9 / 24
第二話「連星」
「連星」(3)
しおりを挟む
ニコラ、アイラ、ハンナと、これで古影は三名……
四人めを勧誘するためにホーリーが目指したのは、こんどは過去ではない。
そこは、西暦二〇七〇年代を迎えた未来の地球だ。異星人との宇宙戦争に疲弊しきった惑星は、マイナス七十度以下の氷河と喪失感にまんべんなく覆われている。
ここはどこだろうか。風速百メートル超の猛吹雪が荒れ狂う雪原には、ぽつぽつと一人分の足跡が穿たれていた。生命維持装置のシェルター都市も見当たらないのに、どこへ向かおうとしたのだろう。
その人影は、なぜか満身創痍だった。もとは仕立てのよかった女物のスーツはいまやぼろぼろに破れ、滲んだ鮮血さえも凍ってしまっている。いったいなにと戦っていたのだろうか。
大量の雪粒をまとい、彼女は地面に倒れ伏していた。かろうじて彼女の生存を知らせるのは、不定期に唇から漏れる白い吐息だけだ。
風鳴りだけが耳朶を弄する世界は、ふと輝いた。ひざまづいたホーリーが、傷だらけの戦士の肩に触れたのだ。吹雪さえも停止した時間の中、ホーリーは彼女にささやいた。
「ダリオンハーフ、ハン・リンフォン……」
「……?」
人型に沈んだ雪面から、ハンは半身を起こした。すでにその負傷は衣服ごと、ホーリーの呪力によって回復されている。大いなる時間停止の影響で、生命を蝕む冷気も感じられない。
眼前にたたずむ少女の顔を一瞥し、ハンは息を呑んだ。
「あんたまさか……ホーリーなの?」
「うん、久しぶりだね。とは言ってもここは、わたしさえも知らない未来の結末。いったいなにがあったの、ハン?」
「組織で色々あってね。いまのあたしゃ、殺し屋に追われる身さ」
へたり込んだまま、ハンは首を振った。
「消え去ったはずのホーリーがいきなり雪道に現れ、しかも子どもだったのがいい歳まで成長してる。これはいよいよ、あたしは野垂れ死んだんだね。きっとあたしは今頃、最後の体温まで失くしながら幻と喋ってるんだ。ぜんぶ夢さ」
「夢という認識でもいい。その力を貸してくれないかな、ハン。わたしの古影として、邪悪な過去と戦うんだ」
「邪悪? 敵かい?」
「敵には腐敗した呪力使いと、あなたがもっとも嫌うダリオンも含まれてる。ぜんぶ絶滅させて、幸せに人生をやり直すんだ」
「ダリオンの絶滅……そりゃ名案だね。でも」
自嘲げな笑みを、ハンは浮かべた。
「ここしばらくの間に、あたしも考えを変えてさ。この体に流れるダリオンの血も、やっぱりあたしなんだ。あたしは自分の否定をやめた。ダリオンと一生、ともに暮らすことを受け入れたんだよ。皮肉なことに、それが組織の怒りを買う原因になったんだけどね。そういうわけで、あたしはあんたの望みを叶えられない」
「そんな……!」
悲痛に顔をゆがめ、ホーリーは訴えた。
「あなたは誓ったはずだ。アーモンドアイと、地球人の裏切り者、そしてダリオンを徹底的に根絶やしにすることを。お願いだから、わたしに協力してよ。約束したよね、わたしを守ってくれるって?」
「あたしごときが守らなくたって、あんたはもう一人前さ」
「この絶望的な状況下で、いったいこれからどうするつもり? 血も涙もない政府から切り捨てられたんでしょ?」
「怪我を治してくれて、ありがとね。これならなんとか自力で歩いて、組織に投降できそうだ。ちょっとしたすれ違いでこんな場所に放り出されたんだが、必死に謝ればまだチャンスはある。いったん檻にぶち込まれるのは確かだけど、あたしはまた捜査官として働くことにするよ、人類のために」
「清算しなくてもいいのか、誤った過去を!」
珍しく怒鳴ったホーリーを、ハンはぎゅっと抱きしめた。少女の温もりは、とても幻覚とは思えない。
柔らかさと感情の波に押され、ホーリーの頬に伝ったのは涙のしずくだ。ホーリーの鼓膜に、ハンは優しく耳打ちした。
「正解も不正解も、ぜんぶがあっての現在さ」
「すべてを肯定しながら、わたしは否定するの? 悪を討伐するこの旅が愚かだと?」
「いいや、あんたは正しい。戦争自体を止めようとするその目標は立派さ」
「いえ、おそらくわたしは、新たな戦争の火種を起こそうとして……」
「振り返らなくていい」
ホーリーを包むハンの力は強まった。
「うしろなんて見ず、とことんまで突き進みな。この銀世界から応援してるわ、あんたのこと。必ず全滅させるんだよ、ダリオンを。その結果、将来にあたしが生まれてこなくなろうと構やしない」
「そこまで腹を括ってるんだね、ハン……わかった」
ハンの腕の中、ホーリーはうなずいた。
「わたしも覚悟を決めた。あなた抜きでも絶対に勝つよ、この戦いに」
ダイヤモンドダストの嵐は、ふたたび動き始めた。
豪雪に叩かれるハンを残し、もはやホーリーの姿はない。
開けていられずに瞳を細め、ハンは虚空へ親指を立てた。
「いってらっしゃい。風邪ひかないでね」
四人めを勧誘するためにホーリーが目指したのは、こんどは過去ではない。
そこは、西暦二〇七〇年代を迎えた未来の地球だ。異星人との宇宙戦争に疲弊しきった惑星は、マイナス七十度以下の氷河と喪失感にまんべんなく覆われている。
ここはどこだろうか。風速百メートル超の猛吹雪が荒れ狂う雪原には、ぽつぽつと一人分の足跡が穿たれていた。生命維持装置のシェルター都市も見当たらないのに、どこへ向かおうとしたのだろう。
その人影は、なぜか満身創痍だった。もとは仕立てのよかった女物のスーツはいまやぼろぼろに破れ、滲んだ鮮血さえも凍ってしまっている。いったいなにと戦っていたのだろうか。
大量の雪粒をまとい、彼女は地面に倒れ伏していた。かろうじて彼女の生存を知らせるのは、不定期に唇から漏れる白い吐息だけだ。
風鳴りだけが耳朶を弄する世界は、ふと輝いた。ひざまづいたホーリーが、傷だらけの戦士の肩に触れたのだ。吹雪さえも停止した時間の中、ホーリーは彼女にささやいた。
「ダリオンハーフ、ハン・リンフォン……」
「……?」
人型に沈んだ雪面から、ハンは半身を起こした。すでにその負傷は衣服ごと、ホーリーの呪力によって回復されている。大いなる時間停止の影響で、生命を蝕む冷気も感じられない。
眼前にたたずむ少女の顔を一瞥し、ハンは息を呑んだ。
「あんたまさか……ホーリーなの?」
「うん、久しぶりだね。とは言ってもここは、わたしさえも知らない未来の結末。いったいなにがあったの、ハン?」
「組織で色々あってね。いまのあたしゃ、殺し屋に追われる身さ」
へたり込んだまま、ハンは首を振った。
「消え去ったはずのホーリーがいきなり雪道に現れ、しかも子どもだったのがいい歳まで成長してる。これはいよいよ、あたしは野垂れ死んだんだね。きっとあたしは今頃、最後の体温まで失くしながら幻と喋ってるんだ。ぜんぶ夢さ」
「夢という認識でもいい。その力を貸してくれないかな、ハン。わたしの古影として、邪悪な過去と戦うんだ」
「邪悪? 敵かい?」
「敵には腐敗した呪力使いと、あなたがもっとも嫌うダリオンも含まれてる。ぜんぶ絶滅させて、幸せに人生をやり直すんだ」
「ダリオンの絶滅……そりゃ名案だね。でも」
自嘲げな笑みを、ハンは浮かべた。
「ここしばらくの間に、あたしも考えを変えてさ。この体に流れるダリオンの血も、やっぱりあたしなんだ。あたしは自分の否定をやめた。ダリオンと一生、ともに暮らすことを受け入れたんだよ。皮肉なことに、それが組織の怒りを買う原因になったんだけどね。そういうわけで、あたしはあんたの望みを叶えられない」
「そんな……!」
悲痛に顔をゆがめ、ホーリーは訴えた。
「あなたは誓ったはずだ。アーモンドアイと、地球人の裏切り者、そしてダリオンを徹底的に根絶やしにすることを。お願いだから、わたしに協力してよ。約束したよね、わたしを守ってくれるって?」
「あたしごときが守らなくたって、あんたはもう一人前さ」
「この絶望的な状況下で、いったいこれからどうするつもり? 血も涙もない政府から切り捨てられたんでしょ?」
「怪我を治してくれて、ありがとね。これならなんとか自力で歩いて、組織に投降できそうだ。ちょっとしたすれ違いでこんな場所に放り出されたんだが、必死に謝ればまだチャンスはある。いったん檻にぶち込まれるのは確かだけど、あたしはまた捜査官として働くことにするよ、人類のために」
「清算しなくてもいいのか、誤った過去を!」
珍しく怒鳴ったホーリーを、ハンはぎゅっと抱きしめた。少女の温もりは、とても幻覚とは思えない。
柔らかさと感情の波に押され、ホーリーの頬に伝ったのは涙のしずくだ。ホーリーの鼓膜に、ハンは優しく耳打ちした。
「正解も不正解も、ぜんぶがあっての現在さ」
「すべてを肯定しながら、わたしは否定するの? 悪を討伐するこの旅が愚かだと?」
「いいや、あんたは正しい。戦争自体を止めようとするその目標は立派さ」
「いえ、おそらくわたしは、新たな戦争の火種を起こそうとして……」
「振り返らなくていい」
ホーリーを包むハンの力は強まった。
「うしろなんて見ず、とことんまで突き進みな。この銀世界から応援してるわ、あんたのこと。必ず全滅させるんだよ、ダリオンを。その結果、将来にあたしが生まれてこなくなろうと構やしない」
「そこまで腹を括ってるんだね、ハン……わかった」
ハンの腕の中、ホーリーはうなずいた。
「わたしも覚悟を決めた。あなた抜きでも絶対に勝つよ、この戦いに」
ダイヤモンドダストの嵐は、ふたたび動き始めた。
豪雪に叩かれるハンを残し、もはやホーリーの姿はない。
開けていられずに瞳を細め、ハンは虚空へ親指を立てた。
「いってらっしゃい。風邪ひかないでね」
0
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった
仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話
yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。
知らない生物、知らない植物、知らない言語。
何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。
臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。
いや、変わらなければならない。
ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。
彼女は後にこう呼ばれることになる。
「ドラゴンの魔女」と。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる