6 / 24
第一話「惑星」
「惑星」(6)
しおりを挟む
先陣を切って襲いかかった半透明のサメを、フィアの一撃は瞬時に分解した。
素粒子である結果呪の呪力まで、その時間を逆行させられたのだ。
だが、一番槍のサメはただの囮にしか過ぎない。ほんのわずかに停滞したフィアの左右から、新たな二匹のサメは絶妙のタイミングで飛びかかっている。
たちまち、怪物ザメの一匹は胴体から真っ二つになった。フィアの繰り出した神速の回し蹴りは、もはや蹴りの域を超えて斬撃そのものだ。強烈な呪力キックで、まずは一匹を両断。同時に走ったフィアの手は、残る一匹の人食いザメの鼻先を掴んで止めている。
それすらもトウコの罠だった。
隙を突いてフィアの背後に忍び寄るや、トウコみずからの放った拳から、ありえない四匹めのサメが現れたのだ。この素早く力強い結果呪の錬成と巧みな戦略……殺人鬼〝食べ残し〟には、以前とは違うホーリーの邪悪なバックアップが施されている。
この卓越した連携は、さすがにフィアの想定にはない。計算外のサメの体当たりを避けきれず、フィアはあっけなく地面に突き飛ばされた。倒れたそこへ、まとめて降下したのは追撃のサメ二匹だ。嬉しげに身をくねらせる幻影の肉食魚の奥底、その咬合力が大量に掘り返す土砂にフィアは消えている。地獄のような歯列の連続に噛まれ、ばらばらに食い散らかされるフィアの姿は想像に難くない。
ゾンビみたいに白衣の背中は丸めたまま、看護師は口端に涎を輝かせた。つごう四匹の下僕を使って計画どおりに獲物を仕留め終え、この意思のない傀儡も条件反射で喜悦と満足を覚えたらしい。
いや、まだだ。
トウコは目を剥いた。またもや爆発した粉塵の下から、勢いよくフィアが飛び出したではないか。フィアの両手は機械の馬鹿力で、なんと二匹の巨大ザメの喉首を掴み上げている。苦しげに魚体をよじるサメどもを吊るした格好で、フィアは特別製の攻撃システムを顕現した。
「〝赤竜〟!」
呪力のサメどもを時間減退で粉砕するなり、フィアは灼けた残像をひいてトウコに肉薄した。巻き戻しの次は、アンドロイドの桁外れな超加速だ。必殺の手刀が、猛スピードで薙ぎ払われる。
腕を振り切って止まったフィアの眼前、トウコに異変は訪れた。
フィアの一閃したダメージにそって、古影の肉体はみるみる崩壊していく。それまでトウコ自身を構成していた本のページと化してだ。ふたたび断罪の書の紙片に戻ると、夜風に吹かれて盛大に舞い散る。トウコの姿は完全に消滅し、もはや跡形も残っていない。
「炎人形式、一旦解除……」
つぶやいたフィアの学生服は、そこかしこから放熱の蒸気を噴いた。
油断せず、注意深くあたりを見渡す。いつどこからホーリーが不意討ちしてくるかわからない。ひとまず敵性反応がないことを確認し、フィアは重苦しく嘆息した。
「結果使いの古影。思わず殺られるところだったわ。ホーリーはいったい何人分、あんな秘密兵器を断罪の書に隠し持って……痛た!」
フィアは顔をしかめた。
痛い?
損傷を数値でしか計測しない人型自律兵器が〝痛い〟と言ったのか?
それも致し方ない。フィアが真剣にかばう指先には、なぜか、作り物のそれではない確かな生身の色艶が宿っている。そこを始点にわずかに通うのは、本物の人間の神経だ。それを経由し、いまの戦闘のダメージはフィアへ明らかな痛覚を訴えた。
フィアが時間を巻き戻りすぎたら〝人間化〟すると念押ししたのは、主人のメネスだ。
そう、マタドールは、亡くなった人間の部位を呪力で強化し、加工して機体の素材としている。なので時間を遡る〝赤竜〟を乱用すると、死体がある種の蘇生を遂げるのだ。
つまりフィアは、力を使えば使うほど、か弱い少女に近づく。
痛がるフィアへうながしたのは、腕時計のメネスだった。
〈やはり来たか、能力を使った反動が。帰ってくるんだ、フィア。精密検査して、人間化した箇所を取り除く必要がある〉
これも人間さながらの冷や汗を浮かべ、フィアは聞き返した。
「やっぱり機械のままがいいの、メネス?」
〈……なに?〉
「いえ、ね。この戦争が終わったら、あたし、人間になってもいいのかな、って。普通の人間にさ。そしたらメネス、機械好きのあなたは嫌いになる、あたしのこと?」
〈…………〉
メネスは逡巡した。目先の戦いにばかり気をとられ、考えもしない質問だったらしい。
〈無駄話はあとにして、さっさと戻ってきたまえ。無事なカラミティハニーズたちに情報共有し、対ホーリーの態勢を立て直す必要がある。三世界会議のときも近い〉
三世界会議?
すなわちそれは、地球の政府、異世界の幻夢境、そして宇宙人の穏健派という三つの代表で執り行われる和平協議のことだ。本来の時間軸ではついに実現しなかったそれを、耳の早いホーリーが知らないはずはない。世界の別け隔てなく呪力を忌むホーリーは、必ずこの邪魔な会合を潰しにくる。
痛みを我慢し、フィアはせいいっぱいメネスへ笑った。
「あ、照れた? もしかしてメネス、いま照れちゃった?」
〈うるさい、黙れ……〉
ああだこうだ言い合いながら、フィアは帰り道へ踵を返した。フィアが身振り手振りで誘導したのは、まだ息のあるデクスター伯爵を収容しにきた政府の特殊車両だ。
……その光景を遠く、山林の陰から見つめる人影がある。
「これは、骨や筋肉が〝若返った〟?」
深刻げに、ホーリーは自問自答した。
そっと開け閉めする拳には、まだ奇妙な違和感が残っている。どうやらフィアの呪力に触れたあの一瞬に、鍛え上げた利き手が柔な少女時代のそれに戻ってしまったらしい。積み重ねた修練をもゼロに減衰させるとは、恐ろしい異能だ。
「わたしも時間を巻き戻すのは得意だけど、いくらなんでも、若返るというこのダメージをどうこうするのは無理ね。また歴史上に想定外が生まれたようだわ」
そういうわけで、あの専用改造されたフィア91とやらは相当に手強い。ホーリーの記憶にあるどの戦士よりもだ。天敵さ加減が別次元である。さすがに対未来型アンドロイドなる通り名は伊達ではない。
「あのフィアは危険すぎる。これではわたしの目的に支障がでるわね」
手もとの魔導書を無造作に繰り、ホーリーはささやいた。
「わたしもチーム戦に移るとしましょう、カラミティハニーズを見習って。メネス・アタールが世界線の移動に特化してるなら、時間軸の移動はわたしが有利だわ。古影にスカウトするのは……」
素粒子である結果呪の呪力まで、その時間を逆行させられたのだ。
だが、一番槍のサメはただの囮にしか過ぎない。ほんのわずかに停滞したフィアの左右から、新たな二匹のサメは絶妙のタイミングで飛びかかっている。
たちまち、怪物ザメの一匹は胴体から真っ二つになった。フィアの繰り出した神速の回し蹴りは、もはや蹴りの域を超えて斬撃そのものだ。強烈な呪力キックで、まずは一匹を両断。同時に走ったフィアの手は、残る一匹の人食いザメの鼻先を掴んで止めている。
それすらもトウコの罠だった。
隙を突いてフィアの背後に忍び寄るや、トウコみずからの放った拳から、ありえない四匹めのサメが現れたのだ。この素早く力強い結果呪の錬成と巧みな戦略……殺人鬼〝食べ残し〟には、以前とは違うホーリーの邪悪なバックアップが施されている。
この卓越した連携は、さすがにフィアの想定にはない。計算外のサメの体当たりを避けきれず、フィアはあっけなく地面に突き飛ばされた。倒れたそこへ、まとめて降下したのは追撃のサメ二匹だ。嬉しげに身をくねらせる幻影の肉食魚の奥底、その咬合力が大量に掘り返す土砂にフィアは消えている。地獄のような歯列の連続に噛まれ、ばらばらに食い散らかされるフィアの姿は想像に難くない。
ゾンビみたいに白衣の背中は丸めたまま、看護師は口端に涎を輝かせた。つごう四匹の下僕を使って計画どおりに獲物を仕留め終え、この意思のない傀儡も条件反射で喜悦と満足を覚えたらしい。
いや、まだだ。
トウコは目を剥いた。またもや爆発した粉塵の下から、勢いよくフィアが飛び出したではないか。フィアの両手は機械の馬鹿力で、なんと二匹の巨大ザメの喉首を掴み上げている。苦しげに魚体をよじるサメどもを吊るした格好で、フィアは特別製の攻撃システムを顕現した。
「〝赤竜〟!」
呪力のサメどもを時間減退で粉砕するなり、フィアは灼けた残像をひいてトウコに肉薄した。巻き戻しの次は、アンドロイドの桁外れな超加速だ。必殺の手刀が、猛スピードで薙ぎ払われる。
腕を振り切って止まったフィアの眼前、トウコに異変は訪れた。
フィアの一閃したダメージにそって、古影の肉体はみるみる崩壊していく。それまでトウコ自身を構成していた本のページと化してだ。ふたたび断罪の書の紙片に戻ると、夜風に吹かれて盛大に舞い散る。トウコの姿は完全に消滅し、もはや跡形も残っていない。
「炎人形式、一旦解除……」
つぶやいたフィアの学生服は、そこかしこから放熱の蒸気を噴いた。
油断せず、注意深くあたりを見渡す。いつどこからホーリーが不意討ちしてくるかわからない。ひとまず敵性反応がないことを確認し、フィアは重苦しく嘆息した。
「結果使いの古影。思わず殺られるところだったわ。ホーリーはいったい何人分、あんな秘密兵器を断罪の書に隠し持って……痛た!」
フィアは顔をしかめた。
痛い?
損傷を数値でしか計測しない人型自律兵器が〝痛い〟と言ったのか?
それも致し方ない。フィアが真剣にかばう指先には、なぜか、作り物のそれではない確かな生身の色艶が宿っている。そこを始点にわずかに通うのは、本物の人間の神経だ。それを経由し、いまの戦闘のダメージはフィアへ明らかな痛覚を訴えた。
フィアが時間を巻き戻りすぎたら〝人間化〟すると念押ししたのは、主人のメネスだ。
そう、マタドールは、亡くなった人間の部位を呪力で強化し、加工して機体の素材としている。なので時間を遡る〝赤竜〟を乱用すると、死体がある種の蘇生を遂げるのだ。
つまりフィアは、力を使えば使うほど、か弱い少女に近づく。
痛がるフィアへうながしたのは、腕時計のメネスだった。
〈やはり来たか、能力を使った反動が。帰ってくるんだ、フィア。精密検査して、人間化した箇所を取り除く必要がある〉
これも人間さながらの冷や汗を浮かべ、フィアは聞き返した。
「やっぱり機械のままがいいの、メネス?」
〈……なに?〉
「いえ、ね。この戦争が終わったら、あたし、人間になってもいいのかな、って。普通の人間にさ。そしたらメネス、機械好きのあなたは嫌いになる、あたしのこと?」
〈…………〉
メネスは逡巡した。目先の戦いにばかり気をとられ、考えもしない質問だったらしい。
〈無駄話はあとにして、さっさと戻ってきたまえ。無事なカラミティハニーズたちに情報共有し、対ホーリーの態勢を立て直す必要がある。三世界会議のときも近い〉
三世界会議?
すなわちそれは、地球の政府、異世界の幻夢境、そして宇宙人の穏健派という三つの代表で執り行われる和平協議のことだ。本来の時間軸ではついに実現しなかったそれを、耳の早いホーリーが知らないはずはない。世界の別け隔てなく呪力を忌むホーリーは、必ずこの邪魔な会合を潰しにくる。
痛みを我慢し、フィアはせいいっぱいメネスへ笑った。
「あ、照れた? もしかしてメネス、いま照れちゃった?」
〈うるさい、黙れ……〉
ああだこうだ言い合いながら、フィアは帰り道へ踵を返した。フィアが身振り手振りで誘導したのは、まだ息のあるデクスター伯爵を収容しにきた政府の特殊車両だ。
……その光景を遠く、山林の陰から見つめる人影がある。
「これは、骨や筋肉が〝若返った〟?」
深刻げに、ホーリーは自問自答した。
そっと開け閉めする拳には、まだ奇妙な違和感が残っている。どうやらフィアの呪力に触れたあの一瞬に、鍛え上げた利き手が柔な少女時代のそれに戻ってしまったらしい。積み重ねた修練をもゼロに減衰させるとは、恐ろしい異能だ。
「わたしも時間を巻き戻すのは得意だけど、いくらなんでも、若返るというこのダメージをどうこうするのは無理ね。また歴史上に想定外が生まれたようだわ」
そういうわけで、あの専用改造されたフィア91とやらは相当に手強い。ホーリーの記憶にあるどの戦士よりもだ。天敵さ加減が別次元である。さすがに対未来型アンドロイドなる通り名は伊達ではない。
「あのフィアは危険すぎる。これではわたしの目的に支障がでるわね」
手もとの魔導書を無造作に繰り、ホーリーはささやいた。
「わたしもチーム戦に移るとしましょう、カラミティハニーズを見習って。メネス・アタールが世界線の移動に特化してるなら、時間軸の移動はわたしが有利だわ。古影にスカウトするのは……」
0
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった
仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話
yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。
知らない生物、知らない植物、知らない言語。
何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。
臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。
いや、変わらなければならない。
ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。
彼女は後にこう呼ばれることになる。
「ドラゴンの魔女」と。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる