スウィートカース(Ⅹ):カラミティハニーズ・ヴァルキリーリダイブ

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

文字の大きさ
7 / 24
第二話「連星」

「連星」(1)

しおりを挟む
 ここからは、ホーリーの時間旅行の道のりだ。

 まず最初にホーリーが訪れた場所は、現実世界ではない。

 異世界の幻夢境げんむきょう、首都セレファイスもよりの〝魔王の城〟……

 とある十数年前の決定的な場面まで、時代はさかのぼる。

 花畑に満たされた廃城のテラスには、おもに三つの存在があった。

 それらを含めたすべての時間は、ぴたりと止まっている。人も、風も、陽光さえも、凍結するのはホーリーを除く全部だ。

 熾烈な激戦のすえに片腕を切断され、ひどい損傷を負って倒れるのは見慣れた顔……フィア・ドールだった。ふとした手違いで異世界に召喚された彼女は旧式で、最新型のF91とは異なる。

 その張本人たる召喚士のメネス・アタールは、フィアから数歩ばかり離れた場所に立っていた。その面立ちはまだ少年そのものだが、彼が振り上げた長剣の輝きは鋭い。

 白刃の切っ先が狙いを定めるのは、地面に落ちる不吉な物体だ。なんとそれは人間の生首……大破した人型自律兵器アンドロイドの頭部ではないか。このマタドールシステム・タイプNは本来の歴史であれば、そのままメネスに刺し貫かれて完全に機能を喪失する。

 時の止まった世界の中、ホーリーはタイプNの首っ玉に歩み寄った。かたわらへ静かにひざまずき、青年の顔を模倣したそれに触れてささやく。

「黒砂の魔王……ニコラ?」

 その途端、ニコラと呼ばれた生首は息を吹き返した。ホーリーが許可したのだ。依然として他のすべては停まったままなのに、彼の破片だけはにわかに喋り始めている。

「個人認証登録を行います。発話解析・認識インターフェースの種類を選択して下さい」

 ホーリーがなにか答える前に、ニコラは急かした。

「あなたが私の所有者オーナーですか? 個人認証登録を行います。お名前をどうぞ」

 壊れたレコーダーそのものの動きで繰り返されるニコラの訴えからは、どこか悲痛ささえ感じられる。瞳の奥にわずかな哀愁を秘め、ホーリーは結論づけた。

「主人となる相手をよほど強く追い求め、ついに恵まれなかったんだね。いいよ。わたしがオーナーになろう。わたしはホーリー」

「ホーリー。登録は完了しました。では次に、私の〝性格〟を選んで下さい」

「性格、か……」

 自分の細い顎を揉んで考え込み、ホーリーは返事をした。

「さいきん暗いニュースばかりだったからね。ここはひとつ明朗快活……元気いっぱいのムードメーカーになってよ、ニコラ?」

「元気いっぱい……内容を把握しました。変更を保存し、反映します」

 機械でしかなかったニコラの眼差しは、にわかに生気の輝きを帯びた。頭上のホーリーへ、浮足立った口調で感謝する。

「ありがとう、ホーリー。やっと私の目的にたどり着いたよ」

「それはなによりだわ」

「ところでホーリー。きみはいったいどこから現れたんだ?」

「ずっと先の未来からさ」

「そんな驚くべき場所から、はるばる私を訪ねてくれたのか。しかし私は、たったいまメネスとフィアのベストコンビに挑まれ、戦って負けて機能停止の寸前なんだが……こんな私がなにか、ホーリーの役に立てるのかな?」

「単刀直入に言うよ。わたしのビジネスパートナーになってほしいんだ。戦う古影ミメットとしてね」

「戦い……喜んで協力する。とはいえ」

 自分の機体があったはずの場所を眺め、首から上だけのニコラは悩んだ。

「ご覧のとおり、私はこんな有様だ。このままでは、投げられて敵に体当たりするぐらいが仕事の限界だろう」

「それは心配ない。いまとは随分かけ離れた形状だけど、ちゃんと新品の機体は用意してある。きみの専用武装〝嵐の中を進むものブラックドッグ〟も、これまで以上に強化した設計さ」

「この殲滅兵器をまたフル稼働させるとは、敵はいったい何者だ?」

「カラミティハニーズ、もとい最新鋭のフィア91号機だよ」

「91番台だと……未来では、そこまでタイプFは増産されているのか。それに、カラミティハニーズとはいったい?」

「詳しくは、時空のゲートをくぐりながら説明するね。そろそろ行く?」

「わかった、連れて行ってくれ」

 ニコラのこめかみ辺りに、ホーリーは触れた。

 アンドロイドの側頭部が展開すると、装甲の奥から吐き出されたのはマタドールシステムの絶対領域……ニコラの魂や記憶をつかさどる核の装置だ。小さなそれを手に握り、ホーリーは身をひるがえした。ニコラの入っていた残骸は、もはや必要ない。

 ホーリーが立ち去るや、もとどおり時間は進行を再開した。

 問答無用でニコラの抜け殻を射抜いたのは、メネスの長剣だ。時間停止の最中に起こったことを知る者は、この場にだれもいない。

「申し訳ありません。ぼくが所有するのはフィアひとりなんです」

 ニコラにとどめを刺した武器から、少年時代のメネスは手を放した。負傷して転がる少女のもとへ、すみやかに向かう。

「フィア……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...