、暴れ散らかしていた俺。
母親だけじゃなくって、父親の影もなぞってんのかよ……。
剃毛配信、以来怖くてエゴサをかけられていなかった。
恐る恐る青い鳥ランドの虫眼鏡のマークをタップして、三位一体 緑で検索をかけてみる。
『三位一体の緑の父親、炎上してるね。なんか納得した。蛙の子は、蛙。あの親から生まれてたら、そら教養ないわな』
『緑担の箱推しです。三位一体が、本当に大好きでした。以前より緑と、紫赤の温度差を感じていました。ただの違和感でしかなかったけど、符号が合った気がします』
『緑、本当にお荷物www不人気なんだから、脱退しても変わらないでしょ。寧ろファン増えるよwwwこれ以上、三位一体に泥を塗らないでくださ~いwww』
ざっと目についたものだけでも、酷い言われようだ。
これ以上見たら、精神が元通りにならないかもしれない。
有名な海外の動画で、母親が子供に悪口を言うのはどういうことかを教えるものがある。
まず母親は子供に白い紙を見せて、紙を見せた後に子供に紙へと悪口を言わせる。
母親は悪口を言われた紙をぐしゃぐしゃに丸めて子供に紙を広げさせるが、一度皺がいった紙を元通りには戻せない。
一度、言ったことは取り消せないんだよ。と言う、暗喩だと思う。
心、だって同じだ。他人に言われたこと、されたことで入ってしまった皺は、元通りにはならない。
感謝の言葉も、褒め言葉も、悪口も、暴言も、嫌味も。
全部、残るのだ。
俺は震える手で、非公開リストの一つである俺を推してくれてる子達のリストを開く。
この子達なら、酷いことを言わない。俺のこと、分かってくれる。
『みんな、コウ君のこと悪く言わないで。コウ君だって、一人の人間だよ。コウ君はすごく頑張り屋さんなんだよ』
うん。そうだよ。メンバーの中で一番練習してるし、ファンとかVとか女の子の配信者と繋がったりしてない。
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『お箸の持ち方が変だったり、漢字が弱かったり全て納得がいっちゃった。推しは、大人がちゃんと保護するべき子だったんだよ。二人との人気の差は、親の差はあるよね』
『コウ君の優しいところは、親の機嫌をずっと伺ってたからだよね。配信中の独り言がたまに怖い時あるし、福祉につながって欲しいな』
なんだよ。お前ら。俺が、推しなんじゃないのかよ。
俺がどんな人間でも推すのが、信者(ファン)じゃねぇのかよ。
どいつもこいつも、ふざけやがって。
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「ファンにも見放されて、カワイソ~! 沼黒に慰めてもらえよ! あいつ母親に殺されかけたから、お似合いじゃん!」
「は、母親に……?」
「え? 知らねえの? あの女、実の息子がくれた誕生日プレゼントのネックレスで息子の首絞めたんだぜ! ウケる!」
俺はなんてことを、してしまったんだろう。
静弥にそんなことがあったなんて露ほども知らず、相手の希望も聞かずに、なんてことを……!
目の前が、真っ暗になる。映画と同じ、虚無の世界が訪れる。
静弥が言っていた「正しいことは、相手が望むことをすること」の意味が、本当の意味で分かった気がした。
耳障りな勝本の声は、虫の羽音のように響く。
殺さないと! その為に、俺はここへ来たんだ! 世界中の人間に嫌われても、世界中の敵を殺しても静弥の笑顔を守りたい。
その為に、一番やりやすい人間を選んだ筈なのに。
俺は拳を振り上げるも、勝本を叩けなかった。
オレが俺に、問うてくるのだ。
『それは静弥が望んだ、正しいことなのか?』
って。
なんの為の拳なんだ?
俺に間違えた形でも愛をくれた、静弥。時には喧嘩しながら、一緒に踊った歩夢と智顕。こんな俺に、支援金を教えてくれた店長。昔と変わらない態度で接してくれた相澤に、犬山。謝ってくれた母親。静弥の誕生日パーティーの準備を手伝ってくれた、兄弟。俺に忠告してくれた、雲雀丘。怖かっただろうに、助けに来てくれた沢井。
それ以外のみんなに助けられて、この手はあるのに。
俺が振るおうとしてるこの拳って、自分の為のものでしかなくない?
「駄目だよ。晄君」
甘い葡萄酒のような声が、俺の手ごと全てを抱きしめた。
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無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
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どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
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