女神ノ穢レ

紅雪

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四章 主ニ捧グ理明ノ焔

31.天馬

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「お嬢さん方、どちらまで行かれるのかね?この先のソリュンヘまでだが、よろしければ馬車でお送りしますよ。」

アイクレッセを出て二週間、ランフェルツ公国の国境をリリエルと目指していた。
もうすぐ日も暮れるので、そろそろ野営の場所を決めようかと話しながら。
そんな時、六頭立ての大きな馬車が私たちを追い越し停まった。
顔立ちの整った青年が降りてくると、笑顔で話しかけてくる。

確かに、馬車であれば楽でしょうね。
ソリュンヘも経由地であるため、早いに越したことはない。
前の町で、急遽馬が入用になったため、数日待たないと貸せないという事から、ソリュンヘまでは徒歩で移動していたのだから。

「この辺は物騒だから、女性二人で野宿は危険だと思ってね、声を掛けた次第だよ。そんな疑わしい目をしないでくれ。」

胡散臭いと思って、黙って見返していたらそんな事を言われた。
青年は寂しそうな目をして言うが、それが目だけなのは自分から怪しいと言っているようなものね。
演技が下手。

「徒歩で楽しんでるからいいよ。」
リリエルも細めた眼のままで返事をする。
「そうか、それは残念だ。綺麗なお嬢さん方が夜盗等に襲われる姿は想像したくなかったものでね。」
「へぇ。夜盗に襲われる前に自分たちが襲うと?」
私とリリエルが馬車に目を向けながら言う。
「何を馬鹿な事を。僕はお嬢さん方の身を心配して・・・隠しておけと言っただろうがっ!!」
諦めずに続けようとした青年は、私とリリエルがずっと馬車を見ている事に気づいて振り返り、見た瞬間声を荒げた。

優しい声音はどこへやら、顔つきも崩れその辺の野盗と大差なくなっていた。

もう殴られ姿は見えなくなったが、馬車の窓には裸の女性がしがみついて、懇願する目をこっちに向けていた。
助けて欲しい。
多分、そんな目を。
「もういいだろ、無理矢理連れ込めば。」
「誰の所為でそうなったと思っている!」
別の男が馬車から降りて言うと、青年だった男が睨み付けて言った。

「何人?」
「多分五人ね。」
リリエルに聞かれたから、答える。
馬車に乗っている人数含め、相手にしなければならない数を。
「晩ご飯前の軽い運動だね。」
私はやりたくないのだけど・・・

「俺こっちな。」
「はいはい、お前の幼女趣味はわかったから・・・」
後から降りてきた男が、下卑た笑みを浮かべながらリリエルに近付き始めると、話しかけてきた男が呆れて言う。
「へぇ、あたしを指名なんて、そんなに遊んで欲しいんだ。」
リリエルが右手を握ったり開いたりしながら、潰す形態の表情になったのが横目に入る。
「という事だ。大人しくすれば痛い思いはしなくてすむぞ?」
馬車から三人の男が続けて降りてくるのを、最初に話しかけてきた男が確認して私に言う。
私は痛い事にならないと思うけど。

「おいおい、自分から乗り気な奴は初めてだぜ。どんな風に楽しませてくれるんだ!・・・」
リリエルに近付いていた男が嬉々として言ったが、足が氷漬けになり動かなくなった事で疑問の表情になる。
「え、楽しむのはあたしだけだけど?あんたに順番なんか回らないって。」
氷塊を生成して掴みながら、男以上の狂喜を顔に浮かべてリリエルがゆっくりと近付き始めた。
「な!魔法使いかよ!」
私の目の前にいた男の、それが最後の言葉になった。
リリエルの方を見たまま頭部が宙を舞ったので、何が起きたかわからないでしょうね。

間欠泉の様に切断された首から鮮血を吹き出し、やがて鈍い音を立てて身体が地面に激突する。
散った血が服に付かないよう距離を取って、残りの男たちに向かった。
「アリアちゃん、あんまり激しく動くから下着見えてるよ。」
「リリエルがこの服着せたんでしょ!」
満面の笑みを浮かべて親指を立てるリリエルに向かって、つい声を大きくしてしまった。

「逃げるなんてよくないなぁ。」
残りの男三人は、状況が悪いと判断すると馬車に駆け寄った。
だが、リリエルが三人とも氷漬けにする。
こういう時、凍らせるのは便利よね。
私が魔法を使うと馬車まで燃やしてしまいそうだから。
「馬調達完了!」
あ、そうね。
「確かに、明日からの移動が楽になるわね。」
「うん。それより、どうする?」
リリエルが馬車の中で、怯えた眼を向ける女性を指差した。
「時間も時間だし、今夜は保護しようか。馬に乗れるなら後は自由にしてもらうしかないかな。」
「だね。そうしよう。」

それから野宿に適当な場所を探して、三人で休むことにした。




-同日夜 エルメラデウス領-

「エルメラデウス様、準備が整いました。」
「うむ。マリアは?」
「既に乗車いただいております。」
城の大扉の前にいたエルメラデウスにエウスが報告をした。
城内へ続く絨毯の道、その両側には城内で働く幾人もの使用人が並んでいる。
「すまぬが余が留守の間、城の事は頼む。」
「お任せください。お気をつけていってらっしゃませ。」
使用人の先頭にいた女性が言い、恭しく頭を垂れると他の者も続く。



エルメラデウス領主
エルメラデウス・ヴァリアーヌ

貴公の王国への寄与には大いに感謝を述べる。
だが、貴公には女神の浄化の塵を集め国家転覆を企む疑惑がかけられている。
王国として懸念を払拭するため、本文書を受領とともに、貴公の領主権限を剝奪するものとする。
以降、エルメラデウス領は王国直轄領として、王国より派遣する官僚により治める事とする。
なお、現在従事する者については現状通りの扱いとするが、不都合がある者については辞しても構わない。

本内容に関して異議申し立てを行う場合、反逆の意と受け取る場合があることは心に留めておくように。

メイオーリア国王
ローデルベリウ・フェグレリート



「燃やしておくのじゃ。」
エルメラデウスは先日受け取った文書を破り捨てると、それだけ言い扉に向かう。
扉を開けた先には既に、四頭立ての馬車が停車している。
ただ、一般的な馬車と違い箱が小さく、表面が月明かりに照らされ黒光りしていた。
「天馬の方は万全でございます。」
「道楽の代物のつもりじゃったが、本格的に乗る事になるとはの。」


「用意周到な事に明日には代行殿が来おる。」
エルメラデウスは箱に乗り込みながら言う。
向かい合わせの座席が多い一般的な箱と違い、座席はすべて進行方向を向いていた。
後部座席には既にマリアが座っている
「初めから領を巻き上げるつもりだったのでしょう?」
「じゃろうな。文書が届く前に代行も出発しておる。アリアの合流を契機に動いたんじゃろう。」
マリアの言葉に頷きながら、エルメラデウスも後部座席に座った。
最後にエウスが乗り込むと、座席から伸びた手綱を手に取る。
「代行殿は驚くでしょうな。エルメラデウス様の不在に。」
「余は既に領主でもなんでもない、引継ぎ等してるやる義理もないじゃろう。」
エルメラデウスが言って嗤うと同時に、エウスが手綱を捌き四頭の馬が一斉に歩き出す。


「ランフェルツ公国へは王都経由で頼む。」
「よろしいので?」
エルメラデウスの言葉に、エウスが懸念を示す。
まだ疑いだけではあるが、その疑いにより領主権を剥奪された者が王都に近付いていいものかと。
「構わぬ。ローデルベリウに一つ確認しておきたいだけじゃ。捕まるような下手な真似はせぬよ。」
「承知致しました。」
だが、主がそう言うのであればと、エウスは了承した。
「だけど酷い言いがかりよね。」
「塵という存在の脅威は、それだけ根深いという事なのじゃろう。まぁ宰相殿に至ってはそうとも言えぬが。」
「そもそも王様は容認しているのよね。それに、王城くらいエルメラだけでも落とせそうって考えると、今更な話しだわ。」
「そうじゃな。」
窓の外を見ながら言うマリアの言葉に、エルメラデウスは相槌を打ちながら考え込む。

「どうしたの?」
察したマリアがエルメラデウスを気にしたが、エルメラデウスはすぐに表情を緩めた。
「いや、マリアの言う通りじゃなと思っただけよ。」
「そう。」
マリアはそれだけ口にすると、闇の広がる窓に視線を戻した。

(この件にローデルベリウが関与していないだろう事は、初めから予想の範疇じゃ。)
エルメラデウスも反対側の窓に視線を移すと、先程マリアが言った言葉に思慮を巡らす。
(故に、マリアの言う通り今更じゃ。余の存在が脅威なれば、早い段階で動く事も可能じゃったはず。)

(余が塵である事も周知の事実。であれば、何かの契機で宰相殿が動いたと考えるのが自然じゃな。)
そこまで考えると、エルメラデウスは考える事を止め、前方に目を向ける。

通常の箱は御者台が外にあるが、この箱は内部にあり前面にも硝子の窓が設えられている。
エウスが座る座席からは手綱が伸びているが、それ以外にも車輪を制御する取手が付いていた。
エウスはそれに片手を掛け、進行方向に注意を向けている。
(これ以上は直接ローデルベリウと話さねばわからぬ。)

(いや、可能性としては話してもわからぬ方が高いか・・・)
闇の中を進む馬車同様、エルメラデウスの考えもそこから先は闇となってしまっている。
再び窓の外に視線を向けるが、広がる闇は変わらない。
現在の王国の未来がこの闇の様であれば、自身の居城を取り戻す事すらその一端では思ってしまう。
大それた考えに至ってしまったが、それが杞憂であれば良いと、エルメラデウスは目を閉じ馬車の揺れに身を任せた。
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