上 下
14 / 40

14話 どうして、そうなるんですか?

しおりを挟む
少し前の時間、水奈月莉菜の部屋。
『莉菜、ありがとう。
 昨日はとても幸せな一日だったの。
 本当に莉菜には感謝してもしきれない。
 私、甘えてばかりだね。
 莉菜も、私に出来る事があったら何でも言って。』

水奈月莉菜は、その文を読むと満足そうに、優しく笑んでノートを引き出しに仕舞った。


今朝の騒動で、僕と水奈月さんが付き合っている事が、祐二に知られてしまった。
まんまと嵌った僕の所為・・・じゃなく祐二が悪い。
顔も要領も良く、勉強も出来るんだから、僕で遊ばなくてもいいじゃないか。
いっぺん死んどけ。

授業中でも、斜め後方からニヤニヤしている感が伝わってくる気がした。まぁ、それに関しては僕の思い込みなんだろう。
・・・
ちょっと振り向いてみたら、気付いた祐二が満面の笑みを向けて来た。
くっそ。

「いやぁ、昨日は盛り上がって面白かったな。」
休み時間に祐二が話しかけてくる。いや、面白がったのはお前らだろ。
「僕で遊ぶなよ。」
「いや、狩り中にぼーっとしていた数音が悪い。」
ぐ・・・そう言われると否定は出来ない。
「で、何時からだ?」
来ると思ったよ。ああ、僕のバカバカバカ!何で言っちゃったんだよ・・・。
「せ、先々週・・・」
素直に言った僕の背中を、祐二はバシっと叩いて無音で笑っている。何が面白んだよ。こっちは死ぬほど恥ずかしいっていうのに。
「なぁ森高と雪待。」
僕と祐二がいつも通り会話をしていると、滅多に話しかけてこない四乃森 麻美(しのもり まみ)が話しかけて来た。
「なんだ四乃森?」
「お前らさ、DEWやってるよな?」
「ああ。」
「私も混ぜてよ。」
まさか、他のクラスメートからそんな話しが出るとは思わなかった。祐二は要領がいいから誰とでも話せるが、僕は苦手だから難しい。
「浩太はどうしたよ?」
「あいつさ、一年の成績が悪かったから、一学期のテストで点数上がるまで禁止になったんだよ。DEW出るって分かってるくせに、馬鹿だよな。」
空井 浩太(そらい こうた)は四乃森さんの幼馴染だったかな、確か。
「他にやってる奴分かんないし、一人だと大変だろ、野良はムカツクしさ。ね?」
そう言って四乃森さんは、片目を瞑って顔の前で両手を合わせる。
「まぁ、そうか。俺は構わないが、数音はどうよ?」
合掌でお願いポーズ取っている人を断る理由は無い。それに、せっかくプレイするなら楽しみたいって思うのは当然だ。
「僕も、構わない。」
「まじかぁ、さんきゅー。じゃ、早速今夜ね。」
と言って、四乃森さんは笑顔で、ちょっと癖のあるショートボブの髪を揺らして席に戻った。
「まさか、他の人とも一緒にする事になるなんてね。」
「ああ。」
祐二は返事をすると、僕の肩にポンと手を置いた。なんだよ。
「良かったな、ありす。」
しまっっったぁぁぁ!
名前の事なんてすっかり忘れていた。他の人にも知られちゃうじゃないか!
「諦めろ、手遅れだ。」
祐二め、こいつ知ってて促しやがったな。と思って睨もうとしたら、既に席に退散していて、同時にチャイムも鳴り響いていた。



「雪待、ちょっと付き合え。」
放課後、DEWやるぞって意気込みを水奈月さんの言葉が打ち消す。左手の親指で教室の出口を指さしつつ、右手はスカートのポケットに突っこんでいる。
「はい。」
当初のインパクトはもう無いけど、それでも恐い事に変わりはない。逆らうとか無理です。

水奈月さんは前回と同じ、体育倉庫裏に僕を連れてきた。
よくよく考えると、この水奈月さんがR3とDEWを買ったんだよな。でも、ログインしてプレイしているのは別の水奈月さんだ。言動を見る限り。
「あの、なんでしょう。」
「そんなに警戒するな。」
いや無理だから。そう言われても無理だから。不良っぽい雰囲気の人に、体育倉庫裏とか呼ばれたら無理だからね?
心の中で言っておく。
「ちょっと、礼が言いたかっただけだ。」
なら教室で言ってよ。ここに連れてくる必要ないでしょうが。と、言えたらいいな。
「そ、そうですか。でも僕、何もしていませんよ?」
と言っている間に、水奈月さんがスカートの裾を持ちあげた。
はっ?
白い太腿から、付け根までが見える。当然、白のパンツもだ。
また恥じらいの顔で目を逸らしている。
何が、したいんだ?
「こ、これで、いいか。」
「えっと、どういう事ですか?」
恥じらうくらいなら、やめて欲しいんですが。こっちの方が恥ずかしいので。
「だらか、礼だと言っただろう。」
・・・
えーと、何かのお礼で、僕は下着を見せられたって事か?ちょっとおかしいだろ、それ。
「どうしてお礼で、そうなるんですか!?」
「いや、男子が喜びそうだと思ったんだが。」
そりゃ喜ぶでしょうよ。その通りだと思いますけど。僕だって例外じゃないですけど。けど・・・

>はい、ご馳走です。
 それだけですか?
 おかわりを要求します。
 上も一緒にお願いします。

>今は出てくんなぁぁぁぁっ!!
はぁ、はぁ・・・まったく、誰だよこんなふざけた選択肢出す奴は。

「お礼なら、普通に、ありがとうだけで、いいと思います。」
って、意見を言ってしまったが大丈夫だろうか。
「そう、なのか。わかった。」
「それと、理由がわかりません。教えて、もらえますか?」
とらえず納得してくれて良かった。しかしお礼の意味がさっぱり分からない。一番納得いかないのはそこなんだ。
「莉菜が、喜んでいたんだ。」
莉菜ってあなたですよね。
もしかして、解離性同一性障害の一種か何かだろうか・・・。
「あいつが幸せそうにしていた。私はそれが、嬉しかった。」
既に別人扱いなんですが・・・。
「だからだ。」
一人で話しを進めて終わってるけど、僕は追いつけないんですが。突っ込みたい事はいろいろとあったが、見た事のない穏やかな顔を見ると、それは出来なかった。
「いまいま分からないですが、もう、下着見せるとか、止めてくださいね。」
「分かった。」
ふう、良かった。心臓に悪いんだよ、見せられるこっちも。
「嫌、だったか?」
「そりゃ嬉しいですけど・・・も・・・」
って、言っちまったぁぁぁっ・・・
雰囲気に油断して、つい普通に心の中で呟くように。だめだ、この変態とか言われそうだ。
「なら良かった。」
水奈月さんはそれだけ言うと、タバコを取り出して火を点けた。
ってまたっ!?
「雪待。」
「なんですか・・・」
「あいつ、莉菜の事をこれからも頼むよ。お願いだ・・・」
空に向かって煙を吐き出しながら、水奈月さんは言った。何処か、もの悲しげな表情で。
「わかりました。でも、水奈月さんも、それ止めた方が、いいと、思います。」
決して目を向けず、指先だけでタバコを指差して言ってみる。
頑張ったよ、僕。屍は誰かが拾ってくれるだろう。
・・・
「そう・・・だな。」
水奈月さんは、ポケットから灰皿を出すとタバコの火を消して入れた。
あれ、怒られない?
「じゃあな。」
それだけ言って去って行った水奈月さんの姿を、見えなくなるまで僕は呆然としていた。

しおりを挟む

処理中です...