29 / 32
第四話「交錯」
「交錯」(12)
しおりを挟む
広間では、饗宴の終わりを知らせる円舞曲が始まった。
おのおの手と手をとってしめやかに踊る男女を横目に、車椅子のイングラムへ問いかけたのはホシカだ。
「踊るかい?」
「魅惑的な申し出だが、見てのとおりいまの俺は踊りが苦手でね?」
「じゃ、こうしよう」
ホシカはおもむろに、イングラムの小指にじぶんの小指を絡めた。そのまま手だけで素敵なワルツをまねる。
そんな悲喜こもごもの情景を、セレネル海を背にし、屋外のテラスの手すりにもたれかかったまま眺める人影があった。
メネスだ。
そのとなり、おなじような姿勢で会場を遠目にするのは、セレファイスの統治者……クラネス王ではないか。
軽く打ちつけたグラスとグラスを、ふたりは静かに嚥下した。
人々を光に包んでは優しい闇に染めるのは、都じゅうからかすかな轟きを残してあがりはじめた最後の大花火だ。幻夢境特有の呪力の加工がほどこされた打ち上げ花火は、人だけの技ではとても形作れない芸術的な模様を披露して見物客を驚かせている。
それを背後に聞きながら、クラネス王は感慨深けにつぶやいた。
「こんどは芝生に捨てるんじゃく、ちゃんと飲んでくれたね?」
「もちろんです。勝利の美酒ですから」
そう。あざの残る首をまだ痛そうにさするクラネス王こそが、ケスターでホシカに締め上げられた中年男だ。
ガラス張りの壁越しに流れてくる儚い奏でを背景に、クラネスはうめいた。
「痛てて……昼間に直接、彼女たちと会ったよ。一般人をよそおって、お忍びでね」
「ですから気をつけるように言ったでしょう。今回の一連の戦いには、首になにかしらの呪いがかかっていると」
「その活躍が本物であるということは、身をもって実感した。なにしろここは、十数年前のまだ青臭かったある召喚士に、フィアへの抜けきらない態度を叱った場所だ」
「はは、よしてくださいよ。若さゆえの過ちというものです」
なつかしい過去を照れ笑いしたメネスへ、クラネスは続けた。
「まさかまたこうして無事に百五十周年祭を迎え、平和にきみと酒を酌み交わせる日が来ようとは……きみの計画が、それだけ完璧だったということだ」
演奏の壇上では、華麗にめかしこんだ歌手の美少女が天上の声で唄っている。
F91だ。
その絶対領域に保存された曲を、彼女は感動的なまでに忠実に再現してみせた。
見知った識別信号にミコは反射的に顔をあげ、ナコトはアリソンとの会話の背景に心地よくそれを聞き、ホシカは歌声にあわせてイングラムと指だけで踊っている。
「♪希望の翼 風を切って羽ばたき
祈りをささげながら 探す故郷
視線のさき ひろがる無限の空
諦めぬ心はその 光を掴み取る♪」
救世の戦乙女たちを順番に示し、クラネスはたずねた。
「嫁にするならだれがいい?」
「さて……戦争に没頭するあまり、考えもしませんでした。ぼくはまだ、フィアひとすじのままです」
「じきに彼女たちは、地球へ帰ってしまうそうだな?」
「はい」
「また災害が襲ったときのため、彼女たちを幻夢境に引き留めておいてはどうかね?」
グラスの中身を手首で回しながら、メネスは断固として首を振った。
「災害が幻夢境を襲ったのは、今回たまたまです。侵略者のターゲットは、まもなく地球へ向きます。つぎは逆に、我々のほうが地球を救いにいく番です」
「そうか……本気で考えねばならないようだな。地球の組織との和平協定を」
真剣な面持ちで、クラネスは指摘した。
「諸悪の根源、久灯瑠璃絵まで地球に帰すと聞いた。納得がいかんな。こちらで犯した罪は、こちらで償うべきじゃないのかね?」
メネスの浮かべた笑みは、どこまでも意味深だった。
「それはご心配なく。さきほど彼女から返事は聞きました。彼女のまいた災害の種は、彼女みずからの手で刈り取ってもらいます」
「段取りは十分というわけだな、策士?」
グラスの酒を一気に飲み干すと、クラネスは溜息をついた。
「また世界を脅威が襲った際には頼むぞ、メネス」
「ええ」
こちらも気持ちよくグラスを空にすると、メネスはうなずいた。
「カラミティハニーズに不可能はありません」
おのおの手と手をとってしめやかに踊る男女を横目に、車椅子のイングラムへ問いかけたのはホシカだ。
「踊るかい?」
「魅惑的な申し出だが、見てのとおりいまの俺は踊りが苦手でね?」
「じゃ、こうしよう」
ホシカはおもむろに、イングラムの小指にじぶんの小指を絡めた。そのまま手だけで素敵なワルツをまねる。
そんな悲喜こもごもの情景を、セレネル海を背にし、屋外のテラスの手すりにもたれかかったまま眺める人影があった。
メネスだ。
そのとなり、おなじような姿勢で会場を遠目にするのは、セレファイスの統治者……クラネス王ではないか。
軽く打ちつけたグラスとグラスを、ふたりは静かに嚥下した。
人々を光に包んでは優しい闇に染めるのは、都じゅうからかすかな轟きを残してあがりはじめた最後の大花火だ。幻夢境特有の呪力の加工がほどこされた打ち上げ花火は、人だけの技ではとても形作れない芸術的な模様を披露して見物客を驚かせている。
それを背後に聞きながら、クラネス王は感慨深けにつぶやいた。
「こんどは芝生に捨てるんじゃく、ちゃんと飲んでくれたね?」
「もちろんです。勝利の美酒ですから」
そう。あざの残る首をまだ痛そうにさするクラネス王こそが、ケスターでホシカに締め上げられた中年男だ。
ガラス張りの壁越しに流れてくる儚い奏でを背景に、クラネスはうめいた。
「痛てて……昼間に直接、彼女たちと会ったよ。一般人をよそおって、お忍びでね」
「ですから気をつけるように言ったでしょう。今回の一連の戦いには、首になにかしらの呪いがかかっていると」
「その活躍が本物であるということは、身をもって実感した。なにしろここは、十数年前のまだ青臭かったある召喚士に、フィアへの抜けきらない態度を叱った場所だ」
「はは、よしてくださいよ。若さゆえの過ちというものです」
なつかしい過去を照れ笑いしたメネスへ、クラネスは続けた。
「まさかまたこうして無事に百五十周年祭を迎え、平和にきみと酒を酌み交わせる日が来ようとは……きみの計画が、それだけ完璧だったということだ」
演奏の壇上では、華麗にめかしこんだ歌手の美少女が天上の声で唄っている。
F91だ。
その絶対領域に保存された曲を、彼女は感動的なまでに忠実に再現してみせた。
見知った識別信号にミコは反射的に顔をあげ、ナコトはアリソンとの会話の背景に心地よくそれを聞き、ホシカは歌声にあわせてイングラムと指だけで踊っている。
「♪希望の翼 風を切って羽ばたき
祈りをささげながら 探す故郷
視線のさき ひろがる無限の空
諦めぬ心はその 光を掴み取る♪」
救世の戦乙女たちを順番に示し、クラネスはたずねた。
「嫁にするならだれがいい?」
「さて……戦争に没頭するあまり、考えもしませんでした。ぼくはまだ、フィアひとすじのままです」
「じきに彼女たちは、地球へ帰ってしまうそうだな?」
「はい」
「また災害が襲ったときのため、彼女たちを幻夢境に引き留めておいてはどうかね?」
グラスの中身を手首で回しながら、メネスは断固として首を振った。
「災害が幻夢境を襲ったのは、今回たまたまです。侵略者のターゲットは、まもなく地球へ向きます。つぎは逆に、我々のほうが地球を救いにいく番です」
「そうか……本気で考えねばならないようだな。地球の組織との和平協定を」
真剣な面持ちで、クラネスは指摘した。
「諸悪の根源、久灯瑠璃絵まで地球に帰すと聞いた。納得がいかんな。こちらで犯した罪は、こちらで償うべきじゃないのかね?」
メネスの浮かべた笑みは、どこまでも意味深だった。
「それはご心配なく。さきほど彼女から返事は聞きました。彼女のまいた災害の種は、彼女みずからの手で刈り取ってもらいます」
「段取りは十分というわけだな、策士?」
グラスの酒を一気に飲み干すと、クラネスは溜息をついた。
「また世界を脅威が襲った際には頼むぞ、メネス」
「ええ」
こちらも気持ちよくグラスを空にすると、メネスはうなずいた。
「カラミティハニーズに不可能はありません」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる